第一話 幼馴染が女の子になっちゃったから、セクハラまがいの質問をしてみよう
私には好きな人がいた。
幼馴染で、ご近所で、ちっちゃい頃からずっと一緒に過ごして…ううん、育ってきた。
幼稚園も一緒。通うのだって、帰るのだって一緒。
小学校も、中学校も、ずっと一緒。
15年。
私と彼は一緒にいた。
多分、お互いに知らない事なんて無いって思ってたんじゃないかな?
だって、小学校くらいまでは、お互いの家に泊まりに行けば、お風呂だって一緒に入る事はあったし、寝るのだって一緒だった。
遊ぶのだって、出掛けるのだって、ずっと一緒。
散々に山道を駆けまわり、『どっちが男の子かわかんない』なんて言われたのも懐かしい。
それでも、成長ってのものは残酷だ。
彼は背も伸びて、筋肉も付き、立派に男の子になっていった。
髪だって、昔みたいに伸ばしたりはしてない。
お転婆で騒がしかった私に、振り回されていた彼は、もういない。
私だってそう。
お転婆で騒がしくて、食いしん坊で喧嘩早い、がさつな女の子はもういない。
髪だって伸び、体つきだって丸くなってる。
昔みたいに、山の中を駆けまわるような事も出来なくなってしまった。
お互い、歳相応になった…。
それは、当たり前の事ではあるけれど、どこか寂しい。
高校に入ってからは、なんとなく距離も出来て。
昔みたいに一緒に出掛けたり、遊んだりって事も無くなった。
彼にはまだ恋人はいないみたいだけど、それだって、きっとすぐ。
私には彼氏が出来たけど・・・優しいし一緒にいて楽しくない訳じゃないけど、どうしても彼と比べてしまう。
未練なのか、それとも…。
彼氏には申し訳ないな…と、常々思ってはいる。
嫌いではないけれど……うん。
はあ、と大きなため息を吐きつつ、今日のデートに来て行く服を選ぶ。
気が進まない訳じゃない。
彼氏の事が嫌いなわけでもない。
だけど…
気が付けば、鏡の前で立ち尽くす私がいた。
辺りには、引っ張り出した服が散乱している。
まだメイクだってしてないし、髪だって巻かなくちゃいけないのに…。
考えているうちに、何故か涙まで出て来た。
何故?
ううん、違う。
理由なんてわかってる。
彼氏の事が嫌いなんじゃない。
出掛けるのが嫌なんじゃない。
私は…。
私は、幼馴染の彼が…。
真の事が好きなんだ。
それなのに、気の無いフリなんかして。
告白されたからって、彼氏なんか作って。
年頃の男女なんだから、距離が出来たって不思議じゃないって勝手に納得して。
後悔するってわかってるのに、それを認めようとしなくって。
気が付けば、こんなにも辛いんだ…。
でも、取り返しが付かなくしたのは、間違いなく私なんだ。
もっと素直になっていれば。
そうすれば、きっと私は真の隣にいられたのに…。
その考えを、頭を振って追い出す。
もう、望むべくもない。
そう自分に言い聞かせて、足元にある服に手を伸ばした時。
「瑠璃っ!瑠璃っ!!いるんだろ?」
外からそんな声が聞こえてくる。
喋り方は男の子だけど、声は…女の子??それにしては、聞き覚えの無い声だ…誰だろう?
とりあえず、一旦服は置いて、ジャージのまま階段を駆け下りて玄関を開く。
そこには……
「ああ、瑠璃。良かった、助けてよ」
なんて言ってる、見覚えのない女の子。
髪は私と同じくらい。でも、黒の艶の良い髪。綺麗だわ。
顔つきだって、ちょっと幼く見えるけど、整ってるし、ちょっと好みかも。いや、相手は女の子。
背格好も変わらない位かな……いや、この子の方がちょっと大きい。ちょっとだけど…ちょっとだけど……。カップだと1つ上かしら。羨ましい。
いや、それよりもちょっと待って?
くんくん…
どうしてこの女の子、真の服を着てるの??
それもこんな朝早くに?
え?どういう事?
真の彼女?この時間にって事は、家に連れ込んでたの?…昨夜から?
