第二話 各々の幕間
オレがチームの家の個室に入ると――
「レッ――ト。う……あうー」
――デモンがオレの姿を見て、気の抜けたような低い声を出した。
デモンは誰かが同伴していれば立って歩くこともできる。だからこの日はベッドから降りて、低い座椅子に座っていた。
体が動いているから、はしゃいでいるのかもしれないけれど、表情はボーッとしたままで、いつまで経っても笑ってはくれない。
(それにしても……本当に酷い呼び名だよなあ。他の名前を気に入ってくれないから仕方ないんだけど)
「お帰りなさいレットさん。すっかりデモンさんに気に入られましたね」
そう言いながら、タナカさんは持っているハンマーと杭で、大きな石を少しずつ削っていく。
砕けた石の破片をどうすることもなく、定期的に拾い上げてインベントリーに仕舞って、削りきったらまた別の石を取り出して削る。
この繰り返しの作業を続けていた。
「デモンに気に入られているのはオレだけじゃないよ。タナカさんだって気に入られてるじゃない。それと――」
オレがそっちを向く前に、真横から舌打ちが聞こえてくる。
「――ベルシーもね……」
「放っておけ馬鹿」
即座に悪態をついてくるベルシーは、椅子の上にふんぞり返っていた。
膝の上に片足をのせた状態で、壁側のベッドの上で前のめりに頬杖をついていて、とっても退屈そうだった。
「オレがここにいる理由はタナカに“奴隷作業”を指南するためだっつーの。マジで意味わかんねえよ。なんでオレがこんな餓鬼に好かれなきゃいけねえんだ?」
「何か、デモンさんに気に入られる理由があるのかもしれませんね。――私達三人に、何らかの共通点があるのかも……」
タナカさんのその言葉を聞いて少し考えてみたけれど、それらしい理由なんてオレには何も思い浮かばなかった。
「う、うーん。どうだろう。タナカさんとベルシーに共通点なんてなさそうだし、そもそも本当に同じ人間なのかすら怪しい思えるけどォ」
「オイ! 劣徒どういう意味だそいつは!? いい加減テメエの“場所”教えろや! 今度こそリアルでぶん殴ってやるぞ!」
「……あ! そういえば『ベルシーが揉め事起こしたらワサビさんにチクっていい』ってクリアさんが言ってたな~」
「てっ……テメエ……ぬわあああああああああああああああ!」
ヒステリーを起こして、ベルシーがバタバタと暴れながらベッドに倒れ込み顔を擦りつけ始めた。
……なんとなくコイツの扱いが分かってきた気がする。
「――んなんだよォ!! そういうエゲツねえ攻め立て方がクリアにそっくりだよクソが!! アイツは一体普段テメエに何を教えてるんだよ!」
「――う……にゃあー。にゃ~!」
“たぐり寄せようと”したのか。突然デモンが座椅子の上から手を伸ばして、ぼうっとした表情のままベルシーが倒れ込んでいたベッドのシーツを引っ張った。
ベルシーはバランスを崩しそうになって再び椅子の上に飛び退く。
「だぁー!! 猫扱いはやめろっつってんだろがぁ!」
「でも、ベルシーの種族って実際ネコだよね。今のやり取りの反応とか、全体的にすごくネコっぽかったし」
「オレは猫扱いされてえわけじゃねえんだよ。女プレイヤーのウケがいいからこの種族でやってるだけだっつーの。急に元気になりやがってこの餓鬼!」
ベルシーが自分の種族を選んだ理由は、想像以上にゲスい物だった。
(うーん、最低だ……)
ベルシーは心底イライラしているようで、椅子から立ち上がるとデモンから距離を開けるためか壁際の床にどかりと座った。
「元気に……ですか。確かにそうですね。デモンさんの状態は、段々と良くなってきているような気がします」
「なんつーか、奇妙な餓鬼だよなあ」
遠巻きにベルシーがデモンの顔を見つめる。
「ワサビちゃんが“タヌキ目”だとすると、同じ人間族のコイツは“キツネ目”ってやつだよな。そのくせ呆けてぼけーっとしてやがるせいで、魂が抜けてるみたいだぜ」
「泣いたりはするけれど、なかなか笑ってくれないよね」
「いや、そんなことはねえぞ。ホラ――“笑えよ”」
「ん~~~。――――ん!」
ベルシーの命令を聞いて、デモンが突然にっこりと笑った。
(あ――笑うとかわいいな)
「この笑顔は“エモートの機能で出せる表情”みてえだな。何も聞こえてないように見えて、“笑え”と言えば笑うし、“喜べ”といえば喜ぶ動作をちゃんとするぜ」
「へぇ~。よくわからないけれど、エモートができるってことは、前からこのゲームを遊んでいたってことなのかな?」
