都の人攫い 9
日が高くなった頃までにイブキは反物を買い終わらせ、店主が淹れてくれた薄い茶をゆっくり飲んでいた。馬がいつ来るかは聞いていなかったので夕刻くらいまでは宿でのんびりしようと、荷物の片付けは早めに済ませていた。
ミツカの文はまだ見ていない。見ようかどうかと迷っていたが、ミサカの土産にしたかったので、荷物の中にしまいこむ。お茶を零さないように寄せて、イブキは誰も居ない部屋で寝転んだ。人が歩く気配や牛車が通る音。雑音が心地よく耳に入ってくる。
「嬢さん」
料理場のほうから声がかかる。起き上がって顔を出すと、入り口に身なりのいい童が立っていた。店主を見ると、どうやらイブキの客らしい。
「遅くなり申し訳ございません」
「ああ、いいよ。外に繋いでいるの?」
「ええ」
「そ」
部屋に戻り、急いで荷物を抱えて、童と一緒に外へ出た。馬の隣には、綺麗な女が立っている。市女笠をかぶり、麻布が顔を隠している。
「親父さん、世話になったね」
「はいな。またご贔屓に」
店主の声を聞いてから、イブキは馬を繋いでいた紐を外した。
「坊主、主人によろしく伝えといて」
小さく礼をすると、童は人通りに混ざって消えていく。
「じゃぁ行こうか」
「……はい」
戸惑いながら、それでも力強い決意が伝わる。女を先に馬に乗せ、イブキもその後ろに乗る。
「文なんかより良い土産ができたなぁ」
女の肩が少しだけ震えた。
「……本当、夢のようだと」
「夢じゃないよ。今度はちゃんと村に居てよね。あたしじゃ気が回らないことだらけなんだ」
「イブキ殿ほど、お優しい方なぞ居りませんよ」
「あたしは姉さんのが優しいと思うよ」
馬は、起伏の多い山道でも疲れることなく二人を乗せて登っていく。人があまり行き来しない村への道は、そう綺麗には整っていない。三年前に十数頭の馬がひしめき合って、村の入り口に登ってきた時は、馬を使わない方が楽に登れただろうと思ったが、訓練されているのだろう、都の馬は優に村の入り口までたどり着く。
「いぶきだー」
「いぶきー」
「ぶじだった?」
村の真ん中で遊んでいた、子供たちが寄ってきた。馬からミツカを降ろすと、好奇心旺盛な目が見開いた。
「だれ?」
「だぁれ?」
「なんだ、お前ら。覚えてないの?ミサカとカズキの母さんだよ」
するとはしゃぎながら、走り出す。おそらく村の皆に言いに行くのだろう。
「ミサカとカズキはあたしの家に居るよ。新しい家ができるまでは狭いけど」
「……イブキ殿。ここまで来て言うのも可笑しい話しですが……。ご迷惑ではない?」
それには笑って頷いた。馬も変な気配もなく、誰かが追ってくる様子もなかった。おそらくは皇太后の姪の姫君の力だろう。感謝しなければ。
直ぐに、シュウの後ろにカズキが付いてきた。
「カズキ」
イブキが呼べば、すこし訝しげにしていたが近づいてきた。
「お前の母さんだよ」
「かずき……」
ミツカが少し緊張しながら声をかけ、手を伸ばす。零れそうになる涙を抑え、笑みを向け、カズキを抱きしめるとミツカは何度も名前を呼んだ。
「カズキ、こんなに立派になったのね」
何度も頭や頬を撫で、ミツカは嬉しそうに話しかける。
「……ら、ない」
緊張しているのかとイブキは思っていたが、カズキは急に不機嫌な顔をする。
「おれにかあさんなんていない!」
ミツカの手を払って、カズキは一目散に逃げていく。去っていった温もりにミツカは少し戸惑い顔を伏した。
「……やはり、私は」
「なに、照れてるだけだよ。笑ってればいい」
「母様!!母様!」
遠くからミサカが駆けてくる。
「ミサカ……!」
陰った顔を消して、ミツカは娘を抱きしめた。
「母様。よかった、よかった……」
「ミサカ。元気だった?ごめんね。ごめんね」
一歩離れて、イブキはシュウと並んで様子を見た。イブキにしては自己満足であろうが、親子が一緒に居ることがとても嬉しくて頬を緩めてしまう。
「姉貴。平気だったの?」
「ん。平気、平気。都の人がコッチに来ることもないだろう」
「……カイ兄がかなり機嫌悪かったんだけど」
「そっち?……あたしも、わかんないなぁ」
シュウが小さく溜息をついた。
「男でもできた?」
「誰が?」
「姉貴」
「まさか」
「……だよね。見ればわかる」
「シツレイだぞ。ま、有り得ない話しではあるな」
シュウがまた溜息を吐いて、背を向けた。
「そうでもないから、カイ兄も焦ってんだよ」
「なーに?」
イブキには聞こえなかったし、シュウも言い返さなかった。
「……さて、二人とも家に帰ろう。ミサカ、今日はご馳走を作ろうか」
「勿論です。母様、私料理ができるようになったの!皆、美味しいって言ってくれるのよ」
「まぁ。凄いわ。……私もこれから色々教えてもらわないと」
ミサカが手を引いて、先に家の方へと向かっていく。ちらほらと顔を出した女達に嬉しそうに笑顔を向けていた。出遅れてイブキが馬を連れて歩き出す。村の女達が小さい籠に野菜や干し肉をイブキに手渡していく。
「帰りが遅いと思ったら、ミサカの母さん連れてきて」
「向こうは平気かい?また村に来るかい?」
「平気。何かあったらまたあたしがなんとかするよ」
「……あんたもそろそろ落ち着いたらどうなの」
「あたしはいいよ。ちょっとおばちゃん、おお過ぎ。半分でいいよ」
「夜に酒もって行くよ」
「……ほどほどにね」
明るく笑って、女達は家々に戻っていく。馬を馬小屋に入れて家に入れば、イブキが貰った食材でミサカが早速料理の準備を始めていく。




