心優
「心優、待って! 待ってってば!」
麻琴は叫びながら心優のあとを追いかける。翔輝と智也も、異変に気付き麻琴たちのあとを追う。
「来ないでよっ!」
心優は突然立ち止まって声を荒げた。肩で息をする。彼女はゆっくりと麻琴を振り返った。綺麗な紙は乱れて、ぐちゃぐちゃになっている。
「ねえ、心優――――」
「麻琴。幽霊はいない。そう言ってくれるだけでいいから」
心優は麻琴の言葉を遮って微笑んだ。その表情の真意を麻琴は読み取ることが出来なかった。
「心優、あなたなにを考えて――――」
「いいから、早く。言ってよ、幽霊なんかいないって」
「でも、さっきの公衆電話だって――――」
「だから!!!」
麻琴の言い訳を、心優はすべて遮っていく。さすがに諦めたのか、彼女は大きく息を吸い込んでつぶやいた。
「うん。……幽霊は、いない」
すると心優は満足そうに笑って「最初からそうしてくれればよかったのに」と言った。
「本当に、そう思ってるんじゃないんだろ?」
口を挟んだのは翔輝だった。智也は唇をかんでうつむき「もう知らないからな。もう、カバーできないから」と彼に告げた。翔輝は「分かってるって」とうなずいて心優を見た。
「幽霊だって、いるんだよ。智也が言っただろ。いるって」
「翔輝、もういいって。そんなことぶり返したって終わんない」
麻琴はもう心優にあの悲しげな表情をしてほしくなかったからか、翔輝の話をやめさせようとする。
しかし翔輝は「お前は黙ってろよ」と彼女を睨みつけてからまた心優に向き直った。
「お前はさあ、逃げてるだけなんだよ。怖いものとか苦手なものとか、嫌いなものとか。でも、そんなじゃ人間は成長できない。お前だって知ってんだろ?」
優しく問いかける翔輝に、心優はぼそぼそとつぶやく。
「うるさい……」
「黙ってたらいいんじゃないんだ。ないものにすればいいんじゃない。それを認めることで成長するんだよ」
「いい子ぶらないで……」
「いい子ぶってるのは俺じゃなくてお前。そうやって、感情を押し殺していつまでも生きていくつもりか?」
「……余計なお世話」
心優は怒りに体を震わせている。それに気づいた翔輝は、何故かさらに追い詰めるような台詞を口にする。
「しつこいとか、思ってるかもしんねえけどさ。お前が変わらないと何も変わらない。多分、お前らが捜してる寺林も見つかんねえ」
「嘘、つかないで」
「きっとそうだよ」
「何の根拠もないくせに……」
「あるよ」
「黙って!!」
ついに、心優は叫んだ。麻琴が心配そうに翔輝を見上げる。が、彼は「大丈夫だって」と笑って心優に手を差し伸べた。
「なに? バカにしてるの?」
彼女は変わらず翔輝を睨みつけ、彼の手を振り払った。
「いるんだって」
彼が微笑んだ瞬間、上の方から「ぎゃああああ!」と大きな叫び声が聞こえた。しかし、その声はどこか楽しげにも聞こえる。どんどんと大きな足音も聞こえてきた。
4人は怪訝な顔をして天井を睨みつけた。
「ここ、4階だよね?」
そうつぶやいた麻琴に返事をしたのは、心優だった。
「じゃ、じゃあ、幽霊?」
さっきの心優はどこかへ行ってしまったようで、今はいつものおとなしくて怖がりな彼女だ。
「心優、大丈夫? なんかさっきと雰囲気違うけど」
「え? 雰囲気? なになに? よくわかんない」
心優は不思議そうに首を傾げて茶色がかった髪を揺らした。その反応に麻琴は驚いて目を丸くする。
「んん?」
翔輝と智也も顔を見合わせて「どうしたんだろうな」としきりに言い合っている。麻琴は心優の目をじっと見つめた。いつもの真っ黒で大きな瞳。小さな顔にあるそれは、今麻琴を映しているのだ。
「心優、いっつもわたしのこと見てたでしょ? あれ、なんでなの?」
日頃のことを思い出して彼女が心優にそう問いかけると、心優は何も知らないというようにまた首を傾げた。
「見てた、っけ? えへ、覚えてないや」
そう言いながら笑う心優はいつも通りだった。みんなのことをよく考えていて、見ていて、いつも笑顔で自分たちを安心させてくれるような子。初めて出会った時も、そして今も、麻琴はそんな印象を抱いていた。
「そっか。まあ、いいや。そんじゃ、玲央探そっか」
麻琴は諦めたかのように肩をすくめると、そう言って階段をどんどん降りていく。それについていく3人の後ろに、もう一人いることも知らずに――――。
「わっ!」
「ぎゃあっ!」
後ろから大声で脅かされた麻琴は、悲鳴を上げて階段を飛び下りた。と言っても、3段飛ばしくらいなもので別に高くもない。脅かした方はそんな彼女を見てにやにやと笑った。
「ちょっとっ、翔輝!!」
麻琴が怒鳴ると脅かした翔輝はさらに笑って「やっぱりリアクションいいよなあ、お前は」とか言って面白がっている。彼女は内心イライラしつつも、ここでキレても何の意味もない、と分かっていたため黙っていた。すると翔輝は、麻琴が怖がっているのだと勘違いしてさっきとはまるで違う優しげな口調で話しかける。
「わ、悪かったって。そんな反応すんなよ。はい顔上げ――――」
どすっ。鈍い音が階段を降りる4人の周りに響いた。窓の外は雨が激しく降っていて、風も吹いている。帰りが心配だ。「あっ」と心優が小さな声をあげた。
「いってー……お前、ほんっと鬼」
翔輝は腹をさすりながら言った。麻琴の拳が彼の腹をクリティカルヒットしたのである。麻琴は満足そうに翔輝を見下ろしてささやいた。
「これ以上いらないことしたら、次は倍だからね」
にやっと笑ったのを見てしまった彼は、肩をすくめて「わかったって」と不満げにつぶやいたのだった。
「玲央~!」
4人はそれからのこと、ずっと玲央を探していた。しかし、彼女はおろか先生、生徒、誰一人いない学校に、彼らは恐ろしさを覚えた。
「ねえ、やっぱりおかしいよ」
心優は肩を震わせながらそう告げる。それにたいして、他のメンバーも皆同じことを考えていたのだが、それを認めてしまえば何かが起こる気がしてうなずくことすらできないでいた。
しかし、ここまで探していないのならもう帰ろうと普通は考えるはずである。それでも彼らが帰ろうとしない理由は、先ほどから不可解なことが起こっているからだ。4階の上から足音や笑い声、公衆電話が鳴ったりガラスが音を立てて揺れたり。そのたびにぎゃあぎゃあ喚きながらもなんとかここまできた。それなのにここで帰ってしまえば、玲央を二度と目にすることはできない気がしたのである。
あくまでも『気がする』だけなのだが、それでも4人が同じことを考えているというのであれば話が違う。この予感が的中する。そんな予想が彼らの頭の中で廻っていた。
「玲央……どこにいるの?」
麻琴は力なくつぶやいた。翔輝と智也はうつむいて黙っている。心優は麻琴を心配そうに見つめた。
「ここにいても、仕方がないよ。探しに行く方がきっとずっといいに決まってる」
心優は、また彼女にしては珍しくはっきりとものを言った。その瞳は何故か輝いており、それを見た麻琴は目を見開いた。
「ちょっと心優、なんでそんなやる気なの? なんかあった……?」
不思議そうにする彼女に、心優は笑って言った。
「そんなんじゃないって」
影が、黒く見えた。