異種・火の記憶
高密度の火柱が立ち上がり、周囲四方向に円柱の炎の壁が構築される。
それぞれの炎はレッドの足元で繋がり、無限に等しい量を供給していた。勿論その無限は見せかけであるが、見た目で勘付くのは難しい。
赤熱したパーカーは全開で冷却しているが、使用率は十割間近。増設された小手の分も全力で回しているものの、やはり長時間の運用は難しい。
そして、次の変化としてマスクが溶け出した。そのマスクは完全に溶けている訳ではないが、溶けているように演出することでレッドとしての素顔を晒すことが出来る。
「行くぞβ。 ここからが本番だ」
溶け落ちた仮面の下で用意された顔は、精悍な戦士のもの。
彩斗の顔を基本として澪レベルにまで補正を掛けたような顔は、やはり現実離れした完成度を誇る。
美しいと表現するよりは、勇壮。
遥か昔に語られる勇者を形にしたその顔に、自衛隊の面々は澪達に視線を移す。
その澪も、彼等には見えない位置でマスクを脱いでいる。これでわざわざマスクを着用する必要も無くなったと内心で喜びつつ、直ぐにアントに通信を繋げた。
『アント、いざという場合に備えてチャージを済ませておけ』
「了解です。 僕も味方に殺されるのは勘弁願いたいですしね」
先程漠然とした説明しかしなかったアントはβとの戦闘で壊れた剣を再構築する。
再充電による光の一撃は残り二回が限度だ。尤も、その二回を放出した場合アントは完全に行動することが出来なくなる。
チャージの間、イブは蓮司に語って聞かせた。この現象が一体なんであるのかを。
「僕が無意識領域から救出された話は聞いたな?」
「はい。 助け出したのはレッドさんだとも聞いてます」
「そうだ。 そして、超能力者は無意識領域に保存された人類の情報を引き出して戦うことが出来る。 これも理解しているな?」
蓮司はイブの確認に頷く。
超能力とは、謂わば大元から流れる川の一つ。各々の川には別々の情報が封入され、彼等はその川から情報を僅かに掬い上げて力としている。
僅かとはいえ、人類の歴史だ。その重みが尋常ではないことなど彼等の戦いを見れば容易に理解出来る。
「我々は一部を掬い上げているが、極めた者はその川をそのまま使うことが出来る。 人類史に保存された情報全てを、現実に引き摺り出しているのだ」
「それって……」
「レッドであれば、彼の背負う歴史は火。 人の生活に切っては切れぬ歴史を持つが故に、その一部でも扱えれば莫大な力と化す。 そして、その歴史を全て表に引き摺り出せればどうなるか。 ――答えは目の前にある」
歴史は古ければ古い程、そこに重みを与える。
火とは原初の内の一つ。人がまだ猿に近い頃に生まれたモノは、多くの人と密接な関係を保ち続けた。
蓄積された情報量は群を抜いている。単純な力ではあるものの、それ故に見た目通りの爆発的な性能を有しているのは間違いない。
レッドが解放した一部でも怪獣を圧倒していた。それを全て解放した時、訪れる現象が普通の範疇で収まる筈もないだろう。
強大な炎。四方の壁は徐々にその形を歪ませ、別々の姿形を取る。
不死鳥に、正八面体の人工太陽に、炎を纏う巨人に、焔を灯した太刀。全てがβと死合うだけの資格を有し、烈火の過去が万象を焼き尽くす。
勝てるなどと思わせない。目にした瞬間からβは攻撃を止め、嘲笑を浮かべながらも手を抜く素振りを見せなかった。
警戒しているのだ。あれだけ物量戦で圧倒していた化け物が、レッドの呼び出した軍勢に敗北の可能性を抱いている。
それが快挙であるのは言うまでもない。
それが奇跡であるのは言うまでもない。
それが――どれだけ今の人々の希望であるかを、今更言う必要も無いだろう。
炎の展開が終わり、静かにレッドは構える。生物としての格の違いを叩き付けた男は、その挙動一つでも他者の注目を集めてしまう。
