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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第二章 闇に蠢く
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第二十二話 “Rare Event”

「――さん。――ットさん」





レットはそれが自分に対しての声であるということに、辛うじて気づくことが出来た。

しかし半ば放心状態だったためか、それ以上自分の思考をそこに割くことが出来なかった。


「……あれ? オレ……一体――今まで何を……」


「――レットさん! しっかりしてください!」


再び放たれたタナカの言葉で、ようやくレットの視界が鮮明になる。


まず、その目に映ったのはゴユの岩窟の真っ暗な入り口。

周囲に生えているのは湿った木々で、足には濡れた草の感触が伝わってくる。


(戻っていたんだ……いつの間にか、あの暗い岩窟を抜けて湿地帯に……)


当のレットには岩窟を出るまでの記憶がはっきりしていなかった。

先程の光景は、彼にとってそれほどまでに衝撃的なものだった。


「……………………タナカさん、“どうしよう”」


その声は震えていた。

短すぎる言葉は、その時のレットの切実な気持ちだった。


「どうすればいいんだろう。オレずっと……今も混乱していて……何が起きていたのか、よくわからなくて……」


タナカはレットの前でしばらくの間、沈黙していた。

『自分の推理を果たして目の前の少年にそのまま伝えても良いものか』と、悩んでいるかのようだった。


(ワタクシ)にも細かい部分まではわかりませんが、推測をするのならば……自己判断力を失っている人間の現実の見た目を、ゲームのキャラクターに似せた上で拘束して、この世界の中で『暴力や精神的な苦痛』を与えているように見えました。あの二人が話していた内容も……そこに価値を見出す人身売買のような……」


“人身売買”――その言葉の重みと生々しさが、レットの心を締め付けた。

それから二人はしばらく黙り込んでいたが、再びレットがその言葉を繰り返した。


「…………“どうすればいいんだろう”」


「……(ワタクシ)GM(ゲームマスター)に通報をしましょう。――正直、他に出来ることがなさそうですしね」


そう言ってから、タナカがゲームウィンドウを開いてプレイヤーサポートの項目を選択する。


「そうだよね。それがやっぱり、一番良い――」






(――何が、どう良いんだ?)


そもそも、今のレットに良いも悪いも無かった。

予想外の事態を前に通報を行った先に何が起きるのかを全く想像すらできていなかったのだから、判断のしようが無かったのである。


それでも、他の選択肢は無いように感じられた。

理性的で、現実的な対応だとも思った。


犯罪行為を目の当たりにしたら警察を呼ぶのと同じように、当たり前のことのように思われた。

しかし、レットの頭の隅で何かが引っかかっていた。


(なんだろう……。何か……とても大切な何かを忘れているような――)














『このゲームのGMの対応はかなり悪いことで有名だし“信用はしない方がいい”のは事実だな』














「待って、タナカさん――」


レットの言葉でタナカがその手を止める。


「――まだ、通報はしちゃ駄目な気がするんだ……」


「……お言葉ですがレットさん。通報をしない理由が(ワタクシ)には理解できません。急がなければ……あの二人が話していた内容が全て事実ならば、目の前で起きていた光景は間違いなく何らかの事件です」


「そう――だね。もし、あいつらの言っていることが本当なら確かにこれは事件だ」


男と少年の会話を思い返しつつ、何度も頷きながらレットはゆっくりと話を続ける。


「同じ理由でさ。あいつらの言っていた計画が全て本当なら、少なくともまだ猶予はある――んじゃないかな?」


「それは確かにそうかもしれません。しかし、ゲームの管理を行っている運営会社に対して報告をすれば、それで充分なのでは……」


「タナカさん、質問なんだけど。ここの運営会社って、ああいう事件にどういう対応をしてくれるんだろう? そもそも……確実に何とかしてくれるようなものなのかな?」


「そ…………それは……」


レットのその問いかけで、タナカは黙り込んだ。


「ごめんね。意地の悪い質問しちゃってさ。オレにもさっぱりわからないんだ。だって知識が無いんだもの。だから多分……これはオレ達だけで判断できるような問題じゃないよ」


そう言ってレットは頷いて――


「冷静にならなきゃ。そうだ……。ここで、後先考えず突っ走るなんてことは絶対に……絶対にしちゃ駄目なんだ」


――そして、まるで自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。


「……(ワタクシ)の考えを述べさせてください。確かに、私達は可能な限り最善の行動をとるべきでしょう。レットさんの言うとおり、考えも知識も無しの状態で行動することは危険です」


「うん。そうだね」


「しかし、課題もあります。“私達(ワタクシタチ)だけで判断が下せない”というのなら、誰かの指示を仰ぐということになりますが……一体どなたにこのお話をするべきなのかということです」


「…………」


「ここを間違えてしまえば、事態が悪化しかねません。何より、起きた事件が事件です。並大抵のプレイヤーさんでは、相談をしても解決に至ることは愚か……事実として受け入れることすらできないのではないでしょうか?」


“誰に話をするべきなのか”


普通のプレイヤーなら、恐れ慄いてしまうかもしれない。

もしくは、馬鹿馬鹿しいと歯牙にもかけてくれないかもしれない。


(でも……“あの人”ならもしかしたら――)


