第10話「迫る紫雷と翠の蔦」
「あぁ……!?おいチェッカ!今の音はなんだ!!何が起こった!!!!」
都市の方向からの大きな爆発音を聞いたインヘリットが振り向き、防壁の上に立っているチェッカへ大声をだした。
「都市の方であのバチバチ攻撃してきた光が!堕天使の力かもしれない!!」
「チッ……誰が修復すると思ってんだ!!!!さっさとコイツら全員蹴散らしてレイズの援護へ――」
刹那、迫り来る月獣の群れの中から紫雷を纏った大狼が飛び出してきた。
大狼が爪を振り下ろし、インヘリットはソレを間一髪で躱す。
「なんだコイツは……!?さっさと来いアウレオラ!!!!」
周辺から集まってきたアウレオラが大狼を取り囲もうとしたが、大狼はまるでアウレオラの性質を理解しているかのように、素早い身のこなしでそれらを全て躱す。
初めてのことにインヘリットは動揺したが、少しするとすぐに笑みを浮かべて拳を構えた。
「面白くなってきやがったじゃねぇか!!!!」
「あの狼は……!?総員!インヘリットを援護しろ!!巨大な狼を優先撃破!!!!」
大狼の姿を目にしたチェッカは他の戦っている月人達へ指示を出すと、力強く笛を吹いた。
笛の音を聞いた全員の視界に一瞬だけノイズが走り、直後に大狼のいる方向を指す矢印が現れる。
戦場の味方全体へ情報を素早く共有できる知恵の天使の能力だ。
「はぁ!?こんなデケェだけのヤツ俺1人で十分だろ!!」
「それがただ大きいだけの狼に見えますか!?」
「……見えねぇけどよ!!」
「さっき都市の方で起きた爆発もソイツみたいな奴が引き起こした可能性が高い!!他の狼や兎よりも、そいつを最優先で撃破してください!!!!」
――――――――
爆発地点近くの都市上空。
「う……い、生きてる……?」
クリキンディーが目を開くと、自身とアスクの手を掴みながらリプラが空を飛んでいた。
「これって……さっきの武器もそう!やっぱりあなた達、まだ変化していないのに能力を扱えている!」
驚いた様子のクリキンディーには目もくれず、2人は着地点を探すように都市を見渡していた。
リプラ・リュミエール、光の天使の能力。
光速を人や物に与えて飛ばすことができる他、自身にソレを与えることで瞬時に長距離を移動することができる。
光速を付与された物体は、たとえその大きさが砂の1粒程度であっても驚異的な破壊力を有し、さらに空中にある微細な塵を1点に集約することで放てる光線は、発生する熱とエネルギーによって月人の天使種さえ貫く威力を発揮する。
「リプラ……!あれ……!!」
アスクが指差した先で、3人を空に見つけた大狼が雷を纏いながら遠吠えを始めている。
「またあのバチバチが飛んでくる!」
「僕が防ぐ!リプラは降りる場所探して!!」
アスクの服のファスナーについていた紫色の宝石が強く光る。
アスク・スーリエル、死の天使の能力。
死月鉱と呼ばれる、月鉱の上位互換である宝石を自在に操ることができる。
また、その眼は生命の魂や向かってくる危険を感知することが可能である。
『死月鉱』……それは金属と宝石の性質を兼ね備えた未知の物質であり、死の天使の意思に呼応して、質量保存の法則など物理的な常識を無視しながらその形を自在に変えていく。(ミカエルの意思にもある程度呼応する。)
天使種の月人全員が扱える月鉱と比べてその硬度や変形の速度、規模は大きく優秀である。
月鉱を破壊できる他、死月鉱は死月鉱同士をぶつけても破壊することができない。
「(防ぐ……壁!壁を作れば……!)」
ファスナーから死月鉱をちぎり取って壁を作ろうとしたアスクの手を、クリキンディーが咄嗟に掴む。
「なにするのさ!?」
「あれは雷っていうの……!死月鉱は貫通される!!」
「えっ!じゃあどうすれば……!?……そうだ!」
アスクが真下へ手を向けたのに合わせて、クリキンディーも自身の手をアスクの腕に添えた。
