第二十五話 イカれたメンバー募集・後
「げっ――ベッ……ベルシー……」
(最悪だ! ……よりにもよって、コイツがここに来るだなんて!)
「クリアに囁かれてチームの会話に入ったら、潰れたカエルみたいな“劣徒”の声が聞こえてきてよ。煽ってやろうと思ってやってきたんだが、なかなか面白れえことになってんじゃねえか。扉が小さく開いていたから、聞いてたぜクリア。全部の話をよ!」
「“聞かせていたんだベルシー”。全ての話をな。ここに来ると思って扉を開けていたのさ」
その言葉を聞いて、レットは驚いた表情でクリアの方に向き直った。
「ク……クリアさん! まさかコイツをメンバーに誘おうとしているんですか!? 駄目ですよ! コイツは、人助けをするようなヤツじゃない!」
「ヘッ……何とでも言えよ“劣徒”。ぶっちゃけろよクリア。オレにはわかる。この作戦は、『人数が多ければ多いほど良い』んだろ?」
邪悪な笑みを浮かべてベルシーがクリアに迫る。
それに一切動じることなくクリアが自分の考えを述べた。
「その通りだ。このゲームの仕様上、敵の規模が分かってから戦うメンバーの厳選をすればいい。つまり、人数は多ければ多いほど良い。まあ、大所帯過ぎるとバレて先手を打たれるから限度はあるが……」
「だったらよ――オレの出番だよな?」
「え!? て――手伝ってくれるの?」
あっさりと参加の意を示すベルシーに対して、聞き違えたのかと思わずレットが問いかける。
「当たり前だろうが。とりあえずオレに任せとけよ」
レットは心底意外だと思った。
混乱している頭で、もしかして――なんやかんや――ひょっとして――実は結構――良い奴なのではないか――と、レットがベルシーを再評価しようとしたまさにそのタイミングで――
「というわけでだ。“商談”と行こうじゃねえか?」
ベルシーが壁に寄りかかり、右手をその顔の真横に添えて、ラップの『Check it out』の動作のように振り下ろしながら――その一言を言い放つ。
「しょ……商談?」
言葉の意味が理解できず、レットはベルシーの発言を頭の中で反芻する。
それを無視して右手をひらひらと軽く振ってから、ベルシーは部屋の中央に向かってだらだらと歩き始めた。
「条件その一。要するにオレに支払われる報酬の話だ。“成功報酬で500万ゴールド”」
その言葉を聞いてレットは耳を疑った。
「お前――ど……どういう神経しているんだよ!! こんな状況なのにお金を要求するだなんて――どれだけ卑しいのさッ!」
「ヘッ……なんとでも言いやがれ。世の中金だぜ」
「コイツ――!!」
「〔……落ち着けレット〕」
ベルシーに詰め寄ろうとしたレットにクリアが囁く。
「〔気持ちはわかるが、争っている場合じゃない。時間の無駄だ。人数が一人でも多く必要な以上、俺達の立場は限りなく弱い。今は黙ってコイツの提案を聞くんだ〕」
レットは何とか我慢して、その場で唇を噛むだけに留まった。
「劣徒。お前、何か勘違いしているようだから言ってやるがな。ケッコの野郎なんかより、この条件を呑んだオレの方が頼りになるぜ? 金を払うって行為は――“仕事に対して責任を負わせる”ってことだ。人間っつーのは、金を積めばそれだけで多少の辛苦には目を瞑れちまう。なあなあで実利のねえボランティアなんかより、100倍信用できるんだよ」
「お前ならそう来ると思ったからな。ゴールドは引き出してある」
そう言ってクリアがインベントリを表示させ、ゴールドの受け渡しの準備を始める。
「流石“クリアくん”だぜ。付き合いが長いから話が早いのなんの。――だがよ、上級者のお前が余裕綽々で稼いだ金なんて欲しくねえ。今回オレが受け取る物は“それより何倍も重い金”だ」
