第二十四話 イカれたメンバー募集・前
『用意しなければならないことがある』
そう言って外に出ていったクリアは、時間を然程空けずしてチームの家に戻ってきた。
「ただいま。最低限必要なものは“自宅”にあったから遠出する必要は無かったみたいだ……。それで、少しログアウトもしていたから知りたいんだが――“メンバー募集”の声かけはどうなった?」
「それが、残念ながら……」
そう言ってから項垂れるタナカの横で、レットは座り込んで頭を抱えていた。
《とても困っていることが起きているから、助けて欲しい》
話が外部に漏れてしまうことを警戒して具体的な言葉を避けつつ、チームの会話で必死になって何度も呼びかけてはみたものの、未だに返事は誰からも来ていない。
(もしも、もしも誰も来なかったらどうしよう……。このままじゃ――)
『いいじゃないか、それで』
突然、自分自身の思考が囁きとなってレットを蝕んだ。
『誰も来なくて本当は安心しているんだろ? 考えてもみなよ。オレは“あの女の子を見捨てるのが嫌なだけ”なんだろ? なら、丁度いいよね。これで“自分から見捨てたわけじゃない”って言い訳する理由が出来たんだからさ。ほら、これで仕方ないって納得できるよね?』
(違う……違う! オレは安心してなんかいない!)
『認めなよ。あれだけ大口叩いておいて、本当は怖くなってきているんだろ? 首を突っ込むのが怖いんだ。そりゃそうだよ。考えが足りてないのは自分でもわかっていることじゃないか。少し先のことを想像してみなよ。ひょっとすると大変なことになるかも――』
(うるさいッ!!!!)
レットは首を横に振って纏わりつく負の思考をかき消した。
「クリアさん、このままじゃまずいですよ! あんまり悪くは言いたくないけれど、やっぱり――こんな滅茶苦茶なチームじゃ、一緒に戦ってくれるメンバーなんて集まらないんじゃないですか!?」
「いいや、むしろ“こんな滅茶苦茶なチーム”だからこそ可能性がある。確かに、このチームの会話は最近めっきり減ってしまったが、心配するな。自分でこんなことを言うのもなんだが、俺みたいな“よくわからんのが助けを求める”のと、お前みたいな“初心者が必死になって助けを求める”のはワケが違うのさ。拘りだらけの跳ね返りでろくでなしの、変人奇人狂人ばかりだが、お前を見捨てるほど無関心というわけでもないはずさ」
クリアがそう言ったまさにその瞬間に――音が鳴った。
それはチームの家の玄関ドアが開く音。
続いて響いてきた足音のひとつは床が軋むほどに力強い物で――
『……何が、起きたかはようわからんが。お前まで。来るとは。思わんかったわ』
――もう一つの音は妙に小さく小刻みだった。
『そりゃほっとけないわよ~。少年がチームの会話であんな風に叫ぶだなんて、絶対普通じゃないもの』
(この声は……テツヲさんとケッコさんだ!)
喜ぶレットに反して――
「ほら来たぞ。……まずは二人。――問題はここからだな」
――そう呟くクリアの表情には、どこかしら影があった。
それから、部屋に入ってきた二人に対して行われたタナカによる“事件の概要”と“打ち立てた解決策”に関する説明は、簡潔でありながら要点を完璧に抑えたものだった。
その正確さたるや、横でそれを聞いていたレットが最初から『タナカに説明をすべて任せておけばよかった』と思わず後悔してしまったほどである。
説明の間、テツヲは一切表情を変えず、質問もしなかった。
一方でケッコは何度か質問をしようとして、その度にクリアに制された。
「――私の話は以上です」
「…………ふぅ~ん。かなり、マジっぽいわね」
「“マジ”なんですよケッコさん。ここからは俺が止めるようなことはもうしませんから、質問があったらどんどん聞いてください」
「それじゃあクリアさん。改めて一つ聞くけど、その場に居なかったあなたがここにいるってことはこの二人の話を信じたわけよね? ――何か、証拠でもあるわけ?」
「そう――ですね」
クリアは少しだけ考え込む素振りを見せる。
「結論から言うと、証拠はありません。判断材料は沢山ありますけどね」
そう言ってからクリアが取り出したのは、闘技場でクリアがいつも見ていたあの紙束だった。
――だから、それが『本物の証拠ではない』という判断をレットが下すのは自然なことだった。
しかも――
「この紙束には、二つの情報が入っています。一つは寝たきり状態で動けなくなっている人間がこのゲームをプレイしていたという“実態”をまとめたものです。そう――個人情報つきのね」
――その状態から切り出されたクリアの話はレットにとって、初めて聞く話だった。
「二つ目は、“意識がはっきりしない状態のプレイヤーが徘徊・隔離されている”という噂話についてまとめた物です。もちろんこの二つの情報に関連性があるわけではないので、運営会社が動くことはないでしょう。しかし、二人の見た光景とこの二つの情報から察するに、この事件が本当に起きている可能性はかなり高いんですよ」
(お、おかしいぞ……。実際に寝たきりでゲーム世界に閉じ込められている人が存在しているなんて……そんな細かい部分まで裏は取れていなかったはずだ。噂話の方だって、本当に規模が小さいものだって――クリアさん自身がそう言っていたじゃないか!?)