「川を耐え切るには、強靭な意志力が必要になる。 世界が下で己が上だと言い張れる異常な精神性こそ、レッドのような極星継承者の特徴だ」
「極星……継承者」
呟き、蓮司は身震いする。
彼女の言葉を噛み砕いて語るのであれば、それはつまりあらゆる生物や星そのものよりも自分は格上だと信じ切れねば極みには至れないということ。
人間独自の自己否定を抱えず、悪意を全て跳ね除け、誠の理を持つのは己だと他者に強いる人間。それは確かに傲慢極まりないが、この悪意塗れの社会の中では一際光輝くものでもある。
悪意を基準とされては最悪だが、レッドが掲げる基準は悪意ではない。
寧ろ彼の場合、基準は放置だ。己の領分に勝手に入ってくるのであれば厳しい処罰を与えるが、そうでないのであれば無視を貫く。
人は容易に悪感情に染まるし、自覚無しに誰かを殺してしまうこともある。
同時に、見知らぬ誰かに手を差し伸ばすような善意も持っている。
その二面性は切っては切れぬもので、表裏一体の関係を無理に強制しては余計な反発が生まれるだろう。
火もまた同じだ。悪く使うことも、良く使うことも出来る。
故にその圧倒的な業火を、彼は怪獣殲滅に向けた。――そこには別の人の意思が宿っている。
――まったく、面倒な設定だよなぁこれ。
イブは内心で愚痴を吐くが、否定をするつもりは一切無い。
ただただ面倒なのだ。力なんてものは吐き出すだけで良いだろうし、その過程に意味を求めるのも必要性に薄い。
邪魔なら潰せ。余計な枷なんて要らないだろう。縛りプレイで人生を生きて面白いのか。
必要な手間暇と、それが消化されていく時間はあまりにも釣り合わない。
とはいえ、じゃあ暴露するかともならない。友人であり、恋人であり、娘でもあるからこそ、イブは父親の悪癖にも大変寛容だった。
前傾姿勢で構えたレッドは、飛び出す刹那に足裏に一瞬だけ炎を噴射した。
その僅か一瞬だけで彼の姿は青い閃光と化し、βの胴体部に到達。拳を叩き込んだ瞬間、これまでとは別に鈍い音を立ててβの身体が浮き上がる。
今までの前進とは異なり、大きく背後に飛んだ彼の身体は倒れそうになるも、澪の咄嗟の命令で背中から棒を突き出して自身を支えた。
「ちょっと力を込めただけでこれか……微調整が大変だな」
殴った箇所は完全に炭化している。相手のボディが黒い故に見分けが付け難いが、触れればどんな生物も生きてはいけぬことを示していた。
ゆっくりと自分好みにレッドは調整したいが、制限時間はたったの五分。
慣れる時間は無く、最速最短での決着を求められている。既に九割がた戦いは終わりを迎えているものの、彼は油断せずに作り出した四体に思考制御で命令を下す。
炎の巨人は声無き叫びを轟かせ、確りとした動作で海の上を走りだす。
その手に太刀を握り、人工太陽は自身が貯蓄している炎の一部を球形に変えて直線的に発射。不死鳥は大空を舞いながらそのまま突撃を行う。
全てのサイズが怪物と同等であるが故に、一発一発の攻撃も無慈悲だ。
βは何とか先程と同様に弾幕を形成するが、レッドを含めて対象に触れる直前に燃え尽きて消滅してしまう。
その間にもレッド自身からの攻撃で体勢を崩され、隙を晒した身体に人工太陽の一撃が腹や脇を焼く。
全身から煙を上げながらβは鳴き声を漏らすも、その声すらも無視して巨人は太刀を振るう。歪な繋がり方をしていた右腕はその本体諸共に炎に包まれ、最後には連結部から焼き切れた。
『痛い?苦しい?辛い?――――ハハハハハ、ハハハハハ、ハハハハ』
βの笑い声も不自然だ。激痛が全身に巡っているのだから当然だが、何故か怪物は笑うことしかしない。
必死に取り繕っているというよりも、それしか出来ないのだろう。
感情を獲得したばかりではβの意思表示力は弱い。だから本当に言いたいことも言えず、レッドが翳した手から放射された火炎に喉を焼かれた。