そう言ってからベルシーはタナカの方に歩み寄って、首を擡げてタナカを“見下した”。
「“500万”はこいつから頂く」
レットが何かを言う前に――
「――駄目だ」
間髪入れずにベルシーの提案をクリアが蹴った。
「そ、そうだよ! タナカさんは初心者なんだから、そんな大金持っているわけないじゃないか!」
「レットの言う通り――タナカさんがその額を払うのは不可能だ。……俺なら倍の額でも出せる。だから、それで勘弁してくれ」
当のタナカはベルシーを見上げて一瞬目を合わせてから、居間の床に視線を落とした。
居心地が悪いから視線を逸らしたというより、“何かを考えるために集中している”ようだった。
「へっ! 何も現金で寄越せって言っているわけじゃねえよ……。そうだな、“裁量労働”でどうだ? ……現実じゃ“死滅した概念”だがよ」
そう言ってからベルシーはタナカから背を向け、足を交互に――乱暴に放り出すようにして歩き始める。
「結局のところだ。ゲームの金なんざいくら積まれても現実の金に比べりゃさほど重みはねえ。そうなると、お前もオレを信じられねえだろ? それに加えて“金で買う信用は金で裏切られる”っていう言葉があるのもまた事実だ! ――だが、“労力と時間をかけて得る500万”ならどうだ? ――話は違ってくるよな」
回りくどい物言いにレットは苛立ちを隠せずベルシーに質問を投げかける。
「よくわからないって……。もっとわかりやすく説明してよ!」
「要するにだ。現状契約の形を取らずに“なあなあでウィンウィンになっているタナカのオレに対する石工手伝い”を“明確な労働契約”に切り替えるんだよ」
レットは息を呑んだ。
ベルシーの言葉はつまり――“タナカを奴隷として使い倒す”と言っているようなものだった。
そこでようやく、足元を見られているのだとレットが感づいて再びベルシーに捲くし立てた。
「お、お前……いい加減にしろよ! いくら何でも、そんな滅茶苦茶な条件飲めるもんか!」
そう叫んでベルシーに迫るが――
「――だが、“信用できる”はずだぜ? 考えてみろよ」
ベルシーも再び邪悪な笑みを浮かべながらレットに近づく。
二人の顔の距離が縮んで、ほとんど睨み合いの形にとなり――レットが気圧された。
レットを威圧できたことに満足したのか、ベルシーは再びレットに背を向ける。
それからタナカに近づいて腰を下ろしてその肩を強く叩いた。
「オレはタナカにある程度の合成のノウハウを教えているしな。その状態からさらに500万ゴールド分、時間を割いて働いてくれるっつーなら、ゲーム内では間違いなく代わりの効かねえ報酬となりうるだろ? これなら代替が効かねえし、オレがゴールドを敵にどれだけ積まれても買収される可能性もねえ。オレが裏切る可能性はほぼゼロってことだぜ?」
そう言ってからベルシーは立ち上がり、片目をつぶってテツヲに目線を遣る。
テツヲは無言のまま、首を鳴らした。
「……それにまあ、オレは“このチーム”でメンバーを裏切るほど馬鹿でも命知らずでもねえ。値段分はきっちり働いてやる。値上げ交渉しないだけマシと思えや」
「……わかりました。きっちり働いてお返しいたしましょう」
「タ、タナカさん!?」
タナカの答えにレットが驚いた。
「タナカさん…………………………良いんですね? “本当に良いんですね?”」
クリアが念入りにタナカの意思を確認する。
その様は、レットが神経質すぎると感じるほどだった。
「はい。“覚悟を決めました”。はっきり言って、PKなどの対人戦に関しては、私――レットさんと違って、最低限の心得すらないズブの素人です。同伴したところでほとんどお役には立てないでしょう。そんな私にも、お役に立てることがあるというのなら――是非もありません!」
