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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第三章 青空へ向かって
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第三話 魔王に会いに行こう・その1

チームの家の中から外へと足を踏み出したレットが、軒先の下にまでやってくる。





「“業者の特定”――ですか?」


「ああ、そうだ」


そこに立っていたクリアは、レットと話し合いながら、かけていた黒いスモーク付きのゴーグルを額ひたいにまでずらした。

それから持っていた包装を破いて、中に入っていたハイダニア王国の名物の一つであるオレンジパイを取り出し片手で頬張り始める。


数回咀嚼をした後、片膝を上げてその上にパイを一旦“避難”させ、インベントリーから妙に豪華な意匠のティーポットと、ボロボロに欠けたカップを取り出す。

腕を伸ばし、無駄に(少なくともレットは無駄だと感じた)高い場所から紅茶を注ぎ始めると、湯気と共に紅茶の飛沫が周囲に跳ねた。

片膝を上げていたからか、クリアは一瞬バランスを崩し――カップの中に屋根から垂れた雨水が混じる。


――紅茶好きが見たら激怒しそうな光景だと、レットは思った。


「現実の警察が動いてなんとかする以上、この事件は素人の俺達が関わる領分を超えている。しかし、当たり前ながら現実世界の法の番人はエールゲルムの中の秩序には不介入。こっちはこっちで、事件に関わっているであろう業者どもをなんとかしなければならない。俺達が“健全なゲームプレイ”を続けるためにな」


(不健全の塊みたいな人が言えた台詞じゃないと思うけどなぁ……)


レットはジト目でクリアの背中を見つめる。

当のクリアはインベントリーの中に丁寧にティーポットを仕舞って、軒先を囲っている木製のフェンスに寄りかかり、今度は大きなオレンジを取り出す。

それをクリアが片手で絞るとカップの中の紅茶にオレンジの果汁がボタボタとこぼれた。


(オレンジパイにオレンジティーって……。頭の一部も左目もオレンジ色だし、クリアさんオレンジ好きなのかな?)


「うーん。そもそも、ゲームプレイヤーのオレ達が“業者”に対してできることってあるんですか? 事件に関わっていた業者をゲームの中で探し出したところで“PKを仕掛けてぶっ倒せば綺麗おしまい”ってわけじゃないし。そもそもどんな連中が関わっていたのかなんて、GM以外の誰にも特定出来なそうなんですけどォ……」


「……そのGMすら、この件に関してはポンコツという認識で良い」


呟くようにレットの問いに答えて、クリアは顔を顰める。

その表情が啜っている紅茶の味によるものなのか、会話の内容によるものなのかレットにはわからなかった。


「ポンコツって……前にクリアさんが言っていたじゃないですか。“NWにリニューアルしてから業者はほとんど死滅していた”って。あれってGMが業者の排除を頑張ったからじゃないんです?」


「ハードに詳しいネコニャンさん曰く、このゲームから業者が減ったのは、リニューアルによる“技術的な面”が大きかったかららしいんだ」


レットはこのゲームの来歴を思い出す。

かつてただのVRゲームだったが、ゲームの中身自体はさほど変わっていないまま“ハードウェアそのものがアップデートしてフルダイブ形式に変わった”という経緯がある。


「うーん。その話、ネコニャンさんが“オーパーツ技術だ”って言っていたんですけどどのくらいすごいことなのかしっくりこないんですよね……」


「とてつもない労力がかかっている。……ゲームを一から作り直しているようなもんだ。おかげで業者が間接的に死滅したのさ。フルダイブの技術のせいで無印の頃にできていた“複数アカウントを不正に同時操作して行う金策”ができなくなったし、技術の進歩でアカウントの“ハックや譲渡”が簡単にできなくなったからな。業者のそれまでの稼ぎ方が通じなくなって、リニューアルに併せてほとんどの業者がこのゲームから撤退したわけだ」


「無印の頃はできていた“複数アカウントの同時操作”に、“アカウントハック”か……」


そう呟いてから、レットは最近クリアに教わったばかりの無印の“業者の生態”について思い返した。


本作は無印の頃から“同じアカウント内で複数のキャラクターを作る”こと自体は可能だったが、それらを“同時にゲームにログインさせる”ことはできなかった(同時ログインとなりシステム上不可能)。


しかし、“複数のアカウントを個人が管理した上で1アカウントにつき1キャラクターを別々にログインさせる”ことは可能だったのである。

無印の頃はゲーム内に意識をダイブさせる必要はなく、同時にキャラクターを操作する――規約違反に該当する不正行為が存在していた。

この技術により複数のキャラクターを一人が同時に操作することによって、普通のプレイヤーよりも利益を享受出来てしまっていたわけである。


(そうやって得たアイテムやゴールドを現実のお金に変換していたんだよな……あくどいなあ)