そこでレットは一つの結論を出した――
“クリアが嘘をついている”と。
協力を求める以上、テツヲとケッコの二人には事件が起きているということを信じてもらわなければならない。
しかし、クリアがこの話を信じるきっかけと決定打となった『レットの抱えている事情』を二人は知らず、そうそう他人に詳しく話すわけにもいかない。
クリアのこの“嘘”は明確な証拠を用意することができなかった――否、証拠を出しようのない事件をとりあえず信じてもらうために、とっさに考えたハッタリなのだと(実際はここまで簡潔に頭の中で思考がまとまっていたわけではなかったものの)レットは朧げに推測した。
「じゃあ、その紙束。私にも見せてもらっていいかしら?」
ケッコがいきなりクリアに近づいて、持っている紙束を覗き込もうとする。
(駄目だ! あれを見られたらクリアさんのハッタリがバレる!)
クリアは一瞬唾を飲み込んでから――大きく腕を上げた。
「ちょ……ちょっと。どういうことよ?」
ケッコは何度かその場で背伸びをして飛び上がったが、その手が紙束に届くことはなかった。
「……おっと、駄目ですよ。この紙には“個人情報”が混ざっているんですから。俺がこれを見せて、万に一つ情報が漏れてしまったら――訴えられちゃいますからね」
「ふ……ふーん。つまり、そのくらいヤバイところから持ってきた情報ってわけね」
「そういうことです。――理解が早くて助かりますよ」
「それなら……そうね。私に見せても良い部分だけでもきちんと見せて欲しいわ。“噂話”の方なら、見たって構わないでしょ♪」
「それは確かに……そう――ですね」
ケッコは気づいていないようであったが、その真意を推察していたレットからするとクリアの表情に明らかな焦りが見て取れる。
ケッコが右手を出してクリアの持っている紙束を受け取ろうとする。
それを見てレットは思わず息を飲んだ。
しかし、そのタイミングで――
「――そのくらいで、充分や。時間が。無いんやろ。ええ加減に。信じてやれやケッコ」
テツヲの声が居間に鳴り響いた。
「まあ――確かにそうね~。噂話だけ見たって仕方がないし、ソースはせいぜい外部掲示板ってところでしょ? そもそも現実が関わってる事件なんだから、明確な証拠なんてそうそう出しようが無いんだものね。いいわ――信じてあげる♪」
「せやな。ま、いずれにせよ。俺らにとって、“真偽”なんざ。どっちでもええ話や」
“どっちでもいい話”
まるで、こんな話には最初から興味が無いと言わんばかりの一言がレットの心に僅かな不安をもたらした。
「んで。助けを求めてた。っちゅうことはだ。頼みたいことがあるんやろ。俺らに」
「〔俺にできることは全部やった。レット、“頃合”だ。後はチームで叫んだお前がやるんだ!〕」
「〔……わかりました!〕」
(手伝ってくれるか不安だけど、ここまで来たらもう当たって砕けろだ!!)