タナカの言葉を聞いて、ベルシーが口の端を歪めて笑った。
「よーし契約完了だ! 文書は後で作る。もしも約束を反故にしたら写真撮ってゲーム内で盛大に晒すから覚悟しとけよ」
「〔いいんですかクリアさん!? こんな滅茶苦茶な条件を受けちゃって?〕」
「〔おそらく、どのくらいの期間――どの程度の仕事をすれば良いのかはタナカさんが自身がよくわかっているはずだ。……その上で彼は条件を飲んだんだ。なら、俺達はその覚悟を汲んであげるべきだ……。ここまで吹っかけた以上、ベルシーも生半可な覚悟は持たない。真剣に戦ってくれるだろう〕」
「〔それはまあ……そうかもしれないけれど……〕」
「〔ただ――なんやかんやでベルシーに誘導されてしまったのは残念だ。“500万ゴールド分の労働力”とは、間違いなく500万ゴールドそのものよりも“遥かに価値が高い”。やはり金回りでの話ではコイツには勝てなかった……〕」
レットはベルシーとのやり取りを思い返す。
“500万以上の価値が存在すると踏んだからこそ、ベルシーはクリアの提案を蹴ってタナカを勧誘した”。
その紛れも無い事実を前にして――クリアの推測に間違いが無いことを再認識する。
“まんまとしてやられた”と悔しがり、レットは唇を噛んだ。
「心配はいらねえよ。後で時給と労働内容と明細は必ず出す。これはオレなりの最低限のコンプライアンスだな。これが悪烈な労働になりうるかはクリア。お前が合成に長けた知り合いに照会するなりなんなりして確認しろ。――次行くぞ」
判断が追いつかぬまま話を進めていくベルシーに対して、レットは焦りを感じる。
「うぐぐ……何でベルシーがこの場を仕切っているのさ……」
「うるせー黙れ条件その2。オレに参加する“チームメンバーを厳選させろ”。オレと“極端に相性の悪い”。もしくは“この作戦に参加するべきではないチームメンバー”を除外させろってこった」
「きょ……“極端に相性の悪いチームメンバー”?」
レットはベルシーの出した二つ目の条件を反芻しながら考え込む。
“ベルシーと相性の悪いチームメンバー”を考え込んだ上でレットはベルシーに意見した。
「あのさ……それだと多分全員相性悪いから、全員参加できないような――。まさかベルシー、一人で行くつもりなの!?」
「ふっざけんな! 何で悪意ナサソーな発言の時だけ、お前はそんなに毒舌なんだよォ!! つーかな! お前のその基準でも、クリアはオレのリアフレなんだからちゃんとついてきてくれるんだっつーの! おい――何で目を逸らすんだよクリアオイコラ!!」
「ワッハッハッハ! 冗談だよ冗談! 演技だ。……今は大事な時だからな。気にせず話を続けてくれ」
ベルシーはそのクリアの反応に、さらに一言二言悪態をついてから話を続けた。
「まず、除外を希望するチームメンバーの一人目はネコニャンとかいうカス。あいつはなぜかオレのことを露骨に避けて嫌がるからな。それに、PVPならまだしもあいつはPKじゃパンピー以下だぜ。年だけ食って全く役に立たねえ。ビビって文字通り“借りてきた猫”みたいになっちまう」
「〔クリアさん。ネコニャンさんってプレイヤーとしては結構強いと思うんですけど、PKは駄目なんですか?〕」
「〔ああ、そこら辺は人の性格によって得手不得手が出る。そもそも今時、オンラインゲームのPK自体が普通じゃないからな。ネコニャンさんはPVPは好きなんだが、過度に乱暴で無法な目にあうのは嫌いなんだ〕」
(それだと、クリアさんはネコニャンさんに……年がら年中嫌われているんじゃないか?)
