正体
「誰なの? ねえ、本当は玲央ちゃんじゃないんでしょう?」
「違うっ! あたしは玲央! 林寺玲央っ!!」
あ、と麻琴は手を口に当てた。この子は玲央じゃない。そう確信したからだ。
「玲央は、自分のこと私って言ってたよね。それから……」
彼女は大きく息を吸って、言った。
「玲央の苗字は寺林。――――間違っても、林寺じゃないよ。幽霊さん?」
事実を言われた玲央は、玲央の姿をした何かは静かに微笑んだ。
「そうだったっけ……。あたし、うっかり者なんだ。よく、憑りついた相手の苗字忘れちゃうの。麻琴ちゃん、だっけ? あたしを見つけてくれてありがと。誰かとまた、こうやって話したかっただけなんだ。玲央ちゃんの体は返す」
幽霊。それは現世への未練から現世にとどまったりなどして、他人などに憑りつくものである。この幽霊の未練は――また誰かと普通に楽しく話したかった――というものだ。
麻琴は安心して玲央のもとに駆け寄った。彼女は笑う。
「ばいばい、麻琴ちゃん」
しゅうっと幽霊が玲央の体から離れて行ったのか、彼女は麻琴の体に寄り掛かった。
「わっ、玲央! 起きてってば……。――――え?」
玲央は、返されたはずなのに。もう目が覚めて、一緒に帰るはずなのに。
「ねえ、玲央、起きてよ」
起きない。起きない。起きない。揺さぶっても、叫んでも、起きない。
「玲央っ、玲央!」
心優も心配になって二人のところへ行く。
「玲央ちゃん? ねえ、起きてよ」
二人がかりで揺さぶったりして何とか起こそうと試みるが、玲央はぴくりともしない。
「起きて、起きてってば!」
『ああ、そうだ―――言い忘れてた』
どこからか、高い声が聞こえてきた。4人は辺りを見まわす。誰もいない。
「誰!?」
麻琴がそう叫ぶと、声は笑う。楽しげに、躍るように。
『玲央ちゃんの体だけは返してあげたけど……』
4人の顔が青ざめた。玲央は。もしや。
『魂は、あたしがもらっちゃったの』
そんなこと、有り得ない。心優と麻琴は瞬きをすることもできなかった。翔輝と智也もただ声を聞いている。放心状態、で。
『それともうひとつ』
まだあるのかよ、とこぼした翔輝を麻琴が睨みつける。
『――――あなたたちはもう、ここから出られないわ』
「え……?」
4人が驚いている様子を見ているのか、声はくすくす笑い始めた。
『いいリアクションね。楽しませてもらったわ。そう、あなたたちはもう二度と帰れない。永遠にそこにいるか、もしくは今あたしに魂をささげるか――――どっちがいい?』
その質問は、唐突だった。永遠に夜の明けない時の止まった世界で過ごすか、死んで声に魂を渡すか。ただそれだけ。なのに。
「なんでっ、あたしたちが……!」
麻琴が泣き叫んだ。心優も目に涙を浮かべてその場に座り込む。男子二人はまだ放心状態のままだ。
『ごめんね、そんなに泣かないで。こっちにきたら、歓迎してあげるわ。さ、おいで』
「いやっ!!」
麻琴は、叫んだ。
「絶対やだ」
『どうして? 玲央ちゃんとも会えるのよ』
「それでも、あたしはここにいます」
もしかしたら、脱出できるのかもしれない。彼女はそう考えたのだ。可能性を信じれば、と。
『分かったわ』
その声とともに、鈴が鳴った。しゃらん。
4人は突然の睡魔に襲われた――――。