100 世界で一番幸せな化け物(終)
「だって……っ、アーサー様には、……この魔核の力の効果は、っ、ありません、よね……?」
「……。どうしてそう思うんだ?」
「っ…、城の皆さんが魔核の力を試す中、アーサー様だけは効果を試そうとなさいませんでしたし、それに以前アーサー様の魔力量は測定不能なほどあると仰っていました。だから……」
「……まぁ、そうだな。実はサラをがっかりさせてはいけないと思い一人の時に魔核を使用して魔力を吸収させてみたが、体内の魔力が減った感覚はなかった。周囲に放出される魔素の量ももちろん変わらない。
やはり俺の魔力は異常なほどあって回復力も早いためサラの力でも魔力は吸収仕切れないのだろう。
しかしだからと言ってサラが謝ることではない」
「っ、でも!!」
サラは堪えきれずに涙を零してしまい、慌てて腕でゴシゴシと拭うとアーサーにすぐ止められた。
「こら、そんなに擦っちゃだめだろう」
「うっ……ぐす…っ。………だって、私は………アーサー様を本当の孤独に、してしまった……」
アーサーに優しくしてもらう資格なんかないと分かっているのに、丁寧にハンカチで涙を拭われるとどうしても甘え縋りたくなってしまう。だがそんなことは許されない。
なぜなら、サラの力がアーサーを孤独に追いやったからだ。その責任が胸に重くのしかかり涙が止まらなかった。
サラの力は世界中の高魔力者達にとって人生を丸ごと変える希望の力だ。
今まで醜いと蔑まれていたが本来の顔を誰もが当たり前に認識出来るようになることで、もう差別に苦しむことはなくなるのだから。
アーサーがグラハドールに国中の高魔力者達を集めるまでは恋愛も結婚も出来ぬまま一人孤独に亡くなる高魔力者が多かったという話を聞くと、城にいる騎士達がそんな運命を辿らなくてよかったと心から思う。
しかしアーサーだけはサラの力の恩恵を受けることが出来ない。魔力の吸収が追いつかないほどすぐに回復してしまうからだ。
つまりサラの力が込められた魔核が世に広まるようになり、すべての高魔力者の手に渡った時―――アーサーは世界でたった一人の異質な存在となる。
「……サラは俺だけが醜いと認識される世界を恐れているんだな」
「っ、そうですよ!!一番幸せにしたかった人を……わ、私が不幸に…っ、」
「サラ、それは違う」
アーサーはポロポロと涙を零すサラを引き寄せぎゅっと抱き締める。
「俺は自分と同じように差別に苦しむ者達を一人でも多く救いたくて、これまでグラハドールに高魔力者を集めて来た。俺だけでもあいつらを認識出来ることでその心が慰められると信じて。
だからサラの力が魔素だけではなく魔力も吸収出来ると分かって嬉しかったんだ。これで世界から醜いと蔑まれて苦しむ高魔力者はいなくなる」
「……、」
「それに何百年後になるかは分からないが悪魔の数がもっと増えれば人間の退化という進化もやがて止まるはずだ。その頃には高魔力者も低魔力者も関係なくなっているかもな」
「………そう、かもしれませんが……アーサー様は、本当にそれでいいのですか………?」
サラはアーサーの背中に手を回して胸に顔を寄せると、どうしても聞きたかった質問を投げ掛けた。アーサーの顔を見て言葉とは違う本心を知ることが怖かったのでサラは俯いたままだ。
「もちろんだ。なぜなら俺にはサラがいてくれるのだから」
「私、ですか……?」
サラがノロノロと顔を上げるとアーサーの蕩けるような瞳と目が合う。
「そうだ。たとえ世界中の人間に醜いと顔を顰められようとも忌避されようとも、俺はもうなんとも思わない。サラの目に映る俺だけがすべてなんだ。
サラが側にいてくれるだけで孤独どころか世界で一番満たされた男になれる」
「でも……。もしも、ですよ?私がアーサー様より先に死んでしまったらどうするのです?私がいなくなればアーサー様の顔を認識出来る人がいなくなって、今度こそ独りになってしまうでしょう?」
「想像すらしたくないがサラのいない世界に意味などない。その時はすぐに後を追うだろうな」
「ふっ、ふふ……。だからアーサー様がそんなことを言うと冗談に聞こえないんですよ…」
