第二十四話 蛇の囁き
煙突から燻っている煙を見ると、頭が痛くなってくる。
オレはオーメルドで苛ついていた。
何故なら、フォルゲンス情報誌社から突然の解雇を告げられたからだ。
局長は何をやらかしたんだと驚いていたが、俺達にも何があったのかさっぱり分からない。
とはいえ解雇は解雇。
あくまでRPとはいえ、仮想世界の中では労働者の権利なんてあってないような物だ。
まあ――現実世界でもあってないようなモノなんだが。
「んでぇ~。グレるのはいいんだけどぉ~。これからどうするわけぇ~?」
ミズテンが歩き疲れたのか(ダメージを受けても居ないのに疲労することなんて無いのだが)どでかい天然の結晶石に身を預けて座り込む。
「基本方針は変わらねえよ。“屑塵”を追いかけるのは続行だ。アイツを調べ始めた途端にこのザマだ。何かあるに違いねえ。野に放たれたジャーナリストが、どれだけ迷惑で危なっかしい存在なのかを世間に知らしめてやらぁ!」
「……意気込みはいいんだけどぉ……あの戦乱のど真ん中に入るのはどうやったって無理よねぇ~。近づくのだって不可能だったじゃなぁい?」
オーメルドで起きた大戦乱。
その発端はやはり“屑塵”の発見情報からだ。
いつも通り噂が広まって、あれよあれよという間に混沌の大戦争が起きた。
全く同じタイミングで、クリアの奴が|MPK《モンスターを使ったPK》をやらかしていたことも判明した。
オーメルドのレベル上げパーティで被害を受けたプレイヤー(名前非表示のフェアリーで、おそらく装備から察するにブラッドナイトだ)がフォルゲンスで大声で喚き散らしていたから間違いないだろう。
何故、“屑塵”の姿でソレをやらなかったのかは疑問だが、“屑塵のあるところにクリアあり”だ。
いくら何でもタイミングが出来過ぎている。
「ヤツが戦乱に斃れる瞬間を拝めると思ったんだが、たしかにアテが外れちまったな。あそこまで酷い闘いだと敵も味方もあったもんじゃねえよ。つーか、何が『外に出た方が良い情報取れる気がするわぁ』だよ!」
屑塵の噂を聞いて、ここでプレイヤー同士の紛争が起きる所までは読めたんだが……。
オーメルドに真っ先に向かってから前哨基地で張り込もうとしていたらミズテンがこう言い出すので、その勘を信じてそっから先に出張ったのが本当に良くなかった。
起きた戦乱が余りにも激しく中心部に戻れなくなりました。おしまい。
――こんなことなら身動きが取れない前提で前哨基地に居るべきだったと俺は後悔していた。
「仕方ないじゃない。その時はそれが正しいと思ったのよぉ~……」
「じゃあもう一回。お前だけあのプレイヤー同士の紛争に近づいてみるか?」
「うぇぇぇん。わかったわよぉ~。謝るわ……だからそれだけは勘弁してぇ~……」
ミズテンが小刻みに震えている。
俺だって、アレに外側から近づくのは二度と御免だ。
最初に近づいたときはいきなり馬を攻撃されて、二人ともPKに殺されそうになった。
だけど、殺そうとしたヤツが次の瞬間に別のヤツに殺されていた。
そこからさらに別のPKの一団に追いかけ回されて、散々な目に遭って逃げ延びてきたわけだ。
あそこはもう、完全な無法地帯だ。
「ミズテン、お前は反省しとけ。……とりあえずアロウルで潜入の準備をするぞ。ついでに情報を手に入れる。今俺達にはそれくらいしかやれることしかねえ」
「まあ。できることからやるしかないわよねぇ~…………」
だが、そこからあっさり数日が経過してしまう。
結論から言うと、有益な情報なんて何一つ手に入らなかった。
アロウルに居る連中のほとんどは所詮初心者だ。
何も知らない人間に取材した所で話を“盛ってくる”ので記者の身としては一周回って迷惑千万なだけだった。
外部掲示板で情報を集めようともしたが“殺し合いの恨みに対する無差別の晒し行為”が酷すぎて掲示板としての機能を成していない。
仕方ないので、準備を整えて虎視眈々と再突入の機会を狙っていたのだが……こちらも大失敗。
そのままいきなり戦乱が終わってしまったのだ。
んで、絶望して、怒りが限界に達する寸前にアロウルで“ソイツ”を偶然見つけることとなる。
