馬鹿ばっか
ゆっくりと進んでいた戦艦は日本近海に到着し、その姿を陽の下に晒す。
一番近い海岸には大慌てで自衛隊員が集まり始め、先に出撃していた戦闘機から詳細な情報が各基地に伝達されていく。
海岸には野次馬も多く出現し、隊員達が下がれと言っても聞いてはくれない。
解っているのだ。あれは敵ではなく、皆を守ってくれる大いなる兵器であると。
日本国内を守っているのは間違いなく自衛隊や警察だ。けれど、怪獣解決の方が注目を集めてしまうのは避けられない。
人は裏方に目を向けず、先頭を進む者に目を向けてしまうもの。如何に先を行く者が助けてくれた者達の名を讃えても、やはり民衆が向けるのは最も目立つ存在だ。
そして、最も目立つ存在であるヴェルサスが持って来た巨大な機動戦艦。
宙に浮く物語の産物が現実に出現し、こうして目前と言って良い距離で停止している。
興奮するなというのが無理だろう。その手の分野に精通している人間程、その荒唐無稽な姿に心臓を高鳴らせる。
どうやってあれは浮いている。どうやってあれは移動している。どうやってあれはこれまで姿を隠してこれた。
無数に浮かぶ疑問は熱を生み出し、とある掲示板やSNSを騒がせる。
「――着水します。 衝撃に気を付けてください」
注目されている戦艦。その艦内にあるブリッジにて、制御全般を担当するミンが静かに言葉を紡ぐ。
手前に置かれたキーボードを高速で動かし、彼女の立ち位置である二階の通信端末は空中に複数のディスプレイを投影する。
エンジンの状態を示す数値やバー。艦内の破損状況。乗員達の位置。
彼女は制御役であるが、同時に指示出しをする側でもある。レッドやフロー、バゼルが居ない状態でも戦艦を動かせる権限を持ち、彼女の指示によって一階のオペレーターは人間に話し掛けられない限りは機械的に従うのだ。
階下のオペレーターの一人が艦内放送を始める。
同時に近海で停止していた船は降下を開始し、ゆっくりとその身を海へと浸していく。
「着水後に各種チェックをお願いします。 同時に、オムニックさんに発進準備を進めさせてください。 カタパルトは一番と二番の両方で」
「了解しました!」
「フォートレス社の渡辺殿から通信が入っております」
「回線を此方に」
痩せぎすの人形はキーボードを操作し、彼女に回線を繋げる。
新たに投影されたモニターには渡辺の顔が表示され、目の前に出てきた少女の姿に驚いているようだった。
『……初めまして、私はフォートレス社・代表取締役社長の渡辺啓介と申します』
「初めまして。 私は機動戦艦・アラヤシキの制御兼艦長のミンです。 本日は突然の来訪、誠に申し訳ございません」
『い、いえ。 それについては及びません。 しかし、随分とお若いように見えますが……』
「お気になさらず。 これでも五年は続けておりますので」
ミンは機械的に話している。
敬語を使い、他者に不快感を与えないように脳内に幾つもの語彙を浮かばせるが――その無関心さだけは隠せようがない。
渡辺社長もそれを覚り、深く追求することは一先ず避けるべきだと軽い雑談を即座に打ち切る。
そもそも、現状は雑談をしている場合ではない。迅速に行動せねば良からぬ勢力がしゃしゃり出てくるだろう。
『では、ミン艦長。 そちらが回収したGシリーズを此方で回収させていただきます。 先程までの予定では海中よりの収容となっておりましたが、現時点からは周囲の注目を集める為に敢えて此方の基地にまで機体を飛ばします』
「勿論です。 既に発進準備を進め、パイロットも乗り込み始めています。 これより五分後に機体を出撃させ、我々はこの海に一時停泊致します」
『感謝致します。 ……その後のご予定については如何程お聞きしておりますか?』
