あくまでビジネスライク
『突然だが、我々の次の行動について説明しておく』
放課後直後の生徒が帰宅する喧騒を聞きながら蓮司はチャットに送られた文面を見る。
フローからの言葉は簡潔で、短い文章であるからこそ解り易い。
迂遠な言い回しは好まないのだろう。蓮司自身もそのような言い回しは好きではないが。
『先ずはSNSによる警報は停止。 情報量が増えれば増える程、あの手のツールのサービスは不便極まりない。 これからは配信によって市井の人間に警戒を伝えていく』
『当初に想定していた通りですね』
『そうだ。 レイアウトはお前の妹のものを採用した。 既に舞台はフォートレスONE内に製作され、ヴェルサスとフォートレス双方にお前達が情報を発信する旨を伝えてある』
『了解です』
二人は会話を重ねているが、今行っているチャットは他のメンバーも見ることが出来る。既読者は名前が記され、蓮司の妹である奈々の名前もそこにはあった。
返事をするのも忘れて喜んでいるのだろう。レイアウトを考えるのは彼女の役割であり、それを全う出来たのだから。
家に帰れば機嫌の良い妹の姿を見ることも出来る筈だ。そう思うと頬は緩むも、直ぐに仕事に意識を向ける。
配信になる以上、彼等の姿は全国に映される。それをしない方法を取ることも出来たが、やはりヴェルサスのメンバーが実際にその場に居た方が信憑性が高い。
蓮司達自身も散々に注目を受けている。
今更テレビに出たとて大きな緊張を抱くことはない。情報の規模については未だに緊張することはあるが。
フローが今後の配信に向けた内容と用意すべきことを順に説明していく。
内容は主に四点。SNSの警報廃止について説明を行い、次に日本を防衛リストから排除することを宣言。
そしてフォートレスに資金と技術の提供を行っていることを告げ、最後に会社の製品を含めて宣伝も行うことになる。
SNSについては配信があるので然程大きな驚きは無いであろうが、他についてはニュースになってもおかしくない情報だ。
『配信はお前達兄妹以外にもフォートレス側の人間も参加する。 緊急配信を除けば基本的にフォートレスとの共同作業になると思え』
『……大丈夫なんですか。 見逃してくれたとはいえ、彼等は元は自衛隊組織の一員ですよ』
『裏切りは最初から想定済みだ。 ――まさか私が他組織を信頼するとでも?』
事も無げにフローは告げるが、そこに含まれた意味は凍てついている。
氷を支配する彼女らしく、基本的に彼女は他人に期待しない。裏切ることを前提に考え、それは仲間内に対しても一緒だ。
蓮司にだけは何処か期待している節があるものの、それでも裏切ってしまえば他と同様に彼女は切り捨てるだろう。
解っていることだ。彼女が最悪を想定していないことはない。
その証拠に、フォートレスはヴェルサスの内部事情を何も知らされていない状態だ。
いつ何時でも切り捨てられるようにしてあるのは、流石はフローと言える。
そしてフォートレスもそのことを理解して必死にならざるをえない。世界最強の組織が敵に回るような結果は避けたいもので、手にした技術を悪用する暇なぞ存在していないのだ。
『いいえ。 では土日のどちらかでフォートレスに赴きますね』
『そうしてくれ。 私かレッドの名前を出せば通してくれるだろうが、まぁお前も名は知られている。 入ったら案内役が来るだろうさ』
『解りました。 内容はこれで?』
『ああ。 土日のどちらかになるかはなるべく早い段階で伝えてくれよ』
チャットが切れる。
蓮司は電源を落として鞄を持ち、隣で此方を見ていた鳴滝と視線が合った。
無事に元の学校生活に戻ってから、彼女はずっと蓮司と行動を共にしようとしている。助けられた恩を返す為か、彼女なりにヴェルサスに媚を売ろうとしているのか。
