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VRMMOセンキ(四章完結)  作者: あなたのお母様
第二章 闇に蠢く
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第二十三話 プランZ

それから三人は、狭い物置部屋から廊下を通って“居間”に移動する。


「まず、今回の事件の全体像をまとめてみよう。おそらく、かなり複雑だ」


そう言ってクリアが居間の壁面に巨大な羊皮紙を大雑把に貼り付けて、くたくたになっている羽ペンと数色のインクを取り出して、話しながら凄まじい勢いで書き込みを始める。





【事件が発覚したのはつい先程。実行犯はエルフの少年とヒューマンの男(※ただし話を聞く限りでは他にも何人かメンバーがいて、複数人で行動している)。彼らは集団で移動しており、隠れていたところを偶然レットとタナカさんが発見した】


【事件概要は『自己判断力が低下しているお年寄り複数名と少女一人を、現実の見た目に似せたキャラクターでゲームにログインさせた上で、抵抗の意思表示ができないことを利用しての拘束、運搬』】


【お年寄り達は実行犯達とは別のグループの手に渡る予定で、おそらく“ゲーム内で暴力を振るうこと”に価値を見出されて運搬させている。実行犯曰く、『これはゲームであり、完遂して得る物が件の少女』。今後、少女は実行犯の一人が“湖畔の家(?)”に連れて行かれ、監禁をされる予定】


「――そして、この事件を“発案した人間”が実行犯とは別にいる。おそらく、このうちの誰かが何らかの手段を使ってログイン・ログアウト等の『外部からのアカウント操作をしている』可能性が高い――クソ……まとめてみると死ぬほど胸糞悪い……ふざけやがって!」


クリアが羊皮紙ごと居間の壁に拳をたたきつけて、持っていた羽ペンが歪んだ。


「……一つ、気になることがある。過激なことはできないとはいえ、会話を聞く限りこの実行犯の“少年”は少女と“仲良くなること”が目的のはずなんだ。その情報が正しいのなら条件はかなり厳しかったはずなんだが……俺はあまり詳しく無くてな――」


“仲良くなる”という単語を聞いて、レットはターコイズビーチでのケッコの言葉を思い出す。





『――とね。“いかがわしいこと”以前に、こうやって無理矢理迫ろうとするのも場合によってはアウトなのよ。こんな風に触れる前に弾かれちゃうわけ。“局部同士”が直接接触するデリケートな行為はハラスメント以前に認められていないのよ。最低でも“仲良く”ならないとね』


『フレンドになってずーっと近くに居ないと仲良くなれないみたい。ちなみにゲームを始めたばかりのプレイヤーだと、どんな相手にも絶対できないらしいわ。“VR世界におけるセクハラや売春対策”ってとこかしらね』






「そういえば前にオレ、ケッコさんに聞きました。確か、フレンドで尚且つずーっと一緒に近くにいないと条件を満たせなかったはずです」


レットの言葉を聞いてクリアが考え込む。


「なるほどな……そうなると――かなり前から少女と少年の間にフレンド登録は行われていたと考えられるな。拘束されているプレイヤー達の名前が非表示だったということを考えると、被害者のキャラクターのシステム設定なら弄繰(いじく)り回すことができるのかもしれない」


そこでレットはクリアに、前々から疑問になっていたことを質問した。


「そもそも、おかしくないです? どんな身体的な接触も、される方が不快なら“ハラスメント”になるはずなんですよね?」


「そのはずなんだが……その女の子は“ハラスメントの有無すら認識できないレベルで意識が混濁している”のかもしれない……」


「そ……そんな。そんな酷いことって……」


「運営も、そんな状態のプレイヤーがゲームにログインできるだなんて想定していなかったんだろう。本来なら“技術的にあり得ない”はずだからな。――だけど、連中の誰かが“外部から他のプレイヤーのゲームを操作できる”手段を持っていて、ログインをさせることが可能だった」


「……それは――何らかの未知の技術なのでしょうか?」


「いいや、そんなに非現実的な物じゃない。“今のセキュリティ技術の延長”だ。昔からアカウントの乗っ取り自体はそんなに珍しいことじゃなかった。【アカウントハック】という」