「そのようですね。今は要領を得ませんが、そのうち色んなことを思い出して、ゲーム内の他の操作もできるようになってくれるかもしれません」
「あ~――うー。パー……――ぱー……。うー」
無表情に戻ったデモンがオレを見て唐突に呟いた。
「えっとォ…………。もしかして、オレのことを言ってるのかな?」
オレが近づくと、デモンが唐突に抱きついて来た。
「うわわ! ――――――こらこら、駄目だよ。はしゃいじゃ」
「フフ……今のデモンさんにとって、レットさんは“お父さん”のようなものなのかもしれませんね」
「うへぇ……参ったなあ。ちょっとプレッシャーになっちゃうかも……」
「マ――……う~。マ――……」
「わ、私がですか!? あ……ハハハ……」
どうやらデモンからすれば、タナカさんが“ママ”ということになるらしい。
(タナカママか……。なんか、妙に似合っているな……)
「じゃあなんだ? オレの扱いは、さしずめファミリーのペットかよ」
「にゃ~――にゃ~」
「にゃあにゃあうるせえ!!」
それにしても――ベルシーですらこれなのに、頑張ってデモンに好かれようとして結局ネコ扱いすらされなかったネコニャンさんって、一体何なんだろう……。
「にゃ~――にゃ~――――――――――にぃ~。にぃ~!」
「どうやら、ベルシーさんに対する、デモンさんの扱いのランクが少し上がったようですが……」
「っかしいだろ!! いずれにせよ劣徒より下じゃねえか! 何でコイツが“パパ”でオレが“兄”なんだよ!!」
「オレだって、こんなグレた息子欲しくないよ。“海に沈めたくなってくる”もん」
「よ……よくわからねえが、その辛辣な言葉、スゲエ聞き覚えがあるな……。頭が痛え……思い出せねえ……」
ベルシーの良くない黒歴史を掘り出しそうになってしまって、オレは慌てて話題を変えることにした。
「そ、そういえばさ。クリアさんはどこに行ったの?」
「アイツは今、自宅だよ。アイツ自身のな」
「ログインされているお時間は長いようですが、チームの家にずっといらっしゃることはあまりありません。クリアさんはデモンさんにいささか警戒されていますし、お年寄り達からも不審者扱いをされていましたから……」
「それは――しょうがないよね。クリアさんは外見も日頃の行いも不審者みたいなものだし」
「辛辣っちゃ辛辣だがよ。アイツ自身にも自覚はあるだろうな実際。――さて、買わなきゃいけねえものもあるし。そろそろ行くかね」
そう言って、ベルシーは立ち上がった。
「買出しでしたら、私が行きますよ。それに、現在行っている合成作業の作業の進捗の確認をしていただかないといけませんしね」
「完璧だっつーの。お前物覚えいいから奴隷としては優秀だぜタナカ。それに、オレが買いたい物は石工関連のアイテムじゃねえ。――コイツだよ」
ベルシーがインベントリーから小さな白い宝石のような物を取り出した。
「(あ……。さ――――まぁ――よぉん~。せん―――にぃ……ひゃくぅ~……うー……?)」
デモンが宝石を見つめて、聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
本当に小さい声で、かろうじて聞こえたのは一番近くにいたオレだけだった。
「え? 何? 今、なんて言ったの? もう一回言って?」
そう問いただしたけれど、デモンは再びぼーっとした表情で動かなくなってしまった。
ベルシーがオレに対して背を向けたまま、エラそうに講釈を始めた。
「この宝石は最強クラス――所謂“伝説の武器”を交換するために大量に要求されるアイテムだ。色んなゲームでそういうのよくあるだろ?」
「で、伝説の剣!? 伝説の……? へ……へぇ~っ! 伝説ねぇ~。ふ~~~~ん…………へぇ~~~」
「必死になって興味なさそうなフリすんな……目が泳いでんぞ劣徒。聞きたいことがあるなら教えてやるぜ?」
そう言ってベルシーは意地の悪そうな笑みを浮かべてくる。
(知識を開けかして威張りたいんだろうなあ。でもどうしても気になる。気になるぅ~)
「……一個いくらなの? その宝石って」
「今の相場の中央値は10000Gってとこだな」
「…………」
いや、別に伝説の武器をあわよくば手に入れようとか思っていないし。
思っていないし欲しいわけじゃ無いけど一応これも聞いておこう、そうしよう。
「10000Gって、数が必要なアイテムなのに値段が高いんだね。で――――それをいくつ集めれば伝説の武器を貰えるの?」
「五万個だ」
「――は?」
――――――――――――――――は?
