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10.願い事は一つ。


 しつこいようだが、最近の花はよく食べる。

 それでも微かにふくらんだお腹以外、今の所あまり変化は見られないが心配はないらしい。

 ルークはお腹に手を当てて恥ずかしそうに笑う花を椅子に座らせると、向かいの席に着いた。


「とりあえず食べよう」


「……はい」


 それからは、冷めても美味しい料理を用意してもらっていたので和やかに食事は進み、いよいよ本日のメインイベント?――ケーキを食べる前に、ろうそく代わりのランプの火をルークに吹き消してもらうことになった。


「では、私がお誕生日の歌を歌うので、その間に願い事を一つ思い浮かべて、歌が終わったらこっそりお願いしながら火を吹き消して下さいね」


「……誕生日の歌?」


「はい」


「……願い事を一つ?」


「はい」


 ルークはわずかに戸惑いつつも、ピアノの前に座る花のとても嬉しそうな様子を見て、それ以上は何も言わず、素直に従うことにした。

 そして明るい曲調の歌が終わると同時にルークが無事に火を吹き消すと、花は手を叩いて喜んだ。


「ルーク、お誕生日おめでとうございます」


「……ありがとう」


 不思議な習慣だなと思いながらも、あたたかな心地良さに微笑んで応えたルークに、花は歩み寄ると、包装された小箱を差し出した。


「あの……これ、お誕生日のお祝いです」


「……お祝い?」


 驚きのあまり思わず眉を寄せたルークに、花は焦って再びまくし立て始めた。


「ほ、本当は、お料理とかお裁縫とか、何か手作りの物を贈れたら良かったんですけど、私……家庭科の才能は全くでして……。いつも課題とかは沙耶に手伝ってもらってどうにか評価Cをキープしてたんです。あ、評価っていうのは五段階でAからEまであって、音楽はAだったんですよ? でも美術はCでした。だから、七段重ねの手作りウェディングケーキや、絵にも描けないほどに素敵なルークの似顔絵や、愛と髪の毛を編み込んだ手編みのマフラーとかは無理だったんです。……ごめんなさい」


「いや、それは……気にしないでくれ……」


 やはりルークには花の言葉の大半が理解出来なかったのだが、最後の謝罪にはどうにか反応した。

 それから急ぎ気を取り直すと、差し出されたままの小箱を花から受け取った。


「開けてもいいか?」


「――はい」


 期待と不安が入り混じった面持ちで花が見守る中、ルークは包みをほどき、現れたビロード地の宝石箱のふたをそっと開けた。


「……これは?」


 宝石箱に納められていたのは、ルークが初めて目にする宝石。

 まるで形を変えた真珠のように乳白色の輝きを放つ宝石を見つめたままのルークの耳に、花のか細い声が聞こえた。


「月の……月の指輪です」


 確かに、丸く満ちた月の真ん中をくり抜いたようである。


「月の指輪……初めて聞いたな」


 かすれた声で呟いたルークは、手の中にある宝石から視線を外して、花へと感謝の笑みを向けた。

 その穏やかな笑顔に、花はホッと小さく息を吐く。


「これは東の海に棲む聖獣マナフィンの、幸せの吐息が形になったものだと言い伝えられている宝石で、ごく稀にセルショナード王国やカラカング王国の浜辺で発見されるそうなんです。『海の幸福』とも呼ばれていて、この宝石は人々に幸せを運ぶと……でも、とても珍しいのでなかなか手に入らないとソフィアから以前聞いて……」


「よく……手に入れられたな」


「それは、その……」


 ルークの問いに頷いた花は、どこか気まずそうに目を逸らした。


「ディアンに相談した時に、世界中の珍しい宝石を扱うお店が東街にあると、そこにならひょっとしてあるかも知れないと教えて下さって……。ただ、そのお店のご主人は頑固一徹親父な方らしく、例え運良くお店にあっても売ってくれるかはわからないと……」