「そのくらいならオレも知ってます。アカウントがハッキングされるから【アカウントハック】。SNSのアカウントを奪われるのと同じようなものですよね?」


レットの問いかけにクリアが頷く。


「そうだ。そして、そういうことする連中は、手に入れたアイテムなりキャラクターなり、乗っ取ったデータを現実の金銭で売り払ってしまうんだ。このゲームでは重大な規約違反行為だ。【RMT(リアルマネートレード)】と言う」


サブカルチャー方面でも聞いたことのないような言葉にレットは首を傾げた。


RMT(リアルマネートレード)? それは聞いたこと無いや……」


「旧式のVRからフルダイブに以降するにつれて、そういうことをやる連中は減少していったからな。RMTを行う業者をそのまま“業者”と呼ぶんだが、一時期このゲームでもその業者達の店売りが原因でインフレになって問題になっていた時期があったんだ」


(あ……それって――!)


そこでレットが思い出したのは、ハイダニア王城の堀のベンチだった。










『ちょっと色々あってよお。無印の頃、このゲームでゴールドを意欲的に稼ぎまくる連中が沢山いたわけだ』


『少数のプレイヤーが経済に影響を及ぼすほどに稼いでいたんだよ。当時連中がやっていた金稼ぎが“店売り”だった。当時はまだ店売りでもゴールドを得ることは簡単だったわけだ』


『自然から取り出した文字通りの“(アイテム)”を店売りでゴールドに替えて儲けまくった連中がいたせいでそのインフレになっちまったわけだ。物価が上がって困ったのは同じようにシステムから金を受け取ってる層の厚い“雑魚冒険者共”だった。稼いでいた連中と比べて、得ていた額が桁違いすぎてほとんどのプレイヤーが経済的な弱者になったわけだ』







(そっか、ベルシーが話していたのは“業者の話”だったんだ……)


「基本的にはどんな時代もアカウントハック関連の事件はいたちごっこなんだ。どんなに技術が進歩しても、その技術を土壌として業者達はセキュリティを掻い潜って金を稼ごうとする。基本的にはそれの繰り返しなんだが……」


「じゃあ、今回の事件も、その業者が関わっているってことですか?」


レットの質問を受けて、クリアは腕を組んで唸った。


「アカウントハックという概念があるせいで、今回の事件は業者が関わっている可能性も高いが……今回の事件は――今までに起きたアカウントハックの事件と大きな違いがある。今までのVRゲームでのアカウントハックは“キャラクターを乗っ取ってリアルマネー(現実の金)を得るのが目的”だった」


「成る程。即ち、今回の事件は“金銭を第一目的として行われたものではない”ということですね?」


「ああ、それこそ金銭が目的なら、その技術力を使って海外最大手のゲームで“開拓者”として、対策されるまで現実で大儲けできるはず。そもそも本来、こういう新しい手口の事件は『一歩先を行っている市場の大きい海外で起きること』なんだ。それに倣ってこの国の技術や法整備――最悪の場合規制等が進んでいくわけだが――今回の件はイレギュラーすぎる。世界規模で見たらこのゲームが最初のフルダイブゲームというわけじゃないのに……黎明期とはいえ――その技術でよりにもよってこの【アスフォーNW】を狙い撃ちしてきやがった」


クリアが冷静に分析すればするほどにレットの中で、名状しがたい不快感が膨れ上がっていく。


「いや――わけわからないですよ! 一体どういう考えで――あの連中はこのゲームでこんな意味不明な事件を起こしたんです!?」


「タナカさんの話が本当なら、あの二人とは別に“人身売買の発案者”がいるということになる」


クリアが【発案者】という単語を真っ赤なインクで羊皮紙に書き込んでからその文字を羽ペンで叩いた。


「こいつはフルダイブリニューアルしたゲームの不正アクセスの技術を使える立場でありながら、利益度外視でこの事件を立案している。騒ぎ立てるはずの被害者が存在しないから問題も表出化しない! 頭の回る“理解不能の不気味で冷たい人間”だ。VRMMOでここまで遠回りに凄まじいことを思いつくプレイヤーは、数えるほどしか見たことが無い。正体不明の心底“恐ろしいヤツ”だ!」


