第34話「十芒星と11の〇」
「ねぇジャン・バルジャン。」
暗闇の中、1冊の本を囲んでいた堕天使達の輪に加わるリプラがシ長の隣に近寄った。
「……何かな?」
「確認したい事があるんだけど……この中に『マリーゴールド・ガブリィエル』って名前の人はいないよね?」
「「「!」」」
周辺の空気が少し揺れたことを察知しながら、リプラが呼吸を整えて彼に問い続ける。
「知ってはいるんだね?彼女の事……私達やミカさんはね、マリーゴールドこそが生存している最後の堕天使だって思ってたんだ……なのに、今ここにいる堕天使は私含めて4人?数が合わないじゃん。」
「……。」
「おまけに……『バーグ』ちゃんも『ガイア』さんも『ホー』さんも、誰もマリーゴールドなんて名前じゃないよね!?」
3人の堕天使を指差しながら名前を呼んだリプラの顔を見て、シ長が首を傾げる。
「もう略称で呼ぶような仲になったのかい?」
「なんか……ガイア以外フルネームを教えてくんないの!!」
「何故だい君達?」
堕天使達が顔を見合わせた。
「確かに……二人とも何故だ?」
「バーグは名前が少し長めだから、誰を呼んでいるのかさえ分かれば略称で十分じゃなーい?って思ったの。」
ヘッドホンについているLEDを虹色に光らせながら、バーグはガムを噛んでいる。
「私はね~……もう教えてるはずなんだよね。」
長髪の堕天使の言葉を聞いたリプラが唖然としてから、激しく首を横に振る。
「教えてもらった覚えないけど……!?」
「いや私だってそうだよ。でも君、堕天使になる時に震えながらなんか言ってたよ?私の事『ホープ』って。」
「……えっ!?」
本の上に手をおきながら身を乗り出すリプラの横で、黒髭の堕天使ガイアがゆっくりと立ち上がった。
「教えた覚えも教えられた覚えもないとは不思議だな……まぁ、名前ごときで揉め事が起きるのも面倒だし、ここらで1度我ら全員の名を教えてやろうじゃないか。」
「んー……賛成っ。じゃあ、まずはバーグからいくね。」
バーグが飛んで立ち上がり、落ちそうになったヘッドホンを手で抑えた。
「バーグの名前は……『アイスバーグ・ガァブリエルド』……ドがついているのはみんな影の天使になったからだよ。」
バーグの横でガイアが腕を組んで胸を張る。
「儂の名は『ガイア・ラフィエルド』。ラフィエルだったが……影の天使になる前から元々変異のおかげで体が強い。」
そして、長髪の堕天使が溜め息をついて立ち上がり、深緑色の目をきらめかせた。
「『ホープ・シュリエルド』。」
「……やっぱり……あなたが……ホープ?」
リプラの反応を見て、長髪の堕天使ホープは首を傾げる。
「そ、そうだけど……?希望って意味の名前、かっこいいよね――」
突然飛び上がったリプラがホープへ掴みかかる。
「アスクが襲撃の直前にあなたの名前を呼んでたよ!!!!」
「……あの子が私の名を?」
「そう!!質問する度に聞きたい事がどんどん増えてくよ……教えてホープ!!!!アスクはホープの名前と一緒に『ノア』と海って言ってた!!ソレは何!?誰の事!?どうして片時も離れた事が無かった私の親友が、私が知らないあなたの名前を知ってるの!?!?」
直後、暗闇から伸びた手がリプラをホープから引きはがした。
「!?」
「落ち着くんだリプラ、今の一瞬だけで僕らにも気になる事が山ほど出来たさ。」
暗闇に還っていく手に降ろされ、座りこんだリプラが目にしたのはこれまでに無いほど動揺しているホープの表情だった。
「……覚えている……んだね。」
少し遅れて座りこんだ堕天使の3人とシ長の顔を見回したリプラがへの口で俯く。
「(あれ、いつの間にか空気がすごい気まずくなってる?)」
沈黙が少し続いた後、リプラがシ長の目を見て小さい声で尋ねた。
「そ、そういえばシ長のその目さ。模様……アスクの目にもあるんだよ。あ、形は全然違うんだけどね?」
「……アスク君だけだったのかい?」
「え?」
想定外の反応が返ってきた事にリプラは困惑する。
「アスク君が持っているのはひし形か光か……手裏剣のような模様と、目ではないが七芒星も持っているだろう?君が見たひし形の模様を持った月人は本当に彼だけだったのかい?」
シ長の言葉にリプラが目を泳がせた。
「直接確認したわけじゃないんだけど……アスクだけ……じゃないのかも。」
シ長が少し鼻を鳴らしてから、堕天使達の輪の中央に置かれていた一冊の本を拾い上げる。
「ふむ……気になった順に、1つずつ皆の疑問を解いていこうか。」
ホープが剣から緑色の死月鉱を千切り取り、手の上で転がしている。
