第33話「区切りすらまだ遠く」(非戦闘パート)
⚠(微)閲覧注意
「ひぃぁぁぁ……!?……あははははぁっ……!!!!」
赤く暗い空の下にある巨大な館の一室から奇妙な声が聞こえてくる。
コスモス大陸、かつて滅王が根城にした後に勇者が割った大陸。
滅王亡き後もその影響は色濃く残っており、この大陸の空気は常にどこか陰鬱な印象をはらんでいる。
「何をやっているんだ……アイツは……。」
客間で雀卓を囲んでいた者達の1人が不機嫌そうに喉を鳴らす。
赤黒い目を回した男が苛つきながら、自身の頭から生える山羊のソレのような角を撫でた。
「……。」
彼の隣に並べられていた麻雀牌がひとりでに浮き、捨てられる。
「ポンだ。」
男の前にいたシャチ頭がそう言い放った瞬間、山羊角の男が大きく舌打った。
「4回目……俺はあと何回飛ばされる……。」
「時が来れば、君にも番が回ってくるさ。」
シャチ頭が被っている布の下から伸びて来たアームが牌をつまみ上げた直後、突然、雀卓の上に義足と義手をつけた女性が勢いよく飛び込んできた。
「っ……貴様何をする……文字通り台無しになったぞ!」
「新しい足にまだ慣れていないというのに、勢いよく走るべきではないさ。大丈夫かな?ロベリア。」
よろけながら立ち上がったロベリアの顔には火傷の跡と、目を隠すためのサングラスがついている。
「いやぁごめんねぇ!蟻ちゃん操ってたら突然火炎放射されちゃったから、パニックになっちゃってさぁ……あれ、グリィド?どこ行くのぉ?」
音も無く開いた窓にロベリアが視線を向けた。
「祭りを見てくる。」
どこかから小さく聞こえた声とほぼ同時に窓が閉まる。
「……?ねぇぇダークリア、今お祭りやってるのぉ?」
「滅竜教の歓迎祭……竜至上派の教祖である俺と……万物受容派のオルカが共にこのコスモスへ集ったんだ……当然やるだろう……。」
首を傾げながら二ヤつくロベリアを睨みながら、山羊角の竜人、『ダークリア・アイマトス』は地面に散らばった麻雀牌を拾い集めていた。
「ふーーーん……お祭りと言えば子供でしょぉ?私も行ってきていいっ!?」
「良いわけがない……信者に手を出せばお前を殺すぞ。」
「まだあたしが渡した物も腐っていないだろう?それに、その手足と『目』に慣れるまではここで大人しくしておくべきだとわたしも思うな。」
多数のアームで牌を片付けるシャチ頭、オルカが頭蓋骨を揺らしながら笑う。
「それもそうかな~っ……あ、L.E.R.Iの旧施設からこっそり資料持ち出してたの今さっきバレちゃったよぉ。これでアッチは私の生存を確信しただろうねぇ。」
「呆れたぞ……サンプルの1つや2つは回収できたんだろうな……?」
「あっソッチは回収できたんだけどねぇ……結果まとめた奴とかレポートは回収しそこなっちゃったぁ。」
ダークリアがうんざりだと言いたげな様子で再び目を回した。
「彼らやレイズの知識を利用する事は叶わなかったか、まぁ大きな問題にはならんだろうさ。現に今のわたし達は既にL.E.R.Iの先を行っているのだからな。」
「うんうん……とりあえず、私は館内を散歩してこようかなぁ。」
「1階には信者も見物や礼拝をしに来ている……近づくなよ。」
"釘を刺してくる"ダークリアの声にロベリアが月鉱製の義手を振った。
――――――――
「今日は家族、昨日は時間と日付、一昨日は……僕、もしかして既に地球の基礎知識を大体覚えたんじゃない?」
「地球も月もそんなに単純じゃないですよ。」
「だよね……。」
施設の一室でアスクがソファに座っていた。
「んー……最高……。」
「……?」
ソファに深く腰かけながら笑みをこぼすアスクを不思議そうに一葉が見つめていると、隣に歩いてきた木槿がアイスコーヒーを彼女へ手渡した。
「月には石の椅子か月鉱なんかで作った金属綿しかないからな。」
「あーそれは……考えるだけで腰が痛くなってきますね……。」
一葉がコーヒーを飲み始めたのを見て、アスクがソファから飛び出す。
「それ何!?」
「コーヒーっていう物ですよ。そういえば月には飲み物がないんですっけ?」
「そうだな……そのままコーヒーを飲ませるのも紙コップごと渡すのもまだ危険だろうから――」
