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ガチムチとアクションヒーロー

 そして次の日がやってきた。

 俺は――


「やっちまった」


 寝坊した。

 ……さすが俺だ。フラグの回収は怠らない。

 一旦冷静になるために深呼吸をし、もう一度壁掛けの時計に視線をやる。午前十一時。朝っていうかもう昼だ。

 続いて携帯電話の着信履歴を見た。


「うわぁ、池森から死ぬほど掛かってきてるよ……」


 その件数三十一件。ストーカーか!


「ん?」


 しかしそれとは一件別の番号から掛かってきていた。これは……卵の家の固定電話だ。携帯からじゃないということは、卵の母親か父親からだろう。


「何の用だろう? まぁいっか」


 それより今は支度を終わらせて池森に連絡を入れなければ。

 着替えて……朝食を済ませて……あれ?


「朝飯、無いんじゃねえか?」


 そうだ。俺が寝坊した、ということは卵が来ていないということだ。

 いっつもあいつは決まった時間に必ず起こしにくる。だから俺は癖でアラームも掛けずに眠ってしまった。その結果がこれだ。

 そして卵がいないということは俺の朝飯が無い。これは由々しき事態だ。

 俺、朝しっかり食べないと力が出ないタイプの人間なのに……。


「ったくあいつ、ちょっとケンカしたぐらいで来なくなるとか……。仕方ない、コンビニでなんか買って――」


 待てよ?


「…………」


 無言のまま、再び携帯の着信履歴を見た。卵の家から電話があったのは……零時前だ。俺がベッドに潜った少し後のことだった。

 なぜこんな時間に?

 妙な胸騒ぎがして、俺は折り返すことにした。


『はい、もしもし?』


 掛けてすぐに電話は繋がった。これは卵の母親、玉子たまこおばさんの声だ。


「あ、もしもしおばさん? 中だけど」

『あー、中君、昨日は夜分遅くに電話掛けてごめんねー』

「いや、それは大丈夫だけど……なんかあったの?」

『んー、それがねー』


 少し間を置いた後、おばさんは言った。


『卵が昨日から家に帰ってないのよー』


 ああ……もう嫌だ。



「ってわけだ。卵の目撃情報はねえか? あと遅れてすまん」

「誠意ゼロか! そんな謝罪ならむしろない方がよかったよ!」


 俺と池森は隣町のとあるファミレスにて話し合いを始めていた。席は窓際だ。

 初めは俺の遅刻を責め立てていた池森だったが、徹底的に無視して卵のことを話すと、やがて諦めたようにおとなしくなった。


「しかし……まさかミス卯月までいなくなるなんて……」

「まああいつの場合、攫われてるなんてことはないからまだ安心だけどな」

「それは確かに」

「でもそうなってくるとあいつはどこに行ったんだ? あいつの仲の良い友達の家にはあらかた電話掛けたっておばさん言ってたし……まさか漫喫で一夜明かしてたりしねえよなぁ?」

「それか、適当な男でも引っ掛けてホテルにでも行ってたりね」

「ねえよ。あいつもなかなかのピュアガールだからな。そんなことできるわけ……」

「わからないよ? 女の子っていうのはね、僕達が思っているより難しい生き物なんだ。僕でさえ未だに掴み切れない時がある」

「童貞が何を偉そうに」

「ど、どどど童貞ちゃうわ!」

「なんだよそのテンプレすぎる返し」


 ってか佐藤さんとは結局何もなかったのか。

 白けた目を向けていると、池森はこほん、と咳払いを一つし、気を取り直したかのように言う。


「ともかくわからないよ。たとえば落ち込んでいる時に優しい言葉を掛けられたりしたら、普段はガードの堅い女の子でもコロッといっちゃったりすることがある。ちなみにこれは僕の常套手段だ」

「やっぱクズだなお前」


 しかし、落ち込んでいる時か……あいつは昨日、落ち込んでたんだろうか。


「何か心当たりあるようだね?」

「人の心を読むんじゃない。それより今は玲音の捜索が先だ。こっちは間違いなく誘拐されてんだからな」

「ま、それもそうだね。ハニーはミス卯月と違って普通の人間だし」


 卵のことは一旦置いておき、これからの動き方について考えた。


「よし、まずはハンバーグだな」

「わかった。ハンバー……は?」

「ハンバーグにライスとスープのセット。締めにバニラアイスだ。よし俺は決まった。お前は何頼む?」

「えええ……ここの注文の話ぃ……?」


 なぜか気の抜けた表情をしている池森。

 当たり前だろ。朝飯まだなんだから。


「というか昨日から思ってたんだが……君は少し悠長過ぎやしないかい?」

「へ? そう?」

「そうだよ。なにせ攫っていったのは管原達だ。前にハニーをレイプしようとした連中なんだよ? 今こうしている間にもハニーはおか……お、おか……犯されているかも……ぬあああああああ!! 許せない!! 僕のハニーの処女が!!」

