第22話「道を阻む影達」
「この景色とも"少しの間"お別れかぁ。」
建物の上から月の都市を見渡すアスクの肩に手を置きながら、レイズも神妙な表情をして都市を一望していた。
「そうね……少しの間。」
レイズが都市の平穏すぎる空気を感じながら地球を見つめている。
「木槿が言っていた、これからあの大きな大陸の隣にある細長い島にあなたを飛ばすのよ。」
「龍妖彩の列島だっけ?あそこに木槿達が居て……ん?飛ばす?待ってレイズさん、そういえば僕ってどうやって地球に送られるの?聞き忘れてたけどさ……。」
「そういえば言ってなかった……まず、今から私はあなたを連れて月の都市の外へ向かう。他の皆にバレないよう、とても速い速度でね。あなたを出発させても皆に気づかれないくらいに都市から離れられたら、月鉱で包んだ上でアナタを地球に叩き飛ばす。」
「……なるほど。」
レイズの強さを知らぬ者が聞けば、あまりにも滅茶苦茶で確実に失敗する作戦だと思うだろう。
しかし、アスクを含めた彼女の強さを知る者達にとって、その作戦は滅茶苦茶でありながらも必ず成功すると思えるような作戦だった。
「さぁ……行きましょうか。」
「……うん!!」
レイズがアスクを抱え上げ、余った手に懐から取り出した月鉱を握る。
「……はっ!!!!」
――――――――
「ふいぃ〜っ……コレで全部拭き終わったなぁっ。」
月の都市、防壁の近くで1人の月人は清々しい気分で目の前に広がる景色を見つめていた。
防衛戦に使用された後、彼の手と袖によって輝きを放つほどに拭かれたハルバードが100本ほど壁に立てかけてある。
「他の奴らよりも早く!他の奴らよりも綺麗に……!ここまで完璧な手入れをできる人間は僕以外にいな――」
いつもより強く風がふいた気がした。
少し傾いたハルバードが隣のハルバードを押し倒し、それに巻き込まれた隣の隣のハルバードも倒れた。
ハルバードのドミノ倒しである。
「……ミ°――ッ!!!!」
再び砂埃にまみれたハルバードの山を前に、月人は頭を抱えて奇妙な叫びを上げている。
――月の都市から遠く離れた地に、何の前触れも無く小さなクレーターが1つ現れた。
「着いたわよ。」
「う、うーん……。」
ふらついた様子でレイズの腕からアスクが降りる。
「一瞬ですごい移動したね……ここがその、僕を撃ち出す場所?」
月の都市が遠くに見える。
地球には……少し近づいたように見えてまったく近づいていないような、少し不思議な気分になった。
「……あの星のどこかにリプラが……。」
「月より何倍も大きいけれど、きっとすぐ会えるはずよ。」
クレーターの中心で、アスクとリプラは地球を見ていた。
2人が地球を見る視界の端に、火の粉が映る。
「……やっぱり、勝手に納得してくれるわけないわよね。」
「っ……!?」
クレーターの端から、レイズとアスクを3人の影が見下ろす。
「レイズ様……このような時に、このような場所で何をしているのですかな……?」
リメイムが杖を構える。
「……聞かなくても分かっているのでしょう?」
「……そうです。その通りです……。私達が聞きたいのは今あなた達が何をしようとしているかではない……何故このような事を実行に移したのかという事です。」
チェッカは笛を取り出し、口にあてる。
空中に舞う火の粉が、眩しく朱色に光った。
「レイズ様……何故です……我々に相談もせず、アスクを……成熟もしていない天使を地球に!1人で送ろうとしているのですか!!!!……教えてください!!あなたは、一体何を考えているんだ!!!!」
ロイヤーが苦しそうに顔を歪ませながら、火の粉を息と共に吐いている。
――――――――
「ロイヤー、チェッカ、リメイム……どうしてここにいるの……!?」
動揺するアスクの頭をレイズが撫でる。
「……私達がこの計画を隠しきれなくなるほどに、今いる天使の皆は優秀だったという事ね。」
「……どうするの?」
アスクの頭によぎった、避けたい展開。
直後に、レイズがアスクを撫でていた手で彼の後頭部を優しく押し出す。
「証明するのよ。」
「?」
「……今、ロイヤーはアスクの事をどんな存在だと言ってたかしら。」
「え、成熟もしていない天使……って言ってたよ?」
「そう、確かにあなたは私達のようにまだ大きくなってない……でも、死月鉱を操る力なら既に今までのスリエル以上にあるわ……それだけじゃなく、あなたには今までのどの月人よりも、私よりも強くなれる素質がある。」
「……。」
アスクが不安気に首元の死月鉱を触る。
「少なくとも、私や……インヘリットとリプラはあなたがとても強い人に成れると信じている。ロイヤーやチェッカ、リメイムも少しだけ、そう思ってるのかも……だからこうして止めに来た。」
「……アスク・スーリエル!!」
