第41話「敵意は酒と湯に溶けるか?」
部屋に戻ったそれぞれの家族と集団が腕を組んでいた。
「まさかこんな所で奴と出会うとはなァ……。」
「奴?あの黒髪黒目の地球人の事?」
「アイツが見せてきたアレはよォ、戦争終結まで使われていた政府の昔のマークだ。」
「戦時中の……彼、若そうな彩人だったけれど……戦争に行ったことがあるという事?」
「……黒髪黒目……異様な気配の彩人……えっまさか、あの人が!?」
茶を淹れていた八美が驚きからポットを割ってしまったのを見て、イバラキが頭を抑えた。
「あァーあ……80%くらいの確率でそうだと思うんだけどよォ。とりあえず片付けて、破片は旅館の人に渡してこい……。」
八美達のいる場所とは反対側にある部屋で、コリウスが頭を抱えている。
「困ったな!!妖人の円卓主……鬼百合家といえばブライツとも仲が良いと有名ではないか!?!?」
「そうですね……最近のネットニュースにもB.1オーダーと話している最中の写真が載ってます。ブライツとオーダーから隠れるために白蛇街に来たのに、逆に近づいちゃってる気がしますよ……。」
「場を何とかするためにワッペンを出したのもマズかったかもな。イバラキはアレで俺が死神の隊長だと気づいた様子だったし。この遭遇をブライツに報告されたら詰みだ。」
木槿が腕を組み、一葉が携帯を睨み、コリウスが悩んでいる様子を見ながらアスクが茶を飲んでいた。
「……あんまり好きじゃないかも。」
「初めての苦味は慣れませんよね……そりゃ……しかし、うーんどうしよう!なんとかしてブライツに通報されちゃわないようにしないと白蛇街にいられなくなっちゃいます!!」
「まぁ……仕方あるまいて!!上層に報告してすぐに出発の準備を――」
「まだ白蛇宮でお願いもできてな……ヴ、げふんっ!!まだ昔話の月から来た男に関する情報を何も掴めてないのに去ってたまりますか!!!!」
飲み始めた以上は飲み終わろうと、アスクが茶を少しずつ啜っている前で一葉が真っ白な"はず"のメモ帳をコリウスに見せつける。
「……それはロイヤー殿の似顔絵か!?姿を見たのは一瞬だけのはずなのに……中々上手く描けて――」
「ぎぇっ!?!?見るな!!覚えないで!!忘れてくださぁぁぁぁい!!!!」
「……賑やかすぎて鬼百合家ナシでも通報されそうだ。」
鬼百合家のブライツ通報を防ぐための手段も浮かばない中、時間だけが過ぎていった。
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「ねぇアンタ!お昼ここで政府の人達同士が揉めていたんですって!!受付してた子が言ってたのよ!」
「なんだって?あの……反対側の部屋とってた2組が?」
「そうみたいなのよ!怖いわね……明日にはここが殺人現場になったりするんじゃないかしら!?」
「何言ってんだ!!サスペンスドラマの見すぎじゃ――」
赤くて太い足がロビーの床を大きく揺らした。
「「!?」」
「すまねェな、この後の夕食でよ……頼みがある。」
「な、なるほど……それで、イバラキ様……頼みとは……?」
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「わ……アレも!!コレも!!綺麗な食べ物だね!!!!」
日が落ちた後、旅館の食堂にてアスクが黄色い悲鳴を上げていた。
「うむ……見事な料理の数々だな……!!!!」
木槿やアスクらの前に並べられた料理の数々が輝きを放っている。
脂がのった鯛の焼魚、十字に切られた大きな椎茸や分厚い葉野菜や鮮やかな色の肉が入った鍋。
その鮮やかさも香りもアスクにはとても新鮮すぎた。
「その手前にあるフォークっていうのを使って、刺して持ち上げて食べてくださいね。」
「なるほど……手がベタベタしなくていいねコレ!」
目を輝かせるアスクに対して、他3人の顔はどこか引きつっていた。
「……あの、木槿さん。」
「あえて俺達はその3つを避けたんだから、聞かずとも分かっているんだろ。」
「……何故7人分の料理……しかも我々が避けたあの3人分は大きいんだ!!!!」
焼魚をフォークで突き刺してから頬張るアスクの横で、コリウスが料理に手もつけずに腕を組みながら照明を見上げていた。
「美味美味美味……」
「私……もしかしたら妖人の血が入っているのかもしれないな……この空いている3席に誰が来るか分かるぞ!?!?」