つくづく、煙突から燻っている煙を見ると頭が痛くなってくる。
なんとかと煙は高いところが――ってヤツか。
その上実際に“燻っている”のだから勘弁して欲しいと思う。
「「ウオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」
「おい! 落ち着けよ。お前うるせえって……………………だあああ! うるせえんだよ! 泣き叫びたいのはこっちだっつーの!!」
「ちょっとぉ~。泣き叫んでいる相手に怒鳴ってどうするのよぉ~!」
外で“死亡”したのかレットの奴がアロウルに突然現れやがったのだ。
嗚咽が止まらなくなっており痙攣してやがる。
「〔面倒くせえのに出会っちまったな…………。ミズテン、とっととポルスカに戻るぞ〕」
「〔でもぉ、流石に放っておけないわよぉ……。何があったかくらい聞いてもいいんじゃなぁい?〕」
「〔知らねえって。そもそもこんな奴を――〕」
「――クリアさん……どうして…………」
「えぇ~? アナタぁ……今何て?」
ミズテンは聞き逃していたが、俺はそのレットの呟きを聞いた瞬間にピンと来た。
ひょっとするとひょっとするかもしれねえ。
「――――気が変わった。ミズテン、コイツを連れて行くぞ」
そこから俺達が移動した先は、アロウルの貸し切りの宿だった。
酒場ならまだしも、泊まるメリットの薄い寒村の宿をわざわざ利用するプレイヤーは少ない。
とはいえ、ゲームシステム上パーソナルスペースとしての機能は十全。
俺達のような記者にとって、宿屋はうってつけの仕事場だった。
「えっと……初めまして……オレ…………レットって言います……えっと――」
「――ああわかった。大丈夫だわかった。お前がデカい声を上げようと頑張っているのもよくわかったし虚勢を張りたいというのもよくわかった。わかっているのもわかったしよくわかった。だからそれで充分だよ」
レットはキョトンとした表情をしているが、放っておいたらコイツは間違いなく“アレ”をやる。
そう――鬼のように長い自己紹介だ。あんなもんはもう二度と聞きたくない。
(それにしても、“初めまして”か……)
レットはポルスカで俺達が“尾行”していたということを知らなかった。
きっとクリアから聞かされていなかったのだろうが、話すと面倒なので黙っておくことにした。
「オレの名はオロチだ。んで、こいつがミズテン。二人ともゲーム内で“記者”をやっている。まあ、落ち着いてこれでも飲めよ」
俺が差し出したグラスをレットは一気に飲み干した。
その段階では、まだ嗚咽が止まっていなかった。
――VR世界で横隔膜が痙攣している奴なんて初めて見たわけだが。
「〔連れてきたのはいいんだけどぉ……一体どうするつもりなのぉ?〕」
「〔どうするもこうするもねえよ。利用できる物は何でも利用する! 容疑者クリアの情報が何かつかめるかもしれねえ!〕」
「ぐ……うぐ…………ッガ!! アガガガガパパパパパ……」
突然レットの嗚咽がぴたりと止まり、その場で悶絶し始めた。HPが少しずつ減っていく。
どうやら、飲ませる物を間違えたようだった。
グラスに注いだ酒はペッパラム。原材料はアロウルレッドペッパー。
ゲームの設定上では辛いみたいだが、辛さというのはあくまで痛覚の一種なので酸味で辛さを再現しているらしい。
丁度いい、コイツを飲めばむせてこれ以上泣き叫ぶことはできないだろう。
「まあ、これなら確実に静かになるな…………自殺扱いだからPKにもならねえぞ」
「HPの全体量が少なすぎてこの子死んじゃうわよぉ! 取材するんじゃないのぉ!?」
「オポポポポポポ………………」
しばらくして、レットは落ち着きを取り戻した。
いや――落ち着いているというか単純に元気がないだけだ。
その顔には生気が無かった。
「おい。お前大丈夫か? その――悪かったな」
「いえ…………気にしないでください。おかげでオレ、大分落ち着けましたし……。最近、ああいう目に合うのは慣れてきているんで……」
「そ………………そうか」
ミズテンが憐れみの目でレットを見つめていやがる……。
コイツ、普段からどんな目に会っているんだ?
