戦 4
ノギの想定外はたった一つだった。数十と人を殺した剣術を若造に受け止められた事だった。これでは、相手の数を減らすことはできない。焦りに、何度も剣を振り下ろすが、掠めることすらできなかった。
戦況は押されているのは分っている。けれど、この戦の間を潜り抜け、都の門を開ければ問題のない事だった。それなのに、馬の足が止まり、何度も何度も剣が弾き返される。周囲で一人、また一人と悲鳴を上げて倒れていく。ノギが足止めされようと、自由に動く馬が数等居るはずだった。それだと言うのに、流れは悪くなる一方だ。
「くそっ!!退け!!ひけぇえ!」
ノギの周りから次々と波が引いていく。逃げる者には追い討ちをかけないのか、兵たちは引いていく者たちに警戒するだけだった。怒りで顔が熱くなる。目の前の男だけでも、切り殺そうと躍起になると、馬が音を上げる。
男の馬に目掛け剣先を流し、互いに地面に降りる。降りて剣を合わせれば、余計に焦燥が湧いて出た。自分よりも若く、自分よりも強い、自分よりも技を持ち、自分よりも冷静だった。その男の目が一瞬見開く、これが好機だと思ったのが間違いだった。
突き出そうとした腕が目の前で落ちた。横から風が吹き、瞬時に身を翻すと、乱れた黒い髪が目の前に揺れた。
「悪いねぇ」
いけ好かない口調で呟かれた顔は、ケイガとはまったく似つかない女の顔があった。
「イブキ……」
知らない男の声が、女の名を呼んだ。
腹に食い込んだ剣を、女は力任せに抜く。
己の身体が崩れていく事を悟り、益々怒りに満ちた。
視界の端に、弟に似た子供の顔が見えた。
「ふ、ざけ、るな……!!この、……おんなぁああ」
空いた腕で女の髪を掴み上げると、軽々と持ち上がる。その身体を力任せに放り投げ、落ちていた剣を掴み上げ、そのまま女に目掛けて突き刺した。
「いぶき!!」
手に届いた感触に、ノギは歓喜に顔を歪めた。
「イブキ!いぶき!」
身体中の痛みと共に、甲高い声が木霊する。見れば、気持ちのいいほどの青い空が広がっていた。
「いぶき!!」
「……るさい、ちょっと寝る」
遠くで子供の泣き声が響く。
「馬鹿を言え、死にたいのか!」
「こんなの、大した、ことない」
確かに剣は腹部を刺した。けれど運が良かったのだろう、それほど深い傷じゃない。吐血も酷くない。ただ空しさだけがイブキを支配し、全てを手放したくなった。