「二人目は“ワサビちゃん”だ。あの人もPKとは無縁のプレイヤーだろ? 不適材不適所だし単純にオレがPKなんかに誘いたくねえんだよ。例えるならよ、“生まれたての純真無垢な赤ん坊に人殺しさせる”ようなもんだぜ?」
「その条件は何の交渉も無しに成立するだろうな。珍しく二人とも……連絡がつかないんだ」
そのクリアの言葉を聞くと、ベルシーはニヤつきながら再び居間の中を歩き始める。
「つくづく運が良いよなクリア。お前、事件の重さからしてこの二人に“意地でも参加してもらわなきゃいけねえって覚悟してた”んだろ?」
クリアが顔を伏せ、ベルシーが得意げな表情でその真横を通り過ぎる。
「なのに、二人ともログインしていねえんだから丁度良かったよな? 参加させるようならオレがお前と口論になってた。んで、オレは降りてるところだったろうしよ」
クリアの渋い表情は、ベルシーの言葉がクリアにとって図星であるということを隠し切れていなかった。
「確かに、俺としてもその二人が居ないのは正直言って助かった。いつも、皆が世話になってばかりのワサビさんにPKなんてお願いせずに済んだんだからな。ネコニャンさんも巻き込みたくなかった。この場に居たらこの救出作戦自体に反対していただろうし……あの人は――ただゲームを楽しんでいるだけの“普通の人”なんだ……。こんな血生臭い戦いには関わってもらいたくない」
レットは驚いた。
ワサビに関してはレットもクリアと概ね同じ気持ちではあったが、しかしいつも嬉々として迷惑をかけているはずのクリアがネコニャンをこの事件に巻き込みたくないと発言するのは心底意外だったためである。
「よ~し、オレが出す条件は以上だぜ。テメーらに同行してやるよ」
「たっだいま~。バイト先に電話してきたわ♪」
そこでケッコがバイトからの連絡を終えてきたのか、再度ログインしてくる。
しかし、ベルシーを見た瞬間に何かを察したのか――
「ああ……ふ~ん。そういう流れになったってことね? 空気が悪いからもう一度ログアウトしてきていい?」
――そう呟いて顔を背けてしまった。
「テメーはそこでデーンと構えてろや。この“デブ”」
“竹を割ったような暴言”にレットは顔を顰めたが、当のケッコは慣れているのか相手をするのが面倒なのか、軽くため息をつくだけだった。
(この二人、仲悪いんだな……。こんな険悪な空気なのに、ベルシー的には相性が“極端に悪い”ってわけじゃないのか……)
沈黙が訪れる前に、レットは集まったメンバーを再度カウントする。
「えっと……じゃあ。一応……これで、六人も揃ったんですね」
「おい“劣徒”。まだメンツがたりねーっていうならよ。即座に参加できるメンバーのアテならあるぜ? ――いくらで紹介してやろうか?」
「やりすぎだベルシー。“即座に”ということはだ……この部屋の外にいるんだろ? ――もう一人」
クリアにその目論見がバレたためか、舌打ちをしてからベルシーが居間の扉を乱暴に蹴飛ばしてそのまま廊下に出ていく。
「これがおそらく……“最後の一人”になるな」
そう呟いてクリアがベルシーを追いかける。
ワンテンポ遅れて、レット達が他のメンバーと一緒に外に出た。
(――――――――――――あっ!)
そこに置かれていた椅子のひとつを廊下の中央に移動させて、足を組み、長身の銃を抱え込むように両手を組んで鎮座しているのは――リュクスだった。
長身の猫は俯いた状態のまま、微動だにしない。
「おいコラ。寝てんのかこの変態野郎。さっさと起きろや」
そう言ってからベルシーが乱暴に伸ばした手を――いきなり掴んでリュクスがベルシーに迫る。
“仮面”がベルシーの顔に急接近し、周囲に響く声で囁きかけた。
「暴言を吐くとは、感心しないな」
「――――ッ!!」
突然のことに驚いたのか、一瞬ベルシーの体が浮かび上がる。
慌てた様子のベルシーが手を引っ込めたのを見てから、リュクスはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……少し、驚かせてしまったようだ。それはそれとして――まさか、再び相見えるとはな……駆け出す者《“Daaku・Retto”》よ」
「リュクスさん……」
「フム……盗み聞きするつもりは無かったのだが――しかし、ついつい話を聞いてしまったよ。秘密というものは、甘いものだからな」
