☆首輪☆
弾き出されるように部屋を出るトルン。
後を追うように私とルーヴァも部屋を出た。
「知ってるんです」
「なにを?」
廊下の壁に体重をかけるように座ってしまった彼女のとなりに私も座る。
膝を抱きかかえるように座り直した彼女に迷いを感じた。
「……ふたり」
ふたり? 神様はルーヴァとトルンの主だけじゃないのか?
「マニューバさんではないんです。それ以外にふたり」
記憶から消えてた。そういえばマニも神様だった。
「そのうちの一人が移魂を繰り返してました。そして、とても、マニューバさんに似てる……"ひと"」
ルーヴァは壁に寄りかかって何も喋らずに立っている。
「『神』で、堕霊と関わり、そして妻を殺した。それは私たちの主であった聖神ではなく……」
そこまで言って彼女は口を噤んだ。だが思い直したように視線を私の目に合わせ、
「もう、察されてるかもしれませんね。貴女の義父────彼が実験者、そして神なのです」
声が漏れることも、無かった。
察しはついていたのかもしれない。ただ、『神』、だったというのは考えつくことはなかっただろう。
そう言われると気がつくことがある。
マニだ。彼女が『神』になれたのは父が『神』だったからなのだろう。
私が『神』になれていないのは血縁関係にないから。
きゅっと拳を握りしめる。
「オリヴィア様、『神』を殺して、世界に渦巻く戦乱の混沌に火をつけてください」
そうだ、私は立ち止まり続けることなど許されない。英雄は、そういうものだから。
戦乱の世が始まる。それはすでに気配だけでなく、軍備費の拡張や、各国の増税からも醸し出されている。
ギルドマスターによると、最初の戦乱はドゥームとイセンだそうだ。
私たちも戦争の被害を最小限にとどめるべくダラニに来た。
そろそろ心を決めよう。母の仇を取るためにも私たちは義父を殺さないといけないんだから。
「……私に任せたら、黒くなっちゃうよ」
そうおどけて見せたら、ルーヴァは笑ってくれた。
「任せてよ、灰も残らないくらいにピッカピカにしちゃうんだから!」
そう言って彼らの反応を見ないように部屋を飛び出した。
部屋の前にパウロがたたずんでいた。
「マニューバ様はコチラの部屋の中にいらっしゃいます」
恭しい態度でパウロはわたしを部屋に誘い入れた。
「私には敬語なんて良いのに」
「……いえ、救世主様にタメ口など恐れ多いことでございますゆえ……。お気になさらず」
仕方ない、パウロがタメ口が嫌なら強要はすべきではないのかもしれない。
パウロの罪悪感が、それで少しでも紛れるのなら。感じる必要はないよ、ともう一度心のなかで思う。
「じゃあ、一緒に入ろう」
そう言うとパウロは一瞬戸惑ったような顔を浮かべる。だから私は無理やり手を引っ張って部屋の中に入れた。
パウロの手はもう人間のそれと違いはわからないほどで驚いた。
「どう? なんか見っけた?」
私はなるべくマルの耳元でそう言ってやった。
仕返しになるかと思ったが、驚くことはなかった。
マリが慌てて振り向いていたから驚かせてしまったのかもしれない。
「オリ、こんなの見つけたけど」
手渡されたのは不思議な封筒。
いそいそと封を開けて中身を取り出す。やる気のなさ気な文字列が優しさを少し持ってそこにいた。
『腐り落ちた橄欖が、甘みとともに木に寄りかかる。試作のオイルがとても良かったようだ』
腐り落ちたオリーブ、この頃からオリーブの木はあったらしい。
「彼は詩人なのかな?」
私の手の中にある便箋を覗き込んマルがそう言った。
私は何も言わずにその便箋をマニに渡す。
そしてマニも読んで、だが何のことだかマニもわからなかったらしくパウロに回している。
「あっ!! こんなのあった!!!」
いきなりの大声にも耐性がついてきた。
大丈夫。驚いてなんかない。
そして声を出したセレイアの元へ行く。
彼女の手にあるのは不思議なナックルのような武器。
「あれ、セレイアって鉤爪を使ってたよね?」
「うん、そうだよぉ。あぁ、覚えていてくれてたなんて……尊い……」
「友達の武器くらい覚えていて当然じゃん。セレイアその武器使って良いよ。あなたが見つけたんだから誰も文句言わないよ」
「その前にオリちゃん一回使ってみない? 私よりも上手いかもだし……」
そう言っていつの間にか背後に回り私の右手にそれをつけた。そして左手も同様につける。
「握ってみたりしてどう?」
言われるがままにそれを握ったり壁を殴ってみたりするが、しっくりこない。
「ん〜、やっぱり私は剣のほうが使いやすいかも……。わざわざ確かめさせてくれたのに、ごめんね」