「『オンラインゲームでのアカウントハック』は成りすましメールに添付されたインターネットウイルスを使ったり、フィッシングサイト経由でログインに必要な情報を盗み取るという手段が一般的だ。そのような不正な方法で乗っ取ったオンラインゲームのキャラクターデータを不正に売買したり、そのキャラクターを使ってゲームマネーを稼ぐのが遙か昔から、時代が変わっても続いている『オンラインゲーム業者のやり口』だ。業者全盛期の頃は本当に大変だったよ。どこもかしこも業者関連での揉めごとだらけだった……」


「そういえば、ベルシーが言っていましたよ。クリアさんは当時の揉めごとに詳しいんだって」


「ま……まあ、無印の頃は色々あったからな。“色々”な……うん」


レットは横からクリアの顔を見つめる。

その眼は不自然に泳いでいたことから、レットは目の前の男がその昔“何かとんでもないことをやらかした”に違いないと察した。


「それにしてもなあ……現実のお金を払ってズルしてアイテムを手に入れたり、他人が育てたキャラクターで遊ぶって一体何が楽しいんだろう……。オレ、理解できませんよ」


「色んな理由がある。欲しいのにどう足掻いても手に入らないアイテムが有るだとか、現実(リアル)が忙しすぎてゲームを遊ぶ時間がなかったりだとかな。結局、どんなゲームでも強くなるには時間か金、もしくはその両方をかけることになるからな」


クリアはカップを持つ手を揺らす。

カップの欠けた部分から紅茶が数滴垂れた。


「金か――時間かぁ……」


「俺はどちらをゲームに費やすのが上等なのか、決めつけるつもりは毛頭無い。だけどこのゲームは【Time to win】――つまり、時間をかけた人間が強者になるように作られている。金を払った人間が強くなる【Pay to win】のゲームじゃない。お前が戦った“アイツ”のように、現実の金でズルするのはフェアじゃないよな」


「だから、業者は排除しないと駄目ってことですね。手段を選ばず。現実のお金でアイテムを売り買いして、ゲームの秩序を滅茶苦茶にするから――」


「――ま、“手段を選ばない”。“ゲームの秩序を滅茶苦茶にする”っていうのはここに居る俺自身にも当てはまることなんだけどな……。勘違いしないでもらいたいんだが、俺は何も全ての業者を率先して徹底的に排除しようなんて考えているわけじゃない。“業者と遊ぶ”のも割と楽しいしな!」


「――――――――――は?」


レットの口から間の抜けた声が零れた。

気にする素振りもせず、クリアは軽く笑う。


「当時は業者のキャラクターがあんまりにも蔓延(はびこ)りすぎていてな。“面白そうだから”っていう理由で無差別にテツヲさんが業者のキャラクターをチームに誘いまくったんだよ」










「いやいやいやいやいやいやいやいやおかしいでしょおかしいですってそれェ!!」


「ログインした瞬間に色んな種類の宣伝が沢山聞こえてきて面白かったな~。おかげで異国の罵詈雑言を覚えることが出来た」


「業者集団同士で滅茶苦茶揉めてんじゃねえか! どんなひっどいやり取りがあったのかなんとなく予想がつきますよォ!」


レットの反応が面白かったのだろうか、クリアは暫くの間大きな声で笑っていた。

それからパイを一口食べて紅茶を再び啜り、平生を取り戻してから話を続ける。


「――ま、要するにだ。俺達は聖人君子でもなければヒーローでもない。“普通の業者”が蔓延するなら、それをなんとかするのは運営の仕事だと思っている。だけどな――」












「“今回の事件に深く関わっていた業者集団だけは人として野放しにはしておけない。二度とこんな事件を起こせないように、特定して徹底的に潰す必要がある”ってことですよね」


間を開けずにレットがクリアの言葉に割り込んだ。

真剣な面持ちのレットを見つめて、クリアはほんの一瞬驚きの表情を浮かべた。


「格好良く言えば、そうなるな。……俺には到底出来ないような聞こえの良い言い方だ。――流石レットだな!」


「もう……からかわないでくださいよ! それで、一体どうするつもりです? GMが駄目なら、事件に関わっていた業者を潰すどころか特定する方法すらゼロじゃないですか!」






















「――魔王を眠りから起こす」


クリアがカップの水面を見つめながら呟く。

同時に、遠くで雷が鳴った。


「え? 魔王? 魔王って、このゲームのモンスターに魔王っていましたっけ? それを使って業者を倒すってことですか?」


「……いや、違う。そしてアレはファンタジーやゲームに出てくるような魔王でもない。どちらかといえば戯曲や神話に出てくるような“魔王”に近いな。無法の悪には、論外のような危険な存在をぶつけるのが一番ってことだ」