「マリーゴールドだっけ?もちろん私達はソイツを知っているけれど、彼女は私達の味方でも……月の味方でもない。100%敵である事は確かだけどね!」
「……第三勢力?」
リプラが呟いた一言にバーグがガムを飲み込んだ。
「う……ていうか、本来なら月とバーグ達も、なんなら地球全体も一丸になってアイツらと戦わなきゃいけないんだけどね。誤解やら、人の欲やら、妨害やらのせいで……中々上手くいかないんだ。」
それぞれがゆっくりと息をする中、シ長が厚い本のページをめくり終えた。
「……コレは何?」
彼がめくり終えた本のページには多くの人々が争っている絵が載っている。
『虹色の髪と目の彩人の男』が引き連れた兵士や民衆を、『赤黒い髪と目の竜人の女』が軍隊と共に迎え撃とうとしている。
「200年前にあった滅王と勇者の決戦を描いた物だ。」
「へぇ……あっ、いた。」
リプラが指さした先、虹色の男のすぐ後ろには黒い髪に白い肌の人間達が3人描かれている。
「「「……。」」」
「……勇者が滅王と戦う時に皆も一緒にいたのは分かったけど、コレが何なの……?マリーゴールドは何処?」
「とりあえずココを見てくれ。」
シ長がページのどこかを指さしている事に気づいたリプラが彼の指先を辿ると、滅王の隣に1人の人間が隠れるように立っている様子が描かれていた。
「えっ!?」
紫色の目に、銀色の髪の若い少年の目にはジャン・バルジャンの目にもあるソレと同じ模様が入っている。
「完全的な調和を指す十芒星に……途切れる事のない永遠の円を、ソレの始まりを示すために11個。」
「これってシ長と同じ模様だよね?……でも、立ち位置的には堕天使の皆とは敵対してる?この人がマリーゴールドなの?女の人って感じにはあまり見えないんだけれど。」
シ長が指をずらす。
「いいや、彼はたしかに男だしマリーゴールドではない。脅威度で言えば彼女と変わりはないけれどね……ほら、コイツだ。」
背中を合わせて立っている滅王と銀髪紫目の少年を、絵の隅から仮面をつけた若い女性が見ている。
「これが、マリーゴールド・ガブリィエルだ。」
「この人が……。」
リプラがその銀髪の若い女性の絵を見つめていると、やがて彼女が抱えている『鍵穴のついた異質な雰囲気を放つ箱』の存在に気づいた。
「ねぇ……このマリーゴールドが持ってる箱って――」
――――――――
各々が考えを巡らせる中で、また地球の1日が終わる。
すっかりと暗くなった静かな住宅街を1人の竜人が歩いている。
翼の破れた部分にワッペンを貼り付けているのは竜人の若者の間で流行ったファッションと翼の補修を兼ね備えた物のようだ。
「……?」
住宅街の真ん中を通る広い道を進んで帰宅していた『赤黒い髪と目の竜人』がその足を止めた。
奥から順番に街灯の電球が破裂していく。
「……っ!!」
彼女に向かって何かが迫ってきている。
姿は見えなくとも、その意思が彼女に酷く恐怖心を抱かせた。
きびすを返して走り始めた彼女を追うように、街灯が更に速いペースで消えていく。
電線が風を切って揺れている。
竜人が電話を取り出して、震えた声で父親に連絡をとろうとしていた。
「もしもし!?ごめんなさい……ごめんなさいお父さん!!!!とうとう見つかった!!!!私がそうだってこと……忘れかけちゃってた……っ!!!!追われてる!!このままじゃお母さんみたいに……!!!!助けてお父さ――」
「忘れてしまったなんて、悲しいよ。」
それは彼女が知っている父親の声ではない。
若い男のような声が涙ぐむ真似をしていた。
「……!!お父……さん!?どうしちゃったの!?大丈夫なの!?!?」
「思い出すんだ、君が何者だったのか。起きてくれ、俺の大切な黒薔薇のプリンセス。」
小さく悲鳴のような声を出しながら走る彼女の後ろに、消えた街灯が広めた暗闇が迫ってくる。
「嫌だ!!嫌だ!!!!誰か!!誰――」
彼女の真上にあった街灯が消え、紫雷が彼女の首筋を瞬時に撫でた。
「あ゛っ……!?」
刺すような激痛に倒れた彼女の周りで、電線が揺れて風切り音をたてる。
ブーツが地面を叩く音が聞こえてくる。
近づいてくる、ゆっくりと、淡々と。
温かさの中に得体の知れない冷たさを感じる。
「大丈夫かい?」
気さくな声と共に、誰かが倒れた彼女を抱えあげた。
竜人のかすんだ視界の奥に、銀色の髪と紫色の瞳が見える。
「あ……っ……ぁ……。」
竜人の視界が晴れた瞬間、電撃のような感情が脳内を駆け巡る。
「……ありがとう……ございます……。」
なんて綺麗な、顔立ちなんだろう。
彼はなんて優しいんだろう。
彼についていこう、ついていかなければ。