「現存している家系図の全てを彩人で繋いできたティスポッサ家が何を言っているんだ。」
「なんでそんな事……あぁ、ロベリアさんが裏切った後、全員の身元調査をした時に知ったのか。私、ひいひいおじいちゃんが猫の獣人だったって知った時はビックリしたな……あはははは……。」
器用に猫の形に切られた人参が入っているサラダから、ソレを引き抜いて一葉が目を細めた。
「……ん?」
椎茸を飲み込んだアスクが壁の先に見えた3人の魂へ目を凝らす。
見覚えのある3人の魂が近づいてきていた。
「来たか。」
「よォ、円卓主の権力を行使させてもらったぜ。」
「……こんばんは、主人がどうしてもあなた方と話がしてみたいと聞かなくて。」
「(お爺さん声デカすぎじゃない……?食堂入る前から何処に居るか分かった。)」
木槿の隣に豪快に座ったイバラキが椅子をきしませた。
「オーダーから聞いてるぜ、お前は確かに強ェ上に悪い奴でもねェ……ッてな。」
「……そうですか、アイツが俺を。」
「「「「(殺しあっていたような人間に、何があったらそんな評価を送れるんだ……?)」」」」
アスクと木槿、イバラキ以外の全員が首を傾げていた。
鍋の蓋をあけて中身を確認しながらイバラキが口角を上げる。
「あのまま得体の知れねェ奴として叩いちまッてなくて良かッた。オーダーに顔向けできなくなッちまうし、何より生きては帰れなかッただろうからな。」
「俺達の事はオーダーやブライツに伝えるつもりか?それとも、もうしたか?」
「私はアンタが死神隊長だって分かった瞬間すぐにしようと思ったんだけど……パパに止められた。」
八美が不機嫌そうに鯛の焼魚から骨を取っている様子を見て、アスクが身を乗り出す。
「ソレ、何を使って何を取ってるの?」
「え、箸を使って骨を取っているんだけど……ん?君、フォークだけ使って食べてるの?……それよりも魚の骨はどこにやったの!?ぜんぶ食べちゃった!?!?」
「落ち着きなさい八美……ごめんなさい、でも一体その子は何者?ロビーでイバラキと隊長さんの間に彼が入った時……隊長さんにも負けず劣らずの圧を感じたわよ?」
一葉とコリウス、木槿が互いを見合わせてから同時に料理を口へ運んだ。
「説明が難しい、"今"は。」
「……ソイツ、よく見たら目に模様があるのか?珍しいなァ。加えて紫目に銀髪か……お前ら、やッぱり観光しに来ただけじャねェんだろ。」
「白蛇街の昔話の事はココに来るまで知らなかったのです!!!!最初は本当に観光のためにココへ来ていましたが!!今となっては出来るだけ昔話の事を調べたいと思っております!!!!」
一葉の横で、アスクが火にかけられている小鍋を持ち上げた。
「うわ、熱くないの……?」
「僕は全然熱くないよ?平気平気。」
八美に睨まれながら、鍋の汁を飲み干したアスクがそっと火の上に鍋を戻した横で、一葉が白米を頬につけながら食べている。
「あの……そういえばココで色々話すの、お互いに少し怖くないですか?情報漏洩とか……今はとりあえず食事を終わらせてどちらかの部屋など、どこかで会話の続きをしては?」
「確かにそうかもなァ……お前ら、見たところ温泉にはまだ入ってねェんだろ?後々俺達が貸し切っている時間があるからよォ……そこで話そうぜ。」
「……は……はぁ?」
後からやって来たにも関わらず、既にアスクよりも先に大量の料理を完食していたイバラキが爪楊枝で牙の隙間を刺していた。
「失礼を承知で言わせていただくのですが!!円卓主殿……もしやあまり我々の事を警戒していらっしゃらない!?!?木槿に対するオーダーの評価があるとはいえ!まだ会って1日も経っていない人間と食事どころか入浴も共にしてしまうのは!!種族を統べる円卓主として聊か無防備なのでは!?!?」
「妖人はある程度の情報さえ掴めちまえば、相手のこと大体わかっちまうんだよ……紫の童も分かるんだろ?妖と彩のハーフ……とはまた違ェんだろうが。」
「そうだよ!コッチに危ない事しようとしてる人とか、過去に何か悪い事してた人とかが近いと……すっごい嫌な感じがするんだ。あと、誰かが嘘つくと頭がパチパチして分かるの。」
八美が木槿とアスクへ視線を向けながら訝しんでいる。
「(えぇ……?過去に悪い事してた人……え、この人ってもしかして死神隊長じゃないの?いやそれともこの子が嘘を……だって黒髪黒目なのに確かに強いし……うーん……?)」
――――――――
