何時かは去り行く男
「定期連絡によりますと、各国の軍事行動に変化はありません。 揃って怪獣のみに意識を向けているようです」
「解りました。 引き続き変化を調べてください。 変調の時点で対策が可能であれば澪様に判断を仰ぎつつ、対処に乗り出します」
了解と、アラヤシキのブリッジ内で声が響いた。
艦長用の席に座り、ミンは前を見据えたまま息を吐く。大型の前面モニターには世界地図が表示され、国ごとに色分けがされていた。
安全であれば緑。注意であれば黄色。危険であれば赤。
今の所は赤は無く、あっても黄色。その黄色もヴェルサスに影響があるのではなく、別の国に影響を及ぼす案件であると放置が決められている。
階下のオペレーターから逐一報告される情報を捌き、世界の動きをアラヤシキは確かに把握し始めていた。
それは酷く考える事の多い、複雑な業務だ。
一国内で起きている問題であればまだ簡単であるが、複数の国が絡み合った問題となるとミンだけの判断で介入するか否かを決めることは出来ない。
勿論一国内でも深刻な問題があれば澪達三人を呼んで対策を練ることもある。
計画の進行は須らく順調でなければならない。余計な障害など邪魔でしかなく、不必要であればヴェルサスの人形だけで消去に動く。
表に出しても問題が無いのであれば公に騒ぐが、国が隠しているモノに抵触しては面倒な批判は避けられない。
宗教、差別、利権ともなれば尚更だ。人間の根源にも根差した問題である以上、解決に百年か二百年は求められる。
それに、ミンの仕事はこれだけではない。
艦長であると同時に、彼女はアラヤシキの責任者としての側面も持っている。あの三人が居なかった場合、次点でトップであるのはミンだ。
勿論彼女一人で全てを決めるような真似はしない。オムニックや、それこそ先に生まれたモザンやアントといった者達に相談をすることもある。
一人の決断が愚かであることなどミンには解っていた。あらゆる出来事を最適に進める為、選択肢を複数に用意する事は常に考えておかねばならない。
世界各国の不況もそうだ。バゼルが拾ってやろうと言ったが故に、その方面についても手を広げる必要があった。
『――失礼する』
ブリッジに空気の抜ける音と共に、オムニックが入室する。
場所は二階。ミンの背後の扉が開き、そのまま彼女はミンの横に移動した。
「どうかしましたか?」
『もう直ぐ昼だ。 仕事に専念するにも、休みは入れておけ』
艦長席の机にそっとオムニックはサンドイッチの乗った皿を置く。
ミンはそちらに視線を向け、無表情だった顔を少し崩した。ブリッジの人形に少し休むことを宣言し、彼女は仕事用から私用に意識を切り替える。
顔をオムニックに向けると、彼女は今日も防護服を着込んでいた。分厚い服は声をくぐもらせ、中身よりも大きく感じさせる。
これで実際は薄幸の美少女並に線が細いのだから、ある意味詐欺だろう。
「仕事の進捗はどうですか?」
『問題無い。 予定数には今日の午後四時には達成し、後は予備部品を作るだけに留めておく』
「あまり倉庫を圧迫させないでください。 拡張は中々出来ないんですから」
『日夜発注がある状況だ。 早々に倉庫が圧迫されるとは思えないな』
肩をすくめる仕草を見て、ミンはそれもそうかとサンドイッチに口に入れた。
食事の必要が無いからといって人形達が食事を楽しまないということはない。生まれた個性によっては食事を第一とする存在も居て、彼等は任務のついでに世界各国の料理を食べては個人的評価を下している。
そのお蔭というべきか、艦内にある街の飲食店も質が高まる一方だ。元から外部の人間も満足する質を追求してはいたが、今ではそこらの店では太刀打ち出来ない程にまで品質は向上している。
彩斗や澪が頻繁に訪れる店もあり、そういった店を任せられている人形は尊敬の対象にされやすい。
「敵の製造については?」
『試行錯誤の段階としか言えないな。 何せ相手が相手だ。 どんな技術を導入しても、力押しで突破される懸念がある』