「それで、記者っていうのはその……新聞を作っている人ってことでいいんですかね?」
「ああ、そうだよ。誰だって知っているはずだ。エールゲルム情報誌。公式で扱われているくらいだからな。新聞だけじゃねえぞ。“VRゴーグル”でゲームに出入りするときにコミュティサイトに表示されるだろ?」
「あ……あー。見たことあるなあ。色んなニュースのタイトルが表示されてます……よね? いや、違ったかなあ」
「ったく! 政治に興味が沸かねえ現代の若者かお前はよ! いや……興味を持ってもどうにもならねえから持たねえのかな? うーむ……」
「ハァ……なんかスミマセン」
レットの反応の薄さに毒気が抜けちまった。
流れている痛々しい噂と、ふざけた自己紹介をやらかす割には、意外とまともな受け答えをしやがる。
「ところでお前さ、何があったんだよ? 話くらいは聞くぜ?」
(――というか聞かせてくれ。頼む!)
俺の質問に対して、レットは言い淀んでいる。
話すのに躊躇するようなことなのかも知れない。
「〔断るようなら金を積むか、ミズテンを脱がして誘惑させるしかねえな!〕」
ゴチン! と俺の頭にランプが振り下ろされた。
炎が揺らめいて、頭を抱える俺の影が部屋の中を情けなく動き回った。
驚いたことに――クリティカルが入って俺は144ダメージを受けた。
「〔めぇえええぅ! オロチの馬鹿ぁ!〕」
「〔冗談だっつーの! 睨むなよ! マジになるなよ! ダメージ的に痛えよ!〕」
全くこのゲーム……宿の部屋はそれぞれ個別のエリアとして設定されていて、“その気になれば中で戦闘できる”っていうのが本当にロックだぜ……。
別の部屋に行くたびに、パッシブの設定なんていちいちしてられるかっつーの!
「だ……大丈夫ですか?」
レットが心配そうに見つめてくるが、直ぐに非戦闘状態に戻っていたので、俺のHPは既に全回復していた。
「心配するな。この程度で戦闘不能になるほど俺は弱くねえよ」
そこで突然、レットの奴が落ち込む。
どうやら“弱い”という言葉が効いたようだ。
「なあ……ひょっとするとお前――PKでも受けたんじゃないか?」
「…………………………………………………………」
「ねぇ~、話してしてくれても良いんじゃない? もしかしたら私達ぃ~、何か力になれるかもしれないわ?」
ミズテンが(珍しく)真剣な表情でレットに提案する。
ひょっとして――情でも移ったか?
「………………わかりました。オロチさんの言うとおりなんです。オレ――襲われたんです」
そこから先はトントン拍子だった。
レットは咳を切ったように話し始めた。
屑塵に数日の間二回ほど遭遇して、“二回目”にはアイテムを奪われたこと。
奪われたアイテムがフレンドから借りていた大切な品だったということ。
そのフレンドが突然豹変してゲームからいなくなったしまったことなど。
表面上の信頼関係は大事だ。
こちらもお返しに俺達が“屑塵”の話と、その正体を暴こうと取材を続けているという旨を伝えた。
もちろん誰にも言わないことを約束した上でだが――リスクはある程度、承知の上だ。
「――そんなわけでだ。俺達は“とあるプレイヤー”を疑っているのさ。問題行動ばかり起こしている奴で――名をClear・Allという」
突然爆弾を放り込んでやると、レットの奴は鉄砲で撃たれたみたいに椅子から飛び上がった。
「おいおい。レットとやら、お前もしかして知っているのか?」
俺は、あえてすっとぼけながらレットに質問する。
「あの……その人……オレのフレンドなんです。このゲームを始めたばかりの頃から色々教えて貰ってて……最近は連絡がつかないんですけど……でも――でもクリアさんが……そんな……」
「まあ、にわかには信じられねえよな。でも、お前さっき呟いていなかったか? 『クリアさん……どうして?』ってさ」
椅子の上に立ち上がって(俺のキャラクターは背が低い)レットに顔を近づける。