数分後。
「んくっんくっんくっんくっ……。」
「木槿さんどうして……哺乳瓶を持っていたんですか?お子さんとか……いましたっけ。」
「前から思ってたんだよ。何かを飲んだことがない月人に突然、飲み物を俺達のように飲ませたら溺れるんじゃないかと。」
哺乳瓶の中に入った水を飲んでいるアスクの前で一葉が怪訝な顔をして木槿を見ていた。
「……ストローじゃダメでしたか?」
「ふむ、確かにそうだな。まぁ面白い物が見れているしいいじゃないか。」
「(面白い物……?月人が初めて何かを飲んでるからかな……?)」
木槿と一葉の間で渦巻く例えがたいオーラを感じたアスクが首を傾げる。
「面白い物ってなんですか……コレ、もしロベリアさんが見たら……あ……もういないのか……。」
俯く一葉の隣でコーヒーを啜っていた木槿の白衣の中から電子音が鳴り響く。
「ん?コリウスからか。」
携帯を取り出した木槿の横で一葉がため息をついて、アスクを持ち上げた。
「あー……念のため、ですね。すいませんアスクさん、ちょっとこちらへ……。」
「……!?」
携帯から少しだけ漏れ出る危険な気配にアスクが眉をひそめる。
「木槿、そのパッドなんか危ない気がするけど――」
「分かっている……一葉、耳を塞いでおけ。」
白衣の中から2発の銃弾を取り出し、耳に詰めた木槿がゆっくりと携帯の応答ボタンを押した直後、素早くソファへ携帯を投げこんだ。
「木槿ええええっ!!!!緊 急 事 態 だ あ あ あ あ あ あ あ あ ! ! ! ! ! ! ! !」
「!?」
あまりの声量に部屋が少しだけ揺れた気がした。
「……あっしまった!!!!つい声のリミッターを外してしまった!!生きておるか木槿!?!?」
「無事だが、俺の部下を巻き込んでないだろうな?」
腰に手をあてながら会話を始めた木槿の後ろで一葉とアスクは目を丸くしている。
「プラスチックの哺乳瓶が割れた!?電話越しの声で……!?こ、ここに窓が無くてよかった……。」
「僕、今度からコリウスが話すたびに耳塞ごうとしちゃうかも……。」
木槿が耳にあてる事も無くソファの上に転がったままの携帯からコリウスの声が聞こえてきている。
「回収できた物を私だけで確認しておるから死神部隊の皆は近くにおらんぞ!!それよりも一刻も早く報告せねばならない事ができてな!!!!」
「報告しなければならない事とはなんだ?しかもそこまで声を張るほどの。」
電話の向こうで、コリウスが手にしていた資料を握りしめた。
「隊員と共に我々が放棄した施設を探索しに向かったら、中が何者かに荒らされていてな……!!月に関する研究サンプルや資料が盗まれていた!!!!」
「えっ!?そんな……!!」
一葉が口元を抑える。
「報告はそれだけではない!!!!道中、資料を盗み出している最中だった蟻の大群と遭遇し、襲われたのだ!!!!」
「!?」
「副隊長が断片的に竜化して焼き払ってくれたから助かったが……虫を操る方法を私は1つしか知らん!!!!」
木槿が振り返り、目を見開いていた一葉と目を合わせた。
「生きた虫と交流できるか、操れる力を持った人間が生まれた事はまだないよな。」
「そうだ!!だが、死骸なら話は変わってくる……!!!!ロベリアの奴、方法こそ分からんがやはり生き延びておるぞ!!!!」
アスクが握っていた哺乳瓶の持ち手にヒビを入れる。
「生きている……あの状況から!?!?」
「ん……!?アスク殿もいたか!!!!……その通りだ!!生き延びていると考えて間違いないだろう!!!!」
少しだけ緩んでいた空気が一気に張り詰めて、3人が互いの顔を見合わせた。
「文字通り、鼠一匹……いや蟻一匹入れないようにしなきゃならないようだな。」
――――――――
「チェスも知っているとは驚いたな。」
「滅王とアンデルセンが嗜んでいた物を俺が知らなくては……教祖は務まらない……。」
雀卓を片付けたオルカとダークリアが向かい合って心地の良い木の音を響かせていると、客間の前の廊下をロベリアが歩いていった。
「……もう戻って来たのか……。」