カップから視線を上げて外を見つめるクリアの顔に汗が滲み始める。

クリアが冷や汗を流している時は“本当の本当に危ない時”だとよく知っていたので、レットは心底嫌な予感がした。

クリアは自らを落ち着かせるように、ゆっくりと噛みしめるように説明を始める。


「……無印の頃、このゲーム内のイベントの一環で、運営がプレイヤーの『現況調査』を行ったことがあった」


「――『現況調査』?」


「例えば、“プレイヤーの何割が、どんな種族で遊んでいるのか”とか、“どんな職業が人気でよく遊ばれているか”とか。“どんなモンスターがプレイヤーを戦闘不能に追いやっているのか”逆に“どんなモンスターがプレイヤーに沢山狩られているのか”とか、運営が様々なプレイヤ―層からアンケートを取って調査しつつ、データから細かい数字を出したんだ」


「へぇ~っ。面白そうですね。それがどうかしたんです?」


「当時の調査内容がWikiに載っている。探して読んでみてくれ」


いまいち要領を得なかったが、クリアの指示を受けレットは素直にユーザーwikiを開く。

取り出す度に多少の汚れはリセットされるとレットにはわかっていても、外から吹き込んでくる雨粒が気になった。


「えっとォ……あった。“エールゲルム冒険調査”。これですね。へぇ~…………」


クリアの言うとおり、円や棒のグラフで様々な情報がわかりやくまとまっている。

レットは暫くの間、それぞれの調査項目を流し読みしていたが――




(あ――れ?)





――とある部分で、自然と目がとまった。


『サーバー別。ゲームマスターへの通報回数』


その項だけが、他の項目と比べて“明らかにグラフのバランスがおかしかった”。


(全サーバーの平均通報回数は、“8133回”…………だけどなんで、この一カ所だけこんなにグラフの棒が長――)








『Cute chick server GMへの通報回数 “26493回”』









「――――――――――――――――――――――え?」


「そうだ。現況調査発表当初、魔王のことを知らない多くのプレイヤーが今のお前のように唖然とした」


「クリアさん。このCute chickってサーバー……」


「ああ、まさに今“俺達が立っているこのサーバー”だ。そして、この数字の異常について“事情を知っているプレイヤーは皆、知らないフリをしたがる”」


最早、持っている本のページが雨で濡れていくのも気にならないほどにレットは呆然としていた。


魔王という個人を示す単語。

クリアの流している汗。

そしてこの数字がありえない憶測を、レットの脳裏に浮かばせたからである。


「もしかして……その…………これって…………」
















「そのまさかだ――“たった一人”だ。他プレイヤー全員分の通報数の二倍以上。約16000回の通報はたった一人の手によって――“業者を潰す”という目的の為だけに実際に行われたことだ。そして実際、多くの業者が駆逐された」


天が明滅したが、レットは最早無表情だった。

レットの中で“雷が近くで鳴り響いたことによる驚き”よりも、“まともじゃないという感想”が勝ってしまったからだった。


「レット、思い出させたくはないが覚えているか? 光の神殿跡で出会ったプレイヤーのことを」


「えっと、その――」


レットは周囲を見渡して、誰も居ないことを確認してから小声で呟いた。


「――“例のアイツ”のことですか?」


「この多数の通報をたった一人で行った“魔王”は、多数の人間を破滅させた“アイツ”に対して特定の業者を潰す“ついで”で真っ向から衝突し、その毒牙から唯一逃れることができた存在でもある。聞いた話では興信所に依頼して、なんの躊躇も無く“アレ”を現実世界で訴訟しようとしたらしい。“例のアイツ”が手を引いたおかげで結果は引き分けになったがな」


レットの中で言葉にできない危険信号が鳴っている。

しかし、それでもレットが話を打ち切らないのは――


「クリアさん。その魔王っていうプレイヤーの話をオレにしてくれているのは、ひょっとしてオレ達にとって……『魔王は役に立ってくれる存在』ってことですか?」


「その通りだ。この魔王にとって、“業者を潰す”という目的こそが全て。敵対さえしない限りは多くのプレイヤーにとって有益な存在だと言える。……あまりにも異常(イカレ)すぎて誰も近寄ろうとしないがな」


カップを持ったまま、クリアは片手で“例の二枚の業者の写真”を改めて取りだしてレットに見せつけた。


「何より、この“魔王”なら必ず分かる。『ルービックキューブのプロが六面を見た瞬間に、ズレた色を元の位置に戻す最速の手順を精密に思いつく』ように、『ローマ字の羅列でしかない写真の業者の名前から、膨大な業者の知識に基づく独自の法則性を当てはめて、その正体を割り出せる』のは間違いない。そうなれば、事件に関わっていた業者共はチェックメイトだ」