「へ……へッ――! よく言うぜ。普段盗撮するしか能のねえ変態が」
ベルシーの悪態を完全に無視して、リュクスはレットに語りかけた。
「本題に入ろうか? ――貴公は吾輩に、この私闘の参加についての是非を問いたいのだろう?」
「はい。その――オレ達の手伝いを、お願いしたいんです!」
直後――割り込むようにクリアがレットの前に立ち、リュクスに話しかける。
「虫がいい話かもしれないが、俺としてもお前には“特に”参加してもらいたい。今回ばかりは普段のいざこざは忘れる。それに、俺達が出せる報酬ならそれこそ何だって出そう!」
妙に真剣な眼差しのクリアを見てから、レットはゆっくりと一歩下がる。
それから、近くに居たケッコに小声で質問を投げかけた。
「(もしかして、リュクスさんって強いんですか?)」
「(そうね。リュクスがやってる職業のハンターは調整が不安定だけど、よーいドンで戦ったらどんな環境下でもこのチームで勝てるメンバーはいないわよ)」
「(うへ――滅茶苦茶強いんですね)」
「(本人もキャラ性能も相当“壊れている”わ。実力を知っているクリアさんとしては、絶対に誘いたい相手よね。それと、リュクスは多少の荒事には全く動じないの。普段“やっていることが盗撮盗撮”だから、チームでも仲の良いメンバーは私くらいしかいないけれど、有事には間違いなく頼りになってくれると思う)」
レットはケッコの評を聞いて、リュクスの独特の佇まいを思い出す。
(思い返してみれば、確かにそうだ……。オレがリュクスさんと最初に出会った時、あのクリアさんと一触即発のムードになっていたのに、平然としていたもんな。むしろ、クリアさんの方が余裕が無い感じで押されていたような……)
クリアが必死になっている理由を改めて納得したレットは、どんなことを要求されても応じる覚悟を持たなければと身構える。
しかし――
「残念だが、吾輩はこれから始まる貴公らの戦いに一切、手出しはしない。条件を出す以前の問題だ。同行するという選択肢自体。吾輩の心には存在しないのだ。――諦めたまえよ」
――放たれた断りの言葉。
レットにはその言葉から喜怒哀楽のいずれの感情も読み取ることができなかったものの、他のメンバーのそれとは比べ物にならないほどの、圧倒的な拒絶の意志だけは感じることができた。
「もう……リュクスったら! 意地張らないで手伝ってよ♪」
「……“意地を張っている”のではない、“筋を通している”のだよ。貴公らに――一つだけ問わせていただこうか?」
リュクスの顔が僅かに動いた。
廊下に居るメンバー全員を一人ずつ、見つめているようだった。
「果たして吾輩の素行と、少女に対してその輩《実行犯》の行おうとしていること。この二つの――何が違うというのか?」
「うぐ……。そ……それは……」
レットはリュクスが普段やっている行為を思い出して――そして黙り込んだ。
「確かに、貴公らはある意味で人の道を外しかけてはいるが、しかし未だ人であろう? 一方で、吾輩は貴公らよりもさらに深い地底の住人だ。艶なる性《“Kekko”》は先程言ったはずだ。『禁域の園の番人とは――即ちこれに触れられざるもの也』と」
流石のレットも、その言葉の意味が理解できずに首を傾げる。
しかし、すぐにケッコがリュクスの発言を補完する。
「『禁域の園の番人とは――即ちこれに触れられざるもの也』……『イエスロリコンノータッチ!』のことよね? 確かに私、さっきそう言ったけど」
「……吾輩は自らを御することができず、他者の写真を撮ることで欲求を満たしている。その行為には明確な害があり、被害者が居るという自覚すらある。それでも、抑えることは未だ叶わない。寵愛しつつも、しかし決して手を出さず眺めているだけの艶なる性《“Kekko”》とは訳が違うのだよ」
「で、でも……リュクスさんとあいつらとじゃ、やっていることの規模が全然違うじゃないですか!」
「そ、そうよ。今回の作戦に参加しても別におかしくないってば! ひどい例えだと思うけれど、“強盗犯が殺人犯を咎めるようなもの”よ!」
「艶なる性《“Kekko”》よ。その例えは違うな。その例えに則るのならば……『毒による安楽死を好む者』が、『暴力による殴殺を好む者』を止めようとしているようなものだ。即ち――根の部分で同類。両方とも人の心を侵害する殺人者であることに変わりは無いということだ」