それってつまり、真とこの子って…。
ヤったって事よね?(超重要)
私の為に大切にしてくれてた、真の貞操をこの女が奪ったって事よね?
私のなのに!
私のなのにっ!!!
私の初めてと交換するはずだったのにぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!
心の中に眠っている、『般若』が目覚めるのがわかる。
これが漫画とかだったら、私の身体から、どす黒いオーラのようなものが噴き出し、その後ろに巨大な般若の面が禍々しく描かれていることだろう。
握り込んだ拳には、血管が浮き上がり、怒りに呼応して震えるほどに力が籠められる。
噛みしめられた奥歯は、嚙み砕くんじゃないかと思えるほど。
一撃であごの骨を。
二撃目で、真に近づいた事を。
三撃目で、生まれてきたことを、後悔させてやろう。
足を踏ん張り、膝を落とし腰を溜め、背筋を、肩を、腕をそれぞれにしっかりと力を伝えれば、こんな小娘などっ!
でも、この子の顔にはどこか見覚えが…。
「いや、もう、助かったよ。ありがとう、瑠璃。いきなりこんな格好になって、何が何だか・・・」
そう言いつつ、困り眉で少しおどけて笑う。
あれ?この笑い方……真の笑い方みたい。
「…急に女の子の身体になったなんて、親だって信じてくれなかったのに、瑠璃だけだよ。俺の言葉聞いてくれたの……ありがとう」
………
え?
急に女の子に?
そんな馬鹿な話がある?
信じられる訳ないじゃない!!
でも…。
今目の前にいる女の子は、とても焦っていて、しかもその仕草は真にそっくり。
もしかしたら……。
ごくりと、唾を飲みこむ音が耳に届く。
本当に……。
動悸が高まり、胸が締め付けられる。
本当の事だとしたら……。
頬が上気し、足が震えだす。
私は無意識に、彼女の手を取り家にあげた。
そして、何も言わずに自室へと足早に上がって行く。
「あ、ちょっとっ!瑠璃!?」
足をもつれさせ、転びそうになってもお構いなしで足早に部屋へ。
そして、彼女をベッドに座らせて、改めて大きく息を吐く。
まだ納得したわけじゃない。
この子が真だって確証がある訳でもない。
私は、少しだけ鋭い目を飛ばし、彼女を見る。
なんとなくでも、残っている真の面影。
小さい頃から変わらない、真の仕草。
そして何よりも、私の本能が『この子は真だ』と叫んでいる。
でも、確証がない…。
一体、どうすれば……。
「ねえ、あなた、本当に真なの?」
「え?うん、本当だよ。……そりゃ、いきなり姿が変わって、理由もわからないのに『信じてっ』だけで信じて貰えないのは、そうだけど…」
私は腰に手をやりつつ、ため息をつく。
「それはそう。だって、そもそも真は男の子なんだしね。普通に考えれば、あなたは『真の彼女』で、昨夜こっそり部屋に招き入れて、エッチしたのがバレてここにいるってなるわよね?」
「エッチだなんて、そんなっ!……そんな、彼女なんていないし」
真っ赤な顔で俯いて、小さな声がまるで消え入るようだ。
「…ま、そうよね。真なら、そんな事しないわよね。それに、バレたらちゃんと怒られる人で、こんな風に逃げたりはしないわ。そもそも、女の子ひとり放り出して、自分が姿を見せないなんて事、する訳ないもの」
「………瑠璃」
その言葉に希望が感じられたのか、縋るような目で私を見つめる。
「でも、だからってあなたが『真』だって証明にはならないわ。何か……私たちしか知らない事を答えられたら、信じてあげられるかも?」
私は、その縋るような目に流されてしまっているんだろうか。
その考えが頭を過るものの、私は目の前の子の事を信じている。
この子は『真』だと。
ただ、確証だけが欲しい。
だから……。
彼女には、いろんなことを聞いてみた。
私の名前、年齢、生年月日。
通っていた小学校、中学校。そこにどんな友達がいたか。
小さい頃、どんな事をして遊んだか。
もちろん、答えられないわけがない。
私と真の関係を考えれば、こんな事はわけはない。
「…どう?信じてくれた??」
