ガチムチと捜査の始まり
「はっ!! 試合はどうなった!? 俺は負けたのか!?」
目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
「あれ?」
よーく目を凝らして、辺りを見渡す。もしかしなくてもここはオカルト部の部室だ。リングの上じゃない。
全部、夢だった。
俺は気を失っていたようだ。
「……不意打ちであの連撃はねえよ」
ズキズキと痛む頬を押さえながら呟いた。
いや、ホントにあれはない。さすがに避けようがなかった。
ひとまずスラックスのポケットから携帯電話を取り出し、時刻を確認する。着信が何件も入っていたが、全て池森からだったのでスルーした。
現在は午後十一時だ。だいぶ眠ってたな……って十一時!?
「えええ……俺の時間……」
さすがに今から玲音捜索は行えない。もし警察に見つかって補導なんてことになれば、それこそ明日からの行動に支障が出かねない。
今日はおとなしく帰ることにする。
玄関は既に施錠されていたので、仕方なく部室の窓から外に出た。
というかなんで誰も起こしてくれなかったんだ? 見回りの人とかいるんじゃないの普通。
「んあ?」
ぶつぶつと不満を垂れ流しながら校庭を横切ろうとしていたその時、携帯電話のバイブが作動した。取り出してディスプレイを確認してみれば、それは池森からの通話の着信だった。
これだけしつこく掛けてくるということは何か掴んだんだろうか。いや、でも所詮クロワッサンだしなぁ。
俺はあまり期待せずに電話に出た。
「もしもし」
『やっと出たカ、千葉シ……』
「お前やたら声にドス利いてるけど風邪でもひいた?」
『フン、時間帯を考えたまえヨ』
ああそっか、夜か。
「で? お前は何の用があって電話掛けてきたんだ? 何度も何度も」
『ハニーを攫った犯人ノ目星がついたんダ。一刻も早く知らせヨうと思ったノニ、なぜ君は今まで電話に出なカッタ?』
「こっちはこっちで危うく撲殺されるとこだったんだよ! ……それで、犯人ってのはやっぱり……」
『アア。管原信悟とその一派ダ。隣町に住んでるホステスのカオルさんが、黒いバンに乗せられているハニーを見たらしイ。残念』
「ホントかよそれ? カオルさんってのは玲音のこと知ってんのか?」
『隠し撮りしておいたハニーの写メを送っテ、それと照らし合わせてもらっタ。間違いないそうダ』
お前はお前で何してんだよ。隠し撮りって……。
そんな言葉が喉から出かかったが、会話のテンポを保つために黙っておいた。後々玲音にはバラすつもりだが。
「それであれか? その黒いバンに管原も乗ってたと。そういう話か?」
『いや、残念ながら直接一緒にいるところを目撃したわけじゃないラシイ。他の情報と照らし合わせての判断ダヨ』
「他の情報って?」
『管原達の隣町での目撃情報サ。隣町のガールズバー勤務のユミちゃんが、ガラの悪い金髪の男を見たと言ってイル。後はライブハウスでドリンカーをやっているサクラちゃんガ……』
「あーあーもうわかったよ! ガールズバーにライブハウスのドリンカーって……職業が生々しいんだよさっきから!」
『とにかク、隣町での出没率が異様に高イ。これは不自然なのサ』
まあ犯人が誰とか、そんなことはどうでもいい。とにかく玲音を無事に奪還できれば問題ない。
……隣町のどこかに監禁されている可能性が高い、か。
「けどなんでだ?」
俺は違和感を覚えた。
なぜ隣町なんだ?
「足が付かないように離れた場所を選んだのか……いや、それにしては距離が微妙だし……移動中に見つかるリスクの方が高い……」
『千葉シ! 自分の世界に入るのは後にしてくれたマエ!』
ボソボソ呟きながら考え込んでいると、苛立ったように池森が声を上げた。
「ああ、悪い悪い」
『まったく。それじゃ、僕はこれから警察ニ電話してこの情報を伝えるケド、いいかイ?』
「ん? ってかまだ電話してなかったのか?」
『君がなかなか電話に出ないからだロウ。まあ一応? 君はこの部の代表……まあ僕は認めていないガ、それでもそういうポジションなのだカラ、一応話を通しておくべきカモ、という冷静な判断の下、僕は……』
「長い長い長い! いらないよそういうツンデレ的なヤツ!」
『で、いいのカイ? まあ普通に考えたらここは電話……』
「してもいいけどたぶん見つけられねえぞ」
俺がそう答えると、池森は訝しむように尋ねてくる。
『なぜそんなことが言い切れるんダイ?』
「世間から散々叩かれちゃいるが、なんだかんだで警察ってのは有能だ。お前は確かに独自のツテを持ってる。けど、一高校生が築いたコミュニティが警察のそれに敵うか? たぶんねえよ。一応プロだぞ?」
『つまり今僕が言った情報くらいは、警察は既に握っているト?』
「匹敵する情報は持ってると思う。隣町はそんなに大きい所じゃないし、ひょっとしたらある程度の目星も付いてるかも知れない」
『じゃあ……なぜまだハニーは見つかってないんダ?』
「……警察は事務的な組織だってことかな」
『ハァ?』
「ま、あくまで憶測だからなんとも言えないけどな。っつうわけでさっさと寝ろ。明日は朝から動くぞ。学校はサボれよ」
『ナ!? ちょ』
有無を言わせずに俺は電話を切った。
今日はもう疲れた。主に精神的に。肉体的にもダメージ受けたけど。
「さて、帰るかな」
俺は再び帰路に就いた。
帰ったらすぐに寝て明日に備えなければ。池森にああ言った手前、俺が寝坊するわけにはいかない。