「そ……そんなことができるんですか!?」


「かつて魔王が自身のブログでさらりと披露した離れ技だ。詳しくない人間にとって、何をやっているのかさっぱりなのも、ルービックキューブそっくりだ」


クリアは乾いた笑みを浮かべた。


「ブログをやってるってことは、この魔王にちゃんした話は通じるんです?」


「………………怪しいな。そのブログも『毎日毎日ゲーム内でゴミ拾いしたアイテムの内訳の報告と、通報した業者の報告』を淡々と、延々とやってるだけだ。後は“消費者庁”、“国民生活センター”“公正取引委員会”とかの通報用のURLが載っているくらいだが……これはおそらく運営に直訴するためのものだろう」


現実味溢れる単語の数々を聞いて、レットは不気味だと感じた。

クリアの話を聞けば聞くほど、“魔王”の人間らしさというものがまるで感じられず、光の神殿跡で“■■■■”と出会ったときと同じような、形容できない嫌な感情が沸いてくる。


「会いに行くってことは、つまりログインはしているんですね……」


「その通りだ。だけど本人は自宅の中で眠ったように動かなくなっているらしい。ブログの方も最近は業者が居なくなって更新がピタリと止まっている。だから“叩き起こす”必要がある」


「その――ぶっちゃけかなり危なくないですか? 普通じゃ無いっていうか……」


「やり方を間違えると文字通り“逆鱗に触れる”ことになるな。そうしないために、お前に同行して欲しいんだレット」


レットから顔を背けて、クリアは呟いた。


「この事態を把握していて、間違いなく“業者の被害を受けた初心者である”と魔王に嘘偽り無く信じて貰えるプレイヤーはお前だけだ。この魔王に対してその場しのぎのハッタリは一切通じないからな。俺や他のチームの人間だけでは正直胡散臭すぎるが、怪しまれたらこっちが危ない。かといって、他に悪徳すぎる業者連中を叩き潰す手段も思いつかない」


「事件に関わった業者を本当の意味で潰すには、“魔王”に動いてもらう以外の選択肢は無いってことですか……」


「おそらくこれが一番確実な方法だ。もちろん、お前の現実の安全には配慮する。それに、もしお前が嫌なら無理強いはしない。俺一人だけで会いに行ってみるさ――どうする?」


クリアの質問を受けて、本を閉じてインベントリーに仕舞いながらレットは呟く。


「クリアさん――今のオレに、他に何かできることってありますか?」


「それは――――」


クリアが答えに詰まり、思わずレットは顔を背ける。

暫くの間、雨の音だけが鳴り響いた。


「……そうですよね。何もないし、何もできない状態だったんです。だからクリアさん。オレ……今まで気持ちがやきもきしてたんです」


レットは顔を上げて、クリアに対して一歩踏み出した。


「だから――またとない機会だから。是非ともオレに手伝わせてください!」


クリアはレットから顔を背けたまま笑みを浮かべて、軽く頷いた。


「……やってくれるか。ありがとうレット」


クリアは中身が空になったカップを指で回転させた後、振り向きもせずに自らの背中側に放り投げる。

カップがインベントリーに仕舞われたことを確認しないまま、クリアは身を寄せていたウッドデッキから体を起こした。


「よし――そうと決まれば、まず魔王と話をつけるために、“仲介人”の家に向かう必要がある。仲介人が選ばれる基準は様々で……魔王には“謁見するための細かいルール”が沢山ある。とりあえず、魔王に直接会いに行くことは(イコール)破滅だ」


「なんか、プロの殺し屋みたいですね。その魔王の“仲介人”に会うアテはあるんです?」


「それについては心配ない。実は仲介人の一人と顔見知りでな。お前の良く知っている人間さ。昨日の今日でお前と会うのは、その仲介人からすれば気まずいかもしれないが――背に腹は代えられない」








パイの包み紙をポケットに放り込みながら、クリアはレットに預かっていた写真機を手渡して二枚の写真を再び片手で軽く振って見せる。




「クリアさん。仲介人ってもしかして――」


「お前の質問の答えは、“行けば分かる”」


レットが疑問をぶつける前に、クリアは真剣な表情でゴーグルだけを掛ける。ウッドデッキから外に出て、傘も差さず雨曝しのまま歩き始めた。

レットは慌ててインベントリーからベージュのフードを取り出して、雨合羽のように着込んでクリアの背中に追従する。





雨の音が僅かに小さくなり、視界が狭まる。

緊張からか、レットは前を歩くクリアの背中を見つめながらも――自分自身の五感が鋭敏になっていくのを感じていた。

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