クリアが唇を強く噛む。

その鬼気迫る反応に、レットの背筋が凍りついた。


「……それと、もう一つ。エルフの少年が言っていた“これ”の意味がわからない」


そう言ってからクリアは【湖畔の家】と黒いインクで書き込んでから絵心の欠片も無い雑な地図を描く。


「確かに【メレム平原】と【ラ・サング湿地帯】の北側を進むと巨大な湖畔がある。だけど、その周囲に設置されているオブジェクトは設定上、ハイダニアの原住民達が使っていた掘っ立て小屋しかないはずだ。それが家だとは到底思えないし、そこに移動するメリットというものもイマイチ理解できない」


(湖畔の家……。家って……もしかして――)


レットにとって不本意なことであったが、再びベルシーとの会話が蘇った。










『人の話をよく聞けやカス。住宅街の家じゃねえよ。あんなもん現実で例えるなら低所得者向けの団地みたいなもんだ。それとは別に、フィールドの特定の土地を買い取ってそこに家を建てられる仕様があるんだっつーの』


『風の噂じゃ。このサーバーじゃ“北の湖畔”の近くに一個デカイ家が建ったらしいぜ? 座標はしらねえけど、メレム平原の北のさらに北だったか?』






「確か、最近北の湖畔に土地を買って家を建てたプレイヤーが居るって話を聞きました。……風の噂だって“あの”ベルシーが言っていたことだから、信用はできないんですけど……」


「噂になっているというのなら後で確認してみるが……。なるほどな……“プレイヤー所有の家”という可能性か――」


納得した素振りを見せた後、クリアはぶつぶつと呟き始めた。


「まずいな……これはまずいぞ……。実行犯のエルフの少年が言っていた『永遠に結ばれる』という意味が少しずつわかってきた……」


呟かれたその言葉を聞いて、レットが今まさに立っているこの部屋――“住宅の一室”を見渡す。




設定すれば関係者以外、何人も入ることのできない閉鎖空間。

外部からは誰にも干渉されない治外法権。

手の届かないブラックボックス。


「まさかクリアさん……その家って住宅街のこの家と全く同じで、権限でプレイヤーを締め出せるってことですか!?」


「ああ……そうだ。このまま放っておけば権限の設定が自由な……システムで守られたその家に逃げられてしまう――そうなったらその後のことは誰にもわからない――関与もできない――中で何が起きているのか誰にも証明できない! エルフの少年と仲良くなったその女の子は……今受けている物よりも過激な性的ハラスメントを半永久的に受け続けることになる!!」


私達(ワタクシタチ)には……時間が無い――ということですか」


レットは焦り始めた。

再び居ても立っても居られなくなり、部屋の中を無意識に歩き始めてしまう。

そんなレットの心情を察したのか、クリアが諫めるように話を続けた。


「落ち着くんだ……。“連中の目的”についてはこれ以上考えてもわからない。次に考えることは“俺たちの目的”、捕らえられている人達を助ける方法を考えよう」


そう言ってからクリアは羊皮紙の残りのスペースに次々と単語を書き連ねていく。


「【運営会社】。そして――俺達【プレイヤー】。それとあの【連中】。最後に――そうだ【被害者】」


書き加えられたのはその四つの単語で、先ほどとは違いそれぞれ大き目の丸で囲われている。

しかし、うまく囲えておらず大きさはまちまちだった。


「……あー、クソッ。こういう“ビジネスライクなまとめ方”はベルシーの方が圧倒的に得意なんだけどなあ。俺じゃあどうやってもいまいちになる。ホワイトボードなんて現実で使わないから、まとめ方がわからない。――まあ、仕方ない。無駄を省こう」


そう呟いて、青いインクで【プレイヤー】と【運営会社】と【連中】の三つを一本の青い線で繋げてからレット達に振り返る。


「まず、二人が最初に思いついたのがこの青い線の“通報”だな?」


「そうです。オレもタナカさんもそれをやるかどうかですごく迷いました。それ以外にやれることなんてないだろうって感じでしたから」


「……二人とも、本当によく留まってくれたな。これはやらなくて正解だった。理由を問わず、そのまま運営に通報していたら――何もわからず、解決しないまま話が終わっていたに違いない。これはおそらく――考えうる限り最悪のパターン」


