☆キカイ☆
赤い塊は動くたびに嫌な音がする。隙間に血がはいって錆びたのだろう。
骨組みが背中に2本生え、身体から飛び出しているがそれ以外は人間の形に近い。
「ハジメマシテだね」
機械から出る声とは思えないほど人間の声に近い。それは儚い、糸のようなものだった。
「こちらこそ」
ゆっくり瞬きをする『ザカート』。
人間らしい見た目の機械だが、手に持つダガーのような武器が煌聖ということでいいのだろうか。
いろいろ考えていたらトートがいきなり先制攻撃を仕掛けた。
「そう……、貴様らも同じ。誰も、分かってくれない」
機械仕掛けの身体は靭やかに動いて光の鞭をトートに振り、落とす。
「信託 雪の隠家」
彼女を覆うような量の雪が降って光を跳ね返す。
完全には防げなかったが、それを見越してなのか軽やかな動きで避けている。彼女はどちらにせよ当たらなかったみたいだ。
おそらく自分のスキルが通用するのかという確認だろう。そしてソレは曖昧な感じで落ち着いてしまった。
「能力 絢爛水舞!!」
彼女はヴェラで拾った剣を持って水の刃を用意している。いつでも発射できるのだろう。
鞭を放って隙だらけの機体に剣で攻撃を入れる。大した傷はつけられず反撃をすんでのところでよけている。
「能力 料理屋」
『ザカート』の下から炎を噴き出させて、私もヴェラで慣れ親しんだいつもの武器をもつ。
息を整える。とんでもない威圧感だ。
弓の形に光が集まり、矢が放たれる。
私は転がって避けて、視線を戻すと弓を撃った後隙にマニの水の刃が当たるのを確認できた。
「獣力 獣雷!」
マリは雷を武器に纏わせてこの狭い部屋の中を縦横無尽に駆け回る。
そして一気に接近して斬りかかる。私もそのタイミングで走って近寄って首を狙って斬り裂くが、計算されたような動きで致命傷を避けられる。
斬った感覚は、人だ。何度も斬った、慣れぬ感覚。
「痛いなぁ……」
血など出てないのに傷口を手で押さえている。その動きは人間そのもので気持ち悪い。その感情に負けて、思わずさがる。
「獣力 焰刃」
ヴェレーノが獣力を使っているところを初めてみた。いや、みんな初めてみたか。
というのもあまり好んで使うような性能ではないからだ。
基本的には隙の大きい攻撃であり、これだけの大人数でターゲットが分散していないと隙を狩られてしまう。
『ザカート』は炎に弱いのか怯んでいる。
その隙に私は近づいてもう一度斬りかかる。今回は抵抗されずに斬れそうだ。
だけど、マルが私の刃を弾いた。
「どうして!?」
私は思わずマルに叫んだ。
「逃げてっ!!」
その言葉を理解する前に目の前の機械が強く光っているのが目に入った。
慌てて起き上がって距離を取る。
「みんな、殺そうとするんだ。だれも、理解しようとしない」
ブツブツと呟く言葉が鮮明に耳を通り抜けて私に伝わる。
「奪い、虐げ、そして────」
ずっと感じていた違和感が明らかになった気がする。
「変えた」
その一言がズドンと心に落ちる。
機械などではない。機械人間だ。確固たる自我を持っている。
「神託 黒・双雷」
黎い雷が弾けて『ザカート』を中心として八方に広がって雷が落ちる。地面が黒く焦げる。
「なぜ、庇った!! 醜い、獣がっ!!」
「醜いのは誰だ」
ゾクッとするほどの声。
その声の発した『ザカート』は明らかにトートを殺そうとしている。
「能力 絢爛水舞!」
「能力 掃除屋!!」
『ザカート』の首を狙って走って近付いて振り抜くマニ。その攻撃を避けたところを私が斬る。
首が吹き飛んで身体を包んでいた金属片に亀裂が入る。
なのに神託はキャンセルされずトートに向けて放たれる。
「トートさん!!」
雷の弾を弾こうとするが、目前で破裂し、巻き込まれていた。
私のスキルは人を創造できる。だけどきっと自我は違う。そんなのはその人に対する冒涜であり、悪魔の所業だ。
「なんか、なんとも思わないわね」
マニは自分の心の冷たさに驚いている。
確かに悲しさはない。
もしかしたらすでに私の心は荒んで、人の生死に興味を持っていないのかもしれない。
「そういえばなんで『ザカート』を庇ったの?」
マルに聞く。あぁ、そういえばトートとはあの瞬間に対立したと思ったのかもしれない。
だけど、そんな質問がすぐに口から出るくらい私にとってトートはどうでもいい人間だった。
「わかんない。だけど、だけど、『ザカート』につらい過去を感じたんだ」
「なるほどねぇ……」
私はマルの言葉を理解して頷く。
この空気に嫌気が差したのか、それとも単純な疑問からか、マニが、
「ていうか、トートだっけ? アイツ何にもしなかったわね」
確かに。特に何もしてないかもしれない。
あれ、なんか腹たってきた。
「そういえばそうだな」
まだ体表を迸る雷がパチパチと音を立てているヴェレーノ。
いきなり肌を突き刺すような、殺気を感じる。振り返ると黒い炎を噴き出す『ザカート』。
身体を包んでいた欠片は完全に直り、完全に同化したみたいだ。
落とした小物を拾うような動作で頭を拾い上げくっつける。
「起きなくて良いよ」
マニがいきなりそう呟いた。
少しづつ歩み寄り武器を完全に仕舞う。
震えた手が『ザカート』に触れる。私は武器を持って何があっても良いように構える。
首を切った。機械だろうと人間だろうと重要な接続部である首。それを切った今、『ザカート』が起き上がるならば倒せるのか?