ランプの光が顔に当たり、影が付いて威圧感が出る。
レットがビビって黙り込んだ。疑心暗鬼に陥ったのか、目が泳いでいる。
「もう! オロチ怖いわぁ……。レットくん。ここまで聞いておいてなんだけどぉ~……どうしても話したくないのなら無理に話す必要はないのよぉ~?」
「あ――いえ。大丈夫です。ちゃんと話します……」
『余計なフォローをしやがって』と思ったが――おかげでレットは話しやすくなったようだ。
なんか、凸凹コンビの刑事が容疑者に対して尋問しているみたいだな……。
「……お面なんです」
「――は?」
「アイツが――屑塵が着けてたお面。クリアさんが持っていた物と同じなんです……」
「アイツが持っていたお面って、もしかしておどろおどろしいヤツか? 例えるなら、そうだな――未開の地の異民族がつけてそうな」
レットは酷く動揺した素振りで、大きく頷く。
畜生――大当たりだ。
どう隠し通したのかは知らないが、やはりクリアの奴は“持っていた”のだ。
――こうなると、アイツがレットの奴からスカーフを奪った理由も合点が付く。
多くのプレイヤーにとって一つの装備品だが、レットにとっては大事なアイテムだ。
そのアイテムを大事な物だと知っていたクリアはレットを裏で監視して、ここぞというタイミングでソレを奪って立ち去る。
ただ、それだけの為にここまで面倒を見ていたとするなら――どうだ?
数多のプレイヤーをどん底に突き落とした屑塵なら、そのくらい邪悪なことは平気でやるだろう。
自分で想像しておいて、ゾッとしない。
「とにかくよ。待ち合わせて、アイツに問いただしてみたらどうだ?」
「――でも……もしもクリアさんが犯人なら……呼んでも会いに来ないんじゃないですかね」
「いいや、来るね。“バレるわけが無い”って、“何食わぬ顔で”な。理由は簡単。もしもあいつが屑塵ならば、ドクズ野郎ってことになるからな」
そうとも、ポルスカの時だってそうだった。
疑いがかけられていることを伝えたのに、はぐらかして煙に巻く性悪野郎。アイツはそういう男だ。
「言っておくが、普通に“囁き”で聞くだけじゃ駄目だぜ? 心理学的に、大切な話って言うのは、直接会って聞くのが良いんだ」
そう伝えると、レットは考え込み始めた。
いや、考え込んでいるんじゃない。
思い詰めていやがる。
――良い傾向だ。
「〔ねぇオロチ。それって本当の話ぃ?〕」
「〔いや。ただ俺が会話を聞きたいだけだ。これはひょっとすると面白い物が見れるかも知れねえ〕」
今の落ち込んだ状態のコイツなら、クリアに対してとんでも無い暴走をしてくれるかもしれない。
俺達の時と同じように煙に巻かれるかも知れないが、クリアの戦い方を見るチャンスでもある。
「俺としては、もう確実だと思うぜ。言っておくがアイツが屑塵なら、初心者を泳がせておいてどん底につき落とすくらいのことは――平気でやるだろうよ」
「そんな……いくらなんでもそんな酷いことは……。そりゃ――クリアさんならやるかもって……ちょっとどこかで思っている自分もいるんです……。でもやっぱりオレ……信じられない……」
レットは俯いて、その表情がついに見えなくなった。
「――わからねえぜ? 他人が普段何考えているのかなんてわかるわけがねえ。このゲームじゃ、善人ぶって、裏で屑みたいなことを考えているヤツは沢山いる」
(――今の俺みたいにな)
「もしも、アイツが屑塵ならば――――今頃、高笑いしているだろうよ」
その言葉が決め手になった。
レットのヤツは突然立ち上がって、宿から飛び出していった。
「〔いいのぉ……? けしかけるようなことしちゃってぇ……〕」
「〔いいんだよ! 俺としては後一つ何か証拠が欲しい。アイツを泳がせてクリアを屑塵だと断定できるわかりやすい証拠が出てくることに期待だな! 早速追いかけるぞ!〕」
ミズテンはげんなりした表情でポツリと呟いた。
「〔もぉ~本当に、性格悪いんだからぁ……〕」




