第二十三話 残酷な裏切り
ポルスカ森林南の遺跡の前には、朽ちて倒れた太い石柱がある。
そこに腰をかけていたクリアは、待ち合わせの約束をしていた相手――レットを見つけると手を振った。
「よう、レット! ――今日は、パラディンの転職クエストを手伝って欲しいんだって?」
クリアは石柱の上から飛び降りて、レットに対して陽気に話し掛けてくる。
「あのクエストは大して難しくないから、問題無いって。まあ、あんまり俺もよくわかっていないんだけど、多分なんとかなるなる!」
クリアに対してレットは無言のままだった。
「――どうしたんだよ? 辛気くさい顔しちゃってさ」
不審そうにクリアが問いかけて、レットは俯いたままようやく口を開いた。
「クリアさん。オレ――オレ……………………あなたのことがよく分からなくなっちゃいました」
「へえ………………。――そりゃあ。わからないことだらけだろ? 俺だってお前のこと。まだ全然分かってないさ。そういうものだろ?」
今まで見たことの無いレットの表情に、クリアが不審がる素振りを見せる。
「どうして――――――――」
「――――どうして、“あんな非道いこと”したんですか?」
レットの質問にクリアは腕を組んで今度は考え込む素振りを見せる。
しかし、どうやら答えは出なかったようでクリアはレットに逆に問いかけた。
「――スマン。あんな非道いことって言うのは一体“どれ”のことだい?」
クリアはレットに対して首を傾げて見せる。
要領を得ないクリアの態度が、レットの怒りに火を付けた。
「「クリアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」
レットは倒すべき敵――クリアに対して剣を抜いて斬りかかった。
我武者羅に振り回された鏡のような銀の剣の連撃が、太陽の光を乱反射しながらクリアに襲いかかってくる。
「ちょっと……おいおい。どうしたんだ急に!? 今日は妙に真剣じゃあ無いか?」
――クリアはそう喋りながら、武器を取り出すような素振りも見せずにレットの全ての攻撃をあっさりと避けた。
「感謝していたんですよ……アナタには、感謝していたんだ! だから返して欲しい。オレの大切な物を返して――返してくださいッ!!」
レットの異変に気づいたのか、クリアは無言でその場に立ち止まる。
その肩にレットの銀の剣が竹を割るように綺麗に刺さった。
「返して――返してください――」
しかし、それ以上深く剣が刺さることは無い。
――剣を握るレットの両手から、力がどんどん抜けていってしまったからだった。
「ま――待てよ。レット。どういうことだ! “一体何が起きたんだよ!?” おい……説明しろって!」
「ぐっ……ウウッ――ウ……とぼけないで――くださいよォ……」
レットはついに剣から手を離し、両膝をついて涙を流し始めた。
「なぁ、落ち着いてくれ。大丈夫だ。大丈夫。俺が、もし何かお前に迷惑をかけたなら謝る。だから、お前の身に何が起きたのかきちんと説明してくれよ――な?」
「………………………………………………………………」
事は、そこから数時間前に遡る。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日、レットはアロウルの港で欠伸をしながら、海を走る蒸気船の煙を眺めていた。
(昨日の夜は興奮して全然眠れなかったなぁ。それにしても……遅いなぁ。待ち合わせの時間、過ぎちゃってるんだけど)
「〔ねぇ、アリス。流石に、もうログインしているかな?〕」
「〔――――――――あ〕」
定期的に(アリスの迷惑にならなそうな間隔で)アリスに囁きかけていたレットであったが、ここでようやく返事があったことに安堵する。
(お、ログインしてるじゃ~ん! でも、どうしてログイン状態を“非表示”にしていたんだろう?)
「〔オレ、もうアロウルの乗船場の前にいるんだけど、船旅に行くにあたって必要な物とかあるかな?〕」
「〔――――――――――――――〕」
「〔次の船の出港時間にはまだ間に合うと思うから…………アリス?〕」
「〔――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――〕」
最初に声が聞こえたはずなのに、沈黙。
妙だ――と、レットは思った。
(何かあったのかな? まさか――返事ができないってことは取り込み中――“集中しないといけない戦闘が始まった”とか……もしかして、またPKに襲われたんじゃ!? いや、モンスターに囲まれていて身動きが取れないのかも!)
