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VRMMOセンキ  作者: あなたのお母様
第二章 闇に蠢く
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第十四話 願い、叶う場所へ

――そう、死体だ。

日に染まって赤みがかかった大地に、ひねり潰されたプレイヤーの死体が乱雑に置かれている。

この光景を見るといつもそうだ。

使い古され――洗うことすら拒絶された雑巾を連想してしまう。


「カーテンコールだ! 見てくれたかい? ゴールデンセルフィストの~~ジョー様の、渾身の舞台を!」


そう言って、目の前の彼――ジョーは、両手を挙げてわざとらしく(おど)ける。

その様子を見ていた傭兵達が、自分に伺いを立てるように目線を送ってきた。


(………………)


仕方なしに、岩の上で頬杖をついていた状態から地面に立つ。

自分がゆっくりと拍手を始めると、傭兵達がそれに(なら)って手を叩いて、拍手の音は波紋のように広がっていく。

音はまばらだったが、ジョーは満足しているようだし、これで充分だろう。


手を止めてから軽く咳払いをする。

傭兵達はボクの咳払いの意図を汲んで、その場から離れていった。


「や~れやれだ。ちょろ~っと、淡泊なんじゃあねえの?」


「すまない。キミに対する賛辞が(いささ)か足りていなかったようだ。度を超した真の超常を目の当たりにし続けると、それ自体が当たり前だと思ってしまうのは人間のよくない(さが)というものなのだろう。許してくれよ」


この言葉自体が一種の賞賛なわけで――ジョーは自分の言葉に気をよくしてくれたようだった。


「気にしてねえし、違えよ。俺様じゃなくて、あの傭兵共に対してさ。俺様をもてなすときと同じくらい、あいつらにも優しくしてやればいいんじゃあないのか? そうした方が俺様の気分はもっと良くなる」


「そうもいかないさ。彼らはPKプレイヤーに対する“時間稼ぎ要員”だからね。キミと違って、物事の仔細(しさい)も知らないし。キミも彼らに対してはあくまでビジネスライクな関係でいるべきなのさ。……ところで――キミが傭兵共を使って、PKをあえて一人だけ生かしている理由を教えてくれないかな?」


そう言ってから、ジョーの遥か背後を見つめる。

そこにはありとあらゆるデバフを受けて、瀕死のまま動けずに呻きながらもがいているPKプレイヤーの姿があった。

体型からして、フェアリーだろう。その背中から生えている羽の間には長槍が地面に向かって杭のように突き立っている。

ゲームにおいてキャラクターが動かなくなる――たしか、スタック状態と言ったかな?

滅多に起こる物では無いが、一定時間経てば自動で解除されるはずだ。


ジョーがわざわざ彼女をあんな風に拘束した意図とは何か考えてみることにする。





――なるほど。


「ああ、そういうことか……キミも中々、いいシュミをしているんじゃ無いか?」


「勘違いすんなよ。“弟子”のアンタに面と向かって話がしたかったからまだ戦闘不能に追い込んでいないだけだ。あの女を生き残りに選んだのは頭装備がフルフェイスだったからだ。あれなら喚かれてもそこまで五月蠅くねえだろ?」


ジョーの今のシステム上での肩書である“護衛者”。これは確かに、便利な存在だ。

レベルの低いプレイヤーを他のエリアからの一時的な転送によって守ることができる。

しかし、その本懐が“敵対するPKプレイヤーの排除”である以上、モンスターとの戦闘には干渉できない上に、目的を達成――PKを排除すれば護衛者は自動で送還されてしまう。


「…………なるほど――そういうことか。興味深いな。キミがこの場に居座るためだけに、あえてPKである彼女をまだ殺害していないというわけだね」


「そういうことだ。アンタと護衛者としての“専属の契約”を結んでいる以上、今の俺様は他のプレイヤーを手当たり次第、助けに行くこともできなければ、時間的な余裕を作ることもできやしねえんだ。ゲームの中で絶妙に暇になっちまった――てぇわけだな。というわけで、少しくらい茶飲み話でもしようや」


……こういう時は、やはり実際にゲーム内で茶を点てれば良いのだろうか?

