第33話 出会ったのは……
俺がやられかけた瞬間、突如目の前に男が現れた。
そして俺は、その男に見覚えがあった。
何だったっけな……
「お前は……」
「騎士団長、エドワード・ルーンだ。久しいな、少年よ」
コイツは……あぁ、前にシェリアに結婚を申し出てたやつか。
「南の大陸の騎士団長が、何でこんなところに……?」
「遠出の任務でな。まぁ、これはそのついでだ」
そう言ってエドワードは、金棒を剣で薙ぎ払った。
金棒は上空へと上がり、それに釣られるようにして鬼の体勢が上がった。
途端、金棒と腕によって守られていた腹部が、一気に露わになる。
エドワードはその隙を見逃さず、一気に懐へと入ると、腹部目がけて剣を振った。
「……ダメだ」
さっきの……特大の火槍を受けてなお、あいつは無傷だった。
あいつの闘気は、並大抵の攻撃じゃ、絶対に破れやしない。
ましてや、たかが剣一本の一振り程度で、あの闘気を打ち破れるはずは……
「……はっ?」
通らないと思っていたエドワードの剣は、鬼の腹を易々と通過し、左から右へと大きな切り跡をつけた。
跡からはドクドクと血が流れ出ており、鬼も痛々しい表情をしていた。
「ば……ばかな……我の闘気を…打ち破るとは……」
「いくらお前でも、頭を潰されりゃ死ぬだろ?」
エドワードは、フンッ!と勢いよく剣を縦に振り下ろした。
鬼は金棒で、その剣を受け止めた。
「ここは退かせてもらうとする……」
そう言うと鬼は、剣を跳ね除け、一目散に後方へと走り出した。
待て、とエドワードも追いかけるが、鬼のスピードは速く、直ぐに見えなくなっていった。
「……クソ!取り逃がした!」
エドワードは、地面に向かってそんなことを叫んでいた。
「……あっ。ごめんごめん、忘れてたよ」
エドワードは申し訳なさそうに謝った。
「てか、よく俺のこと覚えてたな、あんた」
「そりゃあ、恋の好敵手を忘れるわけにはいかないだろう」
エドワードがそう言った瞬間、俺はピタリと止まった。
……はっ?
何言ってんだコイツ。
「……好敵手ってのは、一体どういう……?」
「ん?少年はシェリアちゃんの事が好きなんじゃないのか?」
……はっ?
また何言ってんだコイツ。
「シェリアのことなんて別に……」
「何だ違うのか……覚えて損した……」
勘違いしといてコイツは……!!
「それで、その肝心のシェリアはどこに……?」
「あいつなら、今は南の大陸にいる。俺だけがここに来ちまったんだ」
「来ちまった?……何があった?」
そこで俺は、俺が転移魔法陣によってここへ転移されたことを明かした。
「……なるほどな。そんでこの森にある転移魔法陣に魔力を貯めて帰ろうってわけか……」
次にエドワードは、神妙な面持ちでこう言った。
「それは無理だ」
「……はっ?」
奴のその『無理』の一言、それによって今まで我慢してきた分の苦しみが、我慢が、いっきに解放されたかのように怒りとなって爆発した。
「何だよそれ!?何か根拠でもあるのかよ!これまで二年近く我慢してきたってのに、今更そんなこと言われるのかよ!ふざけんじゃねえぞ!どれだけ我慢したと思ってたんだよ……二年だぞ!耐えられるかよこんなの!今更お前みたいな部外者に、そんなこと言われても、俺はやめねえよ!」
はあっっ……はあっ……と、まるで全速力で長距離を走ってき終わったみたいに息を吐いていた。
前を見ると、エドワードが少し戸惑った様子でこちらを見ていた。
「……はっ!?」
そうして要約、俺は自分のした事に気がついた。
俺がぶちまけたことによる、スカッとも、スッキリも、何もない。
あるのはただの、喪失感と虚しさだけだった……
今ここでこんなことを、こいつに言っても意味がないってのにな……
エドワードは、俺の豹変した態度に、最初は戸惑いつつも徐々に理解していってくれていたようで、すまない……というよな悲痛な感じの表情を滲ませてこう言った。
「……残念だが、無理なものは無理だ」
「そう…だよな……」
分かってはいたが、いざこう言葉にしてきっぱり言われてしまうと、残っていた、たった一つの希望ってやつを打ち砕かれたみたいで……