レットが大きく息を吸って、テツヲとケッコの前に歩み寄る。
「それで、その……テツヲさんとケッコさんに改めて、無理を承知でお願いしたいことがあるんです! この救出作戦を――手伝って欲しいんです!!」
予てより決めていた言葉を言い切ってから、レットは頭を下げた。
「救出。か。悪いが、そんな連中に。俺が助け船を出すつもりは。ないで。ゲーム内でしらん奴が。泣こうが喚こうが。苦しもうが死のうが。俺とは。関係ないわ」
即座に返ってきたこれ以上無い否定の言葉に、レットは打ちのめされた。
思わず顔をそむけてしまい、目の前が真っ暗になる。
そこで、ようやく理解した。
(そうか…………。クリアさんが言っていたとおり、『問題はここから』だったんだ……………………。特に、テツヲさんなんて事情を話したところで『はい。わかりました』って協力してくれるような善い人じゃない……………………)
その表情に影があったことを再度理解して、レットは改めてクリアを見つめる。
ところが――そのときのクリアの表情は先ほどとはまったく逆で、涼しい顔で別のことを考えているようでもあった。
その表情のまま直後にクリアが放った言葉は、レットを混乱させることになる。
「あ~。そうですか、いつもどおりですね。じゃあ、“手伝いよろしくお願いしますテツヲさん。助かりますよ”」
「――は?」
クリアとテツヲの会話が成り立っておらず、顔を上げたレットの口から思わずそんな言葉が出てしまう。
それなのに、平然としているクリアを見て自分がおかしくなったのかとレットはタナカを見つめたが――タナカもタナカで困惑しているのが簡単に見て取れた。
「ん? どうしたんだレット?」
「え――いや、だって捕まっている人達なんてどうでもいいって、今テツヲさんが言ったじゃないですか! 本人の了承も得ていないのにクリアさんが勝手に話を進めたから――」
「何。言ってんのや。たしかにま、事情が複雑で。いまいちようわからんが。そんな連中に無関心な俺でも。簡単にわかることがある」
そう言ってから、テツヲは直立不動の姿勢を“崩して”、タナカとレットに歩み寄って僅かに身をかがめた。
「今まさに、困っとるんやろ。目の前の“お前ら”が。……顔みりゃ。わかるで」
その言葉に、思わずレットの視界が滲んだ。
テツヲの背後に立っているクリアはその巨大な男の背中を見つめていたが、不意にレットに笑いかける。
クリアは何も言わなかった。
何を言いたいのかは、囁かれずともレットにはわかっていた。
『――テツヲさんは怖い人じゃないぞ。リーダーだから“メンバーには”優しいのさ』
(テツヲさん……!!)
「あ……ありがとうございます!!」
「気にせんでええ。チームメンバーの悩みは。俺の悩みや。そして――心配せんでええ。お前らの悩みの種は。俺が血祭りに上げたる」
「本当に助かります。私“どちらでも良い”など仰られる物ですから……てっきり、ご助力いただけないのかと思い込んでおりました」
「事件の真偽については。実際どっちでもええ。話を聞く限り、その実行犯ども。疑われても。仕方の無い胡散臭い言質さんざバラまいとるんやろ?」
「はい。その通りです。それがあまりにも真に迫る内容だった上に、実際に拘束されているプレイヤーさん達を見たからこそ、私達の推理はこのような結論に至ったわけです」
「なら、殺されて。話をバラされても。文句は言えんで。例え無実でも。そんなロクでもない怪しい連中。そのまま死んでもらえばええ。私刑上等や」
そう言って突如、目の前のテツヲが嗤った。
テツヲがその時していた表情は笑顔であると同時に、鬼の形相だった。
ただ表情を変えただけなのに、まるで分厚い革製のベルトを重機で引っ張っているかのような――
まるで硬さとある程度の弾力を併せ持った亀の甲羅に万力の力がかかってゆっくりと割れていくような――
そんな不気味な音が居間に鳴り響いて、レットの視界が別の理由で再び滲んだ。
「それもそうなのよね~。別に事件性が無かったとして、そいつら全員なんとなくでPKしちゃったところで、今更このチームに泥が塗られるわけじゃないものね」
「その通り。確かに二人の言うとおりだ。“構成している物質が泥”みたいなものだからなあ……このチームは」
嗤うテツヲの前で平然と会話を続けているクリアとケッコを見て、レットは一つの結論を出した。
(改めて実感した――このチームのメンバーって、やっぱり“危ない人達”なんだな……)
