彼等が彼を認める理由
フォートレスは十数の階層を持つ巨大施設だ。
地表に露出している大部分は居住スペースとなっていて、工場や保管室等といった業務上必要な部屋は全て地下から四階に集中している。
その三階には訓練所が設けられ、フォートレスを守る為に日々社員達が身体を鍛えていた。
勿論、ヴェルサスのメンバーもそこを利用することが出来る。最近は休みの日になれば蓮司と奈々も通い、他のヴェルサスメンバーから鍛えられることが多い。
この日もそうだった。
彩斗が訓練所に到着すると、楓と奈々の肉弾戦の様子が見える。重い音を立てながら攻める奈々に対し、楓は基本的に防御姿勢だ。
奈々の実力は最近になってますますの向上を見せた。足技は軽やかさを保ちながらも、力の流し方を覚えたことで見た目よりも威力は高い。
防御されているとはいえ、楓でなければそう何発も維持を許さぬ攻撃は槍の一言。
金属を破壊するとまではいかないが、こと肉弾戦という分類において彼女は最早人を殺せる領域にある。
脇腹、顔面、腿、二の腕。
的確に体勢を崩そうとする姿勢は積極的だ。汗を流しながらも精彩を欠くことはなく、真剣さの中に確かな闘志を感じさせてくれた。
尤も、それで倒せるのなら苦労は無い。彼女の攻撃を楓は冷静に防ぎ、ある地点で足を掴んで片腕で壁にまで投げ飛ばす。
そのまま叩き付けられる直前に奈々は空中で体勢を整えるが、一度宙に飛ばされてしまった所為で満足な移動が行えない。
一気に接近する楓に苦し紛れの頭部への蹴りを放つも、それを首を傾けるだけで回避されて顔面を殴られた。
宙に舞っていた身体は一直線に地面に落とされ、柔らかいマットが衝撃を吸収する。
それでも完全に威力を消しきれた訳ではない。奈々は顔を上げたが、その焦点は定まってはいなかった。
勝負有りだ。揺れる視界を早急に戻せればまだ戦えると言えたが、今の奈々に立ち上がるだけの余力は無い。残念ながら、彼女はここで敗北ということだ。
「あ、ありがとう、ございました……」
「足の重心移動は見事です。 私が能力者でなければ防御を突破されていたことでしょう。 空中においての咄嗟の攻撃も、年齢を考えれば評価すべき点です」
楓が手を差し伸べ、奈々はその手を取って立ち上がる。
周囲の社員達は彼女達の攻防に息を呑んでいた。練度で言えば奈々の強さはとても大きくはないが、年齢を加味するとあまりにも非常識だ。
今の彼女に社員は勝てるだろう。だが、勝てるとはいっても決して楽勝ではない。
楓の評価も正当だ。年齢と実力が伴ってはおらず、このまま同年代になる頃には追い離されているだろうことは間違いない。
「――や。 やってるみたいですね」
そんな場に彩斗は声を掛ける。全員の視線が一斉に彼に向き、楓は彩斗に対して友好的な笑みを浮かべた。
普段が生真面目な顔であるからこそ、その微笑みの威力は高い。別の場所でアントと模擬戦をしていた蓮司も彩斗に目を向け、アントは彼に足を向けた。
「どうですか、調子は」
「良いね、よくこんな人材を見つけ出したもんだよ。 レッドさんとフローさんの目は間違いではなかったみたいだ」
アントの素直な評価に、蓮司は思わず表情を崩す。
ヴェルサスメンバーに認められることは彼にとって至上の喜びである。未だレッドには正式に認められてはいないが、他のメンバーが認めてくれているのであれば自分は成長出来ているのだろうと実感することも出来た。
それは奈々も一緒だ。彼女には特殊な力が何も無いので、純粋な力量が全てとなる。
仕事になれば彼女の実力はあまり表に出ないが、出来ることは多い方が良い。
故に、メンバーに褒められれば彼女も嬉しいのだ。役立たずだと言われることほど恐ろしいものはないのだから。