レットは彼女が陥っているありとあらゆる危機を想像する。
アロウルで彼女を待っている間、定期的に周囲をぶらついたレットは、少なくともアリスがこの町にいないということは把握していた。
(もしそうならオレが助けに行かないと……。アリスと昨日お別れした場所から考えると。多分、オーメルドからポルスカへの道を進んで行けば――そのうち会えるかも!)
居ても立っても居られず。レットは確証なしにオーメルドに向かって飛び出す。
モンスターに気をつけながら、アロウルからポルスカまでの道を最短距離で突っ走った。
(急がなきゃ! 何が起きたのかとか、今から行って間に合うかなんて関係ない! いい加減助けてもらってばかりで、申し訳ないっつーの!)
――しかし、走り始めた直後にレットは足を止めた。
アリスをあっさりと見つけてしまったからだった。
“彼女はのんびりと兵陵を歩いていた”。
その姿を見てレットは再び安堵する。
(何だよ……驚かせないでくれよォ……)
「もう、びっくりしたよ。アリスの返事が無くてオレ心配になっちゃってさ――――――――――――――――」
そう言いながら、アリスに駆け寄ったレットは言葉を失った。
アリスはのんびりと歩いていたわけではなかった。
その歩き方は体の軸がどこかおかしく――まるで、“行くあてもなく徘徊している”ようだった。
「ねえ……アリス――どうしたの?」
異変に気づいたレットは少女に近づく。
その表情は伺えない。
「しっかりしてよ! どうして俯いて――」
アリスの顔を覗き込んだレットは、そこで戦慄した。
ゲームの中なのに――レットには彼女の表情はまるで死の間際の病人のように見えた。
その目元は真っ赤に腫れていて、眼の瞳孔は完全に開ききっていた。
感情の籠もっていないその目はまるで顔に二つの大きな穴が空いているかのようであった。
ブツブツとうわごとを呟いており、まるで唇が痙攣しているかのようだった。
「ねえ、アリス――アリス! どうしたんだよ! 何があったんだよ!」
「――な……さい」
「え?」
「――ごめんなさい。わ、私――」
よろよろとふらついていたアリスは、レットに対してナメクジのように力なく倒れ込む。
レットはアリスを支えるために中腰になって咄嗟に抱え込んだ。
「――ご…め……ん……な…………さ…………………い」
その少女の表情は、見る者に、失意と絶望を伝播させる程のものであった。
レットは、今まで積み上げてきた暖かい“何か”が粉々に砕け散るような戦慄と、それがもう二度と戻らないような焦燥を感じた。
少年はこのままではいけないと思った。
“何か良くないこと”が起きている。
そして、このままでは“ここからさらに、良くないこと”が起こる――そんな嫌な直感があった。
「し……しっかりしてよ! オレェ、アリスに謝られるようなことなんて、何もされてないって!」
放心しているアリスに、レットは必死になって語りかける。
しかし、その少年の言葉は通じていないようだった。
アリスはしばらく呆けていたが、思い出したかのようにレットに何かを差し出す。
だらりと力が抜けて、その腕ごとレットの肩に“ソレ”が置かれる。
彼女が握っているソレは――【蒸気船の乗船許可証】だった。
「私、“また”アナタに迷惑を――アナタのことを考えもしないで、巻き込もうとして――また……取り返しの付かないことを……」
「一体どういうことさ……どういうことだよ! ちゃんと説明してくれよ!?」
「もう――――必要ないんだ。“必要なくなっちゃった”。この世界に私の居場所――なくなっちゃったみたいだから……」
そこで、レットはアリスを支えきれなくなった。
糸の切れた人形のようにアリスが膝を付き、首の力が抜けて前のめりになる。
レットは倒れ込む彼女を再び抱き抱えようとしたが、力及ばず地面に膝を付いてしまった。
「落ち着いてよ。ゆっくりでいいからさ――、一旦……一旦さ。アロウルに戻ろう?」
アリスはそこで初めてレットを顔を見据える。
「ごめんなさいね――――“アナタ”の側にいようって、決意したのに。“今度”は――――――――――――私の方が先に…………折れちゃって………………」
その視線は確かにレットを見据えていたが、何故かレットには“自分を見られていない”ように感じた。
「――アリス?」
そこで、何の前触れも無く。
レットの体はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。
(一体……何――)
バランスを崩したのは当たり前だった。
抱えていたアリスの体が仮想世界から消滅したのである。
ただのそれだけだった。
それで――終わりだった。
「――――――――なんだよ。コレ」
突然の事態に、レットは蹲ったまま呆然とする。
怒ることも、悲しむこともできなかった。
(わけがわかんねえよ……何が起きたんだよ……どうすれば良いんだ? オレ……どうすれば……)
ただ其処にあるのは、圧倒的な喪失感。
立ち上がろとしても力が入らない。
孤独となって、目の前の状況にただただ困惑するばかり。
(落ち着け、まずは落ち着いて……。ああクソッ! 何で体に力が入らないんだよ! しっかりしろって!)