「勝手に妄想してキレんなよ」


 あと声がでかい。周りの客からものすごい注目を集めてしまっていた。恥ずかしいからやめてほしい。


「その点に関してはたぶん大丈夫だ」

「なぜそんなことが言える!」

「管原が欲しいものは玲音じゃ――まあそんな話は後でいいか。とにかく飯だ飯」

「くーっ……僕は君という人間がわからないよ! 君は普段しょうもないことでオロオロしたりするくせに、なんでこう危機が迫る時ほど落ち着いてられるんだ! 破綻してるよ!」

「どっか壊れてるくらいじゃねえとお前らなんてまとめらんねえよ。それに――」


 俺は横の席に置いてある自分の鞄を指差した。


「こいつとお前がセットになれば必ず見つけられるだろ。夜まで待たなきゃならないけど……あ?」


 ふと窓の外に目をやって気付いた。

 やや離れた所に、こちらを睨みつけている集団がいる。しかもその先頭の男にはなんか見覚えがある。

 顔とかはそりゃ皆一緒なんだが、髪型と雰囲気がこう、なんか……蹴りたくなる感じの……。


「あっ、思い出した! 俺がドロップキック喰らわせたヤツだ!」


 そしてそのまま泡吹いて気絶したヤツだ。名前は確か……なんだっけ?


「やべえ! あいつらこの店入ってこようとしてる!」

「さっきからどうかしたのかい?」

「管原の取り巻き連中がここに来ようとしてんだよ! くそっ……どういうことだ? 今は平日の昼間だぞ? あいつらもサボりか? いや、あいつらあんなナリだけど一応学校にはちゃんと行ってるはずだ……」

「凪高は今日開校記念日で休みのはずだよ」

「それを先に言え! けっこうな誤算だよちくしょう!」


 慌てながら俺がそう言うと、池森はキザな仕草で前髪を掻き揚げた。


「心配いらないさ。僕は昔からあらゆる英才教育を受けてきた。格闘技の心得もある。そこらのチンピラには負けないよ」

「相手十人くらいいたけど?」

「……逃げようか」


 賢明な判断だ。

 しかし――


「入り口はもう塞がれちまってるぞ」

「くっ、こうなったら裏口の方から……」

「それもたぶんダメだ」

「なぜ?」

「見ろ」


 池森とともに、集団の方に目をやった。

 先ほど十人固まっていたのが、五人ほどに減っている。


「たぶん残りは裏に回ってるな」

「な!? じゃ、じゃあ逃げ道なんてないじゃないか!」

「…………」

「な、何か言いたまえよ!」

「今日さ、なんでここのファミレス来たんだっけ?」

「へ? そ、それは……ここが僕のパパの会社の系列店で、勘定がタダになるから……」


 俺は窓ガラスをそっと触り、感触を確かめた。


「っつうことはさ、修理代とかもタダになるってことだろ?」

「な、何を言って――」

「あとは頼んだぜ」


 立ち上がり、助走をつけて窓に突っ込んでいく。顔の前で腕をクロスさせるのを忘れてはならない。

 一度やってみたかったんだこれ。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 俺は見事ガラス窓をぶち割ることに成功した。けたたましい破砕音が昼時の店内に響き渡る。

 池森の「ちょ!? ここ二階なんだけれども!?」という声を背に受けながら、俺は落下していった。心地良い浮遊感が体を包む。不思議と恐怖はない。むしろワクワクしていた。アクション映画の主人公にでもなったような気分だった。


「いって!!」


 きちんとした体勢で着地することに成功。

 しかしながら下はコンクリートだ。だいぶ足がビリビリする。そのまま何事もなかったかのように駆け出せたらよかったのだが、そうカッコ良くはいかないようだ。


「んじゃ頑張れよー! 後に続いてもいいぞー!」

「できるか! やっぱり君は狂ってるよ!」


 粉砕された窓から顔を出す池森に声を掛けた後、俺はその場から逃げ出した。

 ま、あいつならなんとかするだろ。なんとかできなくてもそれはそれでよしだ。そんな我ながら無責任なことを思いながらひた走る。


「でも困ったな……」


 鞄も池森も置き去り。これで俺の奥の手が使えなくなっちまった。どうやって玲音を捜索するべきか。

 というか卵は本当にどこ行っちまったんだ? 意外と学校に来てたりするのか?


「探し回るにしても一人より二人の方がいいんだけど……やっぱ協力してくれねえよなぁ、あいつ」


 一人呟いているうちに、大通りに出た。やつらは追ってきていないようだ。俺は立ち止まり、その場で息を整えた。


「鳴海君?」

「っ! 誰だ!?」


 そこへ何者かから声を掛けられる。

 慌てて振り向くと、後方に白い軽自動車が止まっていた。車の窓から顔を出していたのは、ここ最近よく顔を突き合わせている人物。


「詩音さん?」

「なんでこんな所に……学校はどうしたんだ?」


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