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第十話 真がナニかしてたのは良いとしても、これからも何も無いとは限らない。それはそれとして、ブラの着け方知ってるのはなんで?私、一回しか教えてないよね?

前回のあらすじ 『真の様子がおかしかったので慌てたけど、どうも『(自主規制)』をしてたみたい』



階下で座り込む時間が、随分と長く感じる。


もう夏至が近い頃とは言え、そろそろ日も陰りだした。

目元に落ちる影。


流れる涙がわずかに光を拾い、頬にかかった髪が揺れる。

肩を落とし、大きく息を吐いた。


胸の奥にうごめく不安が、まるで黒い油脂の様にその触手を伸ばしてくる。

首を、頬を、お腹を、まとわりつくような不快感。


『お願い…これ以上、私の知らない真にならないで…』


両の手で顔を覆い、蹲る。


怖い…


怖い…怖い…


どうすればいい?

何にすがれば、真は“真”のままでいられるの?


…ううん


せめて、これ以上は、変わらないで…。


止め処なく流れる涙。

何も出来ない自分を突きつけられるのが、これ程に苦しいなんて知らなかった。


真の変化が、外見だけじゃなかったら…。


もし、心まで変わってしまったら。


…真が自分の事を忘れてしまった時、私は一体どうなるんだろう…。


「……私のこと、わからなくなったら?」


小さく零れた言葉。


友達は覚えてるのに、私だけ忘れるとか。

そんなこと、絶対にないって、誰が言えるの?


だって、女の子になってる今の変化で終わりなんて、どこに保証があるの?


…怖い


真が、真でなくなってしまうのが…怖い…。

彼のことが好きだった、私の15年が無くなってしまうのが…怖い。


でも。


真にとっては、過ごしてきた…今までの人生そのものが無かったことになってしまうのよね。

それは、どれほどの恐怖。

どれほどの絶望。


そんな理不尽に、真は耐えなければならないの?


どうして…真なんだろう。


こんな理不尽の対象が、何故真なんだろう。


ああ…。


スカートの上に、両の手から零れた涙が、痕を残す。


声にならない声が、私の中に響く。


ひとつは私。


ひとつはおじ様。


ひとつはおば様。


そして…さざなみのような声は…真。


…お願い、我慢しないで…。


一緒にいてあげる事しかできないけど、私の隣で…泣いてよ。



「…瑠璃。もういいよ」



部屋のドアが開いて、真の声が飛んで来る。

変わらない、いつもの優しい声。


…なんで、そんなに平気な顔でいられるの?


なんで、いつも優しいの?


こんな時くらい…『無理だよ』って泣き言言ってもいいのに…。


「…うん。上がるね」


涙声のまま答えるけど…足が震えて、うまく立てない。

支えにしようと手を膝についても、震えて力が伝わらない。


あれ?


…あれ?


おかしいな…


「ごめん、真…。ちょっとだけ待ってて…」


振り返らずにひと言だけ。

そして大きく深呼吸。

奥歯を噛みしめ、背筋に、肩に、首にも力を込めて膝を押す。

震える足のまま、ようやく立ち上がれた。





涙を手で拭い、震える足のまま、真の部屋に戻る。

心配そうな顔の真を見ると、自身の弱さがよくわかる。


『なんで、真はこんな時でも…』


本当は自分が一番怖くて苦しいはずなのに、それでも私のことを案じてくれる。

どれだけ強くて優しいの…?


それにしても…


もう服は着てしまってるのね。


シャツもズボンも、サイズがあってないのはひとめでわかる。

袖は捲ってるけど、それでも手首くらいまであるし、ズボンの裾なんて何回折り返してるんだか。

ウエストだって、ベルトでいっぱいまで締めている。


それでも、なんとなくほっとする。

着崩してるのも『エッチでいいな』なんて思うけど、こう、しっかり着ようとしてる姿だけでも安心できる。


「買って来てくれたブラ、ぴったりだったよ」


真が少し照れたように言う。


「着け心地も悪くないし…思ってたより違和感もないかな」


少し困り眉になりながらも、明るく話してくれる。

そう…良かった。


流石は、私の手。

真のサイズなら、ばっちりわかるわねっ!


それでも一応、着け心地は聞いてみる。


「ん~…特にはないかな?肌に優しい感じだし、長さは肩のストラップで調節出来るんでしょ?…初めてだから時間かかっちゃったけど、何とかなったよ」


…さっきまでの、真っ赤な顔が嘘のよう。

いつもと変わらない、優しい笑顔。


そう…いつもと変わらない。


「…そう、ならいいけど」


そう言いつつ、少しだけ肩を竦める。


「…なんで…」

「ん?」


一瞬、言葉に詰まる。


「……なんでもない」

「絶対なんでもあるでしょ」


「ないってば」

「ある顔してたよ」


じっと見てくる。


逃げられない。


「……その」


少し視線を逸らす。


「ブラのこと…」

「うん」


「なんでそんな普通に出来るのかなって」

「ん?」


「慣れてるのかなって思って」

「……?」


真の表情が固まる。


「いやいやいや、違うよっ!」


慌てて手を振る。


「母さんに聞いたんだよ!サイズとか分かんなくて!」


あ、そういう?


そうね。真の方がカップ大きいものね。

サイズの合わないブラって、着けてていいものじゃないし、相談するのは当然よね。

そっか、おば様か。

…そっかそっか。


「…あ、もしかして、疑った?」

「……ちょっとだけ」


「ちょっとじゃないでしょ」

「……だって」


小さく呟く。


「真、モテるし…」

「は?」


「…今日だって、クラスの女の子たち結構心配してたし」


そう、思ってた以上に女の子たちは反応してた。


「…そっか」

「…うん」


少しだけ笑って、小さく息を吐く真。


「嬉しいけど、でも…」

「…でも?」


黙って私を見る。

いつもの優しい目で、慈しむように…。


「…いや」

「…?」


「瑠璃に貰った、あの下着。すごく大人びててさ、驚いたよ。…やっぱり、大人になっていってるってこと、なんだよね…」


え?


…あの下着、のこと…か…。


私は、言葉が継げなかった。


ただ、真の顔を見、そして…俯き、目を閉じてしまう。


「…瑠璃?」


私の様子に何かを感じたのか、小首を傾げる真。


私は…


思い出したく…ない…のに。

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