都の人攫い 6
イブキがようやく、身を整えて、結い上げていた髪を直していると、小さい門から音が鳴る。コウノが門を開けにいくと、武人が一人顔を覘かせた。少し二人で会話をしたあと、男はちらりとイブキを見た。何故見たのかは知らないが、イブキは結い終われば庵から勝手に出る。
武人が居なくなり、コウノが戻ってくると直ぐに行く所ができたようで、無言の威圧に従った。
着いた場所は湯殿で、入り口には帯刀した女房が二人構えていた。
「変な真似はするなよ」
「いちいち余計なんだよ」
イブキがコウノに威嚇して、湯殿の中へ一歩入る。入り口は閉められたが、戸一枚向こうに男が居ると思うといい気はしない。
「失礼致します」
静かに、女房達がイブキの衣を剥いでいく。せっかく結い直した髪も解かれ、湯船に浸かるように促される。女達はとてもよく躾けられているのだろう。イブキの身体を見ても眉一つ、悲鳴すら零さず、イブキの身体を洗い始めた。けれど、容赦はない。日焼けた皮が余計赤くなるのかと思うくらい、強く何度も擦られ、その痛さに逃げたくなるほどだった。
「そんなに擦っても落ちないよ!」
「お静かに」
「痛いよ!」
「お静かに」
二度も同じ言葉であっさりと無視されてしまう。低俗の人間だからと言って、この扱いもひどい話だ。ならば湯殿に入れるなと言いたい。
身体が洗い終わると、顔と髪の手入れが始まる。随分と時間を掛けて洗われて、終わる頃には茹だっていた。
着ていた衣ではなく薄い衣を二つ着せられ、湯殿の戸が開けられる。イブキを挟むように女房が前後に付き、その前をコウノが歩く。部屋に案内されると、単に袿、表着裳 を着せられ、髪に油を乗せられる。鏡がイブキの前に持ってこられたので、慌ててイブキは口を開く。
「化粧するの?!」
「お静かに」
「なんでよまた」
「お静かに」
有無を言わさず顔を上げられ、白い粉が視界の端で舞った。腹を括って目を閉じると思っていたよりも早く化粧は終わり、同時に髪の手入れも終わったようだ。立ち上がるよう促されたが、やはり動きづらい。髪も後ろに流しただけで、首元が少し暑苦しい。
部屋を出ると、やはりコウノが待っていて、先ほどと同じ順で、女房達に挟まれて歩く。着いた部屋に入ると、コウノは静かに離れて女房一人も、部屋を出て行く。
「お待ち、しておりました」
顔を上げると、昨日助けた姫君がにっこり笑っていた。
「手荒にしてしまいごめんなさい。でも、こうした方が怪しまれずお会いできると思って」
「本来なら、会う事も許されませんよ」
イブキ自身、彼女と顔を合わせることは無いだろうと思っていた。姫君は硬い口調のイブキを見て、少しだけ顔を曇らせる。
「誰かがあなたを詰ったのですね。あの時はあんなに優しくしてくださったのに」
「それは違います。このような場所では行儀よくしないと直ぐに殺されますからね」
まぁ。と姫君は驚いたようだが、女房はイブキを静かにそれでも鋭く睨んでいた。
「ふふ、私に行儀もなにもありませんが」
「それでもあなたの優しさは疑いようがありませんもの。是非にお礼をさせてくださいな」
姫君は嬉々として、扇や絵合わせの貝や巻物を女房から預かる。慌ててイブキは手を振って、静止させる。
「お気持ちだけで十分、私には勿体無いことにございますよ。こうしてまたお声を掛けてくださっただけで、身に余るほどにございます」
精一杯の笑顔を向ける。姫君は納得しない顔をしていたが、イブキが態度を少し崩すと気を直したか可愛い笑みが返ってきた。
「貰っても、すぐにお金にしてしまいそうですし」
女房はやはり、不機嫌そうだ。
「民はどういった物が喜ぶのですか?」
「それは難しい。衣食住は勿論ですが、人によっては金も、異性も、知恵も、と尽きないでしょう。それは下々の人間だけでは御座いませんが」
「そうですわね……。イブキ殿はなにが欲しいですか?」
「それも、難しいですね。目先の小さい物はすぐ欲しいと思いますが。その時によってですし」
「まぁ……。では何か困ったことは御座いませんか?」
「それもまた……。でしたら、ご無礼を承知でお願いしたいことがございます」
声を潜めたイブキに、姫君は少し身を乗り出した。
「コウノ殿にあるお方様へ文をお願い致したのですが、コウノ殿でもお会いすることが難しいと伺って。それならば姫君にお願いしたく思います」
「まぁ。まぁ。コウノは思っていたより融通が利かないのね。わかったわ。私が必ず、届けて差し上げます」
扇を広げ、姫君は口元を隠す。
「してその方は?コウノも女房の間では評判なのに、それ以上の殿方の話しは中々ありませんわ」
イブキは少しだけ、戸惑った。相手が女だと知ったら、姫君は肩をがっくり落とすのではないか。心なしか、横に座る女房の顔つきも変わったように思う。
「申し訳ございません、姫様。その方は、ミツカ様に御座います」
空気が一変するが、姫君は動揺も見せず言葉を返す。中々彼女も肝が据わっているようだ。
「ミツカ様にいらっしゃいますか。それは、お渡しできますが」
「そう、それは良かった。これで心残りも減りましょう。本当に、有難う御座います」
床に額を着け、声をかけられるまでイブキは頭を下げていた。
「ミツカ様とお知り合いになったのは、……もしかしなくても三年前?」
「ええ。ほんの少しでしたが」
扇の裏側で、姫君の顔が俯くのが見えた。
「……あの方は本当、可哀想な方なのです。私達が慰めても、心に届くことはないのでしょうか」
「……心を病んでしまったのですか?」
「いいえ。ですが長い間、枯れることなく涙を流しておいでです」
それを聞くと、やはり心が痛かった。あの時の相手がコウノでなければ、もしかしたら今頃、イブキの村で家族三人で暮らすことができただろうに。コウノに対し、怒りがふつふつと湧き上がる。
「……イブキ殿。文の返事を頂けるまで、この屋敷に居てくださいますか?」
「え?……返事など受け取ったら、さすがに首が飛びますよ」
「私がさせません。ですから、どうかお待ちください」
そう言うと、姫君は外に控えていたコウノを呼び寄せ、文を渡すように言う。するとコウノは、場所も忘れてイブキに殺意だけを含んで睨み、退室する。
「コウノがあそこまで感情を露わにしたのを初めて見ましたわ……」
女房に顔を向けると、女房も声を出した。
「ええ、本当に」