「発表についてまでは聞いています。 レッド様やフロー様が発表の場に居るとのことでしたが、アラヤシキの艦長職として私も出席することになりました」
ぺこりとその場で頭を下げる少女を見つつ、渡辺社長も解りましたと短く返す。
その後細かい話を幾つか挟み、通信は終了。その間に三機の発進準備は整い、何処か唖然とした顔を浮かべている立花達がコックピットに乗り込む。
短い時間で整備は完全には終えていない。エネルギーの補給と浅い傷の修理のみが行われ、中規模以上の損傷については基地にて本格的に修理だ。
一機ずつ昇降機に乗せられた機体が格納庫内を移動する。
先程は上へと動いたが、今度は下に。レールに沿って動いていき、艦の半ば程の深さで特製のカタパルトに乗せられた。
『おーい、立花。 いい加減帰ってきたか?』
装甲に覆われた船の側面が一部動く。
ゆっくりと開くまでの間に土方は無事に帰還を果たし、今も唖然としていた立花に話し掛けた。
そして、そこで漸く彼もああと言葉を発する。
「なんだか狸に化かされた気分だ……」
『ま、しゃあねぇよ。 外と中の見た目に差異があり過ぎた。 ありゃ一種の詐欺だな』
『……自分は今でも信じられません。 まさかオムニックさんがあんな見た目をしているとは』
彼等は食事の時、オムニックの素顔を見た。
開発の段階で澪がギャップ萌えをテーマに定めた、作業着の内側を。
彼女が作る人形は皆全て醜悪ではない。物語に登場する美男美女のみを作り、違うのは種類の違いだけだ。
故に、内側の顔が醜悪であったとは誰も思わない。
逆に、立花達は今でも鮮明に思い出せる程度には記憶に刻まれている。ヴェルサスの人間は総じて顔が良い筈なのに、だ。
特に酷いのは立花である。彼はその顔を見た瞬間に意識の殆どを持っていかれた。
『ま、でも暫くは会えないだろうな。 この船には基本的に無能力者は入れないし』
「……どうにか会う方法はないものか」
『立花さん?』
立花の心底からの言葉に、高橋は疑問符を浮かべる。
彼の口調はこれまで聞いたことがないものだった。真剣という意味では戦闘や訓練で何度も聞いてきたが、女についてで彼が真剣になったことはない。
ならば――つまりはそういうこと。
土方は彼とは同期だ。自衛隊時代から共に過ごした仲だけに、彼の感情を察することは容易い。
立花には見えていないだろうが、今正に土方の表情は歪んでいた。面白い玩具が見つかったとばかりに、口角は限界まで吊り上がっている。
『どうしたどうした? まさか、まさか惚れちゃったり!?』
「馬鹿を言うなッ。 まだ初対面だぞ!!」
立花の返しに土方の喜悦はますます膨らむ。
恋愛。しかも堅物のように見える男が齎す、確かな一目惚れ。本人は否定しているものの、その言葉が嘘であるなど誰が聞いても解ってしまう。
平時のままで対処されれば解らなかっただろうが、こうまで露骨であれば基地に戻った後も弄られるのは明白だ。
その筆頭は間違いなく土方になるであろう。本人も率先して弄るであろうし、同時に協力を惜しむつもりもない。
『高橋、協力してくれよ。 大事な同期の応援をしたいんだ』
『勿論です! 相手方の気持ちを考えつつ、御本人が納得し易い方法を考えましょう!』
「お前等ァ! だから違うと――――」
『――あの、すいません。 早く出撃してくれませんか?』
え、と三人が揃って同じ言葉を口にする。
コックピットの全天周囲モニターの端には、ミンの呆れた顔が映っていた。他にも複数の窓から出撃せよ!と告げられ、急かされていると一目で受け取れてしまう。
正面を見れば既に発射口は完全に開かれていた。外は青空が広がり、青い海が地平線まで続いている。
「馬鹿ばっか」
ミンは通信回線を切って小声で呟き、次の瞬間に立花の絶叫が響き渡るのだった。




