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18.挨拶の花。


 セインの屋敷への訪問をルークが決断してから三日後、花は新しく義兄となったラルフとハロンに対面していた。


「――ハナ様を我が家にお迎えできたこと、大変光栄に存じます。どうぞ私のことはラルフとお呼び下さい」


 ラルフが立礼での最敬礼で以て花へ歓迎の意を表すと、続いてハロンが前へと進み出て同じように礼をした。


「先日は、お見苦しい姿をハナ様のお目に触れさせてしまったとのこと、非常に申し訳なく思っております。改めて、初めましてとご挨拶させて下さい。そして、私のことはハロンとお呼び頂けると嬉しいです」


 ハロンはこの世界の男性にしては珍しい長髪ではあったが、すっきりと後ろにまとめたその姿といい、仕草といい、どこをどうとっても紳士に見えた。


――― ぬおおお!! 二人とも格好良すぎるー!! ラルフさん――ラルフはジャスティンによく似てるけど、もっとシャープな感じ。それにハロンは……どうして女性と間違えたんだろうってくらい、今日は男らしいです。でもやっぱり美人さんだ……。


 とまあ、花は大興奮しつつも、表面上は冷静に挨拶を返した。

 

「ラルフ、ハロン、どうぞよろしくお願い致します。セインとソフィアだけでなく、このようにお二人にも温かく迎えて頂き、本当に有り難く思います」


 こうして花が新しい家族と対面する間、ルークは一歩後ろに下がって静かに見守っていた。

 そこにソフィアの明るい声が上がる。


「まあまあ、堅苦しい挨拶はこれくらいにして、とりあえずお茶にしましょう」


 その言葉を合図に皆は大きな正餐用(せいさんよう)のテーブルへと移り、花は失礼にならないように室内をそっと窺い、感嘆していた。


――― すごい豪華なお部屋。しかも歴史の重みを感じる。それなのに、とても温かくてお屋敷全体にセインとソフィアの人柄が滲み出ているような……この家族の一員にしてもらって、本当に幸せだよね。


 向かいに腰を下ろしたセイン達を見て幸せに微笑んだ花だったが、新しい家族はもう一人いるはずである。

 花は女主人としてお茶を淹れるソフィアに視線を向け、それからセインへと問いかけた。


「それで、あの……ヴィートさんは?」


 ぴたりと皆の動きが止まった。

 が、すぐに乾いた笑い声が部屋に響く。


「ははは……。ヴィートですか? あの子もそろそろ……ぼちぼち――」

「そうそう! 私ね、お菓子を作りましたの!」


 はっきりとしないセインの返答に、はっきりとしたソフィアの声がかぶさった。

 そのままソフィアは控える侍女に手ぶりで指示を出し、可愛らしいカボチャの形をした蓋物の菓子器を持って来させた。


「こちらにご用意させて頂いたのは、私が調理中に爆発させることなく作れる、唯一の焼菓子なのですよ」


「そうなんですか? それは是非、私にも教えて下さい!」

 

 ソフィアの説明を聞いた花は身を乗り出さんばかりである。

 しかし、ルークは思わず隣に座る花の手を強く握った。

 

「陛下?」


 見上げる花の顔は期待に満ちていて、ルークは口にしかけていた心配をどうにか飲み込んだ。


「――菓子を作る時には、私も……手伝う」


「陛下もお菓子作りにご興味がおありになるのですか?」


「いや……まあ、そう……かな」


 ルークは目を丸くした花の問いかけに曖昧に頷いた。

 その様子をソフィアは楽しそうに見ており、セイン達三人は何となく事情を察して、さり気なく目を逸らした。


「では、お口に合うかはわかりませんが、どうぞ召し上がって下さい」


 にこやかに勧めながらソフィアが蓋を開けると、室内は一瞬にして微妙な沈黙に包まれた。

 そして皆が無言のまま、空の菓子器を見つめた。


「……」


「まあ、おほほほ……」


 何事もなかったかのようにソフィアはそっと蓋を閉めると、一度咳払いをして顔を上へと向けた。

 皆も同様に華やかな色彩が躍る天井を見上げた。

 一体何があるのかと花もルークの視線を追ったが、何もない。

 不思議に思った花が、ルークへ尋ねようとしたその時――。


「ヴィート!」


 いきなりソフィアが声を張り上げた。

 驚きにビクリと身を縮めた花の手を、ルークが優しく撫でる。


「ソフィア」


「あら、私としたことが……。ハナ様、申し訳ありません。お体に障りなかったでしょうか?」


「は、はい、大丈夫です」


 セインが窘めるように呼びかけ、ソフィアは慌てて謝罪の言葉を口にした。

 応えた花へとソフィアが取り繕うような笑みを浮かべて、再び菓子器の蓋を開けた。


「……」


 すると、先程まで空だったはずの菓子器には、華麗に咲いた一輪の青いバラが入っていた。


――― て、手品?


 もちろん魔法ではあるのだろうが、花はそう突っ込まずにはいられなかった。

 そして、やはり皆が無言で見つめる中、ソフィアは添えられていたカードを取り出し、テーブルの上に置いた。

 カードには『僕の妹には花が似合う』と一行だけ。

 ルークは呆れたように大きく息を吐くと、バラを手に取り花へと差し出した。


「ヴィートからだ」


「……ありがとうございます」


 花は反射的にお礼を口にして受け取ったものの、一連の出来事に戸惑うばかりであった。


――― 花だけに花? いやいや……それにしてもブルーローズは『不可能の代名詞』とまで地球では言われていた程で、すごく嬉しいけど……。


 果ての森に咲くという、青いバラに視線を落としてぼんやり考えていた花だったが、皆が今度はある一点を見ていることに気付き、そちらへ顔を向けた。

 そこは給仕する者達が出入りする場所であり、直接は見えないように絢爛な衝立(ついたて)が目隠しの為に据えられている。


「ヴィート。きちんと出て来て、陛下とハナ様にご挨拶申し上げなさい」


 珍しくセインが厳しい口調で衝立に向かって声をかけた。

 続いてソフィアが優しく呼びかける。


「いい加減になさい、ヴィート。でないと、あなたの大切な菓子工房を破壊するわよ」


 微笑むソフィアの言葉に反応したのか、衝立の向こうでガタンと音がした。


「ヴィート、今までのことは不問にするから出て来い。このままだと、二度とハナには会わせないぞ」


 溜息混じりにルークが告げると、もう一度大きな物音がして、ゆっくりと男性の指先が覗いた。

 と、衝立の端をガシッと掴み、それから耳、頬、左目と徐々に現れ―――そこで止まった。

 陰になった薄暗い場所にぼんやりと浮かび上がる、ヴィートらしき男性の顔半分は酷く青ざめて見え、花は思わずルークの手を強く握り締めたのだった。




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