☆あか☆
一柱の『上位堕霊』がヒトに憑いた。それは堕霊の国である『ヴォル』の女帝に大きな衝撃を与えた。
『悪魔女帝』は唸る。
我が子がいなくなったというのに次から次へと問題が降りかかる。
ただ同胞が入手した情報であるため、『上位堕霊』とはまだ確定していない。
そもそも『上位堕霊』は自由気まま、自由奔放なやつらで人に命令されるのが嫌いだ。
『悪魔女帝』の命令すら聞くかわからない。
そんな奴らが素直に人間などに恭順になるはずがない。人間は脆く寿命も短いのだから。
(ならば、なんらかの策略があると睨むべきか)
『悪魔女帝』を中心として派生していく堕霊は力をつけるたびに地位が上がる。そして原初たる『悪魔女帝』に近づいていくのだ。
(クソ、数が多すぎる。なぜこんな時に何個も問題が降りかかるんだ……)
額をおさえて悩む。
圧倒的な権能を持つ故に最強とも謳われる彼女にとっても我が子がそばからいなくなるというのはやはり不安なものだ。
その時使わせていた堕霊が帰ってきて跪いた。
「……発言を許す」
「はい。出所不明の堕霊がニンゲンに憑いている事実を確認しました」
やはりか。
現実を帯びた大きな問題。
「そして名を賜ったとのことです」
それに戦慄が走る。
歴戦の猛者たる側近たちもピクリと眉を動かしていた。
「お土産の堕霊は?」
「はい。観測が終わったあと、広範囲の探査機構レーダーを察知し撤退を実行しました。そして置き土産として置いてきた堕霊は彼女によっていとも容易く討たれました」
置いてきたという堕霊はかなりの力を備えていた。
調子に乗ったやつであったが仕事を全うしたとのこと。
地面下の存在すら感知するレーダーとなると特殊能力持ちのニンゲンだろう。
だがその後すぐに思い直す。
思い当たる魔物がいた。その名も『天測魔馬』という。
広い範囲を高性能の『魔力感知』を使って見つけ出してくる。
ただ乱暴な性格であるためニンゲンが飼い慣らすことができるのだろうか?
「スキルの内容は観測できたか?」
「もちろんです。堕霊を滅ぼす赤い光を呼ぶというものです」
それは我等の陣営が不利になることを意味する。
思ったよりも明らかに状況は緊迫していた──────。
そして、天界である『ガルニア』でもまた同じく激震が走っていた。
上位種たる『覚炎ノ五輪』が消えたのだ。
そして憑いた相手は眼中になかった人物だ。苗字を剥奪され、若くして佳境に立たされた。
彼女の名をオリヴィアという。
「あ〜あ。ついにアイツも憑きたいニンゲンを見つけてしまったのか。『静空ノ五輪』いや、カオスの次だ」
おちゃらけながら、そうほざいているのは男性型の天使、『滞氷ノ五輪』だ。
「黙るが良い。貴様はいつもいつもなにも考えずに事を言う」
姿勢が良いこの女性の見た目の天使は『地淵ノ五輪』。
不愉快そうに顔を歪ませた『滞氷ノ五輪』だったが、口を噤んだ。
「すまんな、遅れて」
メイドが椅子を引いてそこにドカリと座る。
「聖神様───」
その大仰な男に頬を赤らめて恍惚としている。彼女は『深雷ノ五輪』という。
「あの少女はまだ知らない事実をいくつもあるようだね」
「……と言いますと?」
大仰な男の発言を聞き返した『滞氷ノ五輪』に『地淵ノ五輪』が睨みつける。
「知りながら見るショーほどつまらないものはない。私だけが知っていれば良いのだよ」
男は『滞氷ノ五輪』の顎を撫でながらそう言う。
「キミは私の言うことだけに従っていればよいのだ」
耳元でそう囁き妖しく笑う。
「なんて、なんて羨ましいこと……」
