17.家族の謎。
「ハロンも好きであのような姿をしている訳ではないんだ」
大きく溜息を吐いたルークは、ひょいっと花を膝の上に乗せた。
そしてここ数日分を取り戻すように、花の柔らかな頬に触れ、口づけ、抱きしめ、また頬に触れ、何度も口づける。
「ルーク……」
とりあえず満足したのか、恥ずかしそうに目を伏せる花を膝の上に抱いたまま、ルークは再び話し始めた。
「もちろん普段は男の身なりで過ごしているが、諸事情であのように女装しなければならず……。できればハナには知られたくないと言っていたんだがな。まあ、仕方ない。それと言っておくが、私が触れたのは頬ではなく肩だ。おそらくハナが目撃したのは、ハロンの怪我に治癒魔法を施した時だろう」
「……怪我?」
ルークは心配する花を安心させるように微笑んだ。
「大したことはない。本人も気付かなかった程度の引っかき傷だ。ヴィートを捜して、無謀にもあの姿で茂みに入ったらしい。ヴィートは大抵、木々の生い茂った場所に潜んでいるからな」
なんだか野生動物みたいだなと花は思ったが口には出さず、話を続けるルークの肩に頭をもたれかけさせた。
ルークの腕の中は安心できて気持ちが良い。
「青鹿の間も……ハナがこの部屋に移ったことはまだあまり知られていないから、使用しているように見せかければヴィートが釣れるんじゃないかと……これはガッシュの案で、ハロンはある種の囮だ」
ヴィートのことに気を取られ過ぎていて、ハロンといる姿を花に見られていたことに気付かなかった自分の愚かさにルークは呆れていた。
それにしても花の気配を感じなかったのだから、よほど遠く離れていたはずだ。
ルークは小さく笑って、頬に触れる花の柔らかな髪を優しく梳いた。
その心地良さに目を閉じかけていた花は、あることを思い出してハッと体を起こした。
「ルーク、そういえば私、手紙を貰ったんです」
「手紙?」
訝しげに眉を寄せるルークの膝から降り立った花は急いで書物机に向かった。
一番上の抽斗に仕舞った手紙。
それを取り出すと、長椅子から立ち上がっていたルークの許へと戻って見せた。
「これが数日前に机の上に置いてあって……それで、てっきり私……」
その時は恋敵だと勘違いしていたハロンからだと思ったのだ。
手紙には『あなたが実家に帰ると幸せです』と書かれている。
昼間にハロンと一緒にいるルークの姿を目にした後だったので、花はこれで一気に冷静さを失ってしまった。
「でも落ち着いて考えてみれば、この部屋には私とルークの他にはセレナ達しか入れないんですから、おかしいって気付きますよね。……って、あれ?」
要するに花は今、おかしいと気付いた。
そして、手紙に視線を落したまま黙り込んでしまったルークを窺う。
「ルーク?」
「こう来たか……」
「え?」
呟いたルークの言葉が聞き取れず、花は訊き返した。
しかし、ルークは花に応えることなく、手紙を握り締めるとあっという間に消失させてしまった。
「ルーク!?」
「ヴィートだ」
「え?」
「ヴィートがこの部屋に忍び込んで手紙を置いたんだ」
今度は答えたルークだったが、その声にはどこか諦めが滲んでいる。
「あいつの魔力はランディをわずかに上回る程度だが、とにかく色々と規格外なんだ。その一つに、家族でも恋人でもない他人の気を真似ることが出来る。確か、エレーンとは微妙に面識があったはずだから、その気配に似せて入り込んだんだろう」
直接、ヴィートが花に接触したのならば、ルークもすぐに気付いたはずだ。
ルークは人の出入りが多い白凰の間よりも、花自身に強く防御魔法を施しているのだから。
だがこれで、ヴィートがサイノスに戻って来ていることはわかった。
とすれば、面倒なことはさっさと済ませた方が良い。
そう決意したルークは、不思議そうに見上げる花を抱き寄せてニヤリと笑った。
「ハナ、手紙の通り実家に帰るか」
「え?」
「今はラルフもサイノスに戻って来ている。二人ともハナに会うことを楽しみにしているんだが、ヴィートの件で先送りになってしまったからな。この際、セインの屋敷で顔合わせをすればいい。当然、私も同席するが」
「あの……」
突然の話に思考がまだ追い付かず戸惑う花を、ルークは抱き上げて再び長椅子へと座った。
そのまま腕の中に閉じ込めて何度もキスをする。
「俺はハナを絶対に離さない。例えヴィートがどんな妨害をしてこようと。……と、思っていたが、さすがに今回はハナのことを考えてか、ヴィートも無茶は控えたようだな」
やがて唇を離したルークが口にした言葉は、ヴィートに対しての謎をますます深めていく。
花は首を傾げて、間近にある美麗な顔を見つめた。
「あの、ヴィートさんって一体どのような方なんですか?」
「……あいつはずっと妹を欲しがっていた。それで俺達が幼い頃は、気が付けばレナードが女装させられていたな。まあ、それもラルフが生まれるまでだったが」
「レナードが……」
「それにヴィートは俺達より十歳ほど年上なんだが、よくレナードを泣かせてはアンジェリーナ殿に追いかけられていた。まあ、あれも本当はディアンが半分原因だったんだが」
「ディアンが……」
思いがけずルークの子供時代の話を聞けて花は嬉しかったが、その内容は微妙である。
ヴィートに対しては悪戯っ子という印象を受けながらも、皆があれ程に緊張するのだからもっと何かあるのかも知れないと感じた。
「では、もうすぐヴィートさんとお会い出来るんですね。なんだか楽しみなような、ちょっと怖いような気がします」
「……会えるかはわからない」
「え?」
「あいつは……極度の人見知りなんだ。通常は人前に姿を現すことはない。あの手紙も、ヴィート一人では慣れない場所でハナと対面できないから実家に帰って欲しいという意味だ。それが弱点と言えば弱点なんだが、稀にとんでもないことをしでかすから、こちらとしても対応に苦慮している」
「とんでもないこと?」
「珍しい菓子で菓子職人を釣って拉致したり、王宮内に大量の亜魔ガエルを放ち、先帝陛下の寝室に……まあ……色々だな」
「ええ……」
途中で曖昧に話を終わらせたルークは、不服そうに唇を尖らせた花に軽くキスをした。
そして優しく抱きしめる。
「俺は今、とても幸せだ」
突然の告白ではあったが、耳に触れるルークの声はとても深く、その想いが強く伝わって、花もまた抱きしめ返して心のままに気持ちを口にした。
「私も……幸せ自慢なら絶対に負けません」
笑みを含んだ挑戦的な花の言葉に、ルークは眉を上げたもののすぐに笑い、もう一度キスをした。
穏やかな時が流れる部屋の中には二人の柔らかな笑い声が響き、あたたかな愛で満ち溢れていた。