いまいちしっくりこないが今後のことを鑑みると、この世界の常識や習慣は覚えておかなければならない。


「……ハイダニアの紅茶の葉なら、傭兵が持っていた気がするが」


「それなら茶はいらねえ。俺様は、泥を濾過した雨水で煎れたフォルゲンスの渋くて不味いコーヒーの方が好きなんでよ」


「――飲めたものじゃあないだろう。そちらの方はおそらくボクには一生無縁の品だね。今のキミならもっと良い品を味わえるだろうに、勿体ない」


「フルダイブになって、味がするようになってから色々昔のことを思い出して懐かしくなっちまってな。最近、また飲み始めたんだよ」


昔を懐かしむような発言と共に男が遠い目をする。

輝く鎧を纏った男の姿が少しだけくすんだように見えた。

つまり目の前の男は現実で、渋くて不味いコーヒーを飲み続けていたということか。

彼の“この世界に至るまでの来歴”が、ほんの少しだけ垣間見れた気がする。


「しかし、キミの現状……“暇つぶしのゲームの中で暇”というのはどういうことなんだい? キミなりのとんちか何かかい?」


「――と思うだろ? MMOならよくあることだし、この世界の中では俺様にとっては暇すらも幸せよ。それに、ゲームの中で別の『ゲーム』をしているアンタには言われたくねーよなあ?」


そう言いながらジョーは可笑しそうに(わら)って、自分の背後にある“荷馬車”に目線を写した。


「で、アンタの大所帯の長旅はどんな感じだよ? 一つの舞台として、『この世界の中心である最強の俺様』をわざわざ拘束する価値はありそうかい?」


「……お釣りが出るほどにね。例の物も買ってあるよ。湖畔の近くにだ。“時期”的にも、そろそろだ。メレムからゴユで休憩して、北上すれば一先ず『ゲーム』は完了となる。キミとしても中々貴重な体験だろう?」


「おかげさまでな! “金回り”はさらに良くなったし、何より気分が良い。気分が良いのは人生に於いて大事だ。うん、大事大事。――そいつはもう使ってみたのか?」


ジョーが自分の腰部分をジロジロと見つめてくる。

彼が何に言及しているのかほんの一瞬、迷ってしまったが――そういう“歪な話”を普段から彼はしようとしないのだから、これはきっと腰に差している武器の話に違いない。


「……この武器はまだ、一度も。いくら資産が残っているとはいえ、定数が決まっている物をそうそう使い潰すわけには行かないからね。こんな貴重な物を大量に持ち歩いているプレイヤーは今時、居ないだろう」


このままではおそらく、彼に教わった技術を披露する機会は訪れないだろう。

自分の本懐としてはそれが最良なので別に構いはしないのだが。


「――貴重な物を譲ってくれて感謝しているよ。“我が師”よ」


「俺様にとっては、そいつは骨董品みたいなもんだからな。買い取ってくれてこっちはこっちで感謝しているぜ」


そう言ってから自分の頭にジョーが手を伸ばしてくる。


(……………)


撫でようとしたのかもしれないが、避けた。

この動作は弱い物に対する庇護の象徴。

彼の“護衛者”としての職業病のような物なのかもしれない。


「頭を撫でるのはやめてくれ。キミに撫でられると頭の装備どころか、毛髪や頭皮までボロボロになってしまいそうだ」


「そんなわけねえだろ……ま~ったく。可愛げのない弟子だぜ。撫でられるのが嫌ならもうちょっと背が高いキャラでゲームを遊べばよかったのによ」


「前にも言っただろう? これはボクにとって大事な――」


「わ~~~かっているさ! 手~前の美学~♪ 手、前~の美ぃ~ガァクゥウウウ~♪」


「……また大きな声で歌うのかい? さっき、キミ自身で“カーテンコール”と言ったじゃあ無いか。吟じるのはルール違反だろう。次の機会にしてくれよ」


「オーケーオーケー。約束だぞ? 位置的にもよぉ〜、もうそろそろで“召喚された護衛者”としてでは無く、面と向かってアンタに会えるわけだ。その時に盛大にやらせてもらうからな?」


