Ⅴ
「その者が、御身に何か?」
「……くどいぞ」
射貫くような視線が向けられるが踏み出してしまった以上はここで引く訳にもいかない
シリアも意志を持ってまっすぐ見返せば、彼は掴んでいた少女の手を離し、まあいいだろうと呟いた
「それは、何もしなかった」
ーーはい?
思わず聞き返しそうになれば彼は何もしなかったのだと繰り返す
「いい加減俺に擦り寄る香水まみれの牝犬どもには飽いていた。それには俺と閨を共にする栄誉を与えてやろうとしたのだが、どうやらそれはその意味も、有り難さも理解出来ぬほど愚かな野良猫であったらしい」
言葉の対象を示すかのように王弟から一瞬視線を向けられた少女は口の中だけでひっと小さく悲鳴をあげた
ーーつまるところ、彼はその身分を笠に少女に伽をするようにと迫り、断られたのを無理やり手篭めにしようとしている最中だった、と
表情が強ばっていくのを抑え、つい口を突いて出そうになった言葉をなんとか飲み込む
そのまま彼と目を合わせつつ、シリアは座り込んだままで震え続ける少女を引き寄せると自分の背に隠した
「……お言葉ながら、この者は猫などではありません」
堪えつつもそれだけを返せば王弟はどうかな、と吐き捨てるだけだ
「この国の王族たる俺からすれば俺以外などそこらの虫や獣と変わらん
ならばせめてその毛並みや可憐な鳴き声でせいぜい俺を愉しませるのが道理というものだ」
「……それは国を導くべき王族の方々の行いではありません」
「さあな。俺の行いは俺が決める。少なくともーー、」
怯まず諌めるような言葉を投げたシリアに青雹の瞳の青年はただ見下したかのような眼差しを向け続けていた
「俺の庭へと迷い込んだ羽色の珍しい雛鳥に決められるようなものではあるまい」
その言葉に若干雲行きの怪しさを感じたシリアは、彼と対峙したままで少女の手を引き自分の足で立たせると彼女をそっと後ろに押しやる
きちんと意図を汲み取れたのか少女は胸の前で手を組みながら小さくシリアに一礼するとそのまま青い顔で駆けていった
もはやその興味は少女からこちらへと移ったのか、凍えるような視線はシリアから離されることはない
「……では、殿下はその雛鳥をどうなさるおつもりで?」
「普通ならその身体に直接躾けてやるところだが、その夕焼け色の羽根はそれなりに目を愉しませるものであったがゆえ、特別に飽きるまでは傍に置くことを許してやろう」
「……お戯れを。鳥の子は籠の中にあっては飛ぶことを覚えられぬのです」
「随分唄うのが好きと見える。それ以上煩わせるのであればその翼を手ずから手折ってやってもよいのだぞ?」




