オムニックの設定
商業施設として活動する船内の小規模な街の中は、無数の人々で溢れ返っている。
昼食を摂る者、服屋に展示された服を見る者、スーパーで買い物をしようと家族連れで入る者。
皆揃ってパーカーを羽織り、有事に備えながらも顔は笑みに彩られている。
空は投影された青空が広がり、床は剥き出しの鉄板。建物が普通の建築物であるが故に、パイロット三人には異世界に迷い込んだような錯覚を覚えた。
超能力者達が普通の生活を行う為に用意された空間は、成程確かに街と呼んで差し障り無い。
流石に東京程の規模は無いが、そもそも普通の船の中で街を一つ再現出来ている時点で甚だおかしいものだ。
街として機能させる広さ、それを支える船体。超重量を運ぶエネルギーも当然必要で、何よりも物を仕入れられなければ店は維持出来ない。
「幾つか飲食店はありますが、今回は和食で良いですか?」
「……和食以外にもあるんですか?」
「はい。 中華、アメリカ、ドイツ、イギリス辺りの料理は網羅していると思います。 私も全部は知らないので、もしかすればもっとあるかもしれません」
立花とミンは隣り合って歩いている。
彼女の説明に立花は感心しっぱなしで、背後に居るパイロット二名もオムニックと言葉を交わしていた。
内容は、即ち軽い雑談だ。
「あの機体の設計及び製作については私が多く関わっている。 今後要望があれば言ってくれ。 レッド様達の許可が必要だが、それさえ取ればばいくらでも改造を施そう」
「へぇ! 図体がデカいと頭が悪く見えるんだが、アンタはそうじゃないんだな」
「んん、土方さん!」
「構わん。 取り繕うのは公の場所だけで良い」
土方は元来敬語が苦手だ。生理的に肌に合わないが故に、必要ではないと思った場面では敬語を外してしまう。
それを高橋が注意するも、オムニックは気にするなと片手を振った。
相変わらずヘルメットを被っている所為で表情は解らないが、口調は穏やかそのもの。彼の在り方をそのまま肯定し、だからこそ土方も肩の力が抜け始めている。
周りを見渡すと、彼等の表情に悪いものは見受けられない。
勿論、新しく入ってきた三人に見ている者は居る。そこに僅かな警戒心があるのも当たり前な話だ。
けれど、所詮はその程度。軽い警戒で済んでいる時点で、後は放置だと決め込んでいた。
「我々は人類に猜疑的ではあるが、だからといって無闇に敵対するつもりはない。 無用な敵を生んでは本末転倒になるからな」
「人類を守る、だっけか。 なんていうか――壮大な話だよな」
「……そうだな。 万人が凡そやりたくもない目標だ」
「その口調から察するに、アンタは俺達に対してなんかある感じか?」
歯に衣を着せぬ物言いだ。相手が相手なら無礼千万として今此処で処分されても文句は言えない。
高橋は顔面を青と白で行き交い、前で聞いていたミンは内心で溜息を吐く。
この程度でオムニックは気分を害さない。事前に与えられた膨大な情報の中に彼のような失礼な人間も居ると解っているからだ。
それに、オムニックの言葉は全て演技。実際はこれから関わるのであり、現時点では船の整備担当の長でしかない。
暫しオムニックは無言となり、周囲に気まずげな雰囲気を流す。
流石の土方も直球過ぎたかと謝罪を口に出そうとして、けれど先にオムニックの方が口を開けた。
「何かある、というならば正解だ。 私は謂わば期待を裏切られた側で、この組織の活動そのものに疑問を感じている。 ……真に人は守るべき存在かとな」
それはヴェルサスでなくとも考える問題だ。
人の醜悪さを知れば知る程、助けるべきだとは思えなくなる。助ければ感謝する人間は居るが、それ以上に大多数の人間がヴェルサスに理不尽を強いるのだ。
お前達ならばもっと被害を少なく出来る。お前達ならばもっと多くの敵を倒せる。
お前達ならば、お前達ならば、お前達ならば――。
際限無く膨れ上がる理想。なまじヴェルサスがこれまで多くを解決していたが故に、SNS上に溢れる文句は酷く自分勝手に過ぎる。
