エピローグ
「あっつーい」
じりじりと太陽が照りつける2014年夏、8月、夕方。去年よりずっと暑く思える。
爽道零友はそんな暑い真夏の学校にいた。暑い。
「零友! 暑いね~。こういうときはさ、怖い話とかしてヒヤッとするもんじゃない? しようよ、怪談話大会!」
だらだらと蒸し暑い廊下を歩く彼女に突然声をかけ、勝手に話を進めていくのは零友の友だちの樋野鳥麻琴だ。横にはちゃっかり寺林玲央もくっついてきており、零友は力が抜けたようにぐったりとした。
「なんでうるさい者同士がくっついちゃうかねー」
「仕方ないじゃんっ、私たち親友だもん。ねっ、麻琴」
「ねーっ」
逆に言えば、うるさい者同士だからくっついたのかもしれない。似た者同士が仲良くなるのはよくあることだ。
零友はあきらめた、というように楽しげにおしゃべりする2人を放置。しかし彼女らは気に留める様子もなく話し込んでいる。話題は怪談話大会……あたしは参加しないからな、と睨みをきかせるが、2人はおそらく気が付いていないだろう。
自分が夜に学校に無理やり連れ込まれて参加させられる姿しか思い浮かばない。すごく悲しい。
「んじゃ、9時に学校で!」
麻琴はそう言って帰ろうとした。零友が慌てて引き留める。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 9時って、今日の夜の9時?」
「何言ってんの、零友。当たり前じゃん」
ふっと鼻で笑う玲央。ふいに頭に浮かんだドタキャンしたろか、という考えを零友は必死に抑えこんだ。
「わかった。けど、行く保証はないからね」
心底嫌そうに返事をして帰ろうとすると、後ろから玲央の「大丈夫だから」という声が聞こえてきた。一体何が大丈夫なのだろうか。めちゃくちゃ不安。
とりあえず家に逃げるように帰ると、彼女は夏休みの宿題に取り掛かった。
そして、9時。零友は何気なく時計を見てため息をついた。
「やっぱ、行かなくちゃいけないのかな……」
そのつぶやきが母親に聞こえていたようだ。母は零友を振り向いて「ん? なにがぁ?」と問いかけた。
「えっ、あー、あのね、ちょっと友だちに遊ぼうって言われて……」
すると彼女の瞳が鋭く光った。
「はーあ? あんた何言ってんの」
こんな時間にだめだめ、と母は否定寄りだ。零友はちょっぴりがっかりしながらも、怪談話大会に参加することができなくなって安心もしていた。だが。
10分後、玄関のチャイムが鳴った。寒気がする。まさかだけど、そんなこと、あるはずないんだけど。
「はい……」
母がこっちを見てくるので、おそるおそる返事をすると、大声がリビングに響いた。
『麻琴でーす!』
『寺林でっすぅ~!』
零友が振り向くと、母はまた険しい顔で玄関のドアを睨みつけていた。我が親ながら、恐ろしい。予想が当たってしまったことにも驚いていた零友は黙って出て行った。
「2人とも。やめてよ、迷惑だよ」
はっきり言わねば、という気持ちがあったのか零友は厳しくそう告げた。すると2人はぽかんとして零友を見つめてくる。
「え、えーっ、なに怒ってるの零友ちゃ~ん」
冗談やめてよというように2人は笑った。超迷惑、と零友は心の中でつぶやきながら、ひきずられるようにして学校に向かった。
夜の学校は、いろいろでるという。それをよく知っている零友は怖さに震えていた。ベートーベンの肖像画はないし、人体模型も棚の奥にしまわれている。トイレのドアは内開きだからいいつも開きっぱなしだからドアをノックなんてできない。七不思議には縁遠そうな学校だが、他に七不思議はあったのだ。
――――夜に公衆電話が鳴る。
――――開かないガラスが揺れる。
――――開放されていない屋上から笑い声や足音が聞こえる。
――――肝試しをするとメンバーの誰かが憑りつかれる。
――――昔ここは墓地だったので戦争で亡くなった兵士が現れる。
――――午後7時から8時の間、練習していたはずの陸上部が消える。
7つめは見つかっていない。もしかしたら、この7不思議があることが7つめに見なされるのかもしれない。しかし、零友はそうは思わなかった。
「最後に、なにかがあるはず……」
そうつぶやきながら、ぽつぽつと歩く。少ししたところで、顔を上げた。2人が、いない。
「麻琴、玲央!?」
きょろきょろと辺りを見まわすが、誰もいない。暗い、怖い。
怯えながら引き返してく。彼女は帰るつもりでいるのだ。
「意味分かんない……引っ張り出しといて放置? ふっざけんな」
イライラしつつも児童玄関までやってくる。零友は外靴に履き替えて出て行こうとした。そのとき。
「零友っ!!」
手を振りながら近づいてきたのは玲央と仲の良い心優だった。ちなみに、零友は彼女のことが好きではない。むしろ、嫌いと言ってもいいほどだ。そんな人と接触するのはごめんだ。零友は彼女を無視して走り去ろうとした……が。
がつっという何かがぶつかる音がした。零友はその場に倒れこむ。頭が痛い。
どうやら零友の頭に何かがぶつかったようだ。痛みに顔を歪めながら、立ち上がって犯人を捜そうとする。心優はいなくなっていた。
「心優……まさか?」
そう口にしたあと、心優がしたのでは、という考えが深くなっていった。もしかしたら、玲央と麻琴も心優が? とまで考えてしまう。
「あいつ……心優!」
怒りを抑えきれない零友は心優を探す。しかし、やはりいない。4階まで上がって窓から下を見る。いない。
突然、背中に人肌ほどのあたたかさのものがぶつかった。体を窓の枠に預けていた零友はあっけなく落下する。
彼女は、下で――――
心優は窓から覗きこんでクスクスと笑った。
「残念だったね、零友」
そこに現れたのはいなくなったはずの麻琴と玲央。2人も笑い始めた。
「あいつ、調子乗ってたもんね」
「でも、殺しちゃって大丈夫かな? 大事になったりしたら……」
「大丈夫だって」
「警察に通報して、転落事故ってことにすればいいじゃん。目撃者はうちらだけなんだしさ」
会話をしている3人は笑った。
『心優……麻琴、玲央……あいつら、絶対に許さない!』
なんとか……終わりました。
分かりにくかったらすみません。