39 殺意
陸家の使用人頭である春衣は、最近この屋敷によく招かれる客である朱星羅に心をざわつかされている。主人である陸慶明が、星羅の生みの母である胡晶鈴を好いていたことは知っている。そのことを春衣と慶明は二人の秘め事のように隠してきた。慶明に恋してきた春衣のささやかな、彼の妻、絹枝に対する優位な事柄である。
最初の主人だった胡晶鈴のことは尊敬の念もあり、彼女が別の男を愛していたようなので恋敵ではない。気に入らないのは後から出てきた絹枝だ。
若いころの春衣の夢は、晶鈴が慶明と結ばれそのうちに妾にでもなれたらというものだった。医局長である陸慶明なら、正室に加え側室の一人や二人ぐらいいてもおかしくはなかった。春衣の夢は叶うことがなかったが、大それたものではない。
慶明が絹枝を大事に丁寧に扱っているのはわかるが、それだけだ。彼の心はいまも晶鈴に向いている。共通の秘密をもつことで親密になり、慶明が自分を好いてくれるのではと期待した。しかし期待はある意味叶い、ある意味裏切られる。
ここ12年で春衣は使用人頭となり、十分な評価と報酬と信頼を得ている。つまらない男にすがってでも生きるしかできなかった母親とは、まるで別の生き方だった。自立したいと願っていたのは嘘ではないが、慶明の愛を得たいのも事実だ。
「まさか、星羅さんを晶鈴さまの身代わりにする気じゃ……」
女教師である絹枝が、私物の書籍を見せるべく、勉強熱心な星羅をここに招き始めて数か月になる。忙しい慶明はすぐに星羅と顔を合わせることはなかったが、一度合わせると、うまい具合に都合を合わせ星羅が来ると屋敷に帰っていたりする。時には絹枝と星羅に交じって書物について話し合っていることもある。
「慶明さまの目つきが尋常ではなかった……」
熱く燃えるようなまなざしを、少女に向けているのだ。自分に対しても、もちろん絹枝に対してもそのような視線を送っているところを見たことがない。絹枝はそういう男女の機微に疎いのか、慶明の星羅に対する熱視線に気づかないようだ。
「学問だけの女だもの」
家事も、使用人に対する采配も絹枝は不得意のようで、今ではこの陸家を取り仕切っているのは春衣であるともいえる。
「あんな小娘に……」
愛されていない形だけの絹枝は敵ではなかった。尊敬していた晶鈴の娘、星羅が強敵になって登場してきた。もう2,3年もすれば星羅は少女から花が咲き誇るような麗しい乙女となるだろう。その時に慶明が星羅に対してどう出ていくかわからない。星羅の育ての親は、慶明の口利きで都での生活が安定しているのだ。実の親子でないなら余計に、星羅を側室にと求められたら家族は拒むことはない。聡明そうな星羅も、正室の絹枝と仲が良いようなので嫌がらずに輿入れするかもしれない。
「こっちは老いる一方だというのに……」
かさついた指先を見てこすり合わせ唇をかむ。
「早すぎてもだめだし、遅すぎてもだめ」
医局長で薬品のスペシャリストである慶明のそばに仕えているおかげで、春衣も薬草に詳しくなった。もちろん毒草にもだ。即効性のあるものも遅効性のあるものもよくわかっている。さらに容易に手に入れることができる。
慶明が星羅を女として欲する前になんとかしなければと、春衣は手筈を整え始めた。




