Ⅸ
そもそも髪を伸ばすというのは貴族の特権だ
いや、正確には金持ちの特権だと言える
長髪を維持するためには大金がかかり、そこいらの平民には到底真似ができることではない
ましてここまで目を奪われるような美しい髪であれば尚更
そういう意味で、衛兵たちはシリアがはじめはどこかの貴族令嬢だと思ったのだ
……まあ、馬車を用いないところはとてもご令嬢だとは思えないのだが
しかしながら、彼女の身に纏うそれはかなり質のいいものであるのだが、王都で暮らす貴族たちが好むそれとは大きく異なっていた
彼らはとかく自分たちの財力や影響力を誇りたがるために、全体的に金糸、銀糸で刺繍を入れ、レースをこれでもかとふんだんに織り込み、仕上げとばかりに首元や指をいくつもの宝石で飾るのだ
対して彼女が身に着けているのは、王都の貴族たちのそれとは対極に位置するもの
生地の質はかなり上等なものであるということは窺わせるものの、装いなどは慎ましやかであり、品の良さを感じさせる
また身に着ける装飾品も右手の中指にはめた暗めの銀の指輪と、胸元に隠れてしまっているがおそらくはロケットだろう先の指輪と同じ色をした首元のチェーンが見えるのみ
正に自分たちは貴族には及ばないと相手を立てつつも、自分のセンスの良さを示すためにと、腕のいい商人たちが好むような服装のそれであった
だが、そうであるからこそ余計に疑問は残る
彼らはまず何よりも信用を大事にするはずだ
こんな風に外套を纏ってやってくるなんてことはありえないし、それこそ馬車を用いずに通用口から現れるなんてことはないはず
だとすれば、この少女は一体何者なのだろうか……?