レットは頭を抱えた。
リュクスは、少なくともエルフの少年と自分を同類であり、似通った存在であると認識してしまっているようだった。
実際の線引きは人によって違うのかもしれないが、リュクスの盗撮はケッコ以外のメンバーと距離が開く原因となっている行為であるが故に――本人にそう言われてしまうと、レットには最早何も反論が思いつかなかった。
「他の者が手を差し伸べるのは良い。しかし、“吾輩が動くのは吾輩自身が認められん”」
ケッコが深くため息をついた。
「――すっかり忘れていたわ。アンタは他の変態と違ってm自分の課したルールに妙に厳しかったわよね。でも、どうしてもダメ? 同じ変態仲間のよしみで――今回だけそういう難しい誓約は放って、手伝ってあげてよ♪」
「貴公らの私闘に介入して堂々とその者達を止めるということは……吾輩の決めたこの世界に対する在り方全てを否定することに繋がる。一度否定してしまえば、もう元に戻ることはできまい。筋が通らなくなり、吾輩の論理的な思考に反することになる」
「――オイオイ。普段やっていることが汚れている癖に、なんでテメーはそういうところで潔癖なんだ? 今更気にするようなことじゃねーだろうがよ」
「どしても。駄目なんか? 俺的には。悪いことするヤツは。チムメン以外。全殺し。なんやが」
他のメンバーが説得するが――
「古の老人達を救うことが、人の道を外れた醜い同類を潰すことに繋がるならば、果たしてどのような顔でこの戦いに臨めばよいのか――吾輩にはわからんよ」
――当のリュクスはそう言って、首を横に振るだけであった。
「しかしだ。一つ、貴公らに約束はしよう。吾輩、干渉はしない。故にこの話を外に持ち出すようなことも――決してしないとな」
そう言ってリュクスが背を向けて歩き出す。
振り返る途中でリュクスは先程座っていた椅子を片足で軽く蹴飛ばした。
椅子は、廊下の上でその脚を軸に回転を始める。
「――リュクスさん!」
引きとめようとしたレットの声で一瞬、リュクスが立ち止まる。
しかし――
「……お互い明日も知れぬ身。行き過ぎた馴れ合いは避けるべきだろう。――さらばだ」
結局そう言って、リュクスは玄関から出て行ってしまった。
蹴られた椅子が回転を続けて、ドアの閉まる音と同時に元の位置にぴたりと戻った。
「徹底して我関せず……か」
クリアがそう呟いてから、まるでリュクスの足跡を追うように廊下を歩いていく。
レットが早足でそれに追従して、クリアの側面から質問を投げかけた。
「クリアさん。何とかして、あの人を引き止めて一緒に来てもらうことってできないんですかね?」
クリアは玄関の前に立って、ドアのノブを握ったが――しかし回すことはせずに手を下ろした。
「いや……残念だが、やはり説得できる気がしない。誰も彼もが同行してくれるわけじゃないってことだ。今回はあいつの中で、折り合いがつかなかったんだろう……」
「そんな……」
レットは閉まった玄関ドアをしばらく見つめる。
しかし、仲が悪いとはいえ、自分よりもリュクスと付き合いの長いクリアが“どうにもならない”と断定してしまった以上諦めざるを得なかった。
「じゃあ――これで、メンバーの募集は終わりになるのか……」
「そうだな。他のメンバーはログインしていないみたいだし、心底信用できないような連中ばかりだしな……」
話がまとまったタイミングで、話を聞いていたのかテツヲが背後から二人に歩み寄る。
「なんや。結局。チームメンバー。だけで動くんか?」
「ま、そうなりますね。俺はレットの準備をしないといけないので少し席を外します。その間、他のメンバーの準備をお願いしても良いですか?」
「ふむ。レイドに飛び込む時と同じや。チムメンだけなら。動きやすいで。……わかたわ。こいつらは俺に任せろや」
テツヲがケッコとベルシーに向き直る。
「お前ら。準備を。始めるで」
「おい。タナカ、テメーも手伝え」
テツヲの指示を受けて、ケッコとベルシー、そしてタナカが引っ張られるように物置部屋に入っていく。
最後にテツヲがクリアとレットの方を向いて、部屋に入る直前に呟いた。
「“皆殺し”や――今から用意すれば。晩飯までには。終わるやろ」