ロイヤーがアスクに熱風を送る。
「レイズ様はお前の事をとても高く評価しているようだな。そしてレイズ様のおっしゃる通り、俺達だってそうだ……。お前の中にある力は……『普通ではない』。だがレイズ様の今のお考えも……私達には理解できない以上、普通ではない!!未熟な天使は……素質のある天使ならば尚更!月の中で守りながら成長させ、強力な天使として月の防衛戦力として運用した方が良いはずです!!何故わざわざ堕天使の本拠地であろう、あの星へ送ろうとしているのですか!?アスクなら堕天使を皆殺しにできるとでも!?」
「皆殺しね……えぇ、そうよ。私達の敵はきっとアスクが全員倒してくれる。」
「は……?きっと……?」
周囲の暑苦しさが消えるとともに、ロイヤーが天を仰ぐ。
「……これって……!!」
ロイヤーの『魂』が青い炎と熱を纏う。
「そう……ですか。」
月の大地を、先程とはうってかわって酷く冷たい空気が包み込んだ。
というよりは……周囲の熱がロイヤーに集まり始めていた。
「……分かりましたよ、あなたがどれくらいアスクに希望を抱いているのかが。」
舞っていた火の粉も、ロイヤーの手も青く、静かに輝き始める。
「しかしその希望は……叶うはずのない幻想なのですよ。彼は……アスクは堕天使と対峙した時、リプラと共に私に守られる事しかできなかったのですから。」
「っ……。」
アスクの中で、堕天使にリプラを回収されたあの瞬間がフラッシュバックする。
「ロイヤー……あなたはこの子があんな事が起きてから何も変わってないと……変わろうとしていないと思う?」
「思いませんが、所詮変わろうとしているだけのはずです。何かの行動が身を結んだのなら、あなたが話していたようにすぐに――」
「あれはただ運が良かっただけよ、天使の姿が変わるのは実力や努力によるものじゃないわ。」
戸惑い、気圧されたアスクが無意識にレイズの背後に隠れようとするのを、レイズは彼の背中をゆっくりと押し出しながら阻止した。
「ロイヤーと戦うのは嫌?」
「……そうだよ。」
「リプラと会えなくなるよりも?」
「……それは。」
アスクが力強く前に歩き始める。
「ロイヤー、あなたとアスクの1対1でいいわよね。」
「……はい。俺ですら勝てなかった堕天使の本拠地に行くというのなら、まず俺にも勝てなきゃ話になりませんから。」
ロイヤーがクレーターを滑り降りる。
レイズが一瞬のうちに姿を消し、リメイムやチェッカの隣に立っていた。
クレーターの中心近くで、ロイヤーとアスクが見つめあう。
「アスク、決めろ。」
「……何を。」
「ここで負けたら、リプラの救出は諦めるんだ。堕天使になったアイツを打ち倒す事だけ考えろ。」
「……嫌だ!決めない!!……負けないから!!」
アスクが歯を食いしばった瞬間、ロイヤーが瞬きよりも早く繰り出した膝蹴りがアスクの顔面に襲いかかる。
「……!!」
「ロイヤー……もっと炎とか使ってさ、本気で止めに来た方がいいんじゃないかな!!僕は本気で!全力で!!前に進むんだからさ!!!!」
無称呼で作り出した死月鉱の大鎌を振り回し、アスクが眼前にあったロイヤーの膝を受け止めて彼を大きく空へ弾き飛ばす。
「いけ!!死月鉱!!!!」
クリキンディーから教わった事を意識しながら、死月鉱を変形させていく。
枝のように広がり伸びていく死月鉱がロイヤーに届きそうになった瞬間、ロイヤーの握りしめた拳が青白く輝き始めた。
「本気か……なら……俺はお前を灰にしてでも止めてやる。」
「!!」
「【怒り纏う忠義の白滅砲】。」
ロイヤーの手から巨大な青炎の光線が放たれ、真上からアスクに襲いかかる。
「うわぁぁぁっ!!?」
咄嗟に死月鉱のドームを作るが、死月鉱ではない砂で構成されていた地面が熱を帯びて赤く溶けていく。
「ふん、防いだか……だがこの様子じゃこれ以上動けないだろ?……封殺してやるよ。【怒り纏う 焔蛇・七重奏】……囲め。」
着地したロイヤーの両手から湧き出るように現れた巨大な焔蛇の群れが死月鉱のドームを包囲する。
「……レイズ様、この戦いはどうやって終わらせるのですか。」
遠くから戦いを見つめていたチェッカが隣に立つレイズの顔を覗きこむ。
「そうね……どちらかが相手の動きを完全に封じられたらそちらの勝ち……っていうのでどうかしら?」
「なるほど……では、もうすぐに決着はつきそうですな。」
リメイムが髭を撫でながら呟くと、レイズは不敵な笑みを浮かべながら腕を組み始めた。
「……それはどうかしら?」
熱で溶けた地面に足をとられながら、死月鉱にしがみついていたアスクが液体になりかけている足元を見て、何かを思い出した。
それは、アスクの出発が決まった直後に湖の底でクリキンディーが伝えてくれた事。