――どさり、という音。
それは、蹲っていたレットの体が“地面に寝そべった音”だった。
(――何でオレが倒れているんだよ! こんなところで、寝てる場合じゃ……ないってのに――)
――――『一体どうして』。
その台詞が“口から出なかった”。
そこでようやく、レットは自分が戦闘不能になったのだということに気づく。
レットを斃した“人物”が、しゃがみ込んでレットの顔を覗き込んできた。
“今度は”フードなど被っていなかった。
(この仮面――――――)
眼前に映る物々しい仮面はレットにとって見覚えのある物だった。
自分を戦闘不能に追い込んだ“ソレ”は動き回ってレットの体の上を行ったり来たりする。
(コイツ! オレのアイテムのインベントリーを弄っているのか!? ――やめろ! 何をするんだ!)
抵抗しようとしても、体は動かない。
(やめろ! やめろっての!)
「――やめろってば!!」
気がついたときには、彼は戦闘不能時に設定していたアロウルに戻っていた。
レットは自分の体を見回してから、弄られたアイテムインベントリーの中を慌てて確認する。
装備品、アイテム、素材。
そこには“レットの所持品”は全てあった。
「う、嘘だ……嘘だろ? そんな――そんなことが……そんなことが……」
奪われた物があるとすれば、それは“レット以外の人物”の所持品である。
(スカーフが……アリスから借してもらっていたスカーフが……返す約束をしていたスカーフだけが……なんで――どうしてそんな……)
「「ウオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」
レットの慟哭がアロウルの村の中に、虚しく響き渡る。
彼は手に入れたばかりの――できれば手に入れたくなかった辛い思い出の最後の残滓を――あっさりと、いきなり、いとも簡単に、理由すら分からぬまま乱暴に奪われた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「………………」
クリアは黙ってレットの話を聞いていた。
いつの間にか、串焼きのような物を取り出し齧りついている。
串にはジャーキーのような水分の無い肉と、萎びた野菜が刺さっており、如何にも不味そうだった。
「…………それで、お前は俺が“彼女を追い詰めて、スカーフを奪った犯人”なんじゃないかと思った」
「――そうです」
「そして、何故俺がそんな暴挙に走ったのか――何より、彼女の身に、何が起きたのかを知りたがっている」
「――そうです」
「そして、最後に、これは全てお前が自分で推理した」
「――――――そうです」
「……最後のは嘘だろう」
“串焼きモドキ”を食べ終わったクリアはそう言って、ペッと地面に野菜の種を吹き出した。
「嘘じゃないですよ! オレは自分の考えでクリアさんを疑っているんです! だからアナタに攻撃を――」
「お前は“疑っていただけ”だ。ここにお前を誘導して、俺にけしかけた奴が別にいるのはわかってるさ。――おい、出てこいよ!」
動揺しているレットを尻目に、自分のいる位置とは反対側の石柱に話し掛けた。
「クソ。後から来てもバレるのか……。お前、一体どれだけめざといんだよ……」
石柱の影からは、二つの人影が出てきた。
一人はフェアリー――もう一人はキャットである。
キャットの少女は実に気まずそうな表情。
反して、フェアリーの方は不敵な笑みを浮かべていた。
「さぁて、いい加減。正体を現しやがれ――クリア。いや、“屑塵”!」