最初から、レットには他の選択肢など有りはしなかった。


「……確実に一人居るよ。解決するかどうかはわからないけど、『そういう話をしても大丈夫な人』が……」










――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







ログインした直後に、合成キットの上に腰掛けた状態で居眠りをしかかっていたクリアは、チームの物置部屋に入ってきたレットの表情を見て不意に立ち上がった。

歩み寄ってレットに何があったのかをすぐに聞きだそうとしたのは、少年の纏った鬼気迫る雰囲気に見覚えがあったからかもしれない。


レットはタナカに補ってもらいながら、寝ぼけ眼のクリアに対して岩窟で見た光景について説明をした。


話が進み、“少女と少年”の事を聞いたクリアは再び座り込んでから、目に塗られている黒いフェイスペイントを何度も指でなぞった。

“男と老人”の話が始まると、目を逸らして天井を見つめて、そしてかつて無いほどに深いため息をついた。


最後にメレム平原でタナカが立てた推察を聞いて、そこでようやくクリアがこう呟いた。










「とても信じられないな。……というより、信じたくないのかもしれない」


「そんなッ――クリアさん‼︎」


「二人が見た光景自体は信じるさ。だけど、あり得ないんだよ。そんな回りくどいことをやる意味がわからない」


「でも、オレには本当にそう見えたんですよ! お年寄りが雁字搦めにされて運ばれていて、女の子がその報酬みたいな扱いになってて――」


「しかしなあ、現実世界で寝たきり状態でVRゲームをやらされている人間を“実際に見た”わけじゃあないんだろ? タナカさんだって、そういう推理をいきなりするのは乱暴なんじゃないか? ここは現実じゃないがそういう意味ではなく“非現実的”すぎる」


クリアの指摘を受けて、タナカが口籠る。


「そ、それは……確かに、クリアさんの仰る通りかもしれませんが……」


レットは焦りに焦った。

その思考がグチャグチャになっていく。


――クリアが信じてくれなければ話が進まない。

――他に頼りになれるものなど無いのに、一体どうすれば良いのか。

――せめて、クリアにその知恵だけでも借りることは出来ないか。




こうなったらもう――


(もう、オレが自分で考えて行動するしか……!)


そう考えてから、いてもたってもいられずにレットが振り返って一人で外に出ようとする。


「レットさん。い、一体何を……」


即座に深呼吸しながら、レットは何とか自分を制してその場に居残った。


(――落ち着け、落ち着くんだ。この段階まで来たら勝手に突っ走っちゃ駄目だ。冷静にならないと……! 自分で決めたことじゃないか、ここから先はオレだけでどうにかしていいものじゃないんだ!)


そんな不安定な状態のレットをクリアはじっと見つめていたが――









「……90%だ」


――突然、そう呟いてニヤリと笑った。


「ええっ? あの、クリアさん。それはどういう意味――」


「お前がしているその表情と、今の行動を見てそこまで判断した。それだけで、その場に居なかった俺でも二人の推理を90%“信じたいと思う”。だけど、“もう10%”が欲しい。二人が焦っているのはわかるんだが、正直レットの話はまとまりすぎていていまいち情報が足りない。改めて、最初から細かく経緯を話せるかい? 特に、その男とエルフの少年が話していた内容を知りたい」


「…………それなら、(ワタクシ)が全てのお話をさせていただきます」


タナカが何かを決心したような表情で、レットに向き直る。


「……レットさん。少し、席を外していただけませんでしょうか? クリアさんと落ち着いて、二人きりでお話がしたいのです。あそこで聞いた会話を含めてもう一度、最初から仔細に説明させていただきますので」


「あ……うん。わかった」


(オレがいちゃ、駄目なのかな? 話に割り込むと思われてる――とか?)


やや釈然としなかったが、言われるがままにレットは物置から退出しようとする。

そこで――








「〔レットさんは、クリアさんを信用されているんですね?〕」


――突然、タナカに囁かれた。


「〔……………うん。普段は正直滅茶苦茶で信用していないけど、こういう時なら“信頼”しているんだ〕」


「〔……………………。わかりました〕」


レットには、タナカがこんな問いかけをした意図がいまいち理解できなかったが、そのまま物置から出て椅子の並んだ“待合室”で待機することにした。


それから10分か、20分か――それとも一時間か。

二人は物置部屋の中で声を抑えて話し合っていた。

その間もレットは椅子から立ち上がって廊下を行ったりきたりしながら、自分がすべきことを考えた。


(そうだ……オレにはまだ、“クリアさんに話せていないこと”がある……)


クリアに伝えるべきことを考えているうちに、ようやくタナカが物置部屋から出てきた。


「あ、タナカさん。話はどうだった?」


「…………………………」


レットが話しかけてもタナカは反応しない。

ただ地面を見つめて、両手の拳を硬く握っているだけだった。


「――タナカさん?」


「――あ! 申し訳ありません!! 大丈夫です。(ワタクシ)の話をなにやらメモとしてまとめられていたようですし。クリアさんには信じていただけたはずです。レットさんも、お部屋の中に――」