「大丈夫よ、それなら私が使わせてもらうね」
ゆっくりのそれを外して彼女は手につける。
その間に彼女に聞いてみることにする。
「この壁の奥、空間ある……?」
すると彼女は壁に手を当てて、
「あるわ。それに……。扉はないわよ。だから上から侵入するか、それともここの壁を壊しちゃうか」
そう言われて少し悩んだが、
「あまり壊したくないな。いったん上いってみるか」
そう言うと彼女は紅潮させた頬を手のひらで隠すようにして、
「そうしましょう」
とだけ言った。なぜかその声が場違いに明るく、弾んでいたのかはよく分からないが。
そんな私の謎は後ろからただ視線を送るマニによって迷宮入りになる。
「部屋出てそろそろ3階行こうか」
そう言うとマニは頷いた。それぞれ部屋を漁っていた皆に声をかけ、3階へつながる階段に辿り着いた。
だがその手前にある部屋を見つけドアを開けようとするが鍵がかかっていて開きそうにない。
「後でいいんじゃない?」
「ま、マニもそう思う」
ヴェレーノの提案にマニが乗る。焦ってるのか、それともまた怯え始めたのか、素が出ている。
まあ鍵が見つからなければ壊そうと決めてようやく3階へと向かったのだ。
階段の踊り場に出ると、獣臭が漂い始め、上の方へ視線を向けるとよだれを垂らした狼が見えた。
私を見るなり突っ込んできた。
それを避けて急いで上に駆け上がる。幸いなことに空間は広く戦闘はできそうだ。
喉を鳴らしながらもう一度私に向かって飛び込んできた。
なぜここまで私を執拗に狙うのかは分からないが、こうなると倒さざるを得ない。
「さくっと、倒しちゃうよ。苦しまないようにね」
片刃剣を構え、そのまま走る。
こんなのスキルを使うまでもない。
単調な攻撃を全て避け、踊り場で尻込みしている皆に私は怖がりじゃないと見せつけなければならない。
噛みつきをジャンプで避けそのまま頭を踏みさらに跳躍する。
落下を利用して首を切り落とす。
「ざっこ」
決めゼリフを放って私の残虐さを仲間に見せることで舐められないようにする。
ニヤリと踊り場で固まっているマニたちに視線を向ける。
「オリちゃん怪我してない?」
セレイアが段差を物ともせずに走り寄ってきた。
「この程度大丈夫だよ」
腰に手の甲を当ててそう言ってやった。
あ〜あ、私のイメージ変わっちゃうかな! "頼れるお姉ちゃん"に!!
「私にお申し付けくださればオリヴィア様のお手を煩わせることなどなかったのに……」
「トルンさんあなたまだそこなのですね。私ならオリヴィア様の自信をつけるためにわ・ざ・と手を出さなかったのです」
鼻につく言い方をしていたのはサヴダシクだ。
「────あんた、やっぱおかしいのに好かれてるよ」
マニが呆れてそう言った。
サヴダシクとトルンが喧嘩に発展しそうになっているところをなんとかパウロが仲裁に入ろうとしている。
マリとマルは狼の死体を漁っている。何かを発見したようで私に渡してきた。
「これは……?」
首輪の内側に括り付けられた鍵をマルが見つけた。
「お手柄だよ!!」
マルとハイタッチして鍵を剥ぎ取って大事にしまう。
「首輪は要らないの?」
マリが私が床に置いた首輪を拾ってそう言った。
「要らないかな。犬を飼う予定はないし」
ふ〜ん、と呟いたマリ。おもむろに拾った彼女の行動を最後まで見ることは叶わなかった。
なぜなら私の視界は言い争いをするヴェレーノとルーヴァの注意のためにそらさざるを得なかったからだ。
今分かるのは次の瞬間には首輪がなくなっていたということだけだった。
大妖の拳
懐かしい玩具が棚に仕舞われた部屋で見つけた武具。
染み付いた汗の匂いがなぜか安心感を与える。
だが、それでも丁寧に手入れされていて元の持ち主がなぜこれをここにおいていったのか不思議だ。
そういえば、この武器から、獣の叫び声が聞こえた記憶がある。
それは生きようとする意思からの雄叫びなのか。それとも、愛情から零れ落ちた呻きなのか。
ネミの首輪
鍵が括り付けられた首輪。
だが、輪っかの調節の範囲が首に合わなかったのか、首ではなく穴を小さくして足についていた。
あの狼の名を従犬ネミというらしい。
私たちが引っ越したあとに義父が連れてきたそうだ。
不思議な話だ。守らせねばならないような物があるのだろうか。
下書きの手紙
可愛らしい便箋に書かれた丸文字をなぜか"くすぶりメイド"が持っている。
彼女が私に渡し損ねた手紙。
『あなたも、神になれ。掃除は先客がいるけど、黒き炎ならなれるから。
あの時と一緒で今も意地を張ってて欲しいから』
それは、私の親しか書けない手紙だった。




