表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
徒然っっっw 草生える 〜隠居したギャル男ケンコー、終末京都で人生バズらせます〜  作者: 五平


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/25

第二十三話:美の経済学、あるいは「清貧」という名の贅沢

 都の仕組みに戻った信基が持ってきたのは、一袋の干し柿と、役人の間で流行っているという「奇妙な価値観」の報告だった。外では夏の先触れのような夕立が上がり、濡れた土の匂いが、庵の空気をしっとりと重くさせている。


 信基は、以前の悲壮感漂う面持ちとは違い、どこか面白がるような、けれど冷ややかな目で俺を見た。


「ケンコーさん。都じゃ今、いかに『何も持っていないか』を自慢し合うのが流行ってるんすよ。破れた袖をわざと見せびらかしながら、誰より高い香を焚いている。粥を食っていると語りながら、その粥の器だけは名工の作。貧しさまで舞台装置にして、『俺はこんなに清貧だ』って……。正直、見てて胸焼けがするんす。本物の豊かさって、何なんすかね」


 俺は、信基が置いた干し柿を一つ、無造作に口に放り込んだ。表面には白い粉が薄く吹いている。派手さはないが、噛めば噛むほど、奥から凝縮された甘みが舌の上でゆっくりと解けていく。


「……信基。お前、また面白い『病』を拾ってきたな。いいか、耳かっぽじって聴け。『持たないこと』を飾りにした瞬間に、それはただの『逆張りの虚栄心』なんだよ。 さあ、連想ゲームを暴走させるぞ」


 俺は、目の前にある空の茶碗を指先で弾いた。


「世の中にはな、金を持つことに執着するヤツと、金を持たないという『ポーズ』に執着するヤツがいる。どっちも同じ、金という概念の奴隷なんだわ。贅沢ってのはな、この干し柿と同じだ。見た目で騒がず、舌の奥で長く残るもの。蔵の中身じゃねえ。自分の『満足』の基準を、他人の物差しに預けない精神の独立を指すんだよ」


 俺は、雨上がりの月光が、縁側の水たまりに反射するのを見つめた。


「清貧ってのはな、貧乏に耐えることじゃねえ。『余計なものを欲しがらない自分』という最強の資産を手に入れることなんだよ。 豊かさとは所有の量ではない。どれだけ小さなもので、深く満ちることができるかだ。形だけのボロを纏うのはただのコスプレだ。ボロを纏うな、自由を纏え」


 信基は、自分が着ている役人の服の袖を、少し気恥ずかしそうに触った。


「……俺も、役人の給料をもらうようになって、少し不安だったんす。この安定が、俺を鈍らせるんじゃないかって。でも、ボロを着るのが正解でもないんすね」


「おう。中身が伴わねえ節約は、ただの『ケチ』だ。 何を持っていてもいい。だが、それを一瞬で捨てろと言われた時、笑って手放せるかどうか。その『軽やかさ』こそが、本物の贅沢なんだわ」


 信基は、干し柿の残りを一つ手に取り、じっと見つめた。


「……この柿みたいに、余計な水分は抜いても、甘みだけは残す。……俺の生活も、そうありたいっすね。役人の服を着ていても、欲に水膨れしないように」


「おう。美学ってのは、欲に振り回されないための、心の身軽さなんだよ。自分の心が何で満たされるかを知っていれば、都の流行なんていう高い買い物をしなくて済むからな」


 外では、雨上がりの風が竹林を揺らし、雫が落ちる音が不規則なリズムを刻んでいた。

 

 豊かさとは、所有の量ではない。

 自分を喜ばせる術を、他人の掌から取り戻すことだ。

 

「……さて。その干し柿、案外悪くねえわ。お前の月給が、少しはマシな味覚に使われてるようで安心したぞ。さっさと帰って、都の泥臭い仕事の中でも、その甘みを腐らせるんじゃねーぞ」


 信基は「……っす! この味を忘れない程度に、働いてきます!」と、軽やかな足取りで夜の道へ戻っていった。

 

 夜は更けていく。

 いろりのそばには、信基が残した干し柿の、静かで深い贅沢な匂いだけが漂っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