地獄の底で生まれ変わる
「――待たせたな。 まだ死んではいないか?」
十一の攻撃が一斉に停滞する。
それは突然停滞したのではなく、壁に当たったことで自動的に終わりを迎えた自然な結末。
彩斗と人型の間に空中浮遊する土の壁があって初めて出来上がる結果が、こうして彼の眼前に形成された。突然の土壁は勿論自然に出来るものではなく、成した人物は何時の間にか彩斗の背後まで悠々と着地する。
黒いパーカーを揺らした魔王――バゼルの顔に恐怖や不安は一切無い。
壁の向こうに居る人型を見やり、これが最後の敵かとその強さを脳内で分析に掛ける。
既に情報そのものは彩斗から澪へ、澪からバゼルに流れていた。
その肉体的強度、運動性、現状把握された技術。どれを取っても既存のデータとは一致せず、全体的に上回っている。
つまるところ、やはりあの人型も時間経過と共にゆっくりと確実に変化していた。
それがどこまでいくかは定かではないものの、放置をする理由は無い。今の内に潰すのが最良だと誰しもが結論を下す。
彩斗は土色の視界をバゼルへと向ける。頼れる味方が来たのを嬉しく感じつつ、身体を覆う炎を全て消費して足を掴む指を燃やす。
元々が細い紐のような存在である以上、焼き切れるのは容易だ。切り離し、そのままバゼルの横へと跳ねた。
「すまんな、助かった」
「気にするな。 使うといい」
バゼルは胸元を漁り、カプセルを一錠取り出して彩斗に投げる。
片手で彩斗はそれを受け取り、迷わず口に放り込んで飲み込んだ。――途端に身体が回復を始め、その速度は嘗ての薬の比ではない。
一気に元通りへとなっていく姿に苦笑が出る。澪が家に残しておいた薬の試作品を引っ張り出したのだろう。
回復速度を調整していたのを彩斗は知っていて、保管していた薬の中からなるべく最初に作り出した分を持って来たのだ。
軽く右腕を振るい、痛みが無いことを確認。衝撃によって痺れや痛みを発し始めていた部位も纏めて回復したことで今の彩斗は完全な状態に戻った。
「で、どうする?」
「基本は足止め。 だが仕留められるなら仕留めろ。 ……油断だけはするなよ」
「無論だ。 だが、今の俺のバッテリーは十分ではない。 全力で稼働させた場合、三十分も保てんと思え」
「了解。 ――んじゃ、行くぜ」
軽い打ち合わせが終わった瞬間、土壁は十一の攻撃によって破壊された。
欠片となった先では急速に元に戻り始めた人型が居る。伸ばしたゴムが戻ってくるような様子を見つつ、彩斗が相手へと飛び込む。
全体を覆っても相手が怯まないのはもう解った。警戒はしても、それでも相手は飛び込んでくるのだ。
ならば、纏うは両腕だけ。全力全開で胸を殴るも、人型は彩斗の攻撃が当たる直前に肉を引き裂いて穴を作った。
その穴に彩斗の腕が通る。的確に攻撃箇所だけに穴を作った人型は、依然として口角を歪めながら左のアッパーを顎目掛けて放った。
その攻撃はしかし、彩斗に当たる前に土に掴まれる。
ルートが読み易いからこその設置防御だ。本来はもっと大型であるものの、バゼルが手軽に使える土は運んで来た僅かな分だけ。
大量の土を運べたら良かったのだが、残念ながら一度充電を挟んだことで殆どの土は置いていくことになってしまった。
それ故、防御性能そのものも決して高くはない。球体を止めた超硬度を誇る土の塊は生み出せず、アッパーも停止ではなく遅滞させるに留まった。
だが、彩斗にはそれで十分。明確に遅くなることがどれだけ有利になるかを彼はよく知っている。
穴に殴り付けた腕を引き、身体を側面に移動させながら刈り取るような蹴りを敵の胴体に食い込ませる。
アッパーを放った直後であったことも相まり、回避に一拍の間が必要な人型は直撃を受けて海面を転がった。
脇腹は足に合わせて凹み、内部にも少なくない損傷を負っている。人間サイズであることを鑑みれば重傷も重傷であるが、この程度ではやはり致命にはならない。
