第59話「手に乗った代償」
ハグマーダーのナイフが輝き、直剣へと姿を変える。
女性を背後に隠しながら、ロベリアが気味の悪い笑い声を発し続けている。
「ははははっ……怖がっちゃってんじゃん。」
「黙れ……はぁ、いくら綺麗な体つきをしていようが、そんな気味の悪い笑い方と火傷痕があっては――」
刃のような指を伸ばして、ロベリアの義手がハグマーダーに斬りかかった。
間一髪でソレを防いだ剣を握るその手は酷く震えている。
「……野蛮で、醜い!!獣のような醜女め!!!!」
「そういう君はさぁ!人のキッモい所ばっかり育っちゃってんじゃないのぉ!?!?」
ぶつかりあう月鉱が響かせる音は、どこか透き通っているようで確かに歪んでいる。
ハグマーダーが月鉱の鎧を作り上げ、その身に纏った。
「生物が同種の温もりを求めて何が悪い!!!!」
「私は冷たい方が好きなんだけどなぁ!!!!」
義手から伸びる刃の輪郭が溶け始めた。
口角を上げていくロベリアを見て、ハグマーダーは更に固く剣を握りしめる。
「あっははははぁ!!」
「(来る!!!!)」
ロベリアが振り回した義手の先から刃が触手のように舞い、ハグマーダーの鎧にとりつこうとする。
彼の視界は危険信号で覆いつくされようとしていた。
「くぅ……っ!?!?」
月人と化した事で得た身体能力を最大限に発揮し、襲い来る刃の触手をハグマーダーは間一髪で躱していく。
「(月鉱と月鉱がぶつかり、万が一にも融合すれば『主導権の奪い合い』が発生する……そうなれば勝機は無い!!この女、私よりも確実に多く殺している!!!!)」
「器用だなぁ……上手に!踊るねぇ!!」
後方へ飛びのき、ハグマーダーが月鉱から槍を生成する。
「(コイツ自身も分かっているな!?触れるだけで勝てると……も、弄ばれているのか……俺は。)」
「仮にも連続猟奇殺人犯なんでしょ?ワンサイドゲームでつまんないなぁ……なんちゃってぇ、お人形遊びは大好きだよぉっ!!!!」
手を広げて笑うロベリアの前で、ハグマーダーが槍を握りしめた。
「死ね!!!!」
彼の投げた槍がロベリアの心臓めがけてまっすぐと飛んでいく。
その一瞬の中でハグマーダーは静かに笑みを浮かべていた。
「(言っていたな……後ろにいるその女は殺されたら困ると!避ければ女に当たる……今度はコチラが弄ばせてもらうぞ!!お前が死ぬか、あの女が死ぬか!!!!)」
「ふんっ。」
槍がロベリアの腕へ突き刺さる。
自身の胸の直前で止まった槍を引き抜きながら、彼女は溜め息をつくように笑った。
「残念、私達は変わったんだよぉ?思考回路も一緒に変えとかなきゃダメでしょぉ。」
「……っ……怪物め……!?!?」
塞がっていく傷跡から垂れる黒い液体を舐めとりながら、ロベリアは目を細める。
「あははははぁ……君にまだそんな事言えたんだぁ?ねぇ、私達さぁ……出会い方が違えば友達になれたかもねぇ。」
それは誰にも気づかれなかったハグマーダーにとって最も興味をそそられる言葉であると、ロベリアは気づいていた。
「……え?」
「私なら君の存在に気づいてあげられるよぉ?消える事のない暖かみも与えてあげられるしぃ。」
自信を見つめるハグマーダーの目の中にある、見た目にそぐわぬ子供らしさにロベリアは眉をひそめている。
「……戦闘データは、もしかしてもう充分集まったのか?」
彼の問いかけに応えることもなく、ロベリアがハグマーダーの鎧に触れた。
ハグマーダーの視界にはもはや危険信号など映っておらず、ただ別の何かだけが大量に表示されていた。
その何かのマークが指す物を、ハグマーダーが理解する事はできない。
彼はその制御できない力故に、誰とも交流が続けられなかったのだから。