この男はやると言ったらやるわけで――やれやれ。全く、扱いに困る“師匠”もいたものだ。


「んで、これからお前さんはど~うするんだ? あんまりにもPKから襲撃を受けるようならよ。俺様が護衛者の契約抜きで普通に同伴してやろうか?」


それも悪くは無い。

師であるジョーの能力は高く買っているし、これから先まだまだいくらでも買える。

しかし――


「キミの手をこれ以上煩わせるようなことはしないさ」


―――好き勝手に歌い始めて、思うがままに動き回る暴れ馬のような彼を(ぎょ)せる自信が自分には未だに無かった。


「そぉかよ。大丈夫なんかね。『世界の中心である俺様』が駆け付ける前に舞台が終わっちまうのだけはやめてくれよ。あれマジで萎えるからな」


退屈しのぎの機会を失ったジョーが、そう言って肩をすくめた。


「……心配は要らないさ。キミが新しく教えてくれた情報を基にね――ボク達全員、装備品を上から被せて“初心者のフリ”をしてみようと思うんだ」


ゲームに精通した中級者よりも遥かに『初心者の集団は襲われない』。

意外ながら、これは貴重な情報だった。


初心者達を襲えば、人数分の護衛者が別々に転送されて飛んでくる。

襲って良いのは、せいぜい護衛の概念を知らない初心者以下の駆け出しプレイヤーくらいなもので。

常に多人数相手に勝負を仕掛けるリスクがある以上、“護衛”の対象外である中級者を襲った方がPKとしては効率が良いというのは、歪ながらバランスが取れている話なのかもしれない。


「キミの話を聞いてから、改めて初心者を襲うリスクの高さを知ったよ」


「まあ、狙ってやった調整では無えだろうがな。ここの運営がそんな千里眼みたいな物の見方できているようならよ。――アンタのようなヤツがこの世界にいるようなこともないんだろうからな」


――その言葉。そっくりそのまま返したい衝動に駆られるが……。

しかしおそらく、理解されることは無いのだろう。


「………………」


「もちろん、PKに関しては何事も例外はあるがよ。最上位のPK連中は発想力と技術を培っている年月が違う。多人数の初心者相手に護衛者ごと皆殺しにして躊躇無く暴れるようなヤツだっているさ。まあ、どんな連中が来たところで、最終的には俺様の敵ではないだろうがな」


その通り、その数少ない“例外”すら、単騎で倒し続けているこの男は人であることを捨てていると思う。







――おそらく、二重の意味で。








「とりあえず。先ほど言った通り、今後の方針は“初心者のフリ”で行くつもりだよ。装備品は人数分揃っているしね」


「まあ、確かに安全だろうが、しかしそれはそれで面白くねえな。悪いヤツがいてくれねえとよ~。ストレス発散もできなければ、俺様が活躍することもできねえんだから――程々に頼むぜ?」


「キミも中々、難しい注文をするね」


ジョーと契約していて、気づいたことがある。

PKよりもシステムで保護を受けている護衛者の方が“定められた悪を裁く”という大義名分がある以上……タチが悪い。


護衛者達のPKに対する行き過ぎた暴虐を見ていると、常に人数の差やシステムの向かい風を受けながらも孤独に、あるいは少人数であえて逆境を戦い続けるPK達の方が正義にすら見えてくる始末だった。


まあ――それをこの場にいるジョーに伝えても何のメリットも無いので、黙っておくことにする。


「ところで、キミの背後で倒れているPK。いつの間にかスタックが解けているようだが――大丈夫かな?」







「俺様を誰だと思っているのよ」







そこからの展開は、いつも通りだったので特に驚くようなことはしない。

フェアリーの女はジョーに散々“撫でられて”、あっさり退場した。

その段階になってフルフェイスの頭装備が粉々砕け散ってようやく気づいたわけだが、中々どうして――可愛らしいキャラクリエイトをしている。センスがいい。





――ボクの愛する“彼女”ほどでは無いが。


「つーわけでだ。“時間切れ”だな。元の場所に戻らせてもらうぜ。“次は盛大にやる約束”忘れんなよ?」


「ああ――また、よろしく頼むよ。ボクの生涯をかけた『ゲーム』に、最後まで付き合ってくれると助かる」


ジョーはその場からいなくなった。





自分も向かわなければならない。

――“ボク”の安寧の場所に。

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