回復を始めた身体を立ち上がらせ、人型は顔を相手に向けた――刹那、その顔面に拳がめり込む。
二度目の転倒。認識も防御も間に合わない攻撃に人型の表情が初めて笑み以外のものへと変わる。
それは苦悶、苛立ち、嫌悪。形作った口を開け、何も無い伽藍洞の口内から音の無い叫びが発される。
そのまま駄々を捏ねる子供が如く腕や足をバタつかせ、その隙を彩斗達は見逃さない。
「回復の隙を与えるな。 相手は此方が攻勢を掛けた段階で反撃に舵を取る」
「成程。 攻撃している間は回復に意識を割けんという訳か。 ……ならばッ」
駆けながらバゼルは土を操作する。
相手が此方からの干渉によって意識の向け方を変えるのであれば、常に意識せざるを得ない状況に追いやるのみ。
両足首に土が纏わり付き、風を操って此方に引き寄せる。
収束した風は一種暴力的だ。相手は殴っても殴っても引き寄せを脱することは出来ず、自由な身である彩斗が慌てる人型に炎を浴びせる。
バゼルは常に移動していた。風で常に引き寄せながら、決して一定の範囲にまで接近させずに炎で燃やし続ける。
この方がバゼル自身のバッテリー消耗が少なく、彩斗もルートの予測が容易だ。
バゼルの居た場所に人型が通る。故に後は、相手がどれだけ何も出来ないかを維持出来るかどうか。
人型は足に力を込めて徐々に徐々にと罅を走らせ、もう一分も掛からずに解除して起き上がってくるだろう。
ただ、殴られた箇所はまったく再生していない。炎で焼かれた肌は溶け、炭となって海に流されていった。
ダメージは明確だ。明確であるも、それで安心はまったく出来ない。
「想像以上だな……。 後少しは保てると思ったのだが」
バゼルの呟きと同時、罅の走った土の拘束が割れた。
依然として風で身体は流されていたが、両腕のみで海面を叩いて飛び跳ねる。風の支配から脱したことで人型にも自由が与えられるも、その背後に彩斗が現れた。
腕のパーカー部を赤熱させ、手先を刀の形に整えて左肩に振り落とす。
燃やされる前の段階であればある程度切断に時間が掛かるが、ぼろぼろになった身体ではまともな抵抗も出来ずに左肩と左腕が別たれた。
再度人型が声にならぬ叫びを発する。
反撃で右腕を振るうも、斬り落とした後に彩斗は自身を落下させて回避していた。
何も無い空間で空振りを放った人型は更に背後から衝撃に襲われる。
やったのはバゼルだ。小規模な土の塊を構築し、ハンマーが如くに叩いて海へと落した。
休む暇など与えず、落下先には彩斗が炎を練った状態で待機している。
完全に落ちる前に人型は体勢を戻そうとするも、炎は柔軟だ。
二つの手を上に向け、火炎を放射する。再度人型の身体が火の海に沈み、再生への余裕を喪失した。
このまま押し切る。その意思の下に彩斗はバッテリーを大量に消費しつつ、全てが灰と化すのを待った。
――――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
土が炎の周りを漂っている。何か起きた場合を考え、防御に備えて油断無くバゼルは相手を睨む。
そのバゼルの耳が、不吉な音を拾った。
――――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、つ、ぃぃぃななななななななななななな。
「こいつ、なんでいきなり……」
「気を付けておけ。 何が飛び込んでくるか解らんぞ」
火の海の中で燃えているのに、彩斗とバゼルは低く恐ろしい声を捉えた。
地獄の底で燃やされながらも生に足掻く。大罪人の復讐を想起させられる声は、否応なしに胸の内の不安感を膨らませる。
このまま終わるとは思えない。彩斗の予想は――およそ最悪と表現すべき形で顕現した。
顔に目が生まれた。
顔に耳が生まれた。
顔に鼻が生まれた。
爪が伸びた、身体中がよりマッシブになっていく。
左肩の断面から肉が生まれている。何を消費しているのかも解らず、物理法則を無視しながら炎の中で新生が始まった。




