一区切りにて、物語は閉じられる
青空が日本に広がっていた。
世界中では復興が進み、ヴェルサスが提供した技術によって五年は掛かる量を一年半にまで短縮している。
食料不足に難が訪れることもない。世界中に展開されている生産装置が常に稼働し、要らぬ物を要る物へと変えている。
ゴミの変換が追い付かなくなれば次に人々は主原料に二酸化炭素を利用することを決め、これ以上の自然環境の悪化を防ぐことに尽力している。
人件費の影響によってあらゆる商品を無料にすることは出来ていないが、設置前と比較してからは商品の値段は一気に安くなった。
それによって余った分の予算で給料の底上げに成功し、資金難を乗り越えた国々も非常に多い。特にゴミ集めを仕事にしていた者達の給料は軒並み上昇している。
新たな資源となったのだから当然だが、それでもごみ収集業者が静かに人気職になるなど誰が予想したというのか。
「おーい、もう朝だよ」
「――ッ、うぅん。 後三十分……」
「いや、寝過ぎだって。 仕事に遅刻するよー」
日本のとある街。
その内の一軒家。表札に最上の名が付けられたその場所の二階。寝ていた彼をポニーテールに纏めた女性が声で起こす。
広々とした部屋にはツインサイズのベッド。枕は二つ置かれ、近くには写真立ての乗った小さな棚が壁に並んでいる。
眠気眼を擦りながら起きた彼は、何とはなしに写真立てを見た。
新しく増えた複数の写真立ての中には、白の装いをした男女が静かな微笑を共に湛えている。二人の周りには様々なスーツ姿の男女が大きな笑顔と共に拍手を送っていて、その写真に映る面々は実に幸福そうだ。
ゆっくりと身体を起こし、階段を降りて風呂横の洗面台で顔を洗う。
その間に澪は手早く料理を済ませ、大きなテーブルに並べて彼を待つ。澪には自前の分解能力があるので、身体に付着した汚れは全て空気に溶けていった。
「あー、今日は何処だっけか」
頭髪の一部を跳ねながら席に着いた彩斗に澪は小さく笑い声を漏らす。
まだ眠いのか半目で、先程までの歩き方も覚束なかった。目の前に置かれた料理を食べつつ、彼は澪に予定についてを尋ねる。
「彩斗の姿で日本、アメリカ、ドイツの指南。 夜の二十一時からはレッドの姿で会議があるよ。 ちゃんとアラヤシキに来てよね」
「解ってる、解ってる。 最悪炎吹かしてそっちに突撃する」
「いや、普通に入って来てよ」
和やかな二人の会話は既に熟年夫婦のようだ。
設定上、二人は二回結婚している。彩斗としてと、レッドとしての二回だ。
レッド側は大々的なものにしたが、彩斗側は結婚届を出すだけに留めた。彩斗に関しては大々的にする程の意味も無いと二人で決め、指輪も付けずに何時もと変わらない生活を続けている。
もう互いに知らない所も無い関係だ。肌を重ねたこともあるし、何なら中身は何時でも共有可能。結婚している夫婦よりも濃い関係を築いた二人にとって、結婚という言葉は存外重くはなかった。
勿論、彩斗自身は幾分か感じるものはあったが。
「んじゃ、一先ず此処で」
「うい。 お昼くらいに一度連絡を繋げるね」
「おう」
玄関で靴を履いた彼は、澪と向かい合って軽く言葉を交わす。
そして何てことのないように二人は唇を軽く重ね、彩斗は毎朝の慣れぬ行為に照れを覚えながら足早に外へと出て行った。
澪は玄関から小走りで消えていく姿を見つつ、さてと腰に手を当てる。
彼女とて用事はある。手早く皿等を荒って仕事着へと澪は着替えた。
advanced suitは今の所三人以外には用意されていない。以前に実験として他の人形に着せて動かしてみたのだが、澪よりも処理能力に難のある彼等では操縦に一抹の不安を覚えることになった。
アップデートによる処理速度の向上は出来るが、それを全人形の為に施すとなると時間が掛かる。資源も多く消費することを鑑みれば、どうしても実行には移せなかった。
「今日は午前だけだったよね。 あの子達の監督か……」
透明化で外に出て、建物の屋上に昇ってから高速で駆ける。
目的地はフォートレスだ。最近になって発見された休眠状態の怪獣の監視が未だ新人である彼等の職務である。
人数は四人。子供三人にフローの四人は少数精鋭としては少な過ぎるが、フローや蓮司が居るお蔭で敗北の未来はまったく考えられていない。
とはいえ、子供と大人という組み合わせで子守と揶揄されることはある。時折軍隊上がりの人間が入ってきた時、相手が子供であるからと舐めて掛かるのだ。
その度に教官担当のフォートレス社員や人形達に地獄の扱きを受けることになり、近くで筋力トレーニングをしている正規部隊や子供達の姿に愕然とするのである。
「此方澪。 オペレーター、聞こえているかい?」
『フロー様ですね。 感度良好、通信妨害はありません』
「休眠中の怪獣に変化はある?」
耳に手を当て、澪はアラヤシキに通話を繋げる。
出るのは一般オペレーターを担当する人形だ。男性でありながら高い声を持った人物は、明るく現在の状況についてを説明している。
怪獣が休眠状態のままにしているのは澪の思惑だ。彼女の指示で今世界中に十三体の休眠怪獣を用意し、その全てを組織に見つけさせた。