「そっちはどうして此処に?」
「少し休憩です。 先程渡辺社長との話し合いを済ませたところですので」
「そうかい。 ――じゃあ、一発此処でやらないか?」
暇潰しだと言外に語ると、アントは笑みを深めて提案する。
一発やらないか。此処でそれを言うということは、純粋な模擬戦をアントは提案したのだ。
「アント……」
「良いでしょう? 別に減るものではないんですから」
確かに減るものではない。現地協力者といえど、その役割を貰うのに実力は関係無いのだから。
秘密を守り、協力を是とし、共に困難を踏破出来る者にその役割は与えられる。
フォートレスは半ば謝罪も加わっているものの、会社そのものがヴェルサスにとってプラスに働いているので協力者と定義されているのだ。
だから模擬戦をすることそのものに特に否定材料は無い。強いて言えば本人の意思くらいなものだ。
そして、彩斗としては別段構わないと思っている。確かに敢えて実力を隠す動きはしていたが、露見したところで誰もレッドだと考え付かない。
あの圧倒的さはパーカーあってのもの。
今の彩斗でもスーツによって通常を超えた戦いが出来るが、レッド程の力は流石に出せない。
アントの提案は突然だ。しかし――面白い。
「良いですけど、満足はさせられませんよ」
「大丈夫だよ。 ……まぁでも、あのレッドと殴り合えている以上は手を抜くつもりはないけどね」
レッドと殴り合える。
その言葉がどれほどの意味を秘めているか、この場に解らない者は居ない。蓮司や奈々ですら、その事実に目を丸くした。
彩斗も珍しく驚いた表情を浮かべ、次いで苦笑する。
アントは落ち着いた青年という形で作り出した。少なくとも、此処で周囲の期待を煽るような真似はしない。
何かがあったのだ。そして、その何かは今この場に存在している。
『澪、アントに確認を取っておいてくれ』
『了解。 ま、理由は察せられるけどね』
脳内で会話しつつ、ネクタイを緩めながらマットに上る。
靴は脱がず、そのままアントと正面に位置する形で対峙。今日のアントは執事服ではなく、動き易い紺のズボンに黒シャツだ。
「武器は無し。 どちらかがダウンするまででいきましょう」
「OK。 楓さん、合図をお願いします」
「……両者、壁を壊さないようにしてください。 それでは――始め」
二人の間に立った楓が手を上げ、そして振り下ろす。
刹那、二人は拳同士を激突させていた。何が起きたのかが視認出来ず、目が良くなってきた蓮司でも薄っすらと解る程度。
二人は拳を放った次の瞬間には動作準備を済ませ、最初にアントが蹴りを放つ。
顔面と両肩を狙った三連撃。残像を残しながらの攻撃は、しかし黒髪を捉えることも出来ずに回避される。
そのまま彩斗は内側に潜り込み、胸に二発の拳を放つ。蹴りを放った直後の硬直を狙ったものの、片足だけで跳ねて空中で回し蹴りへと体勢を移行。
放たれた二撃を一掃し、回転しながら後ろに下がる。
ここまで僅か五秒。異次元の体捌きはとてもではないが真似出来るものではなく、周囲に静かな驚嘆が広がった。
アントが出来るのは良い。彼は生まれついての超人で、怪獣を倒せるだけの肉体を最初から得ている。馬鹿げた動きが出来なければ怪獣と正面から戦うことは出来ない。
だが、彩斗の方はなんだ。
あの動きはアントに間違いなく対応していた。全てを見切り、見切った上で次の動作へと移行してみせている。
「か、楓さん。 あの人、一体何者なんですか?」
震えた声で蓮司は尋ねる。今の自分よりも遥か格上の戦いを見せる男性を指差し、そんな少年の姿に楓は自慢気に答えた。
「そうですね……。 世界最高の協力者とだけ言わせていただきます」
それは蓮司達ですら一度も貰ったことのない、最大最高の賛辞であった。