「辛いか?」
エドワードは、まるで俺の心の内を見透かしたとでも言わんばかりにそう言った。
「そりゃ……」
と、俺は言葉を置いた。
そして最後までは言わず、敢えて違うことを言ってみる。
「……なぁ、あんたならこういう時、どうする?」
俺はチラッとエドワードを見る。
エドワードは、そんなことか……?とでも言わんばかりに少し驚いた表情を見せ、そしてため息を一つ吐き、こう言った。
「俺がお前だったら、第一に大人を頼るな……」
当然だろ……といったような態度でそう言うと、エドワードは言葉を続けた。
「俺ならまだしも、お前はまだ子供……いや、ガキだぞガキ!ガキのお前が何かできるわけないだろ!」
俺は、馬鹿にしてんのか……?と思ったが、エドワードの表情はいたって真面目だった。
エドワード続けてさらにこう言った。
「だから頼れ。何もできない……だったら、俺達に大人に頼れば良い」
俺はハッとした。
何かに気づかされたわけじゃない。
ただ、こいつもそうだったのかなって思った。
頼るということを知らず、全て自分で成し遂げようとした。そして挫折した。まるで今の、俺みたいに。
エドワードの言葉には、そんな重みかあった。
大人に何か言われて気づかされる。ただ、これはそういうわけではなかった。
俺はこいつの言葉に重みを感じたわけでも、感動したわけでもなかった。
ただ、こいつの言葉が……まるで未来の自分から訴えかけられているかのような、そんな気がしたんだ。共感したともいえる。
「自分だけの力で何かをして、結局何も成し遂げられないでいるような挫折ばかりの人生よりも、もっと大人を頼って、仲間を頼って、協力して、助け合って、そうしてやっと成し遂げられた。そっちの方が良くないか?」
やっぱり、感動した……というわけではないらしい。
どうにも俺は、こいつの言葉に、重みも何も感じないらしい。
ただ、共感した。それだけだ。
……そして、ただそれだけで俺の行動する目的、理由は変わった。
「大人を頼る……か」
俺はそう言って、エドワードに手を差し出した。
「俺を連れて行け、『大人』」
とてつもなく図々しく、我儘な要求。
だが、これでいいんだ。
これがコイツの言う、『大人を頼る』ってことなんだ。
俺が満面の笑みで手を差し出すと、エドワードはその手を掴んだ。
「あぁ、よろしくな……なんて言うと思ったか!」
エドワードは突然、凶変したように俺を掴む手を振り上げた。
腕は勢いよく上へと上がり、俺も腕と共に宙を舞った。
エドワードは振り上げた手を離し、俺だけが空へと宙を舞っていた。
「うわあああぁぁぁぁー!」
俺は空中へ放り出され、悲鳴をあげた。
そしていつしか上がる勢いは無くなっていき、そのまま真下へと落下していく。
「……………」
真下にはエドワードかいたが、俺を知らんぷりしていた。
これ、マジで死んじまうって!
やばいやばいやばい、あいつ本気で助けない気だ!
うわあああぁぁぁー!
そして案の定、俺は地面に落下した。
運が悪く、頭から激突したことで、脳震盪と大量の出血が───」
「───あれ?何にもなってない」
そう、俺の体は無事だった。
いや、無事どころか無傷であった。
「お前には、礼儀ってやつを教えてやらなきゃダメらしいな!」
隣を見ると、エドワードが怒りの表情でこちらを見さげていた。
「何で怒ってんだよ!?」
「お前が礼儀知らずだからだ!」
……もしかして『大人』って言ったことか?
「いや、それは……」
そう言って欲しかったんじゃなかったのか?
「……まぁいい。さっきので怒りは止んだ」
「おいっ……!」
死ぬとこだったんだぞこの野郎。
何がまぁいいだ。
「3日後だ。王国の入り口で待ってる」
「ちょ、待てって!」
俺は問いつめようとしたが、エドワードは一瞬にして森から消えて行った。
「3日後か……」
この王国に……いや、この学校に……あいつらに、未練なんてものは……ない。
……筈だ。
アンドリューには、心残りがあった……。