その内のどれかが澪の指示で覚醒させる手筈となっているが、万が一にも此方の思惑を無視して覚醒する可能性もある。その場合、やっているのは星だ。
オペレーターの口からは問題無しとの報告が入ったが、油断することはしない。寝ているフリだって出来るのだから、気が緩んだ隙に襲撃を仕掛けてくることも想定に入れておくべきだ。
「今日は八番の監視に出るからドローンを何機か回しておいて。 あの子達が持ってくる分でも大丈夫だと思うけど、一応ね」
『解りました。 八番となりますと、近海に配置した個体ですね』
「うん。 回線はこれをそのまま使って。 それじゃあね」
回線を切断した頃にはフォートレスは目前にまで迫っていた。
渡辺社長の相談によって更に大きくなった本社は、今では他の大企業に負けない規模にまで成長している。
新作の数も増え、技術者達も必死になって人間としての目線でオムニックの部下と商品開発に勤しんでいた。
最近では一つで七日分は腹が空かない菓子の販売を行い、サラリーマンを中心に爆発的に売れている。ちなみにこの菓子には七日分の生活に必要な成分が入っているので、栄養の偏りを回避をすることも可能だ。
お値段三十個入りで千円。一つで七日分も持つとすれば、千円で大分節約出来る。
「ッ、フロー様。 お勤めご苦労様です」
「今日は出勤だ。 あの子達と東京近海にな」
「お話は聞いております。 ファースト・チルドレン小隊は既に地下で待機しています」
初の子供だけの部隊。
組織構造としては子供達は別々の所属であるが、纏めて管理するにはこうした方が都合が良い。鳴滝にはヴェルサスへの出向という形にし、これは現状において日本のみになっている。
今後蓮司達のような子供が入隊する機会があれば、この小隊とは別の形で纏められるだろう。
フォートレス前の門で警備隊と話し、澪はそのまま社内の地下を目指す。
大改築はまだ始まったばかりで、地下への行き来には小さなエレベーターを使っている。それでは大きな機材を持ち込むことが出来ず、フォートレスの人員のみで大規模機材を持ち込める大型エレベーターを作る予定だ。
地下は大きな広間と、左右に広がるように小さな部屋が幾つか存在する。
小さな部屋は倉庫としての役割を持ち、非常事態に備えた道具や食料等も此処に全て収められていた。
そして大きな広間には、三機の機体がその場で立っている。
壁には海にまで通じるトンネルが設けられ、生産拠点にあるような電磁加速レールが用意されていた。
中には当然子供達三人の姿。妹である奈々だけは今日は配信があるので、出撃するのは三人に決められている。
『フローさん!』
蓮司のスピーカーから聞こえる外部音声に澪は軽く手を上げるだけで応える。
他の二人も気付き、三機はコックピットを開けてその姿を晒した。彼等は揃って紺色のパイロットスーツを身に纏い、その肩にTESTの四文字が刻まれている。
「準備は出来ているようだな」
『何があるか解りませんから。 一応早朝からフォートレスで待機はしていました』
『驚かれました。 警備の、人に』
「早く来たのは良いが、休むのもお前達の仕事だ。 そんなに早く来ては代わりに監視をしてくれている者達を馬鹿にしていると言われかねんぞ」
『そんなつもりはないんですけどね……。 解りました、次は十分前くらいに到着するようにしておきます』
「そうしておけ。 ただ、大事な用がある場合は早く来ても構わん」
はい、と元気よく挨拶する三人。
子供達は各々重いものを経験したが、そんなことを気にしない程に明るく前向きだ。澪が好む暖かさを胸に、悪意と戦う姿は実に将来に期待させられる。
次代の頂点に立つのはきっと彼等になるだろう。新しく若い世代がどれだけ揃っても、きっと今の彼等に敵いはしない。
遥か未来にまで彼等の意思が続く保証は無いが、出来れば変わらずにいてほしいものだと澪は願望を抱いた。
「では、本日の予定を再度確認する」
今日もまた、澪は動く。
世界は遥かな速度で変化していき、人類は引き摺られる形で進化させられていた。
ヴェルサスは甘さを許さず、されど酷く鬼畜にもなりはしない。
悪を悪として正しく断じて、素晴らしきを掬い上げる。何時かそれで全てが素晴らしきものに彩られればと思うも、きっと人類は似た過ちを繰り返すだろう。
変わらない。変わってくれない。どれだけ彼女達が尽力しても、人類は彼等を呑み込んで元に戻ろうとする。
されど、澪も彩斗も抗うだろう。負けるものかと懸命に悪を駆逐し、人々はその姿に光を抱く。
澪はそっと自身の腹を擦った。
人類よ、闇を払拭して光を歩いてみせろ。人間を嫌う者を嘲笑える程、その身に炎を宿せ。――お前達は愛した男と同類なのだから。
星が回る。世界が回る。未来を目指して、今日も一日が過ぎていく。
遥か未来がどんな世界になっているか。現段階でそれは誰にも解らないし、きっと解ってはいけないものだ。
だから澪は見ようとしない。その未来に少々の願望を込めて、四人は怪獣の下へと出撃していった。