数十分後、旅館内の白蛇乃湯にて。
「ふー……さすがは白蛇街で一番レビューが良かった旅館、ユニバーサルデザインもしっかりされてて良い湯!」
「竜彩で泊まったホテルは中々大変だったわよね……しっかりとお湯に入れなくて寒いし、湯船にはまって抜けなくなっちゃうし……。」
広く張られた温泉に浸かりながら八美とその母『七尋』が、温泉の表面に流れる白い湯気を見ていた。
「竜彩の住民には身長のバラつきが少ないですし、長いこと戦争をしていたせいで他人種との関わりもあまり無かったからですかね……ユニバーサルデザインが浸透してないのは。」
八美と七尋が浸かっている横で、一葉が湯船に浮かぶ小さな木のブイにもたれかかっている。
「そっか……オーダーさんもまだ生まれてない時から、もう戦争は始まってたもんね。」
湯の上に浮かぶ木のブイが織り成す列で分けられたエリアはそれぞれ別の深さと広さになっている。
一葉がもたれかかっていた木のブイが突如として回転し、湯の中へ倒れこんだ彼女は妖人用のエリアへ入り込んでしまった。
「(うわ、やっぱり深い!!)」
「あらあら。」
「大丈夫!?一葉さん!?!?」
落ち着いている七尋の隣で八美が慌てながら湯の中で手を伸ばしている。
少ししてから、七尋と八美の前に浮かんできた一葉がブイに掴まった。
「ぶは……すいません!滑っちゃいました!!今アッチに戻ります……!!」
「大丈夫?どこかぶつけたりはしていないの?」
「だ、大丈夫です!ドライブの疲れがまだ取れてなかったのかも……。」
――女湯と壁で分けられた先で、アスクが湯船に浮かんでいた。
「こうやって液体に浸かるの、湖から生まれた時みたいで懐かしさと苦しさを覚えるんだけど……それよりもさ……服って、脱げる物だったんだね……?」
「はァ?なんなんだこのガキァ面白い事しか言わねェぞ!!!!おい木槿!!コリウスも見てみろよォ!!!!」
湯に浮かせたお盆の上から酒瓶を乱暴に取り、一気飲みをしたイバラキが口に含んだ酒をこぼしながら笑っている。
「食の場では飲まないのかと思ったら!?まさか温泉で飲む派だったとは!!!!」
「酒吞童子って感じだな。」
「……イバラキさん何飲んでるの?すっごい元気だけど。」
豪快に息を吐いてから、イバラキがアスクを睨んだ。
「酒だ!飲むかァ!?」
「いいの?」
「ダメだ。」
「ダメに決まっている!!!!」
賑やかな声を高い壁越しに聞きながら、七尋が一葉の隣に移動した。
「そういえば、あなた達も『白蛇舞い』は見に行くのよね?良かったらSPとして一緒に見に行ってくれないかしら。」
「えっ。」
「確かに……あの2人がいれば万が一の事が起きた時にも頼れそうだものね。」
白蛇のように水面を舞う湯気が妖しく揺らめいている。
七尋と八美が顔を見合わせてから、2人で一葉へ目を向けた。
「昔話の事を知りたいって言ってたよね?有名な『月から来た男と巫女と一武の話』は、少なくとも一武と変霊が白蛇街へ襲ってきた本当にあった事で……今も白蛇宮の中には多くの変霊が封印されてるんだ。白蛇舞いは世間じゃ街を守るために散った巫女達を慰め、月から男を呼び戻すための儀式として知られているけれど、本当はその『白蛇宮に封じられている変霊達に封印をかけ直すために行われている儀式』なの。」
「あの……つまり万が一の事っていうのは白蛇舞いが失敗して変霊が現れた時の事ですか?」
「そうね……情報交換しましょう?コレを教える代わりに、あの2人が何者なのかハッキリと教えてほしいわ。」
一葉が頷くと、七尋は身にまとっていたタオルを抑えながら湯船から上がり始めた。
「ここ最近、世界各地で封印されていたはずの変霊が姿を消し続けている……龍妖彩では特に多くの変霊が行方不明になっている。」
「そもそも封印されていたのか怪しい場所もあるからニュースにはなってないんだけどね……昔話では一武が変霊を引き連れて白蛇街へ襲撃しにきていたけれど、私達は危惧してるんだ。再びこの街で『百鬼夜行』が起こるんじゃないかって。そして、舞いを妨害された結果……白蛇宮に封印されていた変霊も解き放たれてしまうんじゃないか……って。」
「……妖人の皆様が言うのなら、きっと起こってしまいそうな気がしますね……ちなみに白蛇舞いはいつやるのですか?」
「明日の夜よ。」
「……えっ!?」
驚いた一葉が再び温泉の妖人エリアに滑り落ちそうになっていた。