「どういたしまして。それじゃ……行こうか。」
「……は、はいっ……あの……お名前……は……。」
「アンディと呼んでくれ。」
竜人を抱え上げ、ゆっくりと歩きながら月人の少年が『模様』を輝かせた。
――――――――
「次のニュースです。西彩の新生ディタミネーで発生した滅震から……日が経ち、現在も救助活動が続いています。滅震発生直後にB.1オーダーとB.2リプロダクションによってほとんどの被災者が救助されたものの、未だ取り残された被災者がいる可能性を踏まえて捜索を続けている模様です。」
アスクがソファに座り込みながら、壁にくっつけられたテレビを見つめている。
「オーダー……と、リプラダクソン?」
「リプロダクションですよ。」
隣に座ってきた一葉からストロー付きのジュースをもらいながらアスクが笑みをこぼした。
「ありがと!コレ便利だね!!ティレヴィ。」
「そうですよね、テレビを見るだけで地球で何が起きているのかだいたい知れますからね。(ティレヴィ……?)」
一葉がくしゃみをしてからテレビを見たあと、突如としてその顔に影を落とす。
「……この人も滅竜信者なんだ。」
「滅竜信者?」
「ほら、このキャスターさんが胸につけてるアレ。」
淡々とニュースを読み上げていくニュースキャスターの胸には『十芒星と11個の丸を組み合わせたマーク』を象ったバッジがついている。
「さっき滅震が起きたってニュースが流れてましたよね。」
「……うん。地面が揺れて割れて、たくさんの人が大変な目にあったんだよね。」
「そうなんです。そしてその滅震は、およそ200年前に討たれた滅王が、地球にばらまいた残滓によって今現在まで不定期に起こり続けている……。」
どんどんと暗くなっていく一葉の表情を見たアスクが少し慌ててジュースが入ったコップを手渡そうとする。
「大丈夫……?コレ飲む?」
「大丈夫ですよ。アスクさん、前に家族の事を教わったの覚えてますか?」
「覚えてるよ……?」
ニュースが翌日の天気予報を流し始めたのを見つめながら、一葉が絞り出すように話し始めた。
「私の両親はですね……滅震に巻き込まれて死にました。滅震が起きて、お家が裂けて……私と妹の目の前で亀裂の中に落ちていったんです。」
「……それって……滅王に殺されたような物だね?」
天気予報を流すテレビから陽気な音楽が流れる中で一葉が自身の手を強く組む。
「私の中では……多分そうです。だから……滅王を信仰し続けている滅竜教の事が私は理解できない。」
「……。」
「宗教についてでも学ぶか?」
俯く2人の前に木槿がパッドを持って歩いてきた。
「まぁ今はそれより……レイズ・ミカエルとの通信が繋がった。ロベリアの事や、お前の近況報告をするぞ。」
閑話? [ ロベリアの後悔 ]
「……おい。」
義足に慣れるために散歩をしていたロベリアの背後からダークリアが声をかけた。
「んー?珍しいね君から話しかけてくるなんてぇ。」
「前……雀卓に突っ込んできた時……コレを落としただろう……。」
「……あっ!私のリップだぁ!ありがとうダークリア、探してたんだぁ!!」
「……お前でも……化粧をするんだな……。」
「それ褒めてるぅ?または女として見てなかったぁ……?」
「……。」
ダークリアから受け取ったリップをポケットにしまいながら、ロベリアが控えめに踊っている。
「ちなみにねぇ、これねぇ、私が使う物じゃっ、ないよぉっ。」
「……まさか……。」
「そうそのまさか!可愛い可愛い私のコレクションちゃん達のデコレーション用〜っ!!」
「……はぁっ……返さなきゃよかったか……。」
「ふふふっ、こういう事を察せる時点でダークリアは自分が思ってるよりコッチ側の人間なんだからねぇ。」
鼻歌を歌って静かに踊っていたロベリアが何かを思い出し、突然に自身を強く抱き締め始めた。
「……あ〜あっ!どうせL.E.R.Iを裏切るんだったら、あの子も連れてくればよかったなぁ。あの品がありながらちょっと幼い顔立ちに……ツヤツヤの髪とよく白くなりそうな肌にはこの赤さのリップが……きっとよく似合うんだぁ!あの子は子供ではないんだけどさ、コレクションに加えてもいいくらい……可愛い後輩だったよぉ。」
「……次からは……お前が何か落としても蹴飛ばす……。」
「えぇソレは酷ぉい……ホントにやったら殺すからねぇ?」
「っ……!?」
「あはは!冗談冗談っ、気にしないでよぉ……親友の友達に酷いことなんて絶対しないからさぁ。」
「……もし……俺がオルカと並んでいなければ……?」
「……ふへへへっ。」
「だろうな……ブレなくて何よりだ……狂人め……。」