「私のような不満を抱えている者はそれなりに居る。 彼等からすれば、人類もまた別種の怪獣のようにも見えるのだ」
「怪獣、ですか。 ……それは適当な表現かもしれません」
オムニックの表現に高橋は同意する。
怪獣。彼等は暴力に任せた侵略者であるが、人も集団となれば怪獣のような力を発揮する。
純粋な力では不足していても、搦手となれば人類の方が突出しているのが現状だ。
何をどうすれば苦しむのかを彼等は熟知している。故に精神的に揺さぶり続ければ、何れ破滅を迎えるだろう。
そんな姿をヴェルサスは直に見ている。見たくないものを直視せねばならず、見続ければ綺麗なままではいられない。人類による汚染は着実にヴェルサスに影響を与え、内部には確かに派閥が形成されていた。
「我等の中にも意見が違う者が居る。 言い争いは発生し、幾度となく武力を用いた戦いにまで発展しかけた。 しかし、それでもまだ我等は崩れていない。 何故か?」
「……あの三人か?」
「そうだとも。 より正確に言えば、レッド様が居るからこそ我等は纏まっている」
オムニックは確かな熱を込めて正解だと口にした。
そこにあるのは忠誠心。あるいは、度が過ぎるまでの愛。徐々に湧き出始めたオムニックの不穏な雰囲気に、二人の背筋に冷たいものが流れ込んだ。
「あの力が、あの意思が、我等をこれまで導いている。 ヴェルサス内にはあの方よりも年長者が居るが、その者達も全員が膝を折っていた。 ――崩れぬ太陽が居るからこそ、我等の中での争いは致命的にはならない」
「そ、そうですか」
冷や汗を流しつつ、高橋はオムニックに信仰心を見た。
それも中世の信徒がしているような、狂信と呼ぶべきものだ。大黒柱としてレッドはあまりに太く、大きく存在しているのだろう。
如何な意見も彼の前では総じて塵も同然。彼の意見こそが全てであり、彼が揺れない限り他の面々も揺れはしない。
逆に言えば彼が揺れた瞬間こそがこの組織が終わる時だ。強固ではあるものの、同時に確かな脆さも内包している。
「オムニックさん。 あまり重い話は理解されないので止めた方が良いと思いますよ」
「む……、そうだな。 すまないな、二人共」
「いや、別に気にしてねぇから」
「はい。 寧ろ改めて皆さんの団結力の理由を知りました」
気まずい状況にミンが言葉を挟み、それだけでオムニックの気配は平時に戻る。
内心二人はそのことに安堵しつつ、気にしてはいないと笑みを作って流した。なお立花は後方の話を聞いていなかったが、また土方が何かを言ったのだろうと呆れた眼差しを送っている。この辺に日々の信頼感があった。
五人の塊となっている集団は一つの店の中へと入っていく。
内装はモダンな喫茶店とでも言うべきもので、木製の机と椅子が並んだ店内は非常に人が多い。
ウェイトレスは男女関係無しに全員が白のシャツに黒いズボンを穿き、赤いネクタイを身に付けていた。
「いらっしゃい。 ……おや、ミンの嬢ちゃんじゃないか」
忙しい店内を見回していると、五人の横から声が掛けられる。
その人物はカウンターの前に居る客にコーヒーを差し出した後、ゆっくりと五人の前へと歩み寄った。
他の店員と同じ格好の人物は、白髪の目立つ柔和な老人である。
「こんにちは。 席はまだありますか?」
「五人分ならテーブル席があるよ。 チェンシャ、案内をしなさい」
はーいと少女の明るい声が響き、茶髪のおかっぱ頭な人物が出て来る。
彼女は酷く明かる気な顔で五人を席に案内し、濡れタオルと水を置いてからメニューを差し出して去った。
そっと立花はメニュー表を開く。中に記載された料理は、日本食が七割に洋食が三割といった何処にでもあるようなものだ。
特別な料理は何も無く、けれどそれが三人とっては有難い。聞かされていたとしても、未知の料理があるかもしれないと少々身構えていたからである。
「さて、そろそろヘルメットを脱いだらどうですか? 短い時間なら大丈夫だと聞いていますが」
「そうだな」
そして、ミンの言葉でオムニックは徐にスーツの一部を脱ぎだした。