「そう!防ぐんじゃなくて避けるの!!」
「リプラ!下に飛び込もう!!」
「えっ(クリキンディーのこと、信じていいのか分からないけど……)……わかった!!」
「(光速を受け止められるほどのフワフワを……死月鉱を繊維状に細かくして、それをたくさん……できるか分からないけど……!やるしかない――)」
地面に狙いを定めながら震えるアスクの手を、クリキンディーはしっかりと支えた。
「力を貸してあげる。」
「……?」
リプラの足が強く輝き、空へ光が広がると同時に空中から3人の姿が消える。
「【光閃の堕着】!!」
「「【霧の抱擁】!」」
またそれとほぼ同時に、都市の道を大量の死月鉱製の綿が埋め尽くした。
都市に響いていた遠吠えは止み、直後に上空を大量の雷が通り過ぎていく。
「生きてる……!上手くいった……!!」
大量の綿の上でリプラが跳ね上がる。
「や……やった……!!でもここからまた逃げなきゃ……ピリナスまで……!!」
アスクがフラフラとした様子で立ち上がり、素早く綿を萎ませていく。
「……?」
アスクは今自身が縮めている死月鉱の中に、金色の粒子がいくつか紛れ込んでいることに気づいた。
「(なんだコレ、ミカさんの持ってるでっかい剣とか、ドアの取っ手にある模様と似てるけど……ていうか、こんなたくさんの綿、初めて作れた。あと2秒はかけないとまとめきれないな……クリキンディーのおかげでコレ、作れたのかな?)」
アスクがクリキンディーに礼を言おうと振り向くと、そこに彼女の姿はなかった。
「……逃げられた!?」
慌てて辺りを見渡すと、道の先から大狼がゆっくりと迫ってきている光景が目に入ってくる。
「うわっ……仕方ない!リプラ!?また飛んで逃げ――」
アスクが振り向き、リプラが反対側の道の先を見ていることに気づいた。
反対側の道からも挟み込むように、別の大狼が迫ってきている。
2人は無言で背中を合わせ、それぞれ武器を生成して構えた。
「コレ、まずいかな……?」
「……ううん。私達2人ならやれるよ!月狼なら何体も倒したことあるんだし!!」
「……違う!そっちじゃないよ。」
この状況に相応しくないような、とても嬉しそうな声色で話しながら、アスクが近くの建物の上を見た。
空間が温まるのを感じて、リプラもアスクと同じ方向を見上げる。
「この後、僕らにどんな説教や罰が待ってるのかって……僕はそう思って『まずいかな』って言ったんだよ。」
建物の上、紅く燃え盛る炎の中にロイヤーが立っていた。
「さっきの光や死月鉱のおかげで、やっと居場所が分かったぞ……。」
呆れた様子でため息をつきながら、ロイヤーが建物から飛び降りる。
ロイヤーの着地と同時に大量の火の粉が舞い上がった。
賛美の天使の能力は魂を燃料としながら炎を発生させ、それを操る事である。
賛美の天使が出せる炎の規模や威力に限界は無く、彼はその気になれば月の地表を全て焼いてしまうこともできる。
双方から迫る大狼を確認した後、ロイヤーは素早く2人にデコピンを喰らわせた。
「いたっ!」
「びっ……。」
「何、外に出てるんだこのアホ共……!!」
「ごめんなさい……でも、怪しい月人がいたの!」
「そう!堕天使の協力者っぽい、目を包帯で覆ってる奴……!今さっき逃げられたけど……。」
「はぁ……なるほど!まんまと誘い出された訳か!!そういう時はな、まず俺やレイズ様、インヘリットとかのもっと強い者に報告して任せるものなんだ!!そもそも、レイズ様が予想していた堕天使の目的を忘れたのか!?将来有望なお前らを味方にして――」
「忘れてなかったけど……って今は説教は勘弁してよ!挟み撃ちにされてるんだよ!?」
「そうだよ!バチバチにアツアツだよ!!」
ロイヤーは身振り手振りしながら抗議するアスク達に呆れ、深い溜め息をついた後に2人を抱え上げた。