その目的の深い部分については不明だが、基本的に蓮司は深く関わろうとはせずに早々に帰っていた。
「あの……先程の連絡は今後の配信についてですよね」
「……そうだが、なんだ」
未来でも見ているのか、鳴滝はピンポイントでそこに触れる。
眉を顰める蓮司は隠す道理も無いと素直に答えるが、それを聞いた鳴滝は真剣な表情で口を開けた。
「その配信に私も出ることが決定されました。 表向きは防衛リストからの排除について追加で理由を付与することですが、社長曰く友人になっておけと」
「なんだそれは……」
配信に彼女が参加すること自体は別に問題無い。
誰が参加しようとやることは変わらないのだ。しかし、友人になれというのは些かに無理がある。
今は協調路線であるが、二つの組織は決して仲が良い訳ではない。
主従関係と呼ぶべきか、支配する側とされる側の関係だ。本来であれば鳴滝は蓮司よりも立場上格下となり、彼女を好きに扱う資格も有している。
とはいえ、蓮司自身は彼女のことなどどうでも良い。そもそもレッドが何故に彼等を助けたのかも定かではないのに、彼等と手を繋いで仲良くつるむなど正直言って苦しいものがある。
「いいか、俺とお前はただのクラスメイトで組織同士の繋がりがあるだけだ。 仕事以外で関わるつもりは毛頭無い」
「……なら、仕事の時だけでも仲良くなるのは良いですか?」
請われ、彼は気付く。
彼女の目は真剣であるが、それと同時に瞳には懇願がある。社長からの言葉以外で、彼女は彼女なりの理由で蓮司と関係性を構築しようとしてるのだ。
それが何に由来するものかは彼には解らない。解らないが、一度でもその繋がりを強固にすれば厄介事が飛来するのは明らか。
相手にするべきではない。しかし、鳴滝は蓮司の言葉を待たずに詰め寄った。
「私は、その、貴方に助けられました。 あのまま放置しても良かったのに、貴方は助けてくれたんです」
蓮司の袖をつまむ素振りは、中々にいじらしい。
頬を僅かに染めているのも、男性が見れば庇護欲をくすぐられるだろう。蓮司も初めて彼女のその表情を見るが、一般的に見れば恐ろしい威力を持っている。
「友人とは関係無しに、私は貴方に恩を返したい。 だからどうか、させてはくれませんか」
美少女からの真剣な頼み。けれどそこに、残念ながら恋愛の色は無い。
あるのはただ、命の恩人に報いたいと願う心。真摯な心をぶつけられ、彼の胸には一縷の望みが去来する。
人の悪意は十分に受けた。家族には人並に愛されてはきたが、同年代からの善意については最早信じられはしない。
忘れるなかれ。忘れるなかれ。忘れるなかれ。
女とは恐ろしいものだ。演技の仮面は判別が難しく、今の蓮司では容易に見抜けはしない。
目の前の彼女とて、演技をしている線はある。
フォートレスを安泰にさせたいのであれば、ヴェルサスメンバーとの強い繋がりを築くやり方が一番手っ取り早いのだから。
可能性は高い。揺れ動いた心を精神力だけで制御し、彼は断固とした姿勢で袖を掴む彼女の手を払った。
「必要無い。 助けたのは人死にを出したくなかっただけで、お前だから助けた訳じゃない。 それに、俺とお前は何時か敵になるかもしれないということを忘れるな」
「敵になるなどッ!」
「人は弱い。 権力にも力にも簡単に屈する。 お前がどれだけ違うと言っても、状況次第じゃまだまだ裏切る可能性はあるんだ」
信頼せず、信用せず。
あくまでも仕事として配信には参加する。その意思を受け、彼女は顔を俯かせた。
強固な壁は簡単には取り除けない。同年代からの善意など、今の彼には毒にしか認識出来ないのだ。
例え揺れ動いても、それは一過性のもの。過ぎ去れば忘れる感情に、一体如何程の力があるだろうか。
俯いた彼女の横を通り過ぎて蓮司は家へと歩く。一度も振り返らぬ背中は明瞭な拒絶を表していた。