「コイツを五万個NPCに渡せば手に入る。それとコイツの納品とは別に、面倒くせえクエストをいくつか達成しないとダメだ」
「つまりえっとォ……“五万万”ゴールド!?!?!?!」
「落ち着いてください。“五億ゴールド”です。レットさん」
「し、しぇえええええええええええええええ!?」
思わず声が出てしまった。
そんなの、とてもじゃないけど無理だ。
オレなら、少なくとも学校を辞めないと入手は無理そう……。
「い……いやあ凄いね。ベルシーは本気でその武器を作ろうとしているの?」
「オレがこんな“運営の見え見えの時間稼ぎ”に乗るわけねえだろ。これを買ってるのはあくまで金儲けのためだっつーの」
「――え? “お金を使って買った物”でお金儲けなんてできるの?」
オレの疑問に対して、ベルシーが深々と溜息をついた。
「ばっかオメー。大量に仕入れて売るんだよ。要は“差額”で勝負するんだ。10000で大量に仕入れたコイツを15000で売れば、一個につき5000G浮くだろ!」
「あ~。そういうことかあ。でも、そんなに簡単に値上がったりする物なの?」
「今、雇った人間を使って、“買い占め”させてるんだよ。オークションハウスで取引されていたり、ハイダニアの中で個人販売している宝石を全部な」
「成る程、流通する量を減らして少しずつ販売を行う。――株式のようなものですか?」
「いや、供給量自体は多いし長期戦は不利だ。相場が落ちる前にオレの用意している種銭が無くなっちまう。だから城下町のど真ん中でオレが雇った人間に叫んでもらうわけだ。“在庫が切れて大量に宝石が欲しいから、一個20000Gで三桁単位でまとめて買います”ってな。これなら短時間でオレが買い占めた大量の宝石が購入されるってわけだ。13000でも15000でも20000で売りたいヤツにバンバン売れる」
「え――20000Gで買うって言う話はどうなるの!?」
「“知らねえな”。のらりくらり時間を稼いで“やっぱり買わねえ”ってとんずらこくだけだぜ。半端な思いつきで儲け話に引っかかるヤツが悪い。そして、馬鹿共の手元に残るのは15000Gで買っちまった大量の宝石だけっつーわけだな」
「うわぁ……」
確かに……賢い。
賢いんだけど――
「それって。やり方が汚すぎない? 容赦ないっていうか……かなりエゲツないっていうか……」
「この儲け方はクリアが考案したんだよ。アイツはこういうトリッキーな悪知恵ばかり働くんだ。ま――アイツもオレがマジでこのやり方を実行しちまうとは夢にも思ってなかったみてえだがよ」
確かに、度肝を抜くようなやり方はクリアさんが思いつきそうなことだ。そして、あの人のことを思い返すと……実行したりはしなそうだなとも思った。
あの人はクズだし悪人だけど――本当の意味で“悪人”じゃないような気がする。
「オレは頭の回転はあんまり良くねえからよ。クリアのアイデアの立て方だけは尊敬してるぜ。オレが自信できるアイデアがあるとすれば、それはオレの自作の“ビルド”だな!」
「…………………………」
戦いの後でクリアさんから教わったけれど、ベルシーのビルドは本当に穴だらけらしい。
だけどそれを本人に指摘するとうるさいらしいので何も言わないことにした。
……結果的には、あの夜の戦いでは役に立ってくれたわけだし。
「ほ、本当にそうでしょうか? あ、いえ……ビルドのことではございません。ベルシーさんは頭が良いというお話をクリアさんから伺っています。立派な大学に入られて、語学も堪能で海外に留学されたこともあったと聞きましたし」
「え、何それ!? ベルシー天才じゃん!」
「クリアにもそう言われたぜ。……言いたくなる気持ちもわからなくはねえがな。クリアはオレと逆で、“学”がこれっぽっちもねえんだよ。得意なのは質の悪い悪戯とゲームくらいなもんだぜ。だけどな。勉学なんざやる気があれば、ある程度のラインまでなら誰でもいけんだよ。あんなもんは頂点を目指さねえ限りどこまでいっても忍耐と暗記だ暗記。要は本人のやる気の問題だろうが」
なんだろう……。
普段エラそうなベルシーが、一切鼻にかけないでさらっと言ってのけるが逆にちょっとイラッとくる。