人は何かと関わってこそ、ソレを知れる。
裏切りという、人と関わる上で最も警戒しなければならない要素を。
「ぐちゃっ。」
瞬時に変形した鎧が小さくまとまっていき、隙間からどす黒い液体を噴出させていく。
圧縮した鎧を義手の中へ吸収しながら、ロベリアが振り返った。
陰気な女性が、腕を抑えながら彼女を見つめている。
「……死にましたか。」
「うん、しっかり死んだねぇ……知ってる?人って痛みを熱さだと誤認する事もあるんだってぇ。最期にしっかり消える事のない暖かみを与えてあげた私って優しくなぁい?正直者でもあるかなぁ?……あはははっ。」
黒い液体がこびりついた白衣を脱ぎ捨て、ロベリアが女性の出現させた裂け目に向かって歩いていく。
「アレ、置いていってもいいんですか……?」
「いいのいいのぉ、ソレあれば誰が此処に来てたか分かるでしょ。アピールしておきたいの。」
胸元から紙幣を取り出すロベリアを見て、女性は目を見開いてから紙幣を受け取った。
「ありがとうございます……あの、コレどこにしまってたんですか。」
「ふふ……エッチ破廉恥えっちっちぃ~っ!」
紙幣の枚数を数えながら冷たい視線を向ける女性の前で、ロベリアがわざとらしく肩を落とす。
「何ですか、えっちっちって。」
「はぁぁぁぁ……適当にリズム合わせただけだから、意味なんてないし……だから気にしないでいいよぉ。とにかく災難だったねぇ、ゆっくり休みなぁ。」
体を揺らめかせながら裂け目に手をかけるロベリアが、少し振り向いて女性の顔を見た。
「……ねぇ、『煌星学園』行けてるの楽しいぃ?」
「つまらなくはないですよ、ほんとに色んな事が学べるので。」
「そっかぁ……私は学校となんて全然縁がなかったからなぁ……ま、楽しんでるならよかったけどさ、情報収集も忘れずにねぇ。くれぐれもブライツなんかには絶対バレないようにぃっ……。」
女性の魂が少しだけ震えた事を確認したロベリアが、微笑んでからゲートに飛び込んでいった。
――――――――
西彩、パピリオン市が燃えている。
崩れた建造物から次々に上がる火の手が、瓦礫が人々を殺していく。
まだ崩れていないビルの上でピューパッドが自身の手を舐めていた。
「う~ん……いいですなぁ……怪盗やってた時の経験生かして、あちこちにしかけた爆弾が次々と弾けて……建物が崩れて、人が死んでいって……逃げてきた人は私の月鉱や子猫ちゃん達が刺し殺して……その魂が全部全部!!私の中へ入り込んでくる!!!!私という宝石がどんどんと美しさを増していく!!!!」
壁に張り巡らされた月鉱がその形を歪ませると、ビルは瞬時に粉々に崩れ始める。
落ちていく瓦礫の中を飛び移りながら、ピューパッドが恍惚とした表情を浮かべていた。
「にゃは……はははは!!!!」
「……ファック ユー!!ピューパッド!!!!」
崩れゆく瓦礫の中へ狙いを定めながら、オレンジ色の髪の男が対物ライフルを構えている。
放たれた弾丸がピューパッドの頭に激突し、宙を舞う彼女の笑い声が響く。
「かゆい!!かゆいでござるなB.12!!」
「シット……1番デカい弾丸でも無傷かよ!!!!」
ピューパッドの腕から伸びた月鉱が時計塔へと刺さり、勢いよく縮んだソレが彼女を時計塔へ引き寄せていく。
「法外認定された奴を殺せない気持ちはどんな感じですかな!?」
「シャッザファックァップ!犯罪者のテメェごときには話しても分かんねぇだろ……!!」
時計塔に張り付いたピューパッドの足が月鉱によって固定される。
地面を見つめながら立ち上がった彼女の背後から射出された数本の月鉱が、うねる糸のようにしてB.12へ向かって伸びていく。
「Shit――」