紅潮させた頬を両手で隠すように覆う。
だけどその言葉の裏には妬みがあった。
「ああ君も来てくれたんだね」
大袈裟な動きで椅子から立ち上がり『深雷ノ五輪』に近づく────。
背後から抱きつきベタベタと彼女の顔を触る。
気持ちの悪い絵面だが、当の本人は幸せそうだ。
そしてなにかを耳打ちしていたが、それは全く聞こえなかった。
「君たちがいてくれたからこそいま私は此処にいるんだ」
聖神様はそう愉しそうに言う。
「なんて、私は幸福者なのだろうッ!!」
大きく手足を動かして全身で幸福を表している。
「愛しの我が子。あなたたちは私の『愛』なのだァ!!」
彼の可笑しさに誰も気が付かない。
俺はこの景色を幾度見ただろう。コイツのイカれ具合を誰も知らない。
『豪水ノ五輪』は無関心そうに俺の前にドカリと座っている。
「バスに私の糸が絡まった!! 糸が解れてしまう前に、糸が千切れてしまう前に」
俺達のことを糸と表現する彼に辟易する。
「後で来て、深雷ノ五輪」
名指しされたことが嬉しそうだ。
「はい、聖神様」
狂った神など本当に必要なのか。『滞氷ノ五輪』は考えを巡らせる。
私たちにある招待状が届いた。それはマーサ家のもの。
家を建てたばかりなのにもう把握しているのか、と驚く。
(最低ですわ。明らかにあなた様の世間の評判を狙っています)
サヴダシクの言葉に深く納得する。
そうだ、今さら縒りを戻そうなどとんでもない提案だ。
(そうだな。ここまで意図が見え透いているのもなかなかないな)
ルーヴァリックが私にそう言う。
「マニ〜、手紙届いていたんだけど行く?」
私が差し出した紙を受け取って内容を見ている。
「こんなの寄越してくるのか……」
マニはそのままびりびりと破く。
「行かない。こんなクソ家族に戻らない」
確固たる意志があるらしい。
破かれた紙片を拾って能力で焼き尽くす。
「そっか、よかった」
そして慣れない部屋の中を移動してカップとティーポット、そして茶葉を取って紅茶をつくる。
私がみんなに聞くと、
「飲む?」
「飲む!」
全員から勢いの良い返事を貰う。
この家は私が寝ている間に建てたらしい。だがなかなか私が起きなかったせいで新築があるのにホテル生活だったらしい。
『蒼位』の中でも上位に居たため、結構報酬は良かった。
私が寝ている間の入院費の明細を見て感謝しかない。
その辺のお金稼ぎは追加任務を受けてなんとかするとしよう。
そうそう、今日の午前中に『紅位』のバッジを受け取ってきたから給料も爆上がりだ。
これでマニ達に返金できそう。
きれいな装飾のなされたカップにルビー色の紅茶を注ぐ。
「はい」
ことん とマニの目の前にカップを置く。それをみんなに配って私のフカフカのソファーに腰掛ける。
熱いその液体を口の中に含む。良い香りを感じる。
「さっきの招待状で忘れてたけど任務あるからね」
マニがそう言ってキレイな封筒を渡してきた。
ペリ、と糊を剥がす。というか糊を使って丁寧な任務案内をされるほどになるとは。
感慨深さを感じながら中の紙を読む。
『〜護衛ミッション〜』
そう書かれていた。
そして私と、パウロ、そしてマルの指名である。
護衛対象は商団。頑張るぞ、と心に誓ったのだ。
『紅位』
国の中に数人いる強者。
ここまでこれば色々な店で優遇される。圧倒的なまでの信頼性で引く手あまただそう。
ここまで来ると中規模の商団でも雇えず、大貴族の護衛などの仕事もやってくる。
堕霊の悪夢進化
処夢→悪夢→故夢→死夢