「さ〜て、テツヲさんが参加してこれで俺も含めて四人か。それで、ケッコさんはどうですか? この作戦に――」
「――私は、はっきり言って嫌なのよね。“その人達を助ける”の」
レットは自分の耳を疑ったが、クリアはまるでわかりきっていたかのように間髪入れずに深いため息をついた。
「やっぱり……そうなりますよね。テツヲさんの方は心配していなくて、逆にケッコさんの方は“絶対に手伝ってくれない”と思ってましたよ、自分も」
「し……しかし、本来であればお断りされるのは当然のお話です。この作戦に身を投じてしまえば、現実世界で何らかの揉め事に巻き込まれてしまうかもしれません。前例が無い事件である以上、予想もできませんから。人助けとはいえ、無理強いをするなど論外です……」
「違うわタナカさん。私の現実なんてテツヲさん以下よ。巻き込まれて失うものなんてないんだから、そのくらいの揉め事くらい怖くも何とも無いわ。最悪逮捕されたって気にしないもの♪ これ以上落ち目になり得ない。普段から刑務所と比べ物にならないくらい“臭い飯”食っているし、減量できるチャンスだしね〜」
笑顔で放たれる強烈な言葉にタナカが顔を背けて、クリアが引き攣った笑みを浮かべた。
とんでもない言いようであったが、その言葉を聞いて尚のこと、レットは意外だと思った。
テツヲよりも、遥かに人当たりのよさそうなケッコがリスクを恐れているわけでもなく嫌悪感を顕にしてまで作戦参加を拒絶する理由が理解できなかったのである。
「クリアさんやタナカさんがまだ推理しきっていないところがあるわよね。もしかすると――わかっていてあえて触れていないのかもしれないけれど」
「…………」
クリアは急に黙り込んで、ケッコから目を背けた。
「え……あの、まだ触れていないことって何です? オレ、ぜんぜん分からない――」
「――“事件の背景”よ」
きっぱりと言い放たれたそのケッコの言葉を聞いて、何を思ったのかクリアが腕を組んでから片手で口元を抑え、タナカは黙した状態のまま項垂れる。
「事件の……背景?」
やや具体性の欠けている言葉に、レットが首を傾げる。
「つまりね。どうして実行犯とは別に、“年寄りを買い取って意味の無い暴力を振るおうとする連中”が存在しているのか? そもそも、なぜゲーム内で放置されている年寄りが存在するのかってことよ。本当はその“背景”を良く分かっているはずなのに、あえて話そうとしていないってことよ。――クリアさんも、タナカさんも」
レットは再びその二人の表情を見つめる。
タナカは依然として顔を背けており、どこかしら気まずそうだった。
クリアに至っては先程の考え込む姿勢のままその眉間に皺をよせている。
まるで話の流れが悪い方向に進んでいると踏んだ上で、これから先のことを見据えてどうするべきかを考えているような表情だった。
(クリアさんもタナカさんも話し出す気配が無いな……)
「じゃあ聞くんですけど……えっと、ケッコさん。その背景って一体なんなんですか?」
「すごく簡単なものよ。おそらくだけど、その連中“単純に年寄りが大嫌い”なのよ。――――――――――私みたいにね」
「――え? そ、そんな理由でですか? いまいちしっくり来ないっていうか……。そもそもどうしてケッコさんはお年寄りが嫌いなんです?」
「……………………」
レットは、ケッコが黙り込んで苦々しい表情をしているのを見て初めて――してはいけない質問をしてしまったのだと言うことに気づいた。
後悔しても遅く、どうフォローすればよいのかもわからず右往左往しているうちに、ケッコがその重い口を開く。
「……私、コンビニで夜勤のアルバイトをやっているって言ったじゃない? 土地柄なんだか数が多いんだか分からないけれど朝方に沢山来るの――元気をもてあました年寄り共が無駄に早起きして、ストレス発散のクレームをガンガン飛ばしにね」
その言葉を聴いて今度はレットが黙り込んだ。
もちろん、少年も“そういった話”を学友から聞くことが何度かあった。
実際に接客業を行う人間に対して執拗に文句をつける人間を見たこともあった。
現実では気弱な少年は、そういった光景に立ち会う度に、「自分のような気の弱い人間には到底できない仕事だな」という感想を抱いたのを覚えていた。
だから、ケッコが普段どんな辛い思いをしているのかを僅かながら理解することもできたのである。
「で、でも――でもだからって……現実で会ったことも無い無関係のお年寄りに、ゲームの中で暴力振るいたいだなんて……」