ライフルの先についていた剣を構えてB.12が歯を食い縛った。
だが彼の思惑を察知していた月鉱は、瞬時にB.12の周囲に回り込む。
「いいや、話さなくても今の私には分かるんですなあ。」
縄のように変形した月鉱がB.12の体をライフルごと縛り上げ、ピューパッドの前へ引き寄せた。
「怖いんでしょう……この理不尽なまでの力がね。」
「ぐ……勝手に……言ってろビッチ!」
背をそらし、自分を見つめるピューパッドの顔へB.12が唾を吐く。
「……分かったよ、汝を殺すのは最後にする。先に他の人間どもと、上を飛び回ってる奴らをお前の目の前で――」
怒りに任せてB.12の頬を爪で切りつけた直後、更に体をそらせたピューパッドの目に奇妙な景色が映った。
パピリオン市の上空に、筒状の気流が流れている。
気流の中だけを流れていく青白いホログラムの粒子が、ピューパッドにソレを視認させていた。
「……?」
「来たか……救援……。」
B.12の漏らした一言に、ピューパッドが目を細めた。
「B.12の救援となれば、B.6以上は確定ですかな……?よかったら教えてくれない?汝の尻拭いに来た、次なる犠牲者の名前を。」
「……B.3……それと……ん?なんだ……?」
首を傾げ、B.12が自身の耳についている通信機の故障を疑う。
「B.X……?」
ピューパッドに掴まっているB.12を上空から見つめるアイギス中隊もまた、通信機を強く耳に押し当てながら眉をひそめていた。
「10じゃないのか?Xって!?」
「そんな奴いたか!?!?」
「……X……確か、オーダーさんの経歴にも同じヤツがあったような――」
「B.3、B.X、間もなく現着します!!!!」
オペレーターの声を聞いたB.12が鼻を鳴らし、呆れたように笑みを浮かべる。
「……誰が来るんでござるか?B.3でも……結局は私を殺せないはず……でも……なんだ、この気配は……。」
「へへへへっ……俺にもよく分かんねぇよ。ただ……俺は賭けるぜ、テメェは……ココでGAME OVERだ。」
遠くに光るピンクと紫の光を見つけたピューパッドが、B.12を投げ捨てて時計塔から飛び上がった。
「【イノベイティブ・レイ・コンバージェンス】!!」
B.3のステッキから放たれたレーザーが時計塔を貫通するのとほぼ同時に、ピューパッドの頬を掠める。
「(ぬるい……B.3の攻撃も、この体なら何ともないんですなあ。)」
「(熱っ……!?この距離でも熱いのに……遺物の攻撃喰らっても無傷なのかよ……ファッキンクレイジー、狂ってやがる!!)」
地面に落下したB.12が、レーザーから発生した熱気に意識を朦朧とさせながら撤退を始める。
自身に背を向けて走り始めたB.12の背中へ、ピューパッドが獣人としての本能を剥き出しにした。
「背を向け、逃げていくモノは追いかけたくなる!!それが獣でござるよ!!!!」
彼女の爪から伸びた月鉱が、糸のように宙を舞ってB.12の背中に迫る。
ソレに気づいたB.12が銃剣を構える姿を見て、ピューパッドは猟奇的な笑みを浮かべた。
「月鉱が……ただの剣に切れるとでも……!?」
激突してくる銃剣の刃を割った月鉱は、そのままB.12の心臓を貫こうとしていた。
その途中で、小さな手に掴まれるまでは。
月鉱が縮み、ピューパッドの爪から離れていく。
その片手に月鉱を絡め取りながら、B.Xがピューパッドを睨みつける。
「(月鉱を、この子供も操れるでござるか……!?)」
「(感じる……コイツを介して……マリーゴールドが僕を見ている……!)」
同じ色、だが異なる模様を持った2対の目が静かに輝く。
命を奪う使命を背負った者として、互いへ狙いを定めながら。




