☆反撃・1☆
マニが私をじっと見る。
言葉は全く発していないが何を言いたいかなど言われなくても分かる。
だがそれについては私は何も悪くない。
もっと言えばわたしも被害者だ。
部隊ごとに並んでいるなかで私達だけが横に避けてテントを用意している。
その光景は端から見たら異質なものだろう。
心ここにあらずといった感じで、テントの用意を終わらせる。
ヴェラ国政権の中心で。
「本当に預言は正しかったのでしょうか……」
「不敬ですぞっ!?」
その言葉にハッとしたように、
「失礼いたしましたっ!!」
と叫ぶがそれはもう遅いようだ。恐怖を感じ、指が震える。
「いいさ。私のもとに来なさい」
その声は聞きやすく優しい声。
それがきっと地声だ。
「はい……」
震えながら立ち上がりゆっくりと近づいていく。
その足取りは酔ったかのようだ。
そして2メートルほど距離をおいて跪く。
「さて、望みは?」
「いっ、命だけはっ……!!」
その声に憤りを感じたのかイルヤの眉間にシワが寄る。
黒い髪に少し緑がかった髪の毛が混ざって爽やかイケメンの顔とよく似合っている。
「私がそんなに人の命を奪うニンゲンに見えるのか?」
その声はいままでと違い、威圧的で恐怖の体現をしているのかのようだ。
周りの人たちも恐怖を抑えきるように努力をする。
「いえ、そのようなことは断じてっ……」
「そうか、私はニンゲンじゃないとでも……?」
彼はすでに怒りを買って、八方塞がりなのはもうわかりきっていた。だから彼は震え、怯えた。
そもそも、汚く懺悔するその姿がイルヤには腹ただしいものだったのだ。
彼は恐怖に屈し、顔が歪む。鼻水を垂らし、涙を流す。
「そうか、残念だ」
その瞬間、存在が消えた。
「始めようか」
皆、記憶を失ったかのように、心からは恐怖がなくなる。
「シャイターン、どうだ?」
黒く、薄い服を着た女性が音なく立ち上がった。
「敵国の精鋭二十余名がこの地に歩を進めております」
その話を聞いて机を何度か爪で叩く。
そしてゆっくりと口を開く。
「その情報筋は確かか?」
「勿論です」
暗くてよく顔が見えないが、その視線は自信を持ってイルヤに視線を送っているのが分かる。
その様な、雰囲気がする。
「座るが良い」
その声で頭を下げたのか、すでに座っているのか全くわからない。
髪の毛が仄かな灯りに照らされて若干見えたがそれくらいだ。
「預言だ。『我が教えに背く者、我が信徒に仇なす者、そのすべてに慈悲と死を』」
それは戦争の続行、そして全戦力の投入を指しているのだろうか。
「『負けなどない。我に勝利と夜を』」
『夜』。それは何を示すのか。
そんな疑問は決して解決されないだろう。彼らには一つしか答えがないのだから。
「「「我が神に忠誠を」」」
その言葉に満足そうに嗤った。
花が咲くような笑顔でイオアンは笑う。
「私たちは今、国境から少し手前にいる。だから敵地はすぐそこだ」
その言葉に私たちに緊張が走る。
「夜のうちに進軍をする。だから今仮眠を取ったら良いよ」
今から2時間ほどで準備を整えて出発する。
だから少しでも寝て、体力を少しでも回復させるのだ。
着々と反撃へのビジョンが見えてきた。
「征くぞ」
その言葉とともにテントはすべて亜空間に収納され、それぞれの武器を持つ。
森を抜け、川の前に来た。
「アリエル」
イオアンがアリエルの名前を呼ぶ。
「能力 土操」
アリエルが地面に手をつくとボゴッと地面が凹む。
その行動に満足したように微笑むイオアン。
少しずつ川の下にトンネルができていく。
三十分ほどで対岸まで渡りきった。
さすが舞台リーダに抜擢される先輩だ。
その実力と経験は確かだ。
そんな私たちは1日目のゴールである山麓にきていた。
そして早速穴を掘ってもらい、地下に野営地を用意する。
「不自然なほどに村がないな……」
イオアンがそう口を開けたのは寝袋の中だ。
それは自分がずっと感じてきた少しの違和感の核心をついた。
そう、それなのだろう。
「たしかに、魔物、盗賊がいないですね」
オグローにいなかったのは戦争の最中に少しずつ巻き込まれ、野営地の近くは殲滅していたからだ。
それに魔物避けの結界を張り、奇襲をされないようにいろいろと気を使っていたからだ。
その結界は張ったとたんに大きな魔素を放つため確実にバレる。
だから隠密、密入国などの際には結界は諦めるものだ。
だから多少の魔物の襲撃に備えなければならないのだが、一切寄り付かない。
その時は近くに村があることが往々にしてよくあるのだが、そういうことでもないようだ。
「好都合よ。早くねましょう」
マニが私にそういった。
そんな好都合はまんまと罠にかかっているようで不安なのだが。
「まぁそれもそうね」
イオアンがそう言うならば私はもう何も言えない。
諦めて眠りについた。
朝だ。いや、夕方か。
寝起きは朝というその固定観念を捨てていく。
焦げた匂いを感じてテントから出る。
居たのは鍋と格闘しているイオアンだ。
「おはよう」
爽やかな挨拶が耳に入ると同時にすごい顔をしている男性陣が見える。
そんな彼らに共通するのは何やら黒い物体だ。
私は彼らに近づいて聞く。
「それ何……?」
「気をつけろ、新しいぞ……」
彼は緩んだ顔を一瞬で真剣な顔に変えて小さくそういった。
スープって焦げるのか?