「やっぱり慣れてない足で歩くのは疲れるなぁ。何回も転びそうになっちゃった。」
「そうか……椅子に座って3人で麻雀でもどうかな?」
アームでロベリアを手招くオルカに、彼女も義手を振り返した。
「いいやゴメン、少し休むよぉ……。」
静かにドアを閉じ、客間の横にある自身の部屋に入ったロベリアがおぼつかない足取りで部屋の隅に置かれた巨大な冷蔵庫に向かって歩いていく。
「今日はぁ……ハナダ ソウタくぅぅぅん……!どこにしまったかなぁ?」
冷蔵庫の中に入ったロベリアが、いくつも積み重ねられた遺体袋に貼られているラベルの文字を読み取っていく。
「あは、見つけたぁ。」
遺体袋のジッパーを開けたロベリアが取り出した死体には両足がついていない。
「……柔らかくて美味しかったなぁ。でも、今は足が無くて可哀想……。」
死体を持ち上げたロベリアが白い息を漏らしながら冷蔵庫の出口に歩いていく。
「ん……?あぁ、そうだ。」
出口へ向かう途中、無造作に置かれていた遺体袋をロベリアが義手に引っかけた。
遺体と袋を持ったロベリアが冷蔵庫から出て、部屋を後にする。
「おや?」
「っ……!!」
ロベリアを目にしたダークリアが、彼女が持っているソレらを見て表情を歪ませる。
「とっととソレを俺の前から……無くせ……失せろ……化け物……!!!!」
「はいはい怖がらせてごめんねぇ。」
ロベリアが館の中を歩きまわり、やがて廊下の奥にあった1つの部屋に辿り着く。
部屋に入るとそこには1つの窓もなく、中央に異質な雰囲気を放つ機械だけが置いてあった。
「神様はどうしてこんな物を盗んだんだろーねぇ、ソウタくぅん。」
「ァ……ワ……わカらナぁイ……ヤァ、ロ、ベリあ……おねー……チャン。」
凍っていた死体の口が不気味な音を立てながら震えた。
「凍ってるのと凍ってるの同士だしぃ、上手くくっついてくれるかなぁ?」
機械の台座らしき物の上に死体を置いたロベリアが、義手にひっかけていた死体袋から傷だらけの1本の足を取り出した。
その足は女性の物のように見える。
「ボロボロだし1本しか残ってないけどぉ……膝下と腿が繋がってるからいいよねぇ。」
死体の本来の足が繋がっていたであろう場所にその自身の足であった物を合わせた後にロベリアが機械のボタンを押すと、台座に乗った死体の周りを小さな機械が飛び交い始めた。
小さな機械がレーザーを放ち、死体とロベリアの足を繋ぎ合わせていく。
やがて機械が飛び交わなくなった事を確認したロベリアは、死体に目をやった。
繋げた足が震えながら膝を曲げている。
「……ふふふふっ!!!!あははははははははっ!!あはははははははははははははははっっ!!!!!!!!」
狂ったように笑いながら崩れ落ちたロベリアが、冷たい死体の足へ頬擦りしていた。
「私の足、やっぱり死んじゃってるんだなぁコレ!!完璧にぃ!!!!私殺されちゃった!!アスク君に半分殺されちゃったぁぁっ!!!!あはははっ!!!!ふへひひひひひひひははぁっ!!!!」
どこかから微かに聞こえてくる笑い声に、ダークリアは不快感で歯を食い縛った。
向かい合ったオルカは頭蓋骨を揺らしながら笑う。
「そんなに怖い顔をしてやるなダークリア……彼女にとっては世界一楽しい人形遊びのような物なんだよ。」
自身の死んだ足を舐め回しながら、ロベリアが瞳を震わせる。
「コレはぁ……お返ししなきゃ……ダメだよねぇ!?待っててねぇ……っアスク君……うへへへへへへへへぇっ!!!!」
とある住宅街の電柱に張り紙がついている。
探しています。
2058年6月6日から小学生男児の はなだ ゆうき 君が行方不明になっています。
いつも通り家から学校へ向かっている最中に、何かに呼ばれるように路地裏へ消えていった様子が監視カメラに映っています。
青い髪に、水色の目で、行方不明になる直前には黄色い帽子とランドセルを着用していました。
些細な事でも、心当たりのある方は以下の電話番号へ――
電柱の張り紙を見上げていると、誰かが両肩に手をのせてきた。
「この子の友達ぃ?会いたいのぉ?……あぁ、よく見たら弟のソウタくんじゃん……!兄弟仲も良かったし、会いに行こっかぁ。」