「もちろん、学問そのものを否定するつもりはねえぞ。勉強がそつなくこなせれば、それに超したことはねえだろうからな」
「う……そ、そうだね。そつなくこなせれば楽だもんね。うん……きっと楽――なんだろうな~」
勉強、あんまり得意じゃ無いし、好きじゃ無いから何も言えない。
それにしても――
「――人間って、誰しも一つは長所があるんだね……」
「テメエマジでムカつくヤツだな! 勉強だけじゃねえ! オレは顔も良いんだよ!」
「ええ!? 顔も――ってことは、つまりリアルでイケメンってこと!?」
「まあな。自分で言うのもなんだがよ。ヘアモデルとして全国誌に載ったことがある。そんくらい顔は整ってるぜ」
「――だめだよベルシー!! 顔立ちの良い人っていうのは華やかじゃないといけないんだって!!」
気がついたら、オレはベルシーに詰め寄って胸倉を掴んで捲し立てていた。
「“裏で腹黒キャラでした”っていうならまだ許容出来るよ!? だけど今のベルシーはただひたすらにゲスなだけじゃん! そんなのただのチンピラキャラだよおかしいよ! オレの中の“イケメンキャラ”と矛盾してるよ! 今からでも顔か性格どっちか直してよ!」
「おま……無茶苦茶言ってんじゃねえよ!! は……離しやがれ!」
「落ち着いてくださいレットさん――落ち着いてください!」
つい取り乱してしまった。
いやホント。顔も良くて勉強もできるのになんでベルシーはこんなに性格悪いんだろう。
「ったく……クリアも言っていたが、変なところで変なスイッチ入るよなお前……漫画やアニメの見過ぎかよ……」
「ごめん……割と見過ぎだったのかも……」
いよいよ面倒くさくなったのか、ベルシーが部屋のドアに歩いて行く。
「そういえば――漫画やアニメと言えば。改めて気づいたことがあるんだけどよ」
「――何?」
「『ゲームの中での家族ごっこ』なんざ、実際は気持ちが悪くて見れたもんじゃねえ。あんなもんは創作の中だけのもんだぜ。だから……あんまりその餓鬼に対して家族みたいに入れ込むんじゃねえぞ? 見てて不快だからよ」
「そ……そんな言い方って――ないじゃないか」
「――ケッ!」
そう吐き捨ててベルシーが部屋のドアを開けると同時に、ノックの音が聞こえてくる。
開いたドアの内側を、ケッコさんが叩く音だった。
「んだよ。テメエか」
「少年。クリアさんが外で待ってるみたいよ」
「クリアさんが? どういう用事です?」
「わかんないわ。あの人ずっと考え事をしてたみたいだから。私が勝手に気を効かせて少年を呼びに来ちゃっただけなの♪」
『無視すんなよ』とオラついているベルシーの言葉を無視しながら、ケッコさんはそう答えた。
「それにしても少年、ずっとつきっきりで大丈夫? 無理はダメよ~。倒れられたら困っちゃうんだから♪」
ケッコさんはオレの顔を見てニヤリと笑う。
「だ、大丈夫ですよ! そういえばケッコさんはまだデモンと話をしてませんでしたよね。良かったらオレが話をしている間――」
「ううん……私は遠慮しておくわ♪」
そう言って、ベルシーと同時にケッコさんが部屋の外に出て行く。
ドアが閉まると同時に、二人の口論が始まって、その音はゆっくりとオレの居る場所から遠のいていった。
「タナカさん。ごめん、一人にさせちゃうけど、ちょっとクリアさんの所に行ってくる。ひょっとしたらそのまま出かけることになっちゃうかも。この娘を――デモンをお願いね」
「わかりました。ある程度デモンさんがお元気になって、お暇が出来たら皆でお散歩にでも行きましょう。街中なら襲撃を受けて戦闘不能になることはありませんし、デモンさんが登録されているリスポーン地点に飛んでいくことも無いでしょうしね」
「散歩かぁ……」
黙ってオレは部屋のカーテンを動かして、防音されていた部屋の窓を少しだけ開けた。
それだけで、激しい雨音が部屋に入ってくる。
「ああ、雨が――降っていますね」
「タナカさんはずっとチームの家に缶詰だったからわからないかもだけど、ここ最近ずっとそうなんだよ。こんな天気じゃ皆が散歩する気になってくれないかもよ?」
「――――――――大丈夫です。きっと明日は晴れますよ」
タナカさんはそう言ったけど――結局、翌日の天気も雨だった。