そしてソレは私の目の前に突き出された。
笑顔のイオアンと引き攣るイオアンの奥にいるサキエル。
彼女も犠牲者か。
「あ……、ありがとう、ございます」
私はもうそう言うしかない。
まずスープが茶色だ。透明ではなく、濁っている。
そして刺すような焦げた匂い。テントの中まで来るのだからそんなモノが手元にあるととんでもない。
恐る恐る口に運ぶ。
苦い。炭化した元野菜たちが力を失って口に残る。スモーキーを超え、不快な味だ。
ザラザラとした食感が舌を覆う。バリッと言う焦げの塊までいる。
そしてお椀に残る大量の茶色。
意を決して、胃に流し込む。
喉元過ぎれば熱さを忘れるとは言うが、これはとんでもなく残るタイプだ。
そもそも熱さというか苦さだし。
「ちなみに料理はお得意なのですか……?」
私はそうイオアンに聞いた。
「いや、実は初めてなんだよね」
衝撃だ。振り向いて男性陣に視線を送るが、誰一人として料理が得意な人はいないようだ。
「オリは得意?」
「多少は……」
その言葉に皆が目を輝かせる。
仕方なくイオアンから調理器具をいただく。
こう見えて私は自炊をしているのだ。まずタマネギをいい感じに切る。
そしてタマネギをバターと油を使って炒める。
本当は香実オイルが良いのだがそんなのを持っている人は居なかった。
鶏肉、玉ねぎ、根菜、香草を加えてひと煮立ち、そして灰汁をとる。
さすがに1時間煮たたせる。
濾したら、お酒が好きな人が居たのでその人からワインを頂いて、アルコールを飛ばしてそこに塩、香種。
そしたらいい匂いが立ち込めてきた。口の端から黒色の液体を垂らしていた人も起きてきた。うん、納得のいくスープが完成した。
パンを持ってきていたからそれを付け合わせれば完璧だ。
何個か工程を省いたから不安だが、まぁ野営中のご飯なんだ。多少は諦めてもらおう。
食べてくれたみんなは喜んでくれたことだし一安心だ。
そして、山を越える時がきた。
テントなどを全回収して土で埋める。
山脈の中でも標高800メートルくらいの山を登山する。向こうに着くのは5時間後ぐらいだろう。
と思っていたのだが、中腹付近でスカイドラゴンの影が地面に映る。
バレたのかそのまま私たちの近くまで飛来し、炎を口から吐く。
一瞬で地面がガラス状に変化してしまう。
さすがはこのメンバーだ。誰一人被弾せずに炎を避ける。
そしてイオアンはいつの間にか竜の顔の横まで近づいていた。
三叉の槍を竜の眼に深く刺す。
そのまま抜いて返り血を浴びることなく戦闘を終わらせる。
そしてまだ息のある竜にとどめの弓矢を放った。
とんでもないやつだと、思い知ったのだった。
聖躬の大弓
イオアンが愛用する大弓。
古代に作られたそれは現代技術では再現ができないと言う。
なぜならそれは無限の弓を創製し、また壊れることなどないという。
どうやって作られたのかはわかっていない。
だが、竜と悪魔に特効を持つ。
それはきっと弓使いの憧れだ。
聖躬の大槍
イオアンが愛用する三叉の大槍。それぞれに黄、蒼、紅の色を持つ。
古代に作られたそれは現代技術では再現ができないと言う。
なぜならそれは使用者の意思を感じ取り、守護、攻撃、回復をあたえるからだ。
どうやって作られたのかはわかっていない。
だが、神に特攻を持つ。
古代ならば神を屠る必要などあるまいだろうに。今となっては分からないが。




