表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/33

都の人攫い 6

 イブキがようやく、身を整えて、結い上げていた髪を直していると、小さい門から音が鳴る。コウノが門を開けにいくと、武人が一人顔を覘かせた。少し二人で会話をしたあと、男はちらりとイブキを見た。何故見たのかは知らないが、イブキは結い終われば庵から勝手に出る。

 武人が居なくなり、コウノが戻ってくると直ぐに行く所ができたようで、無言の威圧に従った。

 着いた場所は湯殿で、入り口には帯刀した女房が二人構えていた。

「変な真似はするなよ」

「いちいち余計なんだよ」

 イブキがコウノに威嚇して、湯殿の中へ一歩入る。入り口は閉められたが、戸一枚向こうに男が居ると思うといい気はしない。

「失礼致します」

 静かに、女房達がイブキの衣を剥いでいく。せっかく結い直した髪も解かれ、湯船に浸かるように促される。女達はとてもよく躾けられているのだろう。イブキの身体を見ても眉一つ、悲鳴すら零さず、イブキの身体を洗い始めた。けれど、容赦はない。日焼けた皮が余計赤くなるのかと思うくらい、強く何度も擦られ、その痛さに逃げたくなるほどだった。

「そんなに擦っても落ちないよ!」

「お静かに」

「痛いよ!」

「お静かに」

 二度も同じ言葉であっさりと無視されてしまう。低俗の人間だからと言って、この扱いもひどい話だ。ならば湯殿に入れるなと言いたい。

 身体が洗い終わると、顔と髪の手入れが始まる。随分と時間を掛けて洗われて、終わる頃には茹だっていた。

 着ていた衣ではなく薄い衣を二つ着せられ、湯殿の戸が開けられる。イブキを挟むように女房が前後に付き、その前をコウノが歩く。部屋に案内されると、(ひとえ)(うちき)表着(うわぎ)()を着せられ、髪に油を乗せられる。鏡がイブキの前に持ってこられたので、慌ててイブキは口を開く。

「化粧するの?!」

「お静かに」

「なんでよまた」

「お静かに」

 有無を言わさず顔を上げられ、白い粉が視界の端で舞った。腹を括って目を閉じると思っていたよりも早く化粧は終わり、同時に髪の手入れも終わったようだ。立ち上がるよう促されたが、やはり動きづらい。髪も後ろに流しただけで、首元が少し暑苦しい。

 部屋を出ると、やはりコウノが待っていて、先ほどと同じ順で、女房達に挟まれて歩く。着いた部屋に入ると、コウノは静かに離れて女房一人も、部屋を出て行く。

「お待ち、しておりました」

 顔を上げると、昨日助けた姫君がにっこり笑っていた。

「手荒にしてしまいごめんなさい。でも、こうした方が怪しまれずお会いできると思って」

「本来なら、会う事も許されませんよ」

 イブキ自身、彼女と顔を合わせることは無いだろうと思っていた。姫君は硬い口調のイブキを見て、少しだけ顔を曇らせる。

「誰かがあなたを詰ったのですね。あの時はあんなに優しくしてくださったのに」

「それは違います。このような場所では行儀よくしないと直ぐに殺されますからね」

 まぁ。と姫君は驚いたようだが、女房はイブキを静かにそれでも鋭く睨んでいた。

「ふふ、私に行儀もなにもありませんが」

「それでもあなたの優しさは疑いようがありませんもの。是非にお礼をさせてくださいな」

 姫君は嬉々として、扇や絵合わせの貝や巻物を女房から預かる。慌ててイブキは手を振って、静止させる。

「お気持ちだけで十分、私には勿体無いことにございますよ。こうしてまたお声を掛けてくださっただけで、身に余るほどにございます」

 精一杯の笑顔を向ける。姫君は納得しない顔をしていたが、イブキが態度を少し崩すと気を直したか可愛い笑みが返ってきた。

「貰っても、すぐにお金にしてしまいそうですし」

 女房はやはり、不機嫌そうだ。

「民はどういった物が喜ぶのですか?」

「それは難しい。衣食住は勿論ですが、人によっては金も、異性も、知恵も、と尽きないでしょう。それは下々の人間だけでは御座いませんが」

「そうですわね……。イブキ殿はなにが欲しいですか?」

「それも、難しいですね。目先の小さい物はすぐ欲しいと思いますが。その時によってですし」

「まぁ……。では何か困ったことは御座いませんか?」

「それもまた……。でしたら、ご無礼を承知でお願いしたいことがございます」

 声を潜めたイブキに、姫君は少し身を乗り出した。

「コウノ殿にあるお方様へ文をお願い致したのですが、コウノ殿でもお会いすることが難しいと伺って。それならば姫君にお願いしたく思います」

「まぁ。まぁ。コウノは思っていたより融通が利かないのね。わかったわ。私が必ず、届けて差し上げます」

 扇を広げ、姫君は口元を隠す。

「してその方は?コウノも女房の間では評判なのに、それ以上の殿方の話しは中々ありませんわ」

 イブキは少しだけ、戸惑った。相手が女だと知ったら、姫君は肩をがっくり落とすのではないか。心なしか、横に座る女房の顔つきも変わったように思う。

「申し訳ございません、姫様。その方は、ミツカ様に御座います」

 空気が一変するが、姫君は動揺も見せず言葉を返す。中々彼女も肝が据わっているようだ。

「ミツカ様にいらっしゃいますか。それは、お渡しできますが」

「そう、それは良かった。これで心残りも減りましょう。本当に、有難う御座います」

 床に額を着け、声をかけられるまでイブキは頭を下げていた。

「ミツカ様とお知り合いになったのは、……もしかしなくても三年前?」

「ええ。ほんの少しでしたが」

 扇の裏側で、姫君の顔が俯くのが見えた。

「……あの方は本当、可哀想な方なのです。私達が慰めても、心に届くことはないのでしょうか」

「……心を病んでしまったのですか?」

「いいえ。ですが長い間、枯れることなく涙を流しておいでです」

 それを聞くと、やはり心が痛かった。あの時の相手がコウノでなければ、もしかしたら今頃、イブキの村で家族三人で暮らすことができただろうに。コウノに対し、怒りがふつふつと湧き上がる。

「……イブキ殿。文の返事を頂けるまで、この屋敷に居てくださいますか?」

「え?……返事など受け取ったら、さすがに首が飛びますよ」

「私がさせません。ですから、どうかお待ちください」


そう言うと、姫君は外に控えていたコウノを呼び寄せ、文を渡すように言う。するとコウノは、場所も忘れてイブキに殺意だけを含んで睨み、退室する。

「コウノがあそこまで感情を露わにしたのを初めて見ましたわ……」

女房に顔を向けると、女房も声を出した。

「ええ、本当に」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