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ガチムチと中の覚悟

 若干気まずい。


「そうか、君も玲音のことを探して……」

「そ、そうなんですよ」


 俺はあれから詩音さんの車に乗せてもらい、町の中を見て回っていた。行く宛ての無いドライブだ。同じ所を何度も回り続けている。


「しかも君の幼馴染まで行方不明なんて、大変だね」

「いやぁ、詩音さんほどじゃ……というか詩音さん、仕事の方は大丈夫なんですか?」

「ああ、上司に土下座してしばらく有給を取らせてもらったよ。これで、事態が収まってから向こう二ヵ月は休み無しだ。まったく……ブラック企業のエンジニアはこれだから……」

「た、大変っすね」


 詩音さんが発しだしたドス黒いオーラに耐え切れず、俺は外の景色を見ることに専念した。

 というかぼちぼち下ろしてもらおう。決めた。


「しかし、わざわざこの辺りを探してたってことは、君もどこからか情報を仕入れてきたってことかい?」


 が、会話はまだ続くらしい。


「……そうなんですよ。友人の恋人達……じゃなかった、恋人が玲音のことを目撃したらしくて」

「へえ、高校生の情報網も侮れないね。私は警察の方から聞いたんだよ。この町で目撃情報があったってね」

「なるほど、やっぱり警察もそこら辺のことはわかってたんですね」

「ああ、でも捜索は今ひとつ捗っていないようだ」

「……私有地の関係ですね? 令状が無い限り、警官は私有地の捜査を行うことができない。前にテレビで見ました」


 詩音さんはため息を漏らしながら、低い声で言う。


「そうなんだよ。この町は緑が多い。それと海が近い。だから金持ちどもの避暑地として有用なのさ。その反面、街並みは少々寂れている。住人の数は少ない」

「人の目が少ないから……確定的な目撃証言が出ない」

「そうだ。まだ警察は玲音がこの町のどこかにいるってことしか掴んでない。それじゃ漠然としすぎてるんだ。ひょっとしたらもう他の場所に移動してるかもしれないしね」

「それでなかなか踏み切れずにいる、と。警察は管原が絡んでる可能性を考えてるんですか?」

「……それがね、どうも無関係と踏んでるようなんだ。私は調べてもらうように訴えたんだけどね」

「え?」


 なぜだ? アリバイがあるとか?

 管原達がよっぽど上手いこと動いているということだろうか。


「汚いもんだよ、世の中。ともかく、これでもう警察はアテにならない」

「……ん? じゃあ、ひょっとして詩音さん……」

「気付いたかい? こちとら行政機関じゃないんでね。独自に目星を付けて、勝手に探そうとしてたんだ」


 その行動力に俺は素直に驚いた。詩音さんは確か四十代後半だったはずだ。アグレッシブさでは俺も負けてはいないと思うが、高校生と四十代ではわけが違う。

 娘を持った父親というのは強いものだ。


「でもね、ダメだった」

「え?」

「セキュリティが思ったより厳しくてね。敷地の周りには高い柵があるし、入り口らしきところには警備員らしき人が立っていた。この時期だと……キノコ泥棒対策か何かだろう」

「ちなみにそこに目を付けた理由っていうのは?」


 俺がそう尋ねると、詩音さんは近くにあったコンビニの駐車場に車を止めた。そして身を乗り出し、後部座席に置かれていた茶色い鞄を手に取る。中から取り出したのは十枚ほどの紙束だった。


「これを」


 手渡されたそれに、俺は目を通した。

 そこに記されていたのは、管原とその仲間達のデータ。家族構成や交友関係などが細かく載っている。


「これ、どうしたんですか?」

「……昨日、君に言われた後、管原さんの家に行ったよ。向こうの住所は変わっていなかった。それで、向こうの父親と少し話をしたんだ。誘拐の可能性を提示したら『うちの息子を疑ってるのか』ってすぐに追い出されてしまったけどね」


 俺は黙って頷いた。

 まあこればかりは普通の反応だろう。今のところおかしな点はない。


「でもその少し前、少し気になることを言っていたんだ」

「気になること?」

「ああ。信悟君はどうもここ最近ずっと機嫌が悪かったらしいんだけど、二、三日前から元に戻った、って」

「そいつはずいぶんわかりやすい……」

「それで確信した私は興信所に依頼した」

「ええ!? じゃあこれそのデータなんですか!?」


 再度その紙束を見てみる。確かに素人じゃすぐ調べられないようなことばかりだ。

 興信所ってすげえ。


「とは言え、いくら興信所でも一晩でそれを調べるのはだいぶ無理があったようでね、追加料金を払ってなんとかやってもらったよ」

「いくらですか?」

「聞かない方がいいよ」


 じゃあ聞かないでおこう。

 怖い。


「もしかしたら娘の居場所も突き止めてくれるかもしれないと期待してたんだけどね、やっぱりそう上手くも行かないみたいだ」

「…………」


 ダメだ。背中に哀愁が漂いすぎてる。もうなんて返していいのかわからん。

 俺は愛想笑いだけした後、詩音さんとの会話から逃げるように資料の読み込みに没頭した。

 とりあえず見てみたのは親の職業だ。

 このデータによると驚いたことに、管原の軍団の中には警視庁のキャリアの一人息子がいる。

 なるほど、そういうことか。さっきの詩音さんの発言も頷ける。

 さらにそれとは別に、一人ズバ抜けたボンボンがいるらしい。そしてそいつの親が、この町の山の一つを去年買っている。

 詩音さんはそこに玲音が連れ込まれてるんじゃないかと踏んだわけだ。

 えっと、そのボンボンの名前は……タカナシケンジ。ケンジ? あいつか! あいつ金持ちの息子だったのか……。


「ん?」


 パラパラとページを捲っていると、俺はそこで気になるものを発見した。

 そこだけ、文章ではなく図になっている。

 航空写真が一つのページにデカデカと展開され、そのうちの一角が赤丸で囲まれていた。ここがタカナシ家が購入した山の辺りなのだろう。

 ここがそうか。

 ……ん? いや、ここって……。


「鳴海君」


 呼びかけられ、俺はハッと我に返った。

 顔を上げ、詩音さんの方に視線を送った。


「なんで、こんなことになってしまったんだろうね」


 詩音さんは静かに泣いていた。


「なんであの子がこんな目に遭わなければならない。あの子は小さい時からずっと家のことを守ってくれてて、不器用かも知れないけど本当に良い子で……」


 堰を切ったように流れ出す涙。膝の上に零れ落ちる滴。グッと歯を食いしばり、嗚咽が漏れるのを防いでいる。

 その姿を情けないとは微塵も思わない。男だって泣きたい時はある。むしろ、かっこいいとさえ思った。人はここまでかっこよく泣けるのか。

 つらかったんだろうなぁ。ここ数日、ずっと。


「私じゃ、やっぱりダメなんだ。娘が危ない目に遭ってるというのに……こんな時、何もしてやることができない……。私はダメな父親だ……」

「いや、むしろ立派過ぎますって」


 素直にそう思う。

 ここまで頑張ってる人を、俺はあまり知らない。もう十分だ。

 もう――


「あとは俺に任せといてください」


 この人は報われるべきなんだ。

 俺は資料をその場に残し、車から降りた。


「あとは、って……君……」

「なんせ俺、あいつの恋人ですし?」

「っ!」

「あとね――」


 振り向き様、目を見開いている詩音さんに向けて言う。


「俺、ちょっとすげぇんすよ」


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