年明けが迫る
季節は冬。
厳しい寒さが続く日本は、新たな風によって賑わいを齎している。クリスマス、新年といったイベントに追加されたフォートレスの誕生を、人々は喜びと共に受け入れていた。
あの配信の後に開店された一般販売エリアには犇めく程の人間が訪れ、その全てを捌く為に社員達は悲鳴を上げながらも接客を続けた。
途中からは面白そうという理由だけでモザンが参加し始め、その騒ぎは苦しい日々の中に一瞬の恵みを与えたのである。
今、日本の高官達は自分達が生き残ることに必死だ。
既に裁かれた人間は牢屋に放り込まれ、多額の罰金を払わされている。上級国民は逮捕されないという話を聞くが、ここまで悪と見なされては誰も助けてはくれない。
逆に言えば、それほどまで追い詰められなければ逮捕はされないことになる。
改めて上級国民の権力の強さを彩斗達は知ることになるが、今回の一件によってその権力も大いに揺れた。
そして、社会の歯車を操作する側は理解したのだ。このまま迂闊にヴェルサスに手を出すようなら、破滅は免れない。
既に行ってしまった悪を必死に隠し、隠しようがないものを誰かに押し付け、押し付けられた側は憎悪と共に押し付けた者の犯罪を世間に発表する。
逮捕に次ぐ逮捕。負の螺旋は犯罪者達を地獄の底に落とし、そこには様々な会社の社長も含まれている。
彩斗達の行動は切っ掛けに過ぎないが、それは火を放ったようなもの。
風に煽られて巨大化した火災を止められる人間は居ない。それは彩斗と澪でも不可能で、発表されていく情報を見る度に人の業の深さを人々は再認識する。
「彩斗さん、不味いな」
「ええ、これは大分不味いですね」
社長室。
クリスマスを間近に控えた室内で、彩斗と渡辺は顔を合わせて同じことを呟く。
二人の手には数枚の書類。そこには開店直後からのモバイルバッテリーの販売数と利益がグラフで表されている。
犇めく程に人が訪れただけあり、工場で溜めていた完成品は全て消えた。
生産している分も完成した先から消え、今でも電話の問い合わせは絶えない。
ネットニュースでもこのモバイルバッテリーについてを流され、今ではトレンドの最上位と言っても過言ではないのである。
そう、つまるところ需要が在り過ぎて供給がまるで追い付いていない。
小型の工場では完全に供給を追い付かせることは出来ないと最初から解っていたが、まさかこんなにも足りないとは二人共思っていなかった。
「ゆくゆくは工場の拡張をと思っていたが、これは急務だぞ。 急がなければ次の製品を作るだけの余裕も無い」
「まさかここまで好調になるとは……。 ヴェルサスの人気は空我の活躍で幾分か落ちていた筈なんです。 だから買いに来るとしても、生産数を僅かに超過すると思っていたんですよ」
「――それだけ、ヴェルサスは国民の願いを叶えてくれたということだろう。 理不尽な行動が許される議員達に憎悪を抱いている人間は多いからな」
「……恐ろしい話ですね、それは」
このトレンドが開店直後から続いているのは、意図しない情報操作も含まれている。
議員によって人生を破滅させられた者。贅沢三昧を謳歌する姿に怒りを覚えた者。次は自分が議員の席を勝ち取りたいと画策する者。
各々の思惑が入り混じり、ヴェルサスを持ち上げることを彼等は話し合わさずに合致させた。
故にこのトレンドが消えることは早々には無い。フォートレスやヴェルサスが消そうとしても、人の民意は強靭だ。彩斗自身、簡単には消えてくれないだろうと溜息を吐いてしまった。
「ヴェルサスと交渉します。 工場の拡張を先ずは行いましょう。 要求される利益は大きくなってしまいますが……」
「構わんよ。 既にバッテリー一つで我々は莫大な利益を得ている。 回収を求められれば十分に渡せるさ」
最初の爆弾は最終的に核となった。
圧倒的な範囲を爆破したお蔭でフォートレスに齎された利益は信じられない程で、社員に給料を渡してヴェルサスに金を収めてもまだ余裕がある。
支援者であるヴェルサスからも理不尽な要求は無く、あくまでも常識の範囲で回収額も提示されていた。