「それって、そんなに変なことかしら? 私、その連中の気持ちを理解できなくは無いのよ? 私はそこまで暇じゃないから、そんな面倒なことをやろうとは思わないけれど。割と居るのよ――今時、年寄りが心底害悪だって考えている若者って」
「いや……それは――だってそんなの、ただの“決め付け”じゃないですか! た……たとえば……えっと、オレの爺ちゃんとか、すっげー優しいんですよ!! 毎年欠かさずお年玉をオレにくれて――だからオレこのゲームを買えたわけだし……」
「ま……身内だしねえ。いまどき珍しい“幸せなご家庭”なのね。少年はちゃんと家族に感謝しなさい♪」
ケッコは憂いを感じさせる表情をしてレットを見つめる。
「私だって年寄りの全員が全員、迷惑な存在だなんて……レッテルで全員を括るほど滅茶苦茶なことは思っていないわよ。でも……そうね。少年とは違って、誰しもが幸せな家庭環境で育ってきたとは限らない。――さらにもうちょっと考えてみて。そもそもどういう伝手で、実行犯たちはそんな酷い状態の年寄り達と知り合えたのかしら?」
「ええっと――それは……自分達で一人暮らしのお年寄を攫った……とかですかね?」
「明るい考え方よね少年。でも、それはありえないと思うわ。年寄り達はボケているんでしょ? つまり、誰かしらが世話をしなければならない身。実行犯たちは自分達から厄介ごとを背負ってまで、ゲームにログインさせようと思うかしら?」
ケッコの質問に対してレットが返答を考えようとするまもなく、タナカが二人の間に割り込んだ。
「ケッコさん。もう充分です。レットさんにそれ以上のお話は――」
「嫌よ。最後まで話をさせて」
割り込んだタナカの言葉に、逆に間髪いれずに割り込み返して話を続けるケッコ。
その表情は険しく、かわいらしいフェアリーの女性キャラとは思えないほどにその眼光は鋭かった。
「つまり、ゲーム内での身柄の受け渡しを了承した知人。介護者。もしくは親族が存在しているってことよね」
「ケッコさん。もう充分ですので――」
「その年寄りたち……医療が発達したこのご時世で放置されていたわけでしょ? 一体、どれだけ周囲の人間に疎まれたらそんな乱暴な扱いを受けることになるわけ?」
(――――――――――――!!!!)
「要するに、その人達って現実世界に存在しているだけで嫌われて周囲に迷惑かけているような存在ってことなのよ。――そんな連中、助けても仕方ないんじゃない?」
「――――――――――ケッコさん!!!!!!!」
普段冷静なタナカが声を荒げて、レットは驚いた。
ケッコがついに黙り込んで、周囲は静寂に包まれる。
そうしてしばらくの間、誰も話そうとしなかった。
「……ごめんなさいタナカさん。言い過ぎたわ。でも、そういう歪な物の見方は一部の人間の心の隅に存在していると思うの。だからその年寄り共は爪弾きにされてこの世界に居るんだと――私は思うわけ」
「いえ……大声を上げてしまって申し訳ありませんでした。重いお話でしたが、私もケッコさんの推測は、事実だと思っています。そして、貴方が参加されない理由としても充分納得できるお話でした……」
「そうね。私の言いたいことはこれで終わりよ。結構な時間になっちゃったわね。私、そろそろログアウトしないと――もう、バイトに出掛ける時間を過ぎちゃっているわ。急いで店長に連絡を入れなきゃ」
レットは項垂れた。何も言えなかった。
その事実を前にして、ケッコの考えを聞いて、少年の決心が揺らぐことは決してなかった。
しかし、食い下がって目の前の小さなフェアリーに手伝いを要求するほど少年は図太くは無かった。
「そう……ですか。なんか――ごめんなさい。オレのせいで……嫌なこと思い出させちゃって――話も長くなったから……バイトがあるのに引き止めちゃったし……」
「良いのよ別に……気にしないで。店長への連絡なんて、一言入れれば済む話だもの――」
そう言ってからケッコがウィンドウを開いてログアウトの準備を始める。
「――今日のバイトはお休みしますってね♪」
レットが驚く前に、何かが倒れこむような音がした。
それは――考え込んでいたクリアが体勢を崩してしまってこけた音だった。
尻餅をついた状態で、クリアがケッコに捲くし立てる。
「え!? いや――“この流れ”で同行してくれるんですか!? 一体、どうしてです? 俺は手伝ってくれるわけがないって思い込んでいたから――諦めて次のことを考えていたのに!」