「は……し、しかし通報が――ですか? 事態が悪化することになるとは、私には到底思えませんが……」


「ゲームの開発者が直接プレイヤーの処罰を行っていたなら、いい加減とはいえちょっとはマシな結果になるんだろうけどな……」


そう言ってからクリアが【運営会社】の部分に×マークをつける。


「へ? どういうことです? 開発者がゲームを作りながらプレイヤーを処罰したりするんじゃないんですか? 全てを管理する……みたいな」


「いいや違う。ここの会社は規模が大きくて、他に旧世代式のMMOやMOなんかを複数運営してしまっている。だから『プレイヤーとのコミュニケーション管理や、揉め事に対する処罰対応をテンプレートのように決めて実行している専門のチーム』が、このゲームの開発チームの外側に存在しているんだ」


クリアは【アスフォー開発】と書き、その横に【コミュニティチーム】という項目を書き込んだ後に、後者に羽ペンで力強く×マークをつけた。


「クリアさんは、会社の内情までご存知なのですか、お詳しいのですね……」


「俺はこういうのは全く得意じゃない。ベルシーの奴がこのゲームの調整にイラついて、冷やかしでここの運営会社の内定をとろうとしてな。その時、会社の情報をかなり細かく調べてたみたいで色々教えてもらっていたわけだ」


「え? じゃあアイツはひょっとして――このゲームの運営会社の社員なんですか!? だったら百人力じゃないですか!」


「……冷やかしだって言ったろ? 内定はちゃんと取ったらしいが、アイツはその内定を“お祈りの書式で蹴ってやった”らしい。『ざまあみやがれ』って言っていたよ」


(うわぁ……どんだけエゲツないことやってるんだアイツ……)


「――ま、そんな話はどうでも良くて、問題はこの“コミュニティチームが致命的に無能”ってことなんだよ。通報を受けてから事実確認を行うのはここなんだが、その後の采配はおそらく最低だ。事件性があったとしても、何のアクションも起こさないか――対象となっているキャラクターの反応の有無だけ確認して、強制的にログアウト状態にしておしまいになる」


「しかし、放置すれば企業として後々問題になるのでは無いでしょうか? なのに、何もされないのですか?」


「“被害者に対しては”な。それからしばらくして、似たようなことができないようにサーバーメンテナンスやアップデートの際にこっそり裏でシステムを修正するように開発チームに指示を出す。一番良いパターンでそれだ。先ほども言ったけど何もしない可能性だってある」


「き……汚ねえ!」


憤るレットを見つめながら、クリアが顔を背ける。


「最大手のゲーム会社なんて、一部を除いてそんなものだ。こんな事件が表沙汰になったら、会社の経営どころかゲーム業界全体のバッシングと規制に繋がるから、臭いものには蓋をして見て見ぬふりをする可能性はとても高い」


クリアはため息をついてから、それからさらに二回ほどコミュニティチームに×マークをつけた。


「他に思いついた方法は――これだな」


それから、そのままの流れで図の左側に【#Bleeter(ブリッター)】と書き込んで再び丸で囲む。


「『SNSで騒ぎまくる作戦』だ。だけど――こっちは一個人としての“発信力”が必要だ。少なくとも俺には無いし、知り合いにインフルエンサーなんていない。AIが動かすBotの氾濫でSNSの信用は年々低下しているし、話が広がるのも運しだいで、うまく行ったとしても情報が広がるまでにおそらくかなりの時間がかかるだろうから、運営会社に先手を取られる。それに決定的な証拠が無い以上、事実関係を否定されたら追求のしようが無い。それに……」


クリアが壁に貼られた羊皮紙を見つめたままそこで黙り込む。


「それに……なんなんです?」


「いや、なんでもない。レットはこの作戦について、どう思う?」


「う、うーん。聞いた限りじゃ、あんまりいい手じゃなさそうですね……。SNSが駄目なら――じゃあ、『ゲームの中で騒ぎまくる』とかどうですか? 例えば、オレが国のいろんな場所を回って大声で事件のことを叫ぶんです!」


「……凄まじくリスキーな上に、これもやはり具体的な情報が無いと意味がない。このサーバーは中身の無い狂言が飛び交うことなんて日常茶飯事だからな。この前も自称主婦のプレイヤーが『子供が誘拐されたので引退します。レアアイテムを1ゴールドで販売します』って叫びながら国の中を歩き回って、50人近いプレイヤーを2時間程引っ張りまわす事件があったんだ」