特に人形である以上頭に重要部品が偏ってるんじゃないのか。
「なんで……」
「みんな好きだね、『なんで』が。そんなの理由なんてない」
潔いマニ。呆けた顔の『ザカート』。
それは機械の表情ではない。色々な表情のパレットは様々な色を乗せていた。
「オリに似てるね」
「姉妹だからね」
ヒソヒソと話しているマラとマリ。
なんか恥ずかしいが、黙ってマニの動きを見る。
「君の名前は?」
「わすれた」
恨んでないと良いが。それならば私たちが負けるのは必然であろう。
「私が名前をつけても良い?」
「う、ん」
やはり、味方にするようだ。
彼女の声はまるで神様のようで。身体を、耳を包む声色はあっという間に『ザカート』を魅了したようだ。
「君の名前は、パウロ」
『ザカート』──パウロ──の見た目が変わっていく、光を帯びて。
いつぞやのマラたちのようだ。
機械の身体が靭やかな、人間の身体に変わっていく。髪が生え、女性らしい体つきになっていく。
機械由来なのか背中に生えた翼は白く美しい。
ほとんど体の一部となっていた煌聖も変化する。薄い服と、一振りの剣、大弓。
ふっくらとした胸をブカっとした服をまとっている。
そして一振りの光の剣と、彼女の背と同じくらいか、少し大きいくらいの大弓。
完全に変化は終わった。
「どう?」
マニが優しく声を掛ける。
久しぶりに会ったあのころとは性格もこの短期間でだいぶ変わった。
パウロは自分の身体をみて瞳が潤んでいる。彼女は元人間だと、再認識させられる。
「ありがとう……」
涙声の感謝の言葉はパウロが今までの苦しみから解き放たれた喜びや嬉しさ、そして少しの罪悪感を帯びている。
罪悪感を感じる必要などないだろうに。
全ては研究機関が悪かったのであり、過剰な力の譲渡など制御できるはずもない。
「ううん。これからは七人で頑張ろう」
『七人』。その言葉は間違いなく、私を仲間として捉えているということの表れだろう。
「じゃあ帰ろうか」
言いたいこと全部飲み込んで、出口へと身体を向ける。
「あの……」
パウロが私の肩に触れる。
びっくりして一瞬思考が止まった。
「すみません!」
私の反応に謝るパウロは明らかに怯えている。きっとここでのイヤな経験が今彼女をこうしている。
「気にしてないよ。それに私の方こそ首を切り落としちゃってごめん。それで、なんかあった?」
たぶん、驚かせることは相手の不覚を取るということで研究者の怒りを買ってしまうのだろう。
そしてその後にどの様なことをされていたのかは彼女の反応を見ると想像することは難しくない。
「いえ、仕方のないことです。あの、こちらに────」
迷いのない足取りから幾度となく見てきた、見せられていたということを察する。
そしていかにも普通の壁に手を開ける。だけど、その壁はふっと消えて通路が現れる。
「すみませんが、ここから先はわたくしは存じ上げないのです……」
振り返って私たちにそう言った。
「大丈夫、私たちは慣れてる」
自信満々なマニは優しくパウロに言う。
「そうだよ、行こう」
マルがパウロにそう伝えたことで私たちはさらに奥に行くことが決まったのだった。
獣力
獣の類が人化した際に使う魔法のこと。だが、あくまでも人間の仲間であるため魔法とは称さない。
スキルとはなんたるか。その解を追い求めるのは人間などではない。なぜなら、驕り怠慢でその源流を知ろうとはしないから。
だからこそ人の皮を被った獣が見つけ出すのだ。スキルとは魂である。




