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13.門出の祝い。


「ハナ様、如何なされましたか?」


 月光の塔からの帰り、後宮がある棟を望める回廊でふと立ち止まった花を心配して、従っていたメグが声をかけた。


「……いいえ、何も。お待たせして、すみません」


 申し訳なさそうな微笑みをメグや護衛達に向けて応えると、花は再び歩き出した。

 この後には大切な面会予定が入っているので、ゆっくりは出来ないのだ。


「お見えになるのは、レナードとフォスター伯爵令嬢のお二人だけでした?」


「はい。特に変更のご連絡は頂いておりませんので」


「そうですか」


 それならあまり緊張しなくて済むなと思いながら花は白凰の間へと戻った。

 いよいよレナードとフォスター伯爵令嬢の婚約が決まり、正式な発表を前に皇妃である花に挨拶に来るのだ。

 そして少々堅苦しいドレスに着替えて、花は二人の来訪を待った。



*****



「ハナ様、私事の為に貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。こちらが私の婚約者である、マリアンヌ・フォスターです。マリー、こちらが皇妃のハナ様だよ」


「は、はじめまして、皇妃様。わたし……私、マリアンヌ・フォスターと申します。どうぞ、マリーと……。えっと、よろしく、お願いいたします」


 レナードの紹介を受けて小さく膝を折ったマリアンヌ――マリーの声は緊張のあまり震えている。

 初々しいその様子が可愛らしく、思わず花は笑みをこぼした。


「初めまして、マリアンヌ。では遠慮なくマリーと呼ばせて下さいね。そして私のことも花と名前で呼んで頂けると嬉しいです。こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」


「はい!」


 頬を上気させて元気良く返事をしたマリーに、その場の誰もが目を細めて柔らかく微笑んだ。

 しかし、花は威儀を正すと、改めて二人に祝いの言葉を贈った。


「レナード、マリー。この度はご婚約おめでとうございます。お二人の未来が素晴らしいものになりますように、心より願っております」


「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 祝辞を受けた二人は深く頭を下げ、礼を述べた。

 レナードはそつなく、マリーはたどたどしく。

 それから祝い品の下賜などの定式が一通り終わると、ようやくソファへと落ち着くことが出来た。


「これからマリーはユース家にお住まいになるの?」


「はい。あ、いえ……。アンジェリーナ様がいらっしゃる時だけです。それ以外の時は自宅で過ごすようにと……」


「母から行儀作法を教わることになっているんですが、なにしろあの人は忙しいですから。まあ、ディアンや私の代りに領地の管理などをしてくれているので、不満は言えませんが」


 花の問いにマリーは懸命に答え、それをレナードが補う。

 その微笑ましいやり取りに、おそらくこれがマリーにとって最善だったのだろうなと、花は安堵していた。


「マリーはサイノスの街は初めてなんですよね? こちらでお友達はもう出来ました?」


「い、いいえ。ですが、アンジェリーナ様が私のために近々お茶会を開いて下さるんです」


「それは素敵ですね。アンジェリーナ様のお茶会はいつも好評で、私も機会を見てこっそり参加させて頂こうと企んでいるんです」


「ハナ様、陛下に内密のお忍びはもうお止めになって下さい」


 花の冗談めかした言葉に、レナードがわざとらしくうんざりしてぼやいた。

 マリーは興味津々の大きな目を花へと向ける。

 それに応えて、花は少し拗ねたように顔をしかめて見せた。


「先日、ちょっと内緒で街へお出掛けしたら、陛下に怒られてしまったんです。レナードはそのとばっちりを受けてしまったので、未だに文句を言うんですよ」


「文句ではなく、近衛として当然のことを言わせて頂いているだけです」


 花とレナードの応酬を見て、マリーは楽しそうに笑った。

 ようやく緊張がほぐれてきたようだ。


「そういえば、マリーはいつから学院へ通うことになるんですか?」


「えっと、来年です。入学する時にはまだ九歳ですけど、すぐに十歳になるので、アンジェリーナ様が早めの方が良いとおっしゃって……」


「では、もしよろしかったら、私に入学の準備をお手伝いさせて下さいませんか? お茶を飲みながら何が必要か相談するのは、きっと楽しいでしょう?」


「はい!」


 思いがけない花の提案にマリーは顔を輝かせて頷いた。

 本人は気付いていないが、花がマリーの入学準備を手伝うということには大きな意味がある。

 マグノリア皇妃がマリーの後ろ盾になるのだ。

 気の利いた優しい心遣いに、レナードは視線だけで花へと感謝の意を伝えた。


 この度の婚約は、マリーの保護が目的である。

 マリーの実家であるフォスター伯爵家は古くからヘスター王国と深いつながりがあるのだが、世界情勢の変動によって非常に複雑な立場に置かれることになった。

 このままだと、幼いマリーは利己的な者達に利用されかねない。

 そのことを危惧したフォスター伯爵夫妻に相談されたアンジェリーナは、マリーを預かることにしたのだ。

 マリーの名誉と、更なる身の安全を守るために、婚約という形を整えて。


 少し前に起きた騒動によって世界の均衡が大きく崩れた今、各王国は先を争うように、帝国に取り入ろうと必死だった。

 その為には卑劣な手段も辞さない程に。

 まだまだ世界平和には程遠いが、それでも一歩一歩進むしかない。


――― 仕方ないとはいえ、ディアンもアンジェリーナ様も酷なことをするよねえ。レナードは妹のようにしか見てないみたいだけど、マリーは確実に恋してるのに。マリーが成人した時にはどうするつもりなんだろう……。


 二人を見送った花は、お腹をゆっくり撫でながら大きく溜息を吐いた。

 心配事は他にもある。

 だが、きっと思いすごしだろうと自分に言い聞かせ、少し休むために寝室へと向かった。




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