「今の悪態の分、後々に加えられると思えよ……!!」
2人を抱えたロイヤーが高く飛び上がると、彼を警戒していた大狼2匹も跳び、ロイヤーの後を追いかけ始めた。
都市の至る所で紫雷をまとった爆発が起こっている。
「レイズ様やチェッカさん達もあの大狼や堕天使と戦っているようだな……アスク!リプラ!」
ロイヤーが建物の上に降り立ち2人を降ろした直後、彼の右手から火の粉が吹き出た。
「【ウルカノス】!!」
大量の火の粉は曲剣のような形へまとまり、ロイヤーはそれを握ると、舌打ちをしてから構えをとった。
「この狼共をまず始末するぞ!!活躍次第じゃ説教も罰も無しにしてやるから、全力でお前らの才能を発揮しろ!!!!」
「「……わかった!!」」
3人が戦闘態勢に入ったのを見て、大狼達は建物の上に降り立った後に大きな唸り声を上げ始めた。
「グ ルルルル……ヴルヴル ルルルヴル……」
「グ ルヴルヴヴ……ヴヴル ヴル……」
大狼達が建物から飛び降り、3人から見えなくなった大狼達が建物の間を縦横無尽に駆け回る。
「背後をとるつもりか……?固まって警戒を――」
ロイヤーがアスク達に指示を出そうとした瞬間、3人が立っていた建物の下が眩しく光った。
弾けるように建物が崩れ、それを察知した3人は高く飛び上がる。
「「「!!」」」
崩れゆく建物が巻き上げている煙の中からそれぞれ2つの紫雷の塊が見え始めた。
「バチバチがくる!!!!」
「(さっきと違って皆離れてる……!避けられも防げもしない……しかも2発!!)」
アスクとリプラが歯を食いしばった瞬間、とても強い橙色の光が2人の視界を覆った。
「【忠義の白滅砲】!!!!」
ロイヤーが何かを握り潰すように拳を丸めた後、素早くその掌を煙の中の紫雷の方へ向けると、凄まじい勢いで圧縮された炎が大狼達の方へ放たれた。
もはや巨大な光線のようにも見えるそれは、放たれてから瞬く間に大狼2匹を消し飛ばし、崩れた建物の瓦礫や周囲の建物の表面を溶かしてしまった。
「誰が直すと思ってやがるんだ!!この害獣共が!!!!」
大狼を2匹とも倒せたことを確認したロイヤーは吐き捨てるようにそう言うと、怒りを体現するように荒々しく着地した。
「うべっ……熱!焼ける焼ける!!」
アスクとリプラは溶けかかった地面に顔から落ちると、熱がりながらロイヤーの周りを走った。
「やっぱりセラフィエルの火力はすごいね……でも今の、だいぶ疲れたんじゃ……?」
「気にするな。この程度、レイズ様の日々の苦労に比べれば砂粒に等しい。それより早くレイズ様のもとへ急ぐぞ!!」
――――――――
都市の静かな防壁近く、建物の上。
大きな穴を空けられ自立できなくなった、大量の巨大な植物の根が辺りの建物に絡みついている。
その建物もまた、いくつもの穴を空けられ崩れかかっていた。
「待ってよ!話聞いてよミカ……!!あの日からそんなに変わってないんだよ!?……フォールは……あの時ただ――うわっ危な!」
堕天使は慌ただしい様子でレイズの放つ衝撃波を避け続けている。
レイズは堕天使の言葉に耳を貸さず、ただ淡々と堕天使に向かって剣を振り回し続けている。
「……。」
おもむろに堕天使が都市の外を向いた直後、レイズは異常な気配を感じ、攻撃の手を止めて堕天使と同じ方向を向いた。
堕天使がレイズの方を向き、うっすらと目を細める。
「!」
直後、一瞬で都市の外から飛んできた紫雷の塊が、レイズに向かって突っ込んで彼女を地面へ弾き飛ばす。
「そっち優先ね……ミカ、私が行かなきゃダメだ。」
堕天使は建物から飛び降りると、建物の内部から素早く伸びてきた巨大な蔦の上に着地した。
蔦は驚異的な速度で伸び続け、堕天使を都市の奥へ運ぶ。
「さて……いよいよ会えるね、私の可愛い後輩の双子くんちゃん達♪」