「……解ってはいましたが、長丁場になりそうですね」
『ああ。 だが――やり甲斐はある』
気合の籠った声にミンは頼もしいと小さく笑う。
オムニックは忠義者だ。それと同時に、困難に対して諦観を抱かない。今は届かずとも、明日には届かせてみせる。
自分に与えられた性能が全てではないと断じる彼女は、それ故に技術者の頂点として相応しい資質を有している。
彼女だからこそ技術が進化するだろう。澪もそれが解っていて彼女に任せている。
機体の製作や怪獣の新たなボディ製作を。その中には星への対抗も含まれ、澪との協同で実験を繰り返していた。
『長丁場になるとミンは言ったが、それでも人類からすればハイペースだろうな』
「人類の新技術と呼ばれるものは、基本的には十数年は掛かります。 そして、そんな速度では私達には遅過ぎます。 ――間に合わないなど有ってはいけないのですよ」
人類から見て、ヴェルサスの発表する技術の数々はどれでも未来的に過ぎる。
一年や二年で再現など出来る筈もない。日本では尚更遅く、再現したとしても最初に使い始めるのはアメリカやドイツだろう。
中国も可能性としては十分にある。とはいえ、やはりそれは再現止まり。
発展するまでは更なる時間が必要とされ、その間にもヴェルサスは新技術を次々に発表し続けるだろう。
追い付けない。全てが全て、あらゆる分野において発展速度が負けている。
けれどそれは、ヴェルサスにとっても普通のことではない。今も同時並行で進む実験の数々は、明らかに物資の生産速度を上回っている。
このままでは他の業務にも支障が出るだろう。他国への物資提供も今は行えず、自国内の分を賄うことで限界だ。
それでも続けるのは、一重に間に合わなくなるから。
人形の寿命はボディが更新される限り無限だ。星の終わりまで彼等は生きていくことが出来る。
けれど人間は違う。彼等は何百年も生きてはいけず、平均的には八十も年を重ねれば十分だ。
彩斗の年齢は三十に入り始めた。まだ中間に届いてはいないが、肉体の全盛が過ぎるのは人形基準ではもう間もなくだ。
彼等は間に合わせなくてはならない。
彩斗を愛しているからこそ、彼が楽しめる世界を継続させるのだ。障害を積極的に排除するのも、星への対策を行うのも、全ては彼の為。
人類という存在ではなく、彼が彼としての一生を遂げさせる為に今彼等は無理をする。
何時か去り行く。
それがどれだけ恐ろしいのかを、彼等は理解している。傍に彼が居る機会は少ないとはいえ、それでも居てくれなければ努力の意味を感じない。
多くの人間に褒められて何を喜ぶ。何を誇る。唯一無二が居ないのに、大多数からの称賛など何の意味も無い。
ミンの言葉にオムニックは重々しく頷いた。
『澪様であればあるいは寿命を延ばす術を思い付くかもしれない。 けれども、あの方がそれを望むかどうかは解らないままだ』
「……私的な予想ですが、きっと望まないのではないでしょうか」
オムニック当人は長く彼には生きてほしい。忠義を捧げる相手は澪が残っているが、それでも胸に大きな穴が開いた感覚を抱いたままだろうから。
だが、そんな思いをミンは知った上でそうはならないと予測した。
彼は人間であろうとしている。如何に超人として改造が施されても、己は結局夢や理想通りにはならない人間であると断じていた。
その彼が、仮に寿命を延ばす手段を手にしてもきっと試しはしない。刺激的に生きて、そして死ぬ。
後を押し付けたも同然であるが、それはきっと澪にとって過ごしやすい世界を作るという想いもあるのだろう。
彼女は既に彼と意識を分断している。後は完全な切り離しが済めば、もう彼の肉体に縛られることはない。
「きっと、彩斗様は澪様に自由をあげたいのだと思います。 御本人は澪様に随分注文をしたと思っておいでですから」
他者を縛り付ける男は最低だ。きっとそんな事も思っているのかもしれない。
ミンの呟きに、オムニックは暫し沈黙を続けるだけであった。