「ごめんねタナカさん……。ちょっと、ここで待っていてくれないかな? オレも、クリアさんに話をしないといけないことがあるんだ」


「は――? ………………わかりました」


レットがタナカと入れ替わりで物置部屋に入る。

クリアは座ったままの状態でゴーグルを外しており、俯いて冷や汗をかいていた。

ゴーグルにはいつも黒いスモークがかかっていたので、レットがクリアの目を間近できちんと見るのは初めてだった。

だから、クリアの右目が“深い青色”で左目が“深い橙色”だったということに、レットは今日はじめて気づいた。


クリアは顔を伏せたまま決してレットと目を合わせようとせず、入室してきたレットに対して何の反応も示そうとしない。

クリアは不意に“左目”だけを閉じて、膝に肘をあてて頬杖をついて考え込むような素振りを見せる。


「あの、クリアさん。オレもクリアさんに話をしないといけないことがあるんです……」


そう話しかけると、クリアが慌ててゴーグルを掛けて深刻で真剣そうな表情でレットを見つめた。


「………………そうだな。俺も、タナカさんの――――話を聞いた上で、お前に聞きたいことがある。一体どうしてお前が違和感を感じて“例の少年”を追いかけようと思ったのか。その理由が知りたくてな」


レットは丁度良いと思った。

それはその時、レットがまさにクリアに話したいと思っていたことだった。







「………………同じ目を、していたんです」


「“同じ目”? レット、それは一体――」


そこまで言ってから、クリアは息を呑んだ。

まるで、全てを察したようだった。





クリアがそんな反応をしたのは、その時レットが首に巻いていたスカーフを外して右手で握り締めて、クリアに突き付けていたからかもしれない。






「連れて行かれていた女の子が……“あの娘と同じ”だったんです」


クリアは何も言わない。

驚きと納得が混じったような表情でレットのスカーフを見つめるだけだった。


「全てに裏切られて、何も縋るものが無くて――死んでいるような目をしていたから、オレ……見ていられなくて……思わず――駆け出してしまったんです」


「…………………………」


クリアは何も言わない。

既にその視線はスカーフには無かった。

レットは苦い表情をしているクリアの顔を、じっと見つめ返す。


「証拠にはならないかもしれないけれど……ただの直感だって笑われても仕方ないけれど……“あいつら”をすぐ近くで見ていたオレにはなんとなくわかるんです。あの時のような惨たらしい事件が起きていて、今この瞬間も辛い思いをしている女の子が居るって、わかってしまったんです! だから――放っておけないんです。絶対止めないと……止めないといけない……今度こそ止めないと………………」


レットが勢い良く頭を下げた。


「お願いですクリアさん――オレ達に、非力なオレに知恵を貸してくださいッ!!」


その叫びを聞いてからも、クリアはしばらくの間黙していた。


「お前が必死になっている一番の理由が“それ”か……。あれほど気にするなって言ったのに――やっぱり……引き摺っていたんだな、ずっと」


レットは唇を噛んだまま俯いた。

その無言の肯定の意を汲んだのか、クリアは軽く頷いてから話を続ける。


「――全く……。さっきはタナカさんがいたとはいえ、最初にその話を囁くなりなんなりしてくれれば良かったんだがな。それにしても……昔の記憶と重ねて……尚も前に進もうとするなんて、やっぱりレットは――」


「――え?」


「――気にするなよ。“何でもないさ”。タナカさん! 入ってきてくれ!」


クリアの大声でタナカが物置に再度入室する。


「二人の話を聞いて、もう一度最初から考え直してみることにした」


間髪いれずに出されようとしているクリアの結論に、レットは思わず息を飲んだ。





「タナカさんの話で100、レットの“説得”で100。――プラス200%だな」


二人から目を逸らしつつ、クリアはニヤリと笑った。


「それってつまり――クリアさん! 信じてくれるんですね!」


「その男と少年の会話を細かく聞いてみると、到底タナカさんの推理が嘘のようには思えない。実は俺も、連中が話していた偽りの噂の話は聞いていたんだ。“入れない場所に削除し忘れたレアなアイテムが放置されている”っていうな」


「えっと……あいつらがやろうとしている悪事の隠れ蓑になっていた噂――ですよね?」


「そうだ。それとは別に噂になり始めたばかりの小さな小さな話があった。“ハイダニア周辺には現実の意識がはっきりしない状態でゲームをしているプレイヤーがいる”っていう噂がな。俺はその両方を興味本位で別々に探し回っていたんだ……」


そこで、レットはハイダニアに到着した後にクリアと出会った場所を思い出す。


(そうか……。特訓の時以外、クリアさんはずっと探し回っていたんだ。オレが“初めてIDに行こうとしていた時”とか、“城の堀に落ちていた時”も……)


「まさか、この二つの噂が根っこで繋がっているとは思っていなかった。だが――もうここまで来たら“腹を括って信じるとしよう”。信じれば真剣になれる。真剣になれば知恵もアイデアも沸いてくる。考えてみよう。その人たちを救う――とっておきの策を」


そう言ってから、二人に知恵と力を貸すべく――――クリアは力強く立ち上がった。

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