その事件の到底理解できない内容に内心で引きながら、レットはクリアに質問を投げかける。


「それって――最終的にどうなったんです?」


「何も販売せずにそのプレイヤーはログアウトしたらしい。GMは動かず、引っ張りまわされた連中も暴言を吐いたり晒し板に書き込んで暴れたりするだけで、おそらく警察には誰も通報していない。“おそらく本当に狂言だった”からだ」


「なんというか――色々終わってますね。このゲーム……」


「まあ……ここは“そういうサーバー”だからな。後は……これがあったな。そういえば」


次にクリアが書き込んだのは【ゲーム内新聞】という言葉だった。


「あ、そうだ! その手があったじゃないですか!」


――レットが喜ぶのもつかの間、クリアはその言葉を書き終わると同時にすぐに×マークをつけた。

 

「あのォ……クリアさん。これも、駄目なんですか?」


「ああ、考えてみたんだが。新聞は役に立たないな。今回は時間がないし、晒し上げるほどの証拠も無いしな」


「それは――そうでしょうね。例えクリアさんの仰っていた通りに、この会社がいい加減な運営体制であったとしても、事実無根の目に余る記事を削除する権限はあるはずでしょうし……」


「特に、公式の場で賞賛されっぱなしのハイダニアの情報誌社はどのサーバーでも“運営の犬”だから、裏が取れていないと掲載に持っていけないだろう。それにここまで凄まじい内容だと、裏が取れていたとしても運営会社に対する名誉毀損になるから掲載を断られるかもしれない」


「駄目なのかあ……フォルゲンス共和国の“あの二人の記者さん”みたいには動いてくれないんですね」


「あれは“あの二人”が例外(イレギュラー)中の例外(イレギュラー)なだけだ。この事件がせめてフォルゲンスで起きていれば、連絡を取ることもできたろうが……」


「では、(ワタクシ)考えたのですが……もういっそ“直接警察に通報をする”というのはどうでしょうか?」


タナカの案を受けて、クリアが腕を組んで考え込む素振りを見せる。


「…………………………………………………………難しそうだなあ。“通報をするのもされるのもベルシーが得意”だから、あいつに事情を説明してゴールドを積めば、代わりに警察に通報してくれるだろうけど……」


(マジでアイツは普段から現実世界で何をやっているんだよ……)


呆れながらも慌てて余分な思考をリセットして、レットがクリアに問いかける。


「うう……クリアさん……。やっぱりそのォ――お約束の“信じてくれない”ってやつですか?」


そのレットの質問に首を傾げながらクリアが即答する。


「――何がどうお約束かはわからないけど、警察が動かないのは今回の事件が珍しいという以上に“多すぎる”からだ」


「多すぎるって、一体何が多すぎるんです?」


「一昔前から、ネットの掲示板やSNSで事件性のありそうな嘘の通報や公共施設への爆破予告なんかが増え続けていたせいで、ここ数年で警察の腰が重くなっているんだ。だから、被害者が直接助けを求めてくるような『裏が取れている状態』ならまだしも“第三者の、しかも明確な個人情報無しでの推測”での通報じゃあ動いてくれないだろう」


「成る程……フルダイブのVRゲームは、まだ黎明期(れいめいき)ですから。前例が無ければ、動くことも難しいということでしょうか?」


「そうだな。先ほど言ったとおり、法整備がまるで追いついていない。……時代が変わっても人の悪意は変わらない。新しい分野や、それに携わる技術は必ず悪用されて、実際に大きな事件が起きて、そこでようやく法は変わっていく。だから、今回の場合だと警察が動くのはおそらく、『事件が現実世界で発覚した段階』まで進んでからだ。具体的には――――――監禁されている人達の存在が現実で明らかになったり、放置されて死んでしまったような時にようやく動きはじめる」


「手遅れだし発覚しない可能性もあるってことですか⁉︎ 警察も頼りにならないなんて……どうにかできないんですか! どんな方法を使っても駄目なんですか⁉︎」


再びクリアが羽ペンを使って新しい案を書き込もうとするも、万策尽きたといわんばかりにその手は動かない。


「…… ……二人とも申し訳ない。せっかく俺を頼ってくれたのに、もう何も思いつかない。八方塞りだ。プランAも無ければBもCも無い……」


「……諦めちゃだめですよ! このままじゃ何もかも有耶無耶になっちゃうじゃないですか! 最悪人が死ぬかも知れないんですよ!! 方法なんてもう何でもいいんです――悪魔に魂を売ってでも絶対に助けなきゃ!!」