「冗談ではないのだが…でもやっと笑ってくれたな」
「あ…」
アーサーがあまりにも真面目な顔で「サラが死んだら自分も死ぬ」なんて冗談を口にするものだから、サラは涙も忘れてついつい笑ってしまった。アーサー的にはガチのトーンだったが幸いにも(?)そのことには気づかなかった。
「アーサー様……。本当に私だけでいいの……?」
「むしろサラしかいらない」
アーサーは世界でたった一人「醜い」と認識される男になったとしてもサラがいればそれでいいと言う。これほど心を震わせる究極の告白があるだろうか。
サラは目の前にあるアーサーの身体に飛び付くように抱き着いた。
「アーサー様!!貴方がそう言って下さるのなら私がアーサー様を世界で一番幸せな旦那様にしてみせます!!命が尽きるその時までずっとずっと一緒です!」
「っ!ああ…、ありがとう……」
階下で騎士達が宴に興じる賑やかな笑い声が微かに聞こえる中、サラとアーサーは一つに溶け合うかのようにずっとずっと抱き締め合っていた。
***
グラハドールが「化け物達の巣窟」と呼ばれていたのはもう随分と昔のことである。
「救国の聖女」の力のおかげで高魔力者の体内にある過剰な魔力を抑える方法が確立し、体外に魔力を放出しなくなったことで高魔力者の本来の顔を誰でも認識出来るようになったからだ。
今まで醜いと蔑んでいた者達の顔が圧倒的な美しさを誇ると知った人々の掌返しは清々しいほどだったという。
いつしか「美の化身達が集う城」として有名になったグラハドール当主の城には侍女やメイド希望の女性達が殺到し、いまや、かつて女主人の着付けをする者がおらず人型魔道具が対応していたなんて考えられないほど優秀な人材で溢れ返っている。
そして中には結婚して自分の家を持つ者も何人かいたが、当時城に住んでいた騎士達のほとんどは今も変わらずグラハドール城に身を置いている。
もう誰にでも本来の顔を認識してもらえるようになり、高魔力者特有の美しさでどんな女性とでもお付き合い出来そうなものだが、どうやら元から人嫌いな性質なこともあり、あまりガツガツ来られるのが嫌だと言って中々お相手が見つからなかったようだ。
これには世の女性達を大いに失望させたが、「俺達には聖女様をお守りする使命がある」と言われては異を唱えることなどとうてい出来ない。
なぜなら救国の聖女は先に記述したとおり高魔力者の体内魔力を減らす方法を確立しただけでなく、悪魔の魔素中毒を抑える力まで持ち、彼らを側に置き身を持ってその安全性を証明することで「悪魔は決して危険ではない」と広く世に知らしめたからだ。
そもそも悪魔がいなければ人間は滅びの道を辿ることになっていたというのだから、知らなかったとはいえ人間は大きな過ちを犯していたことになる。
王家は千年前初代国王が悪魔を救うために降臨した聖女を秘匿したため過ちに気付くことが出来なかったと公にし正式に謝罪した。
このことがあり、悪魔を見る人間の目は徐々に変わっていったとはいえ、長年染み付いた意識は中々消えない。無害だと言われても悪魔はやはり遠巻きにされていた。
しかし国民の絶大な支持を得ている聖女が悪魔を重宝し続けているので、昨今では悪魔の印象はかなり改善されつつある。
彼らが使う魔術のおかげで王国の暮らしはさらに豊かなものになったから、という理由もあるが。
そんな見た目も心も美しい救国の聖女は、今や世界にたった一人の化け物となった恐ろしい辺境伯の妻だ。
聖女は辺境伯との間に見目麗しい双子の男児と女児一人をもうけている。なんでも双子の男児は辺境伯の桁違いの魔力を半分ずつ受け継いだようで、他の高魔力者同様体内魔力を抑えることが出来るらしい。これには辺境伯もホッと胸を撫で下ろしたとか。
美しい聖女と直視出来ないほど醜い辺境伯の仲睦まじく微笑み合う姿は、今日も城の至るところで目撃される。
「サラ、永遠に愛している」
「私も貴方を永遠に愛しています、アーサー様」
〈終〉
最後までお読み頂きありがとうございました!
連載中は頂いた感想を励みに、そして誤字報告を頼りにこの物語を最後まで書くことが出来ました。
ひたすらに感謝感謝です!!(*´艸`*)