不安そうな目で、私を見上げる真(仮)。
実のところ、質問を始めた当初から信じてはいたのだけれど、それでもなんとなく楽しくなってしまった。
だから、ちょっといじわるをしよう、なんて考えてしまう。
「…そうね。答えはあってるけど、だからって信じるまでにはいかないかな」
「そんなっ!」
不安に揺れる瞳が、私の心の奥底をくすぐる。
ああ、真が困った顔を見せてくれるなんて……。
もうちょっとだけ、この顔を見たら、『信じてるわ』って言ってあげようかな…。
「だって、真から聞いてれば答えられそうな事ばかりだもの。もっと、『他の人は絶対知らない』事にも答えて貰わないと」
「………わかったよ。どんなことに答えれば良い?」
ちょっと楽しい気分を隠しながら、少し深刻そうな顔をしてみせる。
「……そうね」
そう言いながら、真(仮)の顔をちらりと見る。
不安に眉を下げながらも目にはしっかりと力があり、小刻みに震える肩との対比がたまらない。
ああ、ずっと見てたい…。
「じゃあ、一緒にお風呂に入った時、私が一番最初に洗ってたのは、どこからだった??」
絶対に困るのがわかってる事を、私は聞く。
聞いてる私だって、顔から火が出る程に恥ずかしいけれど、真(仮)はそれどころじゃないくらい真っ赤な顔になっている。
「え?ええって!?そんな…事、覚えてるわけ……」
あわあわと大慌てで、手も足もバタつかせている。
その姿がとても愛らしく、混乱した瞳をもっと見たくなってしまい、つい距離を詰めてしまう。
可愛らしい顔。慌てる仕草ですら抱きしめたくなる程だ。
その息を感じるくらいまで、顔を近づけてしまう。
「え?ちょ……近いよ、瑠璃」
「ふふっ……どこからだった?」
「え、その……」
「…思い出してよ……」
「…それは…」
なんだろう。
満足感がすっごく高い。
恥ずかしくて仕方ないけど、でもこんな真が見られるなんて最高っ!
だからついつい聞いてしまう。
「じゃあ次。私の首筋のほくろ、いくつある?」
「え……」
「左の脇の痣は、胸側? 背中側?」
「そ、それは……」
「山道で転んで付いた傷、太ももの内側だった? それともお尻側?」
立て続けに畳みかける。
「もう勘弁してよ……」
真っ赤な顔で息も絶えだえに、真(仮)が懇願する。
羞恥に震える姿があまりにも煽情的で、つい『もっと』ってなってたけど、そろそろ解放してあげよう。
残念だけど。
「そうね。それだけ覚えてるんだもの。やっぱり本物なのね」
「……そうだよ。こんなに恥ずかしい事、させないでよ……」
消え入りそうな声で、囁くように喋る真の可愛い事。
………
あ、そういえば。
「あ、真ごめん。ちょっと彼氏に電話入れるわね」
「え?あ、うん。……ごめんね」
「ん?気にしないで………あ、もしもし?私っ!うん、今日のデートだけど、ごめん、無理になっちゃった。………うん、次の予定は、もう無しで。うん、ごめんね。うん、お別れ。………あ、嫌いになったとかじゃなくて、あなたより大事で大事で仕方ない事があるの、それだけ。うん、ごめんね。……じゃあね」
少しだけ胸が痛む。 でも、迷いはなかった。
通話を終えると、目を丸くした真の顔が目に入る。
「あの……瑠璃?」
「ん?どうしたの?」
「あ、いや……今のって、彼氏…だよね?」
「?そうよ?別れたけど」
「いや、それっ!……なんで…」
「……なんでって」
スマホを机に置きながら、言葉を選ぶ。
「真がこんな事になって、私だけ彼氏と遊ぶなんて無いわよ」
私は真の隣に腰を下ろしながら、そう言って彼女を見つめる。
少しだけ息を吸って、覚悟を決める。
「……ホントは、昔からずっと思ってたの」
真っ直ぐに見つめる。
「私は、ずっと真と一緒にいたかった。ずっと好きだった」
ずっとずっと一緒が良かった。
付き合いたいって思ってたし、男と女の関係になりたかった。
思ってたのとはちょっと違うけど、これはこれで。
いろんな大変な事がありそうだけど、真と一緒なら、きっと大丈夫。
私は心から、そう思えた。