「――レット、お前今なんて言った?」


突然の質問に、レットは考え込んだ。


「えっと――――最悪人が死ぬかもしれない?」


「馬鹿……お前、色々察しすぎなんだって。俺は何も“その前だ”なんて言っていないぞ……」


「えーっとじゃあ……悪魔に魂を「それだよ、それ!」


あまりにもしっくりこない単語にクリアが反応した為か、レットはその真意を理解できずに首をかしげた。


「悪魔だ! つまり悪魔……最悪の悪事……からの……脅迫……犯罪行為だ…………」


連想ゲームのように物騒な単語を並べながら考え込むクリア。

考え始めた直後の表情はとても明るかったが、しばらくすると、その顔がみるみると青ざめて行き、顔から汗がにじみ始める。

先のことを考えているのだろうか、その状態でついにクリアは小刻みに震えはじめた。


そんなクリアを見て――レットはとても嫌な予感がして、思わず唾を飲み込んでしまう。

クリアは大きく深呼吸をして――


「……………………一つ、思いついた。シンプルでかなり“ヤバい方法”が」


そう呟いてから再び羽ペンを掲げる。


「つまり――この二つを繋げればいいんだ」


クリアが“運営”と“警察”を緑色の線で繋げる。


「一般市民からの通報が無駄なら、『運営会社に一企業として直接通報』してもらえばいい。そうすれば警察もすぐに事件として動いてくれる」


「で、でもさっきクリアさん自身が言ったじゃないですか!? ――運営は動かないどころか最悪揉み消そうとするって……」








「方法ならある……交渉材料を得て“直接運営を脅迫すればいい”」


想像以上に物騒な言葉が出てきて、レットは唖然として息を呑んだ。


「拘束されている被害者の“現実世界の個人情報”のような――『裏が取れる証拠』を手に入れて、運営に脅しをかけるんだ。“動かなきゃ後はわかりますよね?”ってな。企業の通報なら警察は即座に動くだろう。これなら捕まっている人達のアクセス情報を警察が開示請求して、現実世界で直接助けることができるかもしれない。凄まじく危険だがな」


「確かに――ものすごく危ないけど……やる価値は……ありますよね? だって、オレ達プレイヤーが通報してもしなくても捕まっている人達の行き着く先はほとんど変わらないわけだし…………」


「ああ、今のままではどう動いても“真相は闇の中”で終わるだろう。ただ……この案には致命的な問題がある」


俯くクリアを見て、レットは嫌な予感を感じた。


「当たり前っちゃ当たり前なんだが――――――“捕まっている人達の個人情報”がわからない」


「――――あ」


レットの口から、大前提の部分を全く考えていなかった故の間抜けな声が出てしまう。


「そうとも……わかるわけが無いんだ……そもそもゲーム内の個人情報なんて、自分で漏らそうとしない限りは絶対にわからないんだからな。助けられる可能性があるとすれば、この方法だけなんだが――――――――」












「――捕まっている方々の個人情報を知ることは、不可能ではないと(ワタクシ)は思います」


驚きのあまり、その時レットは声すらも出なかった。

クリアはタナカを二度見してから、驚いた様子で歩み寄る。


「なっ!? ――あるのか!? ――本当に“ある”のかタナカさん? 全く思いつかない! 一体どんな方法が!?」


「はい。それはつまり――」


“プレイヤーの個人情報を得る”

難易度の高い問題に対して、ゲームに精通しているクリアですら思いつかない方法をタナカが思いついたということにレットは驚きながらその言葉に耳を傾ける。













「――捕まっている方々に、直接お聞きすれば良いのではないでしょうか?」














「タ……タナカさん――しっかりしてよォ! どうしたのさ急に……そんなことが、できるわけないじゃないか……! だって、捕まっているし……そもそも皆――意識不明なんでしょ!?」