「何よそれ……。もう! 折角テツヲさんに倣ってかっこよく引っ張ったのに、その反応はちょ~っといまいちじゃないかしら?」
「お言葉ですがケッコさん。私も疑問なのです。先程仰られたばかりではないですか。ケッコさんはお年寄りが嫌いだと……」
「そうね。正直に言うとどう足掻いても、そこは変わらないわ。その年寄りがどうなろうと本当に知ったことじゃないもの」
そこまで言って、ケッコは落ち込んでいたレットの顔を覗き込んでくる。
「でもそれはそれ、これはこれ。一緒に捕まっているっていう“女の子の方は話が別”よね少年?」
レットは確かにその通りだと納得しつつも、しかし釈然としなかった。
お年寄りが嫌いなのと同じように少女の危機に対して協力してくれるのには何か深い理由があるのだと思った。
ケッコが女の子を助けるような理由とは何なのかを考えて――
「それはつまり……捕まっている女の子に興味があるからケッコさんが助けてくれるとか――そういうことです?」
――出した答えを盛大に間違えたとレットが直感したのは、ケッコにジト目で見つめられたからであった。
「ち……違うわよ……。普段から変態だと言われ慣れている私でも、流石にそれは……ちょっと傷つくわ……。私が好きなのはあくまで“現実に存在し得ない幼女体系の妙齢の女性”であって……そんな邪な理由で助けるわけないじゃない――――え……? ちょっと――!? クリアさんもタナカさんも妙に納得した顔をするのやめてくれない?」
周囲を見渡してから軽く咳払いをして、ケッコはレットの前に立つ。
それから右手の人差し指を力強く突きつけてきた。
「とにかく、覚えておきなさい少年。変態には変態の護るべきルールがあるのよ! 『イエスロリコンノータッチ』って言うでしょ? もちろん。ま、私は厳密にはロリコンでもないし。この件には介入させてもらうけどね♪」
ケッコは続けざまに腰に両手を当てて、再びレットの顔を覗き込んでくる。
「それこそ、もっと過激なことができるアダルトなVRゲームなんていくらでもあるんだから、他人を巻き込まず自分でサカっていればいい話じゃない? なのにそいつらは他人を巻き込んで、年端もいかない女の子が今この瞬間も恐ろしい目にあっているだなんて――想像するだけで虫唾が走る。……居ても立ってもいられないわ――私も“巻き込まれてあげる!” そんな卑劣な外道共は私がまとめて吹き飛ばしてあげるんだから♪」
感心したのだろうか。クリアが短く口笛を吹いた。
「ケッコ。信用して。ええんやろな? ちなみに。年寄り助けなあかんときは。どないすんねん」
「“割り切る”わよ。そいつらを助けることがイコール女の子を救うことに繋がるわけだから、足は絶対に引っ張らない。――大船に乗ったつもりでいてくれていいわ。それこそ私が乗っても沈まないようなサイズのね♪」
そう言って任せろといわんばかりにケッコは胸を張った。
「あのオレ、なんて答えたらいいのかよくわからないけど、その……すごく頼りになります! ありがとうございます!」
「…………。じゃあ、そういうわけだから、私一旦ログアウトしてくるわ」
そう言ってからケッコは――不意にレットに近づいて、周囲に聞こえない声で話しかけてきた。
「(それとね……感謝はしないでいいわ少年。これは私個人の問題でもあるの。その少女を私が見捨てるわけにはいかないって思っただけよ。だから“巻き込まれることにした”。ただ、それだけ)」
「(ど……どういう意味です?)」
「――なんでもないわ。気にしないで♪ それじゃあ一旦、バハハーイ♪」
その言葉を最後に、ケッコがその場から今度こそ消滅した。
レットはケッコの発言にいまいち要領を得られぬままテツヲに問いかけた。
「あの――ちなみにケッコさんってどのくらい強いんですか?」
「あいつは、ぶっちぎ。現実。終わっとるからな。順当に強いで」
「そ……そうなんですか……」
その妙に説得力のある言葉を聞いて複雑ながらもレットは安心する。
(よし、これで五人! 人数的にはどうなんだろう? やっぱり、一人でも多く――)
「オイオイオイオイ。さっきからお前ら、面白そうな話してんじゃねえかコラ」
突然、居間に高い男の声が響いた。
振り返ると居間の扉が外側に開いており、男が扉に片足を乱暴に掛けている。
それはまるで恐喝をしにきたチンピラのような――夜逃げしようとしている一家にたかろうとしている借金取りが取るような威圧的なポーズだった。
その人物を見つめて、レットは呻くような声をあげた。
「げっ――ベッ……ベルシー……」




