カイ
人一人居なくなった村を、眩しすぎるほどの月光が照らしていた。そんな村を見渡して、カイは少しだけ戸惑った。そして少しずつ急いていく心音が苦しくて、馬を降りる。馬小屋を覘くも、一頭も居ない。畑はそのままだったが、蔵にあった食料は無いに等しかった。鍬や鎌、剣や槍もなくなっている。
まだ……。否、この村には絶対に危害が及ばない事を知っていた分、カイは焦りを隠せなかった。この村にいた女達は何も知らないはずだ。子供も、シュウにも、話してはいない。
イブキの家から物音がして、カイは様子を見に行く。丁度、かち合うように人影はカイの前に立った。
「馬、一頭足らんよ」
「……イブキ」
「借りるって言ったんだから、二頭、もってこい」
何も言えなくなると同時に、苛立ちばかり湧いて出る。なんでいつも、一人で前に立とうとしているのだろう。
「お前だけか」
「当たり前だろう。昼間、下で村が襲われた。南の方だって言うから、奥じゃないところに行くことにした」
「は?!」
「もう皆は行ってる。あたしは馬、待ってたんだけど?馬は?」
何も言わないカイに、月光に照らされたイブキの顔が不機嫌に変わる。イブキは他の女に比べれば背が高い。けれど男から比べれば低く、カイと会話するときは顔を少し上げる。
にじり寄り睨みあげて、カイを見る目は真っ直ぐで、それでもその目はカイを男としてみることは無かった。イブキから見れば、村の人間は家族でしかないのだろう。
それが悔しくて、腹立たしかった。
「馬は預けてる」
「村のもんだよ?勝手に何やってんの?」
「必要だからだ」
「女子供をほっといて?笑わせるなよ」
「……なんだそれ?お前も女だって?男すら引っ掛けたことないだろう」
「あたしじゃないよ」
イブキの足が腹を蹴った。少し当たったが、直ぐに身を引いたのが幸いだったのだろう。
「お前ら何やってんの?」
「女子供には関係ない」
「村に危害を及ぼすなら、あんた達を追放しなきゃならない」
「お前が言うのか?」
「ミツカ姉さん達の事はもう済んだだろう」
「……そのミツカが、帝の寵妃だって知ってるのか?ミサカがその娘で、カズキは息子だぞ!」
「だから?知るも知らぬも、お前達がやってる事と関係があるのか?」
「……ある。俺達の邪魔をしなければ、あいつらもお前の自己満足も邪魔されない」
苦虫を噛んだように、イブキが表情を変える。
「いいな、邪魔するなよ」
「……じゃあ、殴らせろ……!!」
言うが早いが、イブキの拳が頬骨に当たる。小さい頃も殴られたことが有ったが、その時のように転がることはなかった。
「いぶき」
殴り終えた手を力任せに掴む。怯んだ様子と、摑まえられた腕を放そうとする力が伝わった。
「放せよ」
無言で見下ろすと、怒りと対抗心で鋭くなった目がカイを見上げていた。
「なんでお前は、そうなんだ」
口に出せば、イブキは一蹴するのが見て取れる。だからカイはイブキに対する感情を抑えて、イブキの気持ちを優先にしてきた。だからなのか、会話をするたび苛立った。何も知らない、何も気付きもしない彼女に、八つ当たりのように接してきた。
きっともうイブキはカイを、家族としては見ないだろう。
掴んでいた腕を引き寄せ、噛み付くように唇を合わせた。
「じゃぁな」
その感触だけが痺れるように残るだけで、カイは村もイブキへの感情も捨てて村を出た。