レットは項垂れたが、しかしタナカは指摘を受けても動じることなく話を続ける。


「お二人ともよくよく考えてみてください。私達が見た光景には一つ、見落しがあるのです」


「えェ……見落とし?」


「それは……ここの部分です」


そう言ってタナカは、先程クリアが書いた事件概要に指を差した。



【事件概要は『自己判断力が低下しているお年寄り複数名と少女一人を、現実の見た目に似せたキャラクターでログインさせた上で、抵抗の意思表示ができないことを利用しての拘束、運搬』】




「捕まっている方々は、『自己判断力が低下しているお年寄り』であって、意識不明で何の意思表示もできないというわけではないはずです。全員の状態を把握できたわけではありませんが、レットさん。あの時お年寄り達はうめき声を上げて、光に対して手を伸ばしていましたよね?」


「うん……言われてみれば、確かにそう――だったね。無抵抗だったし女の子と同じような状態だって前提で話を進めていたけど、全く意識が無いというわけじゃなかったような……。でもそれって一体、現実ではどういう状態なんだろう……」


「まず第一に、重い事故などの外的な要因で自己判断力が欠けている状態です。しかし、この状態でゲームをするのは流石に現実的ではありません。その場合は状態に応じて医療機器に繋げたり、胃ろうをする必要がありますから、入院している可能性が高くなります。しかし、常識的に考えて、今回の事件は現実の病院に干渉できるほどに規模の大きい組織の犯罪だとは到底思えません」


「そ――そうなんですか、クリアさん?」


突然レットに質問を飛ばされて、クリアが困惑したような表情になった。


「いや――すまん……俺も全然わからない。専門分野なんて物は俺には無いけど、そういう話は完全に専門外だ。しかし言われてみれば確かに、敵の規模は大きくないのかもしれない。そのくらいのことができる集団なら自分で一からVRゲームを構築すれば良いレベルだろうし……」


「そうなりますと、残る可能性は“現実生活で判断力が欠如している場合”です。少なくともログアウトの仕方が分からない程度に――です。お年寄りがゲームをするのは大変なのでそれを加味すると、現実的にありえることでしょう」


「確かにそれはな……。このゲームのログアウトは普通のゲーム並みには操作が面倒だし、ゲームの中にいるということが認識できていないとうまくUIを動かせないというのはあるだろうな」


「となると……あれだけの数の“お年寄り”が集まっていて、尚且つ“判断力が低下している状態”というのは具体的な名前を挙げるとおそらく――」









「それは、言うまでも無いな。専門でもなければ詳しいわけではないが、今時レットも名前くらいは知っているだろう?」


「症状の名前ですよね? ……当たり前ですよ。いまどき小学生だって知ってますよ。社会問題の一環だもん」








「では――説明は省かせていただきます。お年寄り達が“そのような状態”だとするのなら、情報を聞き出すことは難しくとも“聞き取れる”可能性は充分にあります」


「そういうものなのかタナカさん? 俺は、“その状態”って、てっきり何もかもが失われた状態だと勘違いしていたんだけどな……」


「はい。一人なら、運任せになるかもしれませんが、あそこには“複数のお年寄り”がいました。中には自分の身の回りの出来事や過去のお話など、断片的にですが呟ける方がいらっしゃるかもしれません」


「そうか――そういう手があった……!」


納得して考え込み始めたクリアを、しかしタナカが慌てて諫める。


「お……お待ちください。……この方法にも致命的な問題があるのです――――。『直接、お話を聞かねばならない』という点です」


その言葉を聞いて、レットは項垂れる。


「そりゃあそう――だよね……。そんな機会があるわけがない……絶対に無理だ……」


(駄目だ――後、一歩足りなかった……。今度こそ、もう駄目だ……)