「それで街へと出かけたのか?」


「……はい。直接お訪ねしてお願いしてみようと。手に入れられるかは分かりませんでしたし、ルークを驚かせたくて……内緒にしてもらったんです。すみませんでした」


 申し訳なさそうに頭を下げた花を、ルークはいきなり抱き上げた。

 そして、長椅子にそっと座らせてルークも隣に腰をかけると、真っ直ぐに花を見つめた。


「俺はハナが傍にいてくれるだけで幸せでいられる。ハナが歌を聴かせてくれると喜びに溢れる。それなのにまだこうして、ハナは俺に与えてくれる」


 囁いたルークは、手にしたままの宝石箱に視線を移した。


「これには、ハナの力が感じられるな……」


「あ、あの……ソフィアから、この宝石は真珠のように力を込めることが出来るとも聞いていて、それで……頑張ってみました」


「……すごいな」


 ルークは目を細めて嬉しそうに微笑んだが、花は一度深呼吸をすると、遠慮がちに続けた。


「私のいた世界では、多くの人達が結婚と同時に指輪を贈り合うんです。指輪をして、ふ、夫婦の愛の証にするんです。それで、あの……私もこの指輪がすごく嬉しくて……ルークにも……」


 右手小指の指輪に触れたまま、花は次第に口ごもり、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 しかし、ルークは今まで奇妙だとばかり思っていた花の元の世界への考えを改めていた。


「ハナ……」


 優しく花に呼びかけたルークは、淡く染まった頬に両手を添えて顔を上げさせた。


「どの指にすればいい?」


「……え?」


「俺はどの指にこの指輪をはめればいい?」


 真剣な眼差しで見つめる金色の瞳に魅せられて、花はぼうっとしてしまったが、ルークの問いかける声にどうにか我に返ると、懸命に頭を働かせて考え始めた。


「えっと……どうしましょう? 大きさは魔力に反応して変わるそうなんですけど……やっぱり、右手小指? ううん、男性が小指に指輪は……変? でもじゃあ親指? も、おかしいかなあ……?」


 一人ぶつぶつと呟きだした花に、ルークは小さく笑いながら更に問いかけた。


「ハナのいた世界では、どの指にはめるんだ?」


「え? あ!……ひ、左手の、薬指です」


 動揺のあまり思い付きもしなかったが、当然の答えだった。


「……そうか。では、ハナがはめてくれ」


 左手を差し出したルークに穏やかに促されて、花はわずかにうろたえた。


「ほ、本当にその指でいいんですか?」


「ああ、この指がいい」


「で、では……」


 緊張に小さく震えながら花がルークの左手薬指に慎重に通すと、月の指輪は淡く輝いてぴたりとはまった。


「――綺麗だな」


「はい。すごく……綺麗です」


 指輪を見て呟いたルークに、花はうっとりとして頷いた。

 ルークの全てが美しい輝きを放ち、まるで全てが夢のように思える。

 ぼんやりしたままの花の右手を、ルークはそっと左手で握ると指と指を絡ませた。


「こうして手を繋げば、指輪と指輪が触れ合う。俺はいつもハナに、ハナの心に触れていたい」


 ルークは繋いだ手を持ち上げて、二つの指輪に軽く口づけた。

 先程、ランプの火を吹き消した時に思い浮かべた願いを、花は形にして叶えてくれたのだ。


「ハナ、ありがとう」


「ルーク……」


 感極まった花の瞳からまた一粒、涙がこぼれ落ちた。

 最近はとにかく涙もろくて困っている。

 だが、今度はすぐさま自分で涙をぬぐって、花は照れたように目を伏せた。

 その仕草をルークは愛しげに見つめながらも、ちょっとした疑問を口にした。


「店主はすぐに売ってくれたのか?」


「え?……あ、はい。聞いていたよりも全然怖くなくて、優しい方でした」


 花の返事に、ルークは訝った。

 ディアンは嘘は言わない。

 とすれば、店主は相当に頑固なはずなのだ。


「……店主に何と言ったんだ?」


「そ、それは、その……お、……おお、おっ夫に、お、贈りたいので、欲しい、です。と……」


「……そうか」


 夫という言葉を口にするにもこれほどに真っ赤になって恥じらう初々しい姿には、店主もすぐにほだされてしまったのだろうなと、ルークは苦笑した。……他の者がこの愛らしさを目にしたのは少々不満だが。

 そしてルークは、改めて感謝の気持ちを伝えようと、花を抱き寄せ唇を近づけた。

 が――。


  グゴゴオオオオ!!


「……」


「……」


「……何度もお騒がせして、すみません」


「いや……」


 花のお腹が上げる催促の音に、デザートの菓子――誕生日ケーキをまだ食べていなかったことを思い出したルークだった。


 これからしばらくして、マグノリアの貴族を中心に、妻が愛する夫へ指輪を贈ることが流行した。

 もちろん月の指輪ではないが、特別にあつらえたものだ。

 そしてそれは、あっという間に世界中に広まっていったのだった。




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