始まりがあまりにも早過ぎたが、しかし悪い状況ではないのは確かだ。
そして、こんな好調な会社であれば様々な誘いを受けることもある。
「それと、十中八九ヴェルサスとの繋がりを持ちたいだけだろうが、工場の提供やコラボの誘いを他の会社から受けている」
「甘い蜜を吸いたいみたいですね。 ……いや、ヴェルサスの技術が欲しいと見るべきでしょうか」
「どちらもだな。 随分と持ち上げてくれたものだよ。 まぁ、今の所は保留にさせているが」
会社である以上、社会とは否応なく関わることとなる。
その中で他者と繋がることもよくある話だ。今回は魅力的な会社と繋がりを持ちたいが故に、露骨と取られても構わずに接近した。
ヴェルサスは正義を遵守する組織だ。危険な方法で繋がりを持とうとすれば、逆に自分の会社が倒産するかもしれない。
見事にヴェルサスについて誤解されているが、社会での一般常識においてヴェルサスの存在とは正にこれだ。
それが解るからこそ、渡辺も拒否はしなかった。彼等なりに今の社会を乗り切ろうとしているのが感じ取れたのだ。
社長として日があまりにも浅いが、人との付き合い方については経験もそれなりにある。雰囲気や言葉尻から真意を捉えることは出世する上で必要不可欠だ。
「では、それについてもヴェルサスに相談します。 返答はなるべく早くしますので、それまでは決定しないでください」
「解っているとも。 君達に見捨てられれば我々は今度こそ終わりだからな」
「私を含むのは止めてください。 私は貴方達と同じ立場の人間です」
「よく言う。 君と我々とではヴェルサスの信頼度が違う。 普段の態度からでもそれは顕著だ」
渡辺の断言に、彩斗は内心頭を抱えた。
実際その通りなのだ。全ての決定を下すのが彩斗なので、ヴェルサスにおいて彼が一番となっている。澪も彼の意見を最も大事にしていて、作られた者達も彼を絶対に害することが出来ないようになっているのだ。
それ故に、彼等が彩斗を大事にするのは確定路線。楓が様付けしたり、モザンが気さくに話し掛ける姿をフォートレスの社員は幾度となく見ていて、如何に彩斗が他とは違うかを明瞭にした。
これはいくら言っても直らないことでもある。だから彩斗も頭を抱えるしかない。
「そうであっても、必要であれば私を切り捨てることも彼等は行います。 ……では私はこれで」
「――そうだろうか。 私にはとてもそうは思えんよ」
背を向けた彩斗に渡辺は言葉を投げる。その言葉に彩斗は足を一瞬止めるも、何も言い返さずに退出した。
廊下を歩きながらネクタイを少し緩ませて溜息を零す。
自分で決めたことなので後悔は無いが、それでも人付き合いは面倒だ。特に鋭い人間と会話をするのは厄介極まりない。
『どうする? 頃合いを見計らって潰すかい』
『それは無しだって言ってるだろ。 澪、全員の態度を変えるのは難しいか』
脳内で響く彼女の声を否定しつつ、改善は可能かと質問する。
『出来るけど、一度設定したものを変えたら認識に齟齬が生まれるよ。 君が知るモザンや楓とは違ってしまう。 ――それでも良いならやるけど』
『なら無しだ。 知らない他人に彼女達を変えたくはない』
『そうだね。 僕としてもそれは嫌かな』
――折角君を愛する為に作ったのだから。
最後の言葉だけは胸の奥深くに封じ込め、澪は覚られないようにする。彼女の真意を知ることなく彩斗はエレベーターを下り、三階の休憩室に到着した。
設置されている自販機は手製の物。モザンが飲み物を売る為にと量産し、怖ろしい精度で今も稼働している。
購入には指紋認証が必要で、赤の他人が触れると侵入者として警報が鳴る仕組みだ。
普通の社員では金が必要となるが、彩斗であれば指紋認証だけで買える。明確な特別扱いであるものの、それについて意見するつもりは彼には無かった。
出て来たお茶を手に取ると、遠くから打撃音が聞こえる。
他の階では聞こえないこの階だからこそ聞こえる音にそういえばと彼は思い出し、暇潰しも兼ねてゆっくりと音の方に向かうのだった。