レットの体から力が抜けて、思わず膝をつきそうになって――










「いや――問題は無い」


――瞬間。

そう呟いてから、クリアが羽ペンを地面に放り捨てた後に――片足で踏み潰した。


「繋がった。――繋げられた。“これで完成だ”。計画は依然変わりない――『悪魔に魂を売ればいい』」


レットがクリアを見つめる。

クリアは笑みを浮かべていながらも、その顔には再び冷や汗が流れ始めていた。


「――“奪い取る”んだ」


その一言でレットは全てを察した。

“作戦”の意味が通じたようで――緊張した面持ちでクリアを見つめる。








「“実行犯達に速攻でPK(プレイヤーキル)を仕掛ける”。このサーバーのゴウユの岩窟の中ならばできる。パッシブ禁止だからな」








「――なっ……………………!!」


タナカがそこで絶句した。

驚愕しているのは目に見えて明らかだった。


しかしその時レットは、自分自身でも信じられないほどに平然としていた。

ひょっとすると『悪魔に魂を売る』というクリアの言葉を聞いた時から、どこか予感をしていたのかもしれない。

クリアは淡々と、作戦の内容を話し続ける。


「……………囚われているプレイヤーを一人でも多く(さら)って……奴らがその全員をログアウトさせてしまう前に、どんな小さな痕跡でも良い。“個人情報を複数抜き出す”――いや、最悪“吐かせる”んだ。その情報を使って――運営を脅迫して逃げ道を塞いで、警察に無理やり繋がせて動かす。最終手段……プランZだ」


「わ……私達が直接動くのですか!?」


「ああ。俺達が直接動くのが一番良い。ゲームマナーの欠片も無く、反社会的でパッと見、滅茶苦茶な方法だが……『捕まっている人達を本当の意味で救い出す』という一点だけで語るなら、取り巻く状況と環境を鑑みるに――これが俺たちが取れる一番現実的な作戦だ」


今度はクリアがレットを見つめる。


「レット、約束通り……なんとか一つ、策を“思いつくことができた”。これをお前がやるというのなら……俺も同伴しよう。後は――」


何を言わんとしているのかレットにはわかった。





『これをやるかどうか決めるのはお前次第だ。俺が今、してやれることはやった』





――まさに今、クリアはレットに参加の是非と可否を求めているのだと感じた。


(………………………………)


レットは黙して、項垂れていたが、先程首に巻き直したスカーフが緩んでいることに気づいて、それを強く締め直した。

それから、顔を上げて真剣な面持ちでクリアに問いかけた。


「クリアさん……ありがとうございます。他に方法は無いんですよね?」


「――ああ。残念なことだが、断言できる。“無い”」


答えを出す段階になって、レットは不思議だった。

以前に事件が起きた時、クリアはレットを止めようとした。

なのに、今回は事件に関与する危険性だとか、実行することで起こりうるリスク等の話をしなかった。

時間が無いと感じていたからか――止められないということがわかっていたのか、それとも信用してくれていたのか定かではなかったが、これはレットにとって好都合だった。




――その作戦がどんな内容であろうと、“あの時と同じように”少年に止まるつもりなど微塵も無かったからである。



「――やりましょうよ…………いや、やらせてください!!」



力強い声が居間に響き渡った。

居間に設置されていた風呂に張られていた水が震えるほどだった。

その時まで、タナカは何かを悩んでいたようだったが――そのレットの鬼気迫る表情を見つめてからクリアに詰め寄った。


「それしか道が無いと仰られるのなら……(ワタクシ)にも、手伝わせてください」


二人の同意を受けて、クリアが息を呑んでから頷く。


「よし――これをやるなら先程言ったとおり速攻だ。敵の規模がわからない上に人質を物理的に動かす以上“強弱問わず、一人でも多く素早く信用できる仲間を集める必要がある”。もうなりふり構ってはいられない」


(そりゃ……そうだよな……。やる気があっても結局のところ……オレもタナカさんもただの初心者なんだから)


「一緒に戦うメンバーか……。そもそも、戦ってくれる人が居るんですかね? 乗っておいてなんだけど……かなり――ぶっ飛んでてヤバい作戦だろうし……」


「それに関しては心配は要らない。アテはあるさ――。この場所こそがまさに……悪魔達のたまり場だからな。“悪を倒す正義の騎士団員”は集めらそうにないが、“地獄に飛び込むイカれたメンツ”なら……チームから何人か、“説得することさえできれば!”」


タナカの唾を飲む音が聞こえてくる。

最後に、覚悟を決めたように、クリアは大きく息を吸って吐き出す。









「――こうなったら集めるしかない! 現状グレーの連中を強襲して、全殺しにして、プレイヤーを略奪して、挙句の果てに個人情報をすっぽ抜いて、ゲームの中から運営会社に脅しをかける――『史上最凶最悪のPKメンバー